2018年2月18日日曜日

精神分析新時代 推敲 19

第17章    認知療法と対話する

本章では、精神分析から見た認知療法について論じる。はたして両者は全く異なるものなのか? 歩み寄りは可能なのか? このテーマは私がかつて「治療的柔構造」(岩崎学術出版社、2008年)という著書で問うた問題であるが、ここで10年の経過を経た私の考えを述べたい。
  
「面談」はすべてを含みこんでいる

私は認知療法を専門とはしていないが、分析的な精神療法の過程で、あるいは精神科における「面談」の中で、患者と認知療法的な関わりを持っていると感じることがある。特に患者の日常的な心の動きを一コマ一コマ患者とともに追うことはそのようなプロセスと認識している。
そこでまず、あまり問われていないが重要な問題について論じたい。精神科医が行う「面談」とはいったいなんだろうか? 医者が患者とあいさつを交わし「最近どうですか?」などと問う。患者はその時頭に浮かんだことや、あらかじめ用意しきてきたテーマについて話す。場合によってはそれが5分だったり、10分だったりする。これほど毎回行われる「面談」の行い方の教科書などあまり聞かないが、それはなぜだろうか?
 「面談」の特徴は、基本的には無構造なことだろう。あるいは「本題」に入る前の、治療とはカウントされない雑談として扱われるかもしれない。しかし二人の人間が再会する最初のプロセスは非常に重要である。相手の表情を見、感情を読みあう。そして精神的、身体的な状況を言葉で表現ないし把握しようと試みる・・・。ここには認知的なプロセスも、それ以外の様々な交流も生じている可能性がある。「面談」を精神医学や精神分析の教科書に著せないのは、そこで起きることがあまりにも多様で重層的だからだろう。
私は数多くの「~療法」の素地は、基本的には「面談」の中に見つけられるものと考える。人間はそんな特別な療法などいくつも発見できないものだ。だから私は認知療法にしても精神分析にしても、互いに独立した独特な治療法だとは考えない。
「面談」の特別バージョンとしての認知療法
私はこのように、認知療法を「面談」の中で日常生活に現われる情緒的、認知的なプロセスを拡大して扱うバージョンとしてとらえる。その効果的な面としては、「面談」のうち無構造で焦点が定まらない部分は最小限に済ますことができるだろう。またノートを持参して一週間の振り返りをすることを好む患者もいるだろう。しかし治療者が最初から認知療法以外を施す気がなく、それを患者に押し付ける場合は逆効果となるはずだ。もちろんそれは認知療法についてのみ言えることではない。
これも認知療法以外にも当てはまることだが、治療状況によっては実際の「~療法」を行っている時間が短くなってしまうことも多々あると聞く。特に患者の身に大きな出来事があったなら、「面談」の段階でそれを話そうとする患者を制して「それでは早速EMDRを始めましょう」とはならないはずである。そのように考えると、どのような特殊な療法も、結局は結局「面談」を主体にして、それに「~療法」の部分を適宜はめ込んでいく、という考え方のほうが無難ではないだろうか? 
それではそもそもの精神療法の主体となる「面談」をより豊かにするために、認知療法のトレーニングは有効なのだろうか?おそらくそうであろうと思う。認知療法的な要素を「面談」に組み込むとしても、そのトレーニングを経ていないとしたら、それを臨機応変に用いる能力は限られよう。以下にそう述べる理由を書いてみよう。
まずは認知療法における自動思考の考えについて。All-or-nothing thinking 全か無かという考え)、Catastrophizingこれは大変だ、とすぐパニックになってしまうDisqualifying or discounting the positive(ポジティブなことに目をつぶる)Emotional reasoning(感情的に推論をするLabeling(レッテルを貼る)、Magnificationminimization(過大/過小評価する)などなど。実は私はこれらの概念に非常に重宝しているとは言えない。結局Aaron Beckが示したこれらの自動思考は、オールオアナッシング、あるいは精神分析でいうスプリッティングの考え方をいろいろ言葉を変えて表現しているだけという気がする。人間の心の根源的な性質であるスプリッティングを深く理解することは、認知療法以外でも、例えば精神分析でも必須なのである。しかしこのようなネーミングとともに患者に告げることには効果があるかもしれない。
そこでそれ以外に認知療法をフォーマルに行なう訓練を行うことで、日常の「面談」を豊かにする可能性について考える。私の理解する認知療法は、患者の日常生活にみられるような「パターン」の探求であるが、これに特化して行うことは、かなりきついプロセスでもある。
たとえば「他人に問題を指摘されると、すぐ逆ギレしてしまう。」というパターンを有する人について考えよう。その具体的な体験は患者にとってはあまり思い出したくないような、恥ずかしい、情けない体験だろう。その反省のプロセス全体が、「ダメ出し」というニュアンスを含み、よほどエネルギーや治療意欲がない限りは、毎回のセッションの多くの時間をこれに費やすのは相当つらいだろう。もちろん私はこのプロセスが不可能と言っているのではない。たとえばPTSDの治療の一つである暴露療法では、毎回トラウマの状況を疑似体験して慣れていくというかなり過酷な治療が行なわれるが、その有効性が確かめられている。

