2021年10月31日日曜日

解離における他者性 30

 英国学派における解離

 スプリッティングというのは、現代の精神分析において、日常語になりつつある。それは主として M. Klein の提唱した概念が流布しているということが出来る (Klein, 1921,1923)。いわゆるスプリッティングとして私たちが頭に思い浮かべるのは、境界パーソナリティ障害などで言われるスプリッティングの機制である。フロイト自身はスプリティングを3つに使い分けた(Brook,1992)。それは①意識のスプㇼッティング、②自己表象、他者表象、情動の良い、悪いへのスプリッティング、そして③態度のスプリッティングであったという。そしてKlein や英国対象関係論ではこのうち②の意味に限定されているというのだ。そうか、これは Klein の専売特許ではないという主張という事になるが、ともかくもこの意味でのスプリッティングでは①の意味での、すなわち意識のスプリッティングを表現してはいないことになる。しかしここで興味深いのは、Klein の内的対象の概念は、「自我や他の対象に向けての独自の意図や動因を有している」(Hinshellwood, 1991)と理解されているという事だ。ただいずれにせよ彼女の概念はvan der Hart のタイプ1に属すると考えていい。
  さて Klein が大きな影響を及ぼした Fairbairn についても言及しておかなくてはならない。二重、三重人格に関しては、そのスキゾイド的な性質については Janet ,William James, Morton Prince などにより記述されている。Fairbairn の引用となる。

「ヒステリーのパーソナリティは例外なくスキゾイドの要因を、それがどれだけ深く埋もれているとしても、多かれ少なかれ有している。」

この様にフェアバーンの解離の概念はあまり特異的とは言えず、それは「スキゾイド」や「スプリッティング」と交換可能な形で用いられている (van der Hart, et al. 2009)。それは心的な組織の分裂が有する特異な性質への焦点づけが不足しているのだ。英国の対象関係論においてはスキゾイド問題は主たるテーマであるが、それは元の Breuer の「類催眠」現象や二重意識というテーマからは大きく離れていったと言える。

2021年10月30日土曜日

解離における他者性 29

 以下はBについてこれまで書いたものの再掲載である。

 Bromberg Stern の考え方に歩調を合わせ、トラウマの問題は人の心にとって決定的な重要性を持ち、そこでは解離は極めて重要な役割を持つとした。彼によればトラウマは発達段階のどの段階でも常に生じている。彼は Harry Stack Sullivan の教えに大きな影響を受けつつ次のように言う。「解離は極めて共存不可能な感情や知覚が同じ関係の中で認知的に処理されなくてはならない時に生じる。」(Bromberg, 1994, p. 520).

 Bromberg が明言しているのは、葛藤という概念は神経症的な人にとっては重要だが、解離的な患者は、それを持つことがないことが問題なのだということだ。しかし彼は解離が抑圧のないところで起きるとは考えていない。彼によれば、トラウマにより、Sullivanの言う「ノット・ミー not me 」の部分が大きくなり、「安全であっても安全であり過ぎないような環境」(Bromberg, 2012, p. 17),において、「ノット・ミー」の部分はシステムに統合されるというのだ。
 Brombergの業績は、エナクトメントを解離の文脈に持ち込んだことであり、それにより精神分析的な分野における解離の理解の幅が広がった。エナクトメントを通して、解離されたものは体験されて自己に統合される。治療関係において、治療者は患者によりエナクトされた部分を体験すると同時に、治療者により解離されてエナクトされたものは患者により体験される。このように基本的にブロンバーグは解離を対人関係的な現象であるととらえる(Bromberg, 1996)。しかしこの理論が依然として前提としているのは、解離されたものはその人の心の中のどこかに存在するということだ。解離された部分は「象徴化されていないその人の自己の部分」が投影のようなメカニズムにより他者に伝わるというのだ。別言するならば、ブロンバーグの解離の対人モデルは、やはりヴァンデアハートのタイプ1に属することになる。

 

2021年10月29日金曜日

解離における他者性 28

 Bromberg(以下B)についても少し読んでみよう。
 Bがしきりに訴えるのは、私たちの自己selfが非連続的ということだ。彼は Stephen Mitchell (1991) の次のような言葉を引用する。「私たちは異なる他者とかかわることで、私たちの自己の体験は、非連続的となり、 異なる他者には異なる自己が成立する。」「それぞれの関係性が多数の自己組織を含み、そのような関係性が多数ある」127128)つまりはMitchell がそのような多重的な心という考えをすでに持っていたのであり、Bはそれを引き継いでいるといっているのである。Bは私たちが持っている自分は一つ、という感覚自体が危ないという。それは一種の幻想であり、トラウマ的な出来事によりいとも簡単に消えてしまうのだ。そしてそのような時に解離は防衛として機能する。つまり将来危険が来ることが予期されると、解離は早期の警告システムとしての意味を持つようになるという。ちなみにBのこの考えは結局は解離されたものは象徴化されていないもの unsymbolized となり、やはり不完全なもの、病的なものというニュアンスを持つことにある。ここは私の考えとは異なる。
 Bの論文にはいろいろな論者が紹介されているが、なかでもWolff1987)は注目すべきかもしれない。彼は人の心は生まれた時からすでに一つではないという。彼は乳幼児の観察から、自己はいくつかの「行動状態 behavioral states」から始まり、発達的にそれが統合されていく。Kihlstrom によればそれが(またもや)象徴化により結びついて統合されるという。Bによればその象徴化が起きない度合いに応じて解離が強くなる。彼にとっては解離=非象徴化なのだ。
  そうこう読んでいるうちに Wilma Bucci という人の研究も出てきた。この人は正常では象徴化された要素と前象徴化要素とは薄くつながっているが、病的な場合ではそうではない。(Bucchi,2001, p68). それはそうだろう。そして彼女はこともなげにこう言うという。「精神分析的な治療とは、解離されたスキームを統合することでしょ?」「そのためには前象徴化の身体的な体験を治療において再活性させることだ。」うーん、違うんだなあ。Bはそこに脳科学者Joseph LeDoux (2002)の研究を引き合いにだす。これは楽しみだ!
 ところがそこで書かれているのは、心は常に同期化しているとは限らない、だからバラバラな内容を含んでいるというのだ。しかしそれはあることの理解の瞬間の同期化の事実をある程度認めていることになるのではないか。そして愛着を通じて自己の継続性が形成されることへの障害がトラウマである、というのだ。そしてこれが例の「混乱型愛着disorganized/disoriented attachment」の議論を結びつくというわけだ。うん、ここにつなげたい気持ちは、それなりによくわかる。