2018年2月17日土曜日

ローゼンフェルド 推敲 3

羽生クンが金で宇野クンが銀! これで藤井クンが勝ったら、数日間は幸せな気分になれる。しかしこんなに他人任せな事でいいんだろうか?

  では「自己愛的な対象関係narcissistic object relation」についてはどうかといえば、何が起きているのかについて、Rosenfeld はほとんど投影性同一化により説明しているわけです。そこにはいくつかの段階があります。
患者は(投影や取入れを通して)対象と同一化する。
取り入れ同一化の際には対象は自分と同一化する。
投影同一化の場合は自分の一部は過剰に対象と同一化する。
さてこれでは取り入れと投影との区別があいまいになりますが、Rosenfeld はこのように言ってくれるのです。「投影同一化と取り入れ同一化は通常は同時に起こり、自他の分離を認識することに対する防衛となり、それにより攻撃性や羨望も回避される。(p20、傍点は岡野)」いかがでしょうか? これで非常にすっきりします。
これにより何が起きるかというと、他者を自分の一部にしてしまう、それにより対象をコントロールするという機序が起き、それが自己愛の病理なのだ、と説明するわけです。ここら辺はBPDの病理と同じ説明ですね。でも Rosenfeld はこれを自己愛の病理として説明したわけです。
さてここでフロイトの自己愛理論を少し復習しておきます。といってもすでに横井先生がお話をなさったのでだいぶ整理されています。簡単に言えば、一次ナルシシズムとは出生後、対象のない世界であり、二次ナルシシズムとは、成長して対象関係を持てるようになったものの、精神病においてリビドーが再び自己に向かっている状態(自己愛神経症)です。フロイトは後者においては転移関係が持てず、したがって分析的な治療が行えないと考えたわけです。そしてKleinRosenfeld はこれに対して二次ナルシシズムにおいても対象関係が存在すると主張したのです。これはまさにフロイトの理論に対する「突っ込みどころ」だったかもしれませんね。その頃はもちろん抗精神病薬もありませんし、精神病の治療は依然として彼らとのコミュニケーションをベースとせざるを得ません。そして皆さんも精神病状態にある人々との関わりを持とうと試みた方なら、彼らはその独特なあり方で私たちとの関わりを持つことに気が付いたはずです。ですから精神病においても転移が生じるという理解にいたるのはごく自然なことだったでしょうし、米国におけるH.S.Sullivan などの対人関係論者たちも同じように考え、精神病の患者さんたちとの治療を行ったわけです。
自己愛を論じる際に、フロイトは精神病の研究だけでなく,男女の対象選択の問題を論じています。つまり成人が性愛の対象を選択する場合には,異性の親の肯定的および否定的なイメージを対象に投影して選択する場合(依存型),肯定的および否定的な自己イメージを対象に投影して選択する場合(ナルシシズム型)をあげています(フロイト、ナルシシズム入門 ナルシシズムの導入にむけて(立木康介訳、フロイト全集 13
)。これはきわめて対象関係論的な考察であり,内的対象関係の形成と自己を前提にした考察を行っているわけです。
 このようにフロイトの自己愛の理論はきわめてリビドー論的であり、自己中心、他人を利用するという、パーソナリティ障害という意味での自己愛とはずいぶん違ったわけです。そしてそれが Rosenfeld の自己愛理論の出発点だったわけですが、それはやがてパーソナリティ障害としての自己愛の議論に近づいていったという経緯があったのです。
 最後にRosenfeld の自己愛理論のまとめを行います。
まず最初の臨床的な気づきとして、「精神病の患者もまた対象と特殊な関係を持つ。それは自己愛的な目的で持つ関係であり、高度に万能的なものである。」(「自己愛的万能的対象関係 narcissistic omnipotent object relationship) 更には「精神病を扱う際、臨床家は自己愛と投影同一化 いうきわめて密接な理論的なプロセスを理解しなくてはならない。」(p19)という理解があった。つまりクライン理論がその説明の中核を占めていたということである。
ちなみにRosenfeld はアメリカにおける自己愛の理論についても意識していました。そしてそれなりのコメントを残しています。それによれば、「カンバーグは攻撃性と羨望の重要性を強調しているが、私の考えはもっと徹底している。」「コフートは自己愛憤怒について書いているが、私の主張する破壊的な自己愛とはほとんど関係がない。」
この批判はある程度理解できることである。ただし私の観点からは、Rosenfeld と Kernberg は類似しているところが多いという印象です。なぜなら両者とも Klein の投影同一化の概念をその下敷きにしているからです。コフートの方はもうお話にならないという感じで切り捨てています。深層にあるものを扱わないのは本物ではないという態度と言えるでしょう。
さて Rosenfeld の後のクライン派の理論の展開についても一言触れておきます。それはいわゆる「自己愛構造体 narcissistic organization」 という概念に集約されるでしょう。これはクライン派における陰性治療反応研究の一つの到達点といえる概念です。患者は羨望および死の本能への恐れから、防衛として自己愛的な対象関係を発達させ、独立した機能を持つ構造体(自己愛構造体)を持つに至ります。それは妄想-分裂ポジションにおける迫害不安と、抑うつポジションにおける抑うつ不安から個人を守りますが、成熟した大人としてはあまりに自己愛的な対象関係を構築します。その構造体は健康な自己を支配し、抑うつポジションへの移行を妨げるのです。

ただしこの「自己愛構造体 narcissistic organization」という言葉の由来をたどっていくと、なんとフロイトが言い出している。対象関係に踏み出す前の状態、という意味で全部で3回使っています、まり深い意味は与えていませんが、とにかく索引にはこの用語が出てきます。その後 Glover, Spitz, Rosenfeld, Steiner などが使っている。ただしそれを整理して病理構造体病理的組織化)と呼び、より広い枠組みの患者に見られる第三のポジションとして定式化したのは John Steiner 先生ということになる。

最後に-Rosenfeld をいかに捉えるか?
ということで、最後に Rosenfeld の議論を私たちがどのように捉えるべきかということです。
これまでにも論じたとおり、彼の出発点はフロイトのいう自己愛の概念です。そしてその治療対象は統合失調症でした。とする彼の言う自己愛とは、Kernberg や Kohut の議論に見られるような NPDの病理とどこまで重なり合うのか、という疑問が生じます。彼の自己愛論が投影同一化の病理を頻繁に扱っている点で、事実上ボーダーラインについての議論ではないか?という議論は当然起きるべくしておきます。しかしここら辺の議論はあまり臨床的ではなく、むしろ概念をどのように整理するべきかということになり、重要ではありません。そこで最後に私の感想です。やはり Rosenfeld Klein 理論の世界での自己愛理論に限定されていると言えると思います。それは彼の依って立つ理論の系譜がそうだからです。関係学派の立場から多少なりともバイアスがかかった言い方で申し訳ありませんが、これはヨーロッパの学問の持つ限界と言えるかもしれません。そして Rosenfeld の言う自己愛が結局は羨望や破壊性に由来するという考え方をもとにしているということになると、自己がこうむったトラウマとか破壊性という文脈が出てきません。自己愛の病理はその人の持つ生まれつきの羨望や死の本能の結果生じる、ということになりそうです。