この議論のもととなるのは例のPutnam 先生の有名な「離散的行動パターン」の概念と結びつくという。それは次のような感じで概念化されているらしい。「あまり連結されていない自己状態が、発達に従って幻想として成立する。The experience of being a unitary self is an acquired, developmentally adaptive illusion.ちょっと待った!これでは最初は部分だった自己が纏まって一つになるというパラダイムではないか!これは見逃せない。私は心は生まれたときから一つだと思う。しかしそれは小さく、狭いのだ。赤ちゃんの頃の自己はまとまってはいてもボーっとしているはずだ。ちょうどワンちゃんの自己がかなりプリミティブであるのと同じに。でもそれなりにまとまっているはずだ。

ということでBの議論を追っていくうちに、私がどこが不満なのかがよく分かった。
 もう少しBの主張を続けよう。Bの論文のp.642あたり。正常な状態では自己はいくつかの部分に分かれているが、だいたいは緩くつながっている。しかし特殊な状況では一つが飛び出して異物のようになるというのだ。つまり正常さは、統合により表されるという前提がここにあるのだ。そしてこんなことも言っている。病的な解離は、逃亡できない状況が起きる前の逃亡として成立して、独自の役割を果たしだすというのだ。それが個別の交代人格がどうしてあたかも独り歩きをするかを説明しているというわけだ。どうも納得いかないが…。
 以上が今回の書き直しでBの論文からピックアップした部分だが、やはり心は一つが正常、それが防衛的にいくつかにばらばらに分かれているという考え方は変わらない。そもそも異なる交代人格にどのようなアプローチをすべきかなどについての議論がないのだ。

2021年10月28日木曜日

解離における他者性 27

  ところでSは私たちが陥っている古い考え方について言及する。私たちは現実を体験するとき、すでに形を成したものをそのまま取り入れると思う傾向にある。つまり実は意味は私たちが構築 construct している、という構築モデルに基づく考え方をなかなか持てないという。そしてその結果として無意識にはすでに形あるものfully formed が詰まっていると考えているという。それらは一次過程に従い、結び付けられていない unbound ために心全体に広がる可能性を持つという。それを比喩的に表すと水の中にビーチボールを沈めることだという。(私も「浮沈子モデル」を提示したことがある。)それは抑えていない限りは上に登って来ようとする。しかしそのビーチボールはすでにすっかり形が出来上がっていて、あとはそれが上がってくるのを待つだけということになる。Bはこのような考え方はもう一つの暗黙の前提を生んでいるという。それは真実は一つだけしかなく、それを客観的に証明することができる、という前提だ。これをSは「対応物観 correspondence view」と呼ぶのだ。すなわちこれはフロイトの抑圧モデルの申し子であるというのである。

さてSは精神分析における以上の前提はナンセンスであるという。そして真実は客観的な観察により得られるとは考えられず、知るとか理解するということは構築 construct されることだ、という主張を繰り返すのだ。そしてここからがBの未構成の体験 unformulated experience の議論になる。(実はここからがややこしくてわかりづらくなる。)このモデルでは、知覚はあまり構成されていない状態から構成されるのだ。(紛らわしいので construct = 構築、formulate = 構成、と訳しておく。) この考えでは無意識は「潜在的な体験 potential experience」により成り立つ。つまりそれは明白な、知ることのできる形をとっていないのだ。ところでBは以前は、意味の構成は言語においてのみ生じる、と考えていたという。これは実はフロイトの考えに一致しているといえるであろう。つまり言語的な解釈こそが究極の介入であるという見方に通じる。Sはその後未構成の体験についての理論に、「未構成な非言語的な意味 unformulated nonverbal meaning」を付け加えることになったという。それにより未構成の体験は二つになる。一つはこれまでSが考えていた未構成の言語的な意味と、未構成の非言語的な意味である。それは把握realize されても言葉にならないままで体験を構成するという。例として性的な体験についての恐れのある男性を考える。彼は性的なかかわりの際に不安になるが言葉にできない。それが未構成な非言語的意味となる。ここはややこしいので逐語訳してみる。「言語は感覚体験のニュアンスを象徴化するには不十分なので、 患者は未構成の性的体験の非言語的な意味のなかで realize できた部分だけ反省することができる。

Because language is not an adequate means of symbolizing the nuances of sensory experience, the patient can only reflect on a portion of even that part of his unformulated sexual experience that has been realized as non-verbal meaning.

 「反省的な気づきに入ってこない、自覚された非言語的な意味は、それでもその体験を構成するし、未構成の非言語的な意味はもちろん、その不在によってその体験を形作る。The realized nonverbal meanings that do not enter reflective awareness nevertheless help to shape the experience, and the nonverbal meanings that go unrealized, of course, contribute to the shape of the experience as well- by their very absence.

うーん、今一つわからない。逐語訳までしているのに。To realize, to reflect, be aware, to grasp などの使われているニュアンスがつかめないから訳が分からないのだ。ただいくつかの確かなことは確認できた。Sは「未構成な意味=構成されていない意味」として、言語的、非言語的に分類すること。言語的に把握することを articulate, 非言語的に把握することを realize という。これは意識化する、と言い表されるだろう。そして多くの非言語的な意味は articulate されず、そのために反省 reflect on  ( = articulate つまり言語化されて反省されるという意味で用いられている)されない。ただし非言語的な意味のあるものは、いったんrealize されると、言語的で反省的な分節化されたものとなり、明確で反省的な気づきになりうるともいう。

2021年10月27日水曜日

解離における他者性 26

 現代的な精神分析理論における解離

  1980年代ごろから米国では解離に関する関心が再び高まったが、これらは主として精神分析のコミュニティの外部で議論されていたことであった。ただし精神分析においても盛んに解離を論じたのが、Donnel Stern Phillip Bromberg であった。この二人の理論については、かつて「解離新時代」でもその概略を紹介したが、本書でも他者性ないしはvan der Hart による分類という視点から見直したい。ここで問題となるのは、Stern や Bromberg が精神分析という土俵で解離を論じる際に、それを防衛としてではなく、タイプ2としてとらえているかという事である。結論から言えば、彼らの解離の理論は依然としてタイプ1.に留まっていると考えざるを得ない。しかしそれは彼らが精神分析家である以上はやむを得ないことかもしれない。
 Stern, Bromberg に特徴的なのは、彼らが曲がりなりにも解離という概念を用い、それについて論じているという事である。
 Stern は以下のように述べている。「解離はトラウマに関する文献で様々に概念化されているが、解離についての理論は人生における出来事が耐えがたい時の自己防衛のプロセスという概念をめぐって行われている (Stern, 2009, p. 653)。」彼の言うように、理論家によっていろいろな個人差はあるとしても、解離の理論は防衛モデルとして描かれるというのが全体の傾向であるのは確かであろう。