ただし私はRosenfeld が「子供の全能的なファンタジーは子供が小さく何もできない無力な存在であることから生まれる全能的なファンタジーである」とも言っていることを発見しました。ですから彼も環境を無視したわけではないということはいえると思います。私はこれ以上英国学派の病理的組織の議論にはあまり深入りしないことにしますが、それはやはり自己愛は、自己愛と傷つき、自己愛トラウマ、そこから派生する怒りという文脈が一番面白く、多産的で、臨床にも応用できると思うからです。そしてそれが私がお勧めしたい文脈です。

2018年2月16日金曜日

精神分析新時代 推敲 18


さてMさんの分析家である私は、

<省略>

 さて精神分析の世界における最近の逆転移の考え方は、フロイトの時代の「逆転移は克服せよ」という考え方とはずいぶん変わって来ている。フロイトは「逆転移は持つだけでも良くない、なぜならそれはその人が教育分析や自己分析により無意識を克服していないからだ」と考えたわけだ。しかしその後の分析家たちは、むしろ逆転移は不可避的なものであり、それに気が付き、それを治療的に用いるという姿勢こそが大事だと強調するようになった。すなわち治療者の個人的な感情は決して回避することができず、むしろそれを意識して、対処できることが大事であるという考え方である。治療者の個人的な感情を敏感に反応する心の針に例えると、むしろ心の針が振れる状態でいるのは大切なのであり、ただそれが振り切れたりせず、早く中心付近に戻ること、そしてその心の針の触れをどこかでしっかり見守っている目を持つということが大切なのである。そしてその意味では自分の心に対する高い感性と、それを見守る観察自我という二重意識の状態を持つことと考えられるかもしれない。
さてこのような逆転移に関する考え方を森田療法的に捉えるならばどうなるのだろうか?すでに述べたように、私たちは治療者という立場にある以上、自分の治療により患者によくなってほしいと願う。それは森田療法でも精神分析療法でも、CBTでも同じであろう。患者が良くなることで感謝され、治療者としてのプライドも保たれる。患者の症状の改善を願うという私たちの願望は治療者としては大切な部分なのだ。
 しかしこれは同時に治療において私たちは常にとらわれを体験しているということでもある。なぜなら症状を改善したいという願望の一部は、まさに患者が陥っているとらわれが投影されたものである。そしてそこにさらに、治療者のプライドというもう一つのとらわれが付加されているのだ。
 しかし逆転移についての考えが教えてくれるのは、私たちは患者によくなってもらいたいというとらわれを捨てようとするのではなく、そのとらわれを見つめている部分を持っていなくてはならないことなのであろう。その見つめている部分は、患者はよくならないかもしれない、自分はこの患者を助けることはできないかもしれないという事実を受容している部分である。これが森田が言った「症状と戦うな」ということの真意だと思うが、それは「症状と戦わないことが症状と戦うことだよ」という禅問答にも似た狡知ではなく、先ほども述べた二重意識、すなわちとらわれを持つ部分と、そのとらわれにより一瞬でも苦しんでいる自分を、醒めてた目で見つめている部分ということではないだろうか。
 ここで少しうがった言い方をするならば、森田の教えは「とらわれを捨てよ」、ではなく「とらわれに対するとらわれを捨てよ」だったのだと考えることで、森田療法と精神分析の逆転移の概念はつながるのではないかと思う。とらわれにとらわれる、とは分析的には、逆転移を捨てよ、ということだが、それは治療者が人間として生きている限りは無理な注文なのだ。そしてこの自分のあり方に対して同時に別の視線を持つということが、後に述べる実存的な二重意識ということにつながるのである。

2.生への捉われと死への備え
とらわれや受容の問題を考える時、やはり最終的に残ることは死の問題である。とらわれの究極は、やはり生へのとらわれや死の回避に関するものだろう。治療により症状は完全には消えない、という受け入れをさらに突き詰めていくと、最終的にはその症状を持っている自分という存在が消えてしまうということの受け入れ、つまりは死の受け入れというテーマにつながっていくであろう。そしてそれは森田が常に考えていたことでもある。私は一つの精神療法が患者を支えるためには、そこにはやはりしっかりとした死生学があってしかるべきだと思う。
森田が死の恐怖について広く論じていることはいまさら私が言う必要はない。死の恐怖をいかに克服するかというテーマが森田療法の始まりにあった重要なテーマだったのだ。森田療法を編み出すことにより、森田先生は死を克服できたのであろうか? 
この点に関して少し詳しく見てみよう。ある論文から引用する。
「森田正馬は,死をひかえた自分自身の赤裸々な姿を,生身の教材として患者や弟子たちに見せることによって,今日言うところのデス・エジュケーションをおこなった人である。彼は1938年に肺結核で世を去ったが,死期が近づくと,死の恐怖に苛まれ「死にたくない,死にたくない」と言ってさめざめと泣いた。そして病床に付き添った弟子たちに「死ぬのはこわい。だから私はこわがったり,泣いたりしながら死んでいく。名僧のようには死なない」と言った。いまわの際には弟子たちに「凡人の死をよく見ておきなさい」と言って「心細い」と泣きながら逝ったと伝えられている。
弟子のひとり長谷川は,次のような追悼の文をしるしている。「先生は命旦夕に迫られることを知られつつも,尚生きんとする努力に燃え,苦るしい息づかひで僕は必死ぢゃ,一生懸命ぢゃ,駄目と見て治療してくれるな』と悲痛な叫びを発せられた。『平素から如何に生に執着してひざまづくか,僕の臨終を見て貰いたい』と仰せられる先生であった」。虚偽,虚飾なく,生の欲望と死の恐怖を,最後まで実証しつつ死んでいったのである。(岡本重慶(1))

精神分析の分野では、米国の分析家 Irwin Hoffman(2)が、他に類を見ないほどにこの死生観の問題について透徹した議論を展開している。彼の死生学はその著書 Ritual and Spontaneity(儀式と自発性) の第2章で主として論じられている。Hoffman はこの章のはじめに、フロイトが死について論じた個所について、その論理的な矛盾点を指摘している。フロイトは1915年の「戦争と死に関する時評」(3)で「無意識は不死を信じている」と述べているのだ。なぜなら死は決して人が想像できるものではないからだというのが理由である。しかし「同時に死すべき運命は人の自己愛にとって最大の傷つきともなる」という主張も行なっている (ナルシシズム入門(4))。人が想像することが出来ない死を、しかし自己愛に対する最大の傷つきと考えるのはなぜか? ここがフロイトの議論の中で曖昧な点である、と Hoffman は指摘しる。そして結局彼が主張するのは、フロイトの主張の逆こそが真なのであり、無意識に追いやられるのは、死すべき運命の自覚であるというのだ。つまり人は「自分はいずれ死ぬのだ」という考えこそを抑圧しながら生きているというわけだ。こちらのほうが常識的に考えても納得のいくものだと私も考えますが、精神分析の世界では死に関するフロイトの矛盾した主張が延々と繰り返され、場合によっては死への不安はその他の無意識的な概念を覆い隠していると主張されることさえあるのだ。
 さてそこから展開される Hoffman 自身の死生学は、Sartre Merleanu-Ponti などの実存哲学を引きつつ、かなりの深まりを見せている。簡単に言えば抽象的な思考というのは、すでに死の要素をはらんでいるというのだ。抽象概念は無限という概念を前提とし、それは同時に死の意味を理解することでもあるというのがその理由だが、ここでは詳述は避ける。

2018年2月15日木曜日

精神分析新時代 推敲 17

第17章 死と精神分析 
初出:死生学としての森田療法(第31回日本森田療法学会 特別講演2)森田療法学会雑誌 第25巻第1号、p.1720(2014)