 さてここから両者の理論を簡単にまとめようと思っているのだが、実は Donnel Stern と Phillip Bromberg の解離の理論を、私は本当はわかっていないように思う。ここでそれを深く反省して、少し腰を据えて読んでみようと思う。ネタとなる論文は以下のものである。

Stern, D.B. 2009. Dissociation and Unformulated Experience: A Psychoanalytic Model of Mind. (In) P. F. Dell & J. A. O'Neil (Eds.) Dissociation and the dissociative disorders: DSM-V and beyond (pp.653-663). Routledge/Taylor & Francis Group.
Bromberg, P. Multiple self-states, the Relational Mind, and Dissociation: A Paychoanalytic Perspective.pp.
(In) P. F. Dell & J. A. O'Neil (Eds.) Dissociation and the dissociative disorders: DSM-V and beyond (pp.637-662). Routledge/Taylor & Francis Group.
 両論文とも、解離に特化したテーマで書かれた論文だ。
 Donnel Stern (以下S)は自分の立場は自衛のためのプロセスとして理解されているが、その立場を自分は守るものの、それを拡張したいというのだ。彼のこのアイデアは一方では精神分析の、他方では哲学的な考えに基づくものである、としてその哲学者としては、Fingarette, Gadamer, W.James, Merleau-Ponty などを挙げる。
 Sはサリバニアンだけあって、フロイトとサリバンの対比を行っている。Sullivan は抑圧ではなく解離こそが第一の防衛操作であり、それは耐えかねる体験が再び襲ってくることに向けられるとした。(それはフロイトが考えたような内因性の原初的なファンタジーの突き上げに対する抑圧を第一の防衛操作と考えるのとは対極的である。)最初にSはフロイトの抑圧モデルについて批判している。そのモデルでは、意識内容は、欲動とそれに対する防衛という戦いの後にたまたま残ったもの、というニュアンスがあるという。ちょうど症状が妥協の産物として消極的な形で現れるのと同様、意識内容も同様の受け身的な記録 passive record であるというのだ。あんまり意味を持たないというわけか。

2021年10月26日火曜日

解離における他者性 25

 van der Hart のタイプ1、タイプ2の分類

 Freud が苦心して守り続けた立場、すなわち心は常に一つであるというとらえ方は、その後も精神分析において受け継がれていく。しかし精神分析外では、多重人格や意識の多重性は特にタブーとなることなく論じられていった。一人の人間がいくつかの心をその脳に宿すという事態がDIDの場合に生じるという事は否定のしようがないことである。それは人が心を一つしか有しないという Freud が持っていたような前提を外し、臨床的な現実をそのまま受け入れれば自然と至る結論であろう。この様にDIDや重篤な解離症状を認めるか否かについて、精神医学と精神分析学の間に乖離が生じて行ったのである。
 この問題に関して解離性障害についての第一人者といえるOno van der Hartは、次のように述べている (van der Hart, 2009)
 「精神分析においては解離は防衛機制と考えられ、自我のスプリッティングを主として扱うのに対して、精神分析外では、次の二種類の用いられ方をする。
(1). 統合されていた機能がストレスにより一時的に停止した状態。
(2). 同時に生じる、別個の、あるいはスプリットオフされた精神的な組織、パーソナリティ、ないしは 意識の流れ。
  van der Hartのこの分類に沿って両者をそれぞれ解離のタイプ1、およびタイプ2.と呼ぶことにしよう。 タイプ1はFreud 以来の精神分析的な考え方と同様という事になる。精神分析の外でもそのような考え方を持つ人はいても不思議ではない。それに比べて(タイプ2は一人の人間に複数の意識や人格を認める立場である。ここでの「別個の精神的な組織」とは、過去のある時点で、それも多くはトラウマ的な出来事により形成された、知覚的で心理的な要素であり、この精神的な組織は通常その人が持っている意識の外で働く。van der Hart によれば、自発的に生じる人格交代以外では、そこにアクセスできるのは催眠や自動書記によってであるとされる。
 このvan der Hartの主張はおおむね妥当なものと言えるが、実は精神分析の歴史では、1893年のBreuer,Freud以外で、この2)に属する解離について論じた分析家がいたと考えられる。それがSandor Ferencziであり、彼の主要論文である「大人と子どもの間の言葉の混乱 ― やさしさの言葉と情熱の言葉(1949/1933)」に描かれた解離現象である。この論文には解離状態においてあたかも新たな心が生み出され、自律的な機能を有することへのフェレンチ自身の驚きが描かれている。

2021年10月25日月曜日

解離における他者性 24

  この論文は実は Ferenczi がただ解離の病理について論じているだけではないことは、言葉の混乱の文面を追うとわかる。いくつかの文章を引用しよう(森訳「最後の貢献」より)。

「分析家がどの程度分析されているかというますます重要になってきている問題にこれは関係します。神経症の徹底的な分析には大抵何年も要するのに、通常の教育分析は多くの場合、数か月からせいぜい一年半しか続かないことを忘れてはなりません。そうなれば、患者たちが分析家よりよほどしっかり分析を受けている、というとんでもない事態がいずれ生まれるでしょう。」(p.141)「患者が抑圧している批判は、その大部分が職業的偽善と呼ぶことのできるものに関係しています。」(p.141)「どうしてこのような事態が起こるのでしょう。医者と患者の関係の中に、はっきりと語られないもの、不誠実なものが何かある時、それを包み隠さず語ることがいわば病者の舌を溶かすのです。」(p.142

結局ここでは Freud の唱えた精神分析理論の核心にあるある種の問題を同時に指摘していることになる。そしてそれをFerenczi は「(精神分析家の持つ)職業的な自己欺瞞」と言い表しているのだ。これは少なくともその当時行われていた精神分析自体を批判し、それを乗り越えるべきだというメッセージを含んでいて、それ自体がかなり批判的であることが分かる。したがってそれに対する Freud の以下のような反発もよく分かるのである。

「君は危険な領域に足を踏み入れている。精神分析の伝統的習慣と技法から根本的に離れようとしている。患者の求めや願望にそれほど屈するのは、それがどんなに真摯なものであったとしても、分析家への依存を高めてしまう。そういう依存は、分析家側の情緒的撤退によってしか打ち破ることが出来ない。」(往復書簡3 p.443. フェレンチがイゼット・デ・フォレストへの手紙に記したフロイトの言葉から再現したもの。8月29日手紙)(森茂起「フェレンチの時代」p.198

Ferenczi が主張していたこと、そしてFreud を苛立たせたことの骨子を、私自身が言い換えてみたいと思う。

「分析家はいつも高みの見物をするだけで、患者のレベルに降りてきてその世界を共有し、例えば子供の人格にはそれとして接するべきなのだ。子供の人格になっている人に対して知的な解釈(「教育的で冷静な態度」などをしても全く意味がないのだ。もっと情緒レベルで接することをしなくてはならない。」そう、この主張は交代人格をそれとして扱うべし、という主張とほとんど同じといっていい。そしてそれは絶望的なまでに従来の精神分析のモデルとの齟齬を生じさせるのである

2021年10月24日日曜日

解離における他者性 23

  Ferenczi がそれまでの Freud を崇拝してそれに同一化するような姿勢から対立する姿勢を取るようになったかは、きわめて複雑な事情があったようである。そのプロセスは少し俯瞰的にみればかなり不思議な印象を与えるかもしれない。Ferenczi の離反は、1932年の国際精神分析学会での有名な「大人と子どもの間の言葉の混乱 ― やさしさの言葉と情熱の言葉(1933)」の提示であり、その内容はその後に発表された同名の論文に明らかである。そしてその内容は実は Freud 1892年に「ヒステリーの病原性について」という論文にまとめたものとほぼ同等のものである。つまり Ferenczi 40年前に Freud が主張したことを改めて主張したことになる。ただしこれに対して Freud は激怒することになった。Freud にすればその論文の内容を自ら否定することで精神分析理論を確立したのであり、それを蒸し返すとは何事か、という気持ちがあったのであろう。そして予想された通りこれが発表された時の会場からの反応は非常に冷たいものであったという。しかしその内容がそれほど間違っていて、批難されるべきものだったのだろうか?以下に少しその内容を紹介するが、それは基本的には Breuer 40年前に言っていたであろう内容と考えてよい。

「大人と子どもの間の言葉の混乱 ― やさしさの言葉と情熱の言葉(1933)」同p.143)という論文で Ferenczi は以下のように言っているのだ。

「精神分析のなかで分析家は、幼児的なものへの退行についてあれこれ語りますが、そのうちどれほどが正しいか自分自身はっきりとした確信があるわけではありません。人格の分裂ということを言いますが、その分裂の深さを十分見定めているようには思えません。私たち分析家は、強直性発作を起こしている患者に対してもいつもの教育的で冷静な態度で接しますが、そうして患者とつながる最後の糸を断ち切ってしまいます。患者はトランス状態のなかでまさしく本当の子どもなのです。

つまり子供の人格に代わったら、難しい解釈などはせずに、子供の人格に会いなさいということをフェレンチは言っているのだ。ところがこの論文は Freud との決定的な意見の対立を表す論文でもある。

2021年10月23日土曜日

解離における他者性 22

 フェレンチだけは違っていた

 これまでの記述で私が示したのは、Freud が先輩 Breue rの説を否定して独自の精神分析理論を作り上げていった過程である。Breuer は、トラウマにより新しい心が生まれるという極めて不思議な現象が起きることを見出し、それを「類催眠状態」(解離)と表現したが、Freud がこれを受け入れることを拒否したのである。そして精神分析の歴史においては基本的にはFreud のこの立場は継承されていったのである。
 ただしその例外とすべき人がいた。それが Freud の直弟子だったSandor Ferenczi である。彼は結果的には解離という病理を受け入れ、Breuer のような考えを持つに至ったである。ただしFerenczi は最初からBreuer の説を取り入れていたわけではない。Freud のもとで精神分析を学び始めた Ferenczi は、最初はフロイディアンだったのだ。Freud より17歳年下の彼は1900年代の初めに Freud の愛弟子となり、その理論を踏襲することから始めた。彼は最初はFreudの気に入る議論をして喜んでもらえることを心がけた。その当時Freud には Jung という筆頭となるべき後継者がいたが、彼は最初から Freud のリビドー論には懐疑的であった。そのことをFreud に出会った当初から直言していたのである。Freudにとっては自分に耳の痛い助言をしてくるJung よりは、自分の理論をまっすぐに吸収してくれる Ferenczi を可愛がったのも無理はない。Ferenczi はまた Jung が精神分析運動を離れる動きに加担したとされる。(森、p102)しかしその Ferenczi がやがてはFreud に弓を引く形で袂を分かつことになったことはとても興味深い。
 最初はフロイディアンであったはずの Ferenczi にとっての転機となったのは、1914年より第一次大戦により傷ついた兵士たちの治療を行う経験であった。戦場から送られてくるトラウマを負った患者を扱うことで、彼に新たな考えが芽生えていった。それはそれらの患者が示す多彩な解離症状だったのである。その結果として Ferenczi は、Breuer が観察したことと同様の臨床的な現実に直面し、結果的に Breuer と同じ地点に立ったのである。

2021年10月22日金曜日

解離における他者性 21

 精神分析的な心の理解について

ここで精神分析的な心の理解の基本について述べておきたい。あまりに常識的で、改めて申し上げるまでもないことだが、それは心が一つであるという事である。いわばモノサイキズム mono-psychismという事になる。もちろん心はいくつかの部分に分かれているように描かれ得る。それを Freud は意識、前意識、無意識と呼んだり(局所論モデル)、超自我、自我、エスと呼んだり(構造論モデル)した。しかしそれらは全体として一つなのであり、「力動的な連続体」として捉えられるのである。だからこそ一見無意味な意識的な言動には無意識的な原因が見いだされることになる。これが Freud が発見したと考えた心の仕組みの最大のものだったのである。そしてこのような Freud の心の理解は、心がいくつにも明確に分かれているという解離の病理を扱う素地を提供することはできなかったのである。
 
解離における心の在り方が力動的でない例としては、交代人格の出現の仕方が挙げられる。それは多くの場合唐突であり、表れたときはすでに完成形に近い。ある患者さん(30代女性、性自認は男性)は、交代人格Bが最初に現れたときについて次のように回想する。

小学4年生の頃のある日、彼女はピンクのランドセルを背負って、転校生として現れました。それがBだったんです。

もちろん実在する転校生ではなかったが、それがありありと見えたという。そしてそのBが心に住まうようになったのだ。また別の患者さん(30代、女性)の交代人格は、覚えている最初の体験について語った。

最初に体験したことははっきり覚えています。中学校の屋上にいて、街全体を見渡していました。

このような人格の出現を、Freud だったらどのように説明しただろうか。これは防衛本能のなせる業だとしたら、人格たちはどうしてここまで具体的なプロフィールを有し、しかも唐突に出現するのであろうか?