1.はじめに ―受容ということ

本章は「死と精神分析」というタイトルであるが、途中で森田療法についてしばしば言及している。それはもとになった論文が森田療法学会での発表原稿だからである。そのことをまずお断りしておきたい。
さて本章での私の主張を一言で表現するならば、精神分析や精神療法においては、どのような種類のものであっても、そこに確固たる死生観が織り込まれているべきであろう、ということである。最初に示したいのは、フロイトの次のような言葉である。

私が楽観主義者であるということは、ありえないことです。(しかし私は悲観主義者でもありません。)悲観主義者と違うところは、悪とか、馬鹿げたこととか、無意味なこととかに対しても心の準備が出来ているという点です。なぜなら、私はこれらのものを最初から、この世の構成要素の中に数えいれているからです。断念の術さえ心得れば、人生も結構楽しいものです。(下線は引用者による)』(フロイト:ルー・アンドレアス・サロメ宛書簡、1919年7月30日付)
このフロイトの最後の部分は、私が常々感じていることでもある。それはあきらめ、断念ということの重要さを強調している。私は人間としても臨床家としても老齢期に足を踏み入れているが、この問題は年齢とともに重要さを増していると感じる。これは森田療法的にいえば、「とらわれ」の概念に深く関係しているといえる。
この諦め、諦念のテーマは、日常の臨床家としての体験にも深く関係している。日常臨床の中で私たちが受け入れなくてはならないのは、患者が望むとおりによくなっていかないということだろう。勿論時には改善を見せる人もいる。しかしたいがいの場合その改善には限界があり、多くの患者は残存する症状とともに生きていかざるを得ない。このことをどこかで受け入れない限り、患者はその苦しみを一生背負っていかなくてはならない。また臨床家としても、患者がこちらの望みどおりに治ってくれるとは限らないということをどこかで受け入れる必要があるのだ。
もう一つ私たちが手放さなくてはならないのが、治療的な野心である。私は過去にある患者から次のようなメールをいただいたことがある。
「先生にはがっかりしました。先生は研究者向きかもしれませんが、患者の気持ちは分かっていないと思います。」
もちろんこのようなメールや手紙はあまり頻繁にいただくわけではないために、私にとっては印象深いものとなっているわけだが、一部の患者にとって私がとんでもない精神科医であるということを、私が受け入れることが必要であるということをこのメールは物語っている。それはつらいことであるのは確かだ。しかしその文面(もちろん個人情報保護のために必要な変更は加えてあるが)をこのような形で公にできるのは、実は私はこれらのメッセージにあまり深刻に動揺しているわけではないということだと思う。そしてそのような心境に少しでもなれるとしたら、私の精神分析のトレーニングがある程度関わっていることになる。

受容と精神分析理論


 私は精神分析家であるが、分析的な概念の中で、この諦念の問題に極めて大きく関わっているのが、いわゆる逆転移の考え方である。逆転移には様々な定義があるが、一言で表現するならば、それは治療者が持っている邪念のようなものだ。通常の場合、患者の状態の改善は治療者にとっても喜ばしいことだ。しかし治療者の喜びの一部は、自分が適切な治療を行ったから患者がよくなったのだと考えることからも来ている。これはいわば治療者が自分の自己愛を満たしたい、という部分であり、患者の症状の改善を純粋に喜ぶ気持ちとは異なるものなのだ。
 私自身の一つの例をあげよう。20年以上前に米国で精神分析を行ったMさん(中年の男性)という方がいた。Mさんは分析治療を開始してしばらくして、うつ症状がかなり改善した。私はそれを分析の成果だと思ったのだ。そこでMさんにうつが改善した理由をどう考えるかについて尋ねてみた。すると彼は「A先生が、抗うつ剤に加えて最近炭酸リチウムを処方してくれるようになってから、急に気分が改善したのだと思います」と話したのだ。(A先生とはMさんの薬物療法を担当してくれていた精神科医である。)それを聞いて私はがっかりしたのだが、そのような自分の反応を興味深く感じてもいた。この「がっかり」の分が私の逆転移、つまり邪念による分というわけである。患者の気分が改善したことは、患者とともに喜ぶべきことである。しかしそれは自分の治療のせいではなかったと思い、その分私はがっかりしたのだ。

2018年2月14日水曜日

精神分析新時代 推敲 16

 先ず私の立場を表明しよう。私の立場は精神分析家であり、そして精神科医でもある。精神分析家としての私は、週に4回の分析のセッションも行っているし、週に一度50分の分析的療法も行っている。しかし二週間に一度の方も多い。また週二日の精神科外来では一日40人強のペースで患者さんと会ってもいる。その上で言えることは、多くの精神療法的なアプローチを行う必要のあるケースと、私は週一度50分のペースでは会えていないということだ。精神科の外来では一部のケースに毎週、ないし二週に一度20分ないし30分会うのが限度である。そしてこの一回に50分取れないという事情は実は精神科医である私だけではない。私は心理士さんと組んでプラクティスを行っているが、事実上通院精神療法の本体部分は彼女たちにお願いしていることになる。そしてそれは毎週一回50分ではとてもまわって行かない。私の患者さんの大部分は定期的な精神療法を必要としている方々である。そしてその数の多さを考えた場合には、一時間に二人はこなしていただかなくてはならないというのが現状である。更には料金のこともある。心理士が一時間会うためには8000円程度の料金がスタンダードだが、それを毎週払いきれる患者さんの数は非常に限られているのだ。
 このように私の理想とする精神科医と心理士の共働では、1、2週間に一度、30分のセッションというのは、事実上のスタンダードなのである。これは私が知っているもう一つの世界、すなわちトラウマティック・ストレス学会で出会う精神科医の先生方も言っていることである。「『通院精神療法』(健康保険で決められた、保険のきく精神療法)を行う場合は、二週に一度30分が限度である」というのが彼らの大部分が持っている印象である。二週に一度30分、というスタンダードはこうして事実上精神科医の間に存在するのであるが、だれもそれを精神分析的とは呼んでくれない。
 でも、みなさん首をかしげるかもしれないが、私は大まじめで、二週に一度、30分の分析的な精神療法をやっているつもりなのである。もちろんそれは週4回、ないし週一回50分と比べて、ややパワー不足という印象は否めないだろう。たとえて言えば、精神分析という4輪駆動や、週一度というSUVほどには走れないのだ。でも軽自動車くらいの走りはしている自負はあるし、精神分析的な治療という道を、それなりにトコトコとは知っている気がする。私も「それならば運転できますよ」、と思っているし、患者さんも「それくらいならガソリン代が払えますよ」、と言ってくれる。私は軽自動車で多くの患者さんと出会って、とても満足しているのだ。
 どうして私はそのように感じるのだろうか?それは私はその構造いかんにかかわらず、同じような心の動かし方をし、同じような体験がそこに成立していると考えるからである。このことについてもう少し順序立てて説明しよう。