 本当は気にしていたフロイトと「振動仮説」

 そのブロイアーが特に熱を入れてフロイトに語ったのが、有名なアンナ O. (本名ベルタ・パッペンハイム)のケースである。彼女は明確な多重人格、今の呼び方では解離性同一性障害(dissociative identity disorder, 以下DID)の症状を示していた。フロイトは当初はこのケースに強い関心を寄せたことは間違いない。そしてそのブロイアーと「ヒステリー研究」(Breuer, Freud 1895)を著すことになったのであるが、フロイトは、治療者であったブロイアーのアンナO.についての説明に最初は納得していたはずである。ブロイアーの考え方はいわゆる「類催眠状態 hypnoid state」を想定することであった。アンナO.はしばしば催眠にかかったような、もうろうとした解離状態を示し、その後に様々な症状を呈したのである。ブロイアーは、ある種のトラウマを体験した人はこの類催眠状態になり、いわばもう一つの意識の流れが出来上がると考えた。しかし「ヒステリー研究」の後半では、フロイトはブロイアーの類催眠状態というアイデアについて異を唱え始めている。
 フロイトとブロイアーの考えの違いを追ってみると、そもそもフロイトはヒステリーの原因を一つに絞る上で、ブロイアーの類催眠—解離理論を捨てたという経緯があったことがわかる。フロイトは「自分自身はこの類催眠状態を見たことがない」とし、代わりに内的な因子であるリビドーを中心に据えた理論を選択した。しかしフロイトはこの多重人格という不可思議な現象のことを本当に忘れたわけではなかった。
 実はフロイトはこんなことを1936年に書いている。「離人症の問題は私たちを途方もない状態、すなわち『二重意識』の問題へと誘う。これはより正確には『スプリット・パーソナリティ』と呼ばれる。しかしこれにまつわることはあまりにも不明で科学的にわかったことはほとんどないので、私はこれについては言及することは避けなくてはならない。」(Freud, 1936. p245) ところがフロイトはそうは言いながらも、この多重人格状態に関する仮説的な考えに触れていたのだ。1912年の「無意識についての覚書」の中でフロイトは多重人格について、いわば「振動仮説」とでもいうべき理論を示している。「意識の機能は二つの精神の複合体の間を振動し、それらは交互に意識的、無意識的になるのである」 (Freud, 1912p.263) 。また1915の「無意識について」でもやはり同じような言い方をしている。「私たちは以下のようなもっととも適切な言い方が出来る。同じ一つの意識がそれらのグループのどちらかに交互に向かうのである。」(Freud, 1915, p.171.

  ここで注目されるべきは、「ある一つの同じ意識 the same consciousness」という言い方だ。同じ一つの意識がそれらのグループのどちらかに交互に向かうのである。つまり結局意識は一つであり続けるという事になる(Brook,1992)。

2021年10月21日木曜日

解離における他者性 20

 Freud 1889年にフランスの Hippolyte Bernheim を訪れてから、催眠ではなく自由連想にシフトし始めていたのだ。その意味で「ヒステリー研究」は Freud Breuer に生じていた隔たりを浮き彫りにする形となった。

 Freud Breuer, Janet は、ヒステリーの理解について異なった考えを持っていたが、それを簡潔に言えばこうなる。

p  Breuer, Janet:トラウマ時に解離(意識のスプリッティング)が生じる。

p  Freud : 私はそもそも解離(類催眠)状態に出会ったことがない。(結局は防衛が起きているのだ。)

Janet の考えた解離

他方 Janet は解離をどのように理解したのか。Freud と違い Janet は理論よりも事実を重んじ、それを正確に記載することを第一に考えた臨床家であった。彼は壮大な理論を打ち立てたり、学派を形成したりという事もなかったのである。しかもFreud Janet はお互いに批判し、敬遠し合い、またヒステリーの治療に関して自分が第一人者であるという姿勢を崩さなかった。
 一つ大切なことは Janet は解離を防衛とは考えなかったところである。Janet はフランスのルアーブル病院で1883年から6年にわたって19人のヒステリー患者について研究し、そのうちの3人のDIDの患者について詳述したものが「心的自動症 L’automatisme psychologique」として1889年に発表された。彼は解離は意識野が狭窄し、刺激が第二の意識 、ないしは下意識 subconscious の方に入り込んでしまうとした(Dell, 732)。
 Janet の関心は最初から解離に向かったわけではない。彼は最初は人格のスプリッティングは催眠に伴うものという考えを持っていたが、1887年の「体系化された麻痺と心的現象の解離 Systematized anesthesia and the dissociation of psychological phenomena」(Revue Philosophique)の論文で解離という現象と催眠とは独立して理解し、「解離の法則」として提出した。
 第一の法則は催眠状態に置いて起きているのは無意識ではなく、いわば第二の意識であるとした。そして第二の法則としては、(解離が生じる際にも)主たるパーソナリティの単一性は変わらない。そこから何もちぎれていかないし、分割もされない。解離の体験は常に、それが生じた瞬間から、第二のシステムに属する(Janet, 1887)  としたのだ。The unity of the primary personality remains unchanged; nothing breaks away, nothing is split off. Instead, dissociated experiences () were always, from the instant of their occurrence, assigned to, and associated with the second system within.   Pierre Janet

ちなみに私は解離が生じるときには突然心が割れるのだ、というオカルト的なことが本当に起きるのかと心配になる時、よくこのジャネの言葉を思い出す。それを読んでみよう。

「(解離が生じる際にも)主たるパーソナリティの単一性は変わらない。そこから何もちぎれていかないし、分割もされない。解離の体験は常に、それが生じた瞬間から、第二のシステムに属する。」
ジャネの本にあまり図は出て来ないのですが、この図(省略)は有名で、解離した心的内容がPという心の集団の外側に描かれている。
 この様な見方は「力動的」なFreud の味方とは明らかに違う。これについてFreud はこう述べる。
 私達の意見とJanet のそれとの意見がここに見える。私たちは精神的なスプㇼッティングを、精神装置が生来持つ統合不能性 innate incapacity for synthesis によるものとは考えない。私たちはそれを力動的に考える。つまり対立する心的な力の間の葛藤であり、二つの精神的なグループが能動的に争う事の結果と捉える(Freud, 1910, 25-26)。

2021年10月20日水曜日

解離における他者性 19

  この様な考え方をヒントにフロイトの思考の足跡を追ってみよう。話はそのようなポリサイキズム的な考えを有していたブロイアーとその後輩フロイトとの関係にさかのぼる。ウィーン大学のエルンスト・ブリュッケ教授のもとで神経解剖学の修業をしていたフロイトは、1880年代になり、開業をするにあたりブロイアーから様々な影響を受けた(Aron, 1996)。先輩医師であるブロイアーは、アンナOという患者に起きている興味深い現象を目の当たりにし、複数の人格が一人の中に存在するとしか考えられないという結論に達した。それがブロイアーの類催眠ヒステリーの概念であった。類催眠状態とは今の言葉で言えば解離状態のことである。フロイトはブロイアーのサポートを得つつヒステリーの患者の治療にあたり、それをなるべく早く公表することを願っていた。というのもフロイトはパリのピエール・ジャネがその成果を発表することで先を越されることを懸念していたからである。そしてブロイアーとフロイトが共同で執筆したのが、1893年に発行された「暫定報告」であり、それは二人の共著となる1895年の「ヒステリー研究」の最初の章として掲載されている。を書いた時、二人の間にはすでに大きな意見の食い違いを見せていたのだ。なぜなら「ヒステリー研究」における「暫定報告」では当然二人の間に一致していたはずの意見は、この書の残りの部分で、それぞれフロイトとブロイアーが個別に書いた章ですでに分かれているからだ。ここでFreud が実際に行ったのは何かといえば、「暫定報告」でBreuer と共に報告した「類催眠ヒステリー」について、実は自分はそれを見たことがないので、その存在は怪しいと述べているのである。これは科学者としては由々しき行動といえなくもない。たとえて言うならば、二人の学者が「新薬A,Bを発見しました」と連名で論文を発表したのちに、一人が「実は自分自身はBを発見していない」と撤回するようなものである。しかもそれを一冊の本の前半と後半で同時に行っているという何とも紛らわしいことが行われたのだ。

 「私は自身の経験において真性の類催眠ヒステリーつまりは多重人格に出会ったことがない。私が治療を開始すると、その人は多重人格から防衛ヒステリーヘと診断を変更するしかなかったのだ。だが〔本来の意識状態と〕明らかに切り離された意識状態において成立している人格と、一度も関わりを持たなかった、とは言わない。私の扱った症例においても、ときにそうしたことは起きた。しかし、私はその場合にも、いわゆる類催眠状態において切り離されている意識は、以前から防衛により分離していた心的〔表象〕集合体が、その状態で効力を発揮していたという事情があるからだ、と証明できたのであった。」

フロイトが具体的にこう述べているのは、「ヒステリー研究」の第4章「ヒステリーの精神療法」で Freud が担当した章となっている。


2021年10月19日火曜日

解離における他者性 18

 共通して持たれていた「意識のスプリッティング」という考え方

ポリサイキズムとして関心を持たれていた心の在り方が、どうして解離をめぐる二つの方向性を生み出したのであろうか? その点を理解する上での一つのキーワードがある。それがスプリッティング、ないし意識のスプリッティングという考え方である。通常は一つと考えられている私の心は、実は二つ(あるいはそれ以上)に分かれているのではないか、という議論は、100年前のあらゆる精神医学者が関心を持ち、また独自に論じたと言っていい。ポリサイキズムという考え方の最も基本的なものが、このスプリッティングの考え方である。この概念の及ぶ範囲は計り知れない。解離におけるスプリッティングの問題以外にも、精神分析で一般に用いられるスプリッティングの概念、schizophrenia (統合失調症、昔の精神分裂病)という概念、英国学派のスキゾイドの概念、RD Raing の「引き裂かれた自己 Divided Self」、Winnicott の真の自己と偽りの自己の概念、Kohut の水平分裂と垂直分裂概念・・・・。心が分裂、スプリッティングするという理論はこれほど数多く提唱されてきたのである。そしてこの概念は先述の通り、Freud にも Janet にも引き継がれていた。ところがFreud Janet では解離に関して全く別の考えを持っていたのである。なぜそんなことが起きたのだろうか。
 考えてみると、これは由々しき問題である。1895 年の「ヒステリー研究」における Sigmund Freud Joseph Breuer も、統合失調症 schizophrenia を説いた Eugene Bleuler も、そして Pierre Janet もがそれぞれ異なる意味で「意識のスプリッティング」を主張していたのだ。つまり解離(Breuer, Janet)と神経症や倒錯(Freud)と統合失調症(Bleuler)という全く異なった病態が、同じスプリッティングという言葉で説明されていたのである。
 この問題について、O’Neil という学者が、そもそもの問題は、スプリッティングという概念があいまいだったからこのような問題が生じたのだという説を提出している。

John O’Neil (2009)によれば、それは division (分裂、分岐、分岐すること) multiplication (増殖すること)の両方を意味していた。

Splitting という語の持つ両義性(O‘Neil)

O‘Neilの主張を分かりやすく図にしてみた。これを見ればわかるとおり、スプリッティングには二種類の意味があることになる。左は分裂ないし分岐、右は増殖である。左側の図では二つの部分が一つながりであることがお分かりだろう。そして右側の図では二つははっきり分かれていて、数が増えることを意味する。解離において「意識のスプリッティングが生じている」とひとことで言っても、多くの人は、両者の区別を曖昧にしていたのである。

2021年10月18日月曜日

解離における他者性 17

 交代人格を一人の人間として認めないという歴史

ここで解離性の交代人格を独立した他者としては認めないという傾向について、その由来を考えてみよう。結論から言えば、それはフロイトに始まると言っていい。極端な言い方をすれば、過去一世紀以上にわたる精神医学の歴史では、フロイトに始める精神分析の伝統は、基本的には交代人格を一つの心としては認めないという立場に立ち、そこには特にこだわらず、むしろ心の幾つかの共存の可能性を含めて受け入れていくという、精神分析以外の立場とに分かれるのである。私はそのプロセスを少し丁寧にたどってみたいが、ここでどちらの味方かに加担するつもりはない。一人の人間が複数の心を持つことは、私たちにとっては直感的に受け入れがたいことである。そして論理的な思考を重んじたフロイトの考え方はその意味では理解可能である。しかし他方ではDIDを有する人々の体験を通じて、私たちはそれが実際に存在していることを知っている。それをどのように受け入れ、折り合いをつけて行くかが精神医学の一つの大きなテーマとして引き継がれてきているという事情がある。そこで一つ問題意識として持つことができるのは、フロイトがどの様にして多重人格を認めることを回避したかという事を探ることが、現在多くの人々が陥っている解離否認症候群を理解する一つの指針になるのではないかという事である。
 
そもそも精神分析を含む精神力動学が始まった19世紀には、様々な理論が存在し、そこには「ポリサイキズム polypsychism」、すなわち一人の人間に複数の人格が存在するという理論もありえたのである(Ellenberger,1972)。Duran de Gros という人がこの言葉を考案したことになっているが、そのアイデアはしかし奇妙なものである。Ellenberger の記述を借りれば、「人の脳はいくつかの解剖学的な部位に分かれ、それが総合的な、主たる自我  general ego, Ego-in-Chief に従属するものの、それぞれが自身の意識を持ち、知覚し、独自の記憶を有し、複雑な心的な課題を遂行する」という考えである。これは考えてみれば奇妙なことで、それぞれの意識を持ち、かつ総合的な自我に従属するという事はなかなか想像できないことである。例えば意識 A a という意見を持ち、B b という意見を持ち、C c という意見を持つとする。そしてそれらが皆 G という総合意識に従属するという事になるが、ではこの G A, B, C をつかさどるそれぞれの部位の全体を包含するのだろうか?そこらへんは不明である。そして催眠ではこの G がどこかに行ってしまい、A, B, C が前面に出るというのがこの説の特徴であるが、これが一般に受け入れられていたという。
 さて重要なのは、このポリサイキズムが Janet Freud に引き継がれたとされることである。そしてJanet はそれを意識と下意識 subconscious とし、Freud はそれを意識、無意識のモデルに仕立てていった。

2021年10月17日日曜日

解離における他者性 16

 解離の治療とオープンダイアローグ

さてここから私のお話は、解離性障害の治療といわゆる「オープンダイアローグ」とのかかわりに関するものになる。というのも私は最近、斎藤環先生の漫画「やってみたくなるオープンダイアローグ」を読んでいて、これは解離性同一性障害の治療にもそのまま言えるのではないかと思ったからだ。

さて以下はウィキペディアからの転用である。

「オープン・ダイアローグ Open Dialogue とは、統合失調症に対する治療的介入の手法で、フィンランドの西ラップランド地方に位置するケロプダス病院のファミリー・セラピストを中心に、1980年代から実践されているものである。「開かれた対話」と訳される。統合失調症、うつ病、引きこもりなどの治療に大きな成果をあげており、発達障害の治療法としても期待されている。

現在統合失調症等の精神疾患に限らず会社、組織、家族等あらゆる場面において 個々の生き方やその環境に置いての過ごし方をスムーズにする目的で利用され始めている。患者やその家族から依頼を受けた医療スタッフが、24時間以内に治療チームを招集して患者の自宅を訪問し、症状が治まるまで毎日対話する、というシンプルな方法で、入院治療・薬物治療は可能な限り行わない。患者を批判しないで、とにかく対話する、などのルールがある。統合失調症患者は(創造的である反面、極言すれば病的でもある)モノローグに陥りやすく、そこから開放することを目標とする。」

この手法の中でも「リフレクティング」と呼ばれるものは、オープンダイアローグ(以下、OD)の最中に、治療者どうしが椅子の向きを変えて向き合い、患者について話し合う場を設けることである。そしてここが一番奇妙かも知れない、と斎藤先生も書いておられる。

このテクニックで大事なのは、患者に治療者を観察してもらう事であるという。治療者間の対立などもその観察の対象になる。なぜこれが大切かと言えば、「患者がいないところで患者の話をしてはいけない」というルールがあるからだということだ。そしてそこで患者は尊厳や主体性を与えられた感じになるというわけである。斎藤氏によれば、これはODの根幹部分であるとのことだ。そしてそこでは見えない壁を作り、患者に目を合わせないというのである。

ただしもちろんそこでネガティブなことは言わないことが大事であるという。何しろ当事者が聞いているからだ。ここでリフレクティングは差異を扱うという事が言われるが、それは皆が注意深く色々な意見を出し合うからだ。また面白いのは本人に何かコメントを直接するのではなく、リフレクティングで、「彼は~と考えているのではないか?」という言い方をするということである。このプロセスでおそらく重要なのは、患者が自分について様々な治療者が異なる見方をしてくれているという事、そしてそこに唯一の正解などないという事だろう。

このリフレクティングのプロセスが興味深いのは、解離性同一性障害についての治療は、おそらく治療者はどの人格と対話をしていても、それがリフレクティングとしての様相を帯びているという事である。Aさんという人格と話していて、Bさん、Cさんについて言及するとき、Bさん、Cさんはそれを聞いている可能性がある。人格によっては治療場面に姿を現さないために、唯一その様な場面でしか治療者の自分についての考えを聞けないという事になるだろう。したがってリフレクティングで重んじなくてはならないお作法は結局はそこでも重んじられるという事になる。

私は各交代人格はお互いに他者同志という前提に立つが、するとこれは他者との出会いの機会でもあるという事である。そこでは自分以外の人格たちも、そして治療者も他者であり、その心の中をのぞくというプロセスになるのだ。

この漫画のコマはリフレクティングが行われている状態を表しているが、スタッフがくるッと椅子を向こうに向けて、つまりクライエントさんに背を向けて話し出すのが一つの特徴である。

ここで斎藤環先生の本「やってみたくなるオープンダイアローグ」に書かれているリフレクティングのルールを振り返ってみよう。これらはすべてDIDの治療に当てはまる、と私は考えている。4つの項目とは以下に掲げるものである。

1.話し合われている当事者には視線を向けないこと。

2 マイナス評価は控えること。

3.  共感を伝えること。

4.  患者がいないところで患者の話をしないこと。

まず第一番目の「話し合われている当事者には視線を向けないこと」である。
リフレクティングにおいては、視線を合わせないことで、第三者に向かって語っているという雰囲気を作ることになる。もちろん交代人格に直接話す時にはその人格を話し合う輪に入れて、その交代人格に向かって話すことになる。しかしそうでない場合は、例えばAさんという人格とBさんのことについて話すときは、Bさんについてのリフレクティングが行われていることになり、Bさんに直接向かって話すのではなく、あくまでBさんについて第3者的に話すことになるのだ。
 そしてそこで対象になるBさんとは、しばしば黒幕人格さんであることが多いので、そのような例を考えよう。その場合に私が気を付けるのは、特に黒幕人格には敬意を払うということだ。そこで普通は「黒幕さん」という呼び方をしている。時には敬語を使うこともある。黒幕という言い方も、実は陰で大きな権力を持っているという、いわばポジティブな意味を含んでいるのだ。
  ちなみに私は黒幕人格について英語の論文を書いたことがあるが、そこではshadowy figure という表現にした。つまりこれも陰で操っているという意味を指す。ちなみに話の対象となっているBさんは、その話を聞いているとは限らない。寝ている場合も多いのである。ですからBさんについて話すということは必然的にBさんに背を向けて、リフレクティングのような形をとることになるかもしれない。そしてあくまでも黒幕さんについては特に、敬意を表した話し方になる。特に黒幕さんに寝てもらいたいときなどは、敬意を表さないと黒幕さんの協力を得ることが難しくなる。「黒幕さんにはお引き取り願えるといいですね」「何か大きな事件が起きる時までは、ゆっくり休んでいただくといいでしょうね」という言い方も可能となる。
  次に第二番目「マイナス評価は控えること」である。これも今言った話と通じることだ。誰だって第三者が自分にネガティブ評価を下すのを聞きたくない。第三者に、私が聞いていることを想定しない場面でしてもらいたいのはあくまでもポジティブ評価である。それを聞くことで人は本当にわかってもらえているんだ、やはり見る人にはわかってもらっているんだ、という体験となる。
  第三番目は、「共感を伝えること」である。

これについても当然のことである。自分が分かってもらっていると思えること、それは第三者が、自分のいないところで言ってくれることで最も印象深い体験となるのだ。

第四番目は、「患者がいないところで患者の話をしないこと」である。
この第4番目については、いろいろ議論を呼ぶところであろう。一般的な理解では、要するに患者の陰口を利くな、ということだ。そしてその意味では解離性障害の違いに限らず、すべての治療場面について言えることである。私はこれを次のように言いなおしたいと思う。

  まずは「患者当人が自己愛的な傷つきを体験するような話はどこでもするな」、ということです。それはおそらくカルテにも記録にも書くべきではないであろう。では治療者は患者さんについて思ったことは、それがネガティブな内容であるなら、どこにも書けないのではないかと思うかもしれない。しかしそれは違う。もし私たちは他人にネガティブなことを言われたとしても、そのトーンとか言い回しにより、それがトラウマ体験になるかどうかが決まってくる。要するにそのネガティブな表現にも愛があるか、という事なわけだ。
 例えば会社でAさんという人がわがままで、同僚の何人かはAさんの横暴さに辟易して、もうAさんに辞めてもらいたいとさえ思っているとしよう。そのような事態はいくらでもあるでしょう。そのとき、たとえば「ほんといい加減にAさんにはうんざりしちゃうね。はっきり言ってやめてほしい」というのと「Aさんには○○という長所もあり、能力もあり、それなりに会社に貢献しているけれど、ちょっと彼のペースに私たちがついていけないところがあるよね」と言われたのでは、雲泥の差があるだろう。
 そしておそらくAさんという人には様々な長所と短所があるはずですから、後者の言い方の方がまだリアリティに近いという可能性がある。するとAさんとしては自分を全否定されて立ち直れない気分になるよりは、まだ後者の言い方で「自分は自分の能力に従ったペースをほかの人に期待したり押し付けたりしてもダメなんだ。」と思え、それをより受け入れやすくなるかもしれない。
  繰り返しますと、「人の陰口を聞かない」、というのは「患者当人が読んだり聞いたりした際に、そこに自己愛の傷つきや恨みを伴うようなことを言ったり書いたりするべきでない」ととらえなおすのであれば、あらゆる治療の文脈において言えることですし、交代人格に対するコメントとしてもいえることなのだ。
  ちなみに精神分析関係の方々については、このような言い方が通じやすいかもしれない。患者さんに対するネガティブなことは、逆転移の理解という形で書くべきであるということである。治療者が患者に対して持つネガティブな思考や感情は、それが反省を経ていないことで攻撃や悪口になってしまう。それよりは、それが自分の感情的な反応として客観的に反省されつつ語られることで、おそらく患者さんのためにもなるということになる。患者さんに関するネガティブなことは、治療的な意味を持つ場合も少なくなく、ただしそれは治療者の側が自分の逆転移の問題としていったん引き取って語らえることで、初めて治療的な価値を獲得すると言えるであろう。

2021年10月16日土曜日

解離における他者性 15

 臨床家はいかに交代人格と会うべきか

そこで臨床家がどの様に交代人格と会うべきかという事について改めて論じたい。まず大事なことは言うまでもなく、個々の交代人格を尊重するようなかかわりを持つという事である。DIDの患者さんとの関わりの中で、異なる複数の人格と出会うという事は実際に、それも頻繁に起きる。患者さんは通常はAの人格で来院するとしても、時々Bさんとして表れることもあり、また話題によっては途中からさらにCさんに変わることもある。そしてそれは治療者がどの人格に対しても温かく迎えるという姿勢があればあるほどそうなのだ。
 一つ重要な点は、DIDの患者さんは常に人の気持ちを敏感に感じ続け、時には過剰に警戒したり、こちらに忖度をしたりするという傾向が強いという事だ。交代人格は自分が出現することで相手を驚かせてしまうのではないか、あるいは自分がその人格として受け入れてくれないのではないかという懸念を持つことが多い。そのことを治療者の側がよくわきまえておく必要があるのだ。
 私はDIDの方との面接では、前回の人格さんと同じ方かがあいまいな場合は出来るだけ確かめるようにしている。前回のAさんとは別の人格Bさんに対して、あたかも同じ人であるという前提のもとに話すことにはあまり意味がないであろう。もちろん前回の内容をBさんは内側で聞いていた可能性がある。その様な場合にしばしばBさんは前回の人格Aさんと異なるという事を治療者の側に伏せる場合も多いであろう。しかし来談する人格が常に同じAさんであるという事をというのも患者さんが前回とは異なる人格で表れ、前回の内容を覚えていないとしたら、あたかもそこに連続性があるように話すことは、患者さんに無理やり治療者に合わせるのを強いることになりかねないからだ。
 繰り返すがDIDの患者さんたちは通常は、自分が知らない人に話しかけられ、自分が話した覚えのない話題をふられることに慣れていて、あたかも人格の交代が起きていないかのようにふるまうことに非常に慣れている。だから治療場面でもそれが起きてしまうのは回避しなくてはならない。多くの患者さんはセッションの初めに自分がどの人格かについて治療者が尋ねることを受け入れてくれる。ただし原則としてそうである、という風にお断りしなくてはならない。というのも原則には必ず例外があるからだ。私のある患者さんは通常と異なる人格で表れ、しかもどの人格であるかを確かめようとすることにとてもいら立ちを表現する。そのために私は敢えて名前を聞くことをしない。それはその人格の個性として受け入れなくてはならないからだ。