2018年2月13日火曜日

精神分析新時代 推敲 15

16章 治療的柔構造の発展形
治療的柔構造の発展形 ― 精神療法の「強度」のスペクトラム
週一回サイコセラピー序説 創元社 2017年 所収 

初めに
S.フロイトが精神分析を始めたときは、週に6日のカウチを用いたセッションが原則であった。しかし1930年代にフロイトに直接面会をして精神分析を持ち帰った古沢平作はわが国で週一回の精神分析を始め、それが私たちの一つのスタンダードになったという経緯がある。そして1993年にいわゆる「アムステルダム・ショック」があった。これは日本でのそのような慣習が国際精神分析協会の知るところとなり、改善命令を受けたというものである。その後はわが国でも国際基準に準じた形で精神分析のトレーニングシステムを整備し、4回以上の、原則的にカウチを用いた構造を精神分析と呼ぶようになった。しかしそのような機運の中で北山修監修の「週一回サイコセラピー序説 (創元社 2017年)が出版された。本章はそこで掲載された論文をもとにしているわけである。 
ところでこの「週一回サイコセラピー」というテーマは、私にはどうも「謝罪的」なニュアンスを帯びているように思える。「精神分析は本当は週に4度でなくてはならないが、週に一度だってそれなりに意味があるよ、でも週に一度であるという立場をわきまえていますよ、もちろん正式な精神分析とは言えません、分かっています」というニュアンスである。しかしそれは同時に一種の戒めでもある。「まさか週に一度さえ守れていないことはないでしょうね。」「週に一度は最低ラインですよ、これ以下はもう精神分析的な療法とは言えませんよ」という一種の超自我的な響きがあります。さらにこれは時間についても言える。一回50分、ないしは45分以上のセッションでなければお話になりませんよ。それ以下では意味がありませんよ、というメッセージがある。
 私は性格上あらゆる決まり事、特に暗黙の裡の決まり事に対して、疑う傾向がある。というよりそれに暗に従ってしまいそうになる自分に対する違和感というべきだろうか。無意識レベルでは付和雷同型で、私は元来権力に弱いのだろう。決まりに反感を覚えるのは、その反動形成だと思う。もちろん何にでも反対するというのではなくて、現実と遊離している決まりごとに対してそうなのである。現実を教えてくれる者にはむしろ感謝の気持ちが湧く。だから私はノンフィクションや自然科学に関しては極めて強い親和性を感じるのだ。心理の世界では脳科学がそれに相当する。まあ、話を元に戻しますと、「週一度、50分でなくてはならぬ」に反発する。もちろん週一回、50分できたらどんなにいいだろう、という気持ちもそこには含まれる。週4回は私は実行していますし、それを理想化する部分が確かに私の中でもある。しかし私が持っている患者さんの多くが、それを満たさない以上、この原則は私にとって非常に不都合なものでもあるのだ。

2018年2月12日月曜日

精神分析新時代 推敲 14

第10章 解離の病理としてのBPD

(初出:柴山雅俊、松本雅彦編:解離の病理―自己・世界・時代 岩崎学術出版社 2012年)

 前章で論じた境界性パーソナリティ障害(borderline personality disorder, 以下、BPD)という概念の由来は精神分析であった。そして最近それとの関連がしばしば論じられているのが、解離性障害、特に解離性同一性障害(dissociative identity disorder, 以下、DID)である。こちらの解離の方は、精神分析の本流からは長い間距離が置かれていたが、近年ようやく分析的な解離理論が語られるようになってきているという事情がある。このBPDもDIDも、いずれもが精神疾患として認められ、精神分析の場面にクライエントとして登場する可能性が大きい以上、この両者の関係を整理しておくことは大切である。ただしこの両者の関係は複雑であり、また学会での定説も確立していない。しかしそれを前提の上で言えば、BPDとDIDは、その病態としては、ある意味では正反対なものとして捉えるべきであるというのが私の立場である。
 ちなみに欧米の文献は、両者の深い関連性を強調する傾向にある。もともとは両者は待ったく別ものとして、特別比較されることはなかったのであるが、最近ではDIDとBPDは同類であるという主張、あるいはBPDと解離性障害は全体としてトラウマ関連障害としてまとめあげられるべきであるという意見、そしてスプリッティングは解離の一種であるという主張が見られるのである。さらにはDIDの72%がBPDの診断を満たすという疫学的なデータも報告されている(Sar, et al 2006)。私自身の臨床からも、解離性障害とBPDが混同されやすい傾向は感じており、また両者の病理が混在しているようなケースに出会い戸惑うこともまれではない。そのため本テーマは十分に論じる価値があるものと考える。

1.従来の文献から

解離性障害、特にDIDとBPDとの比較について、私自身はかつて何度か論じたことがある。そこでは対照表を作るまでしてDIDとBPDの違いを強調してある。
 そもそもBPDと解離症状との深い関連性については、米国の精神医学の世界ではいわば公認されている。DSM-V (American Psychiatric Association,2013)のBPDの診断基準の第9項目には「一過性のストレス関連性の被害念慮または重篤な解離症状」(傍点強調は岡野)が掲げられているからである。ただしこの項目を満たすことはBPDの診断の必要条件ではない。つまり解離症状を伴わないBPDも当然あることになる。
 この解離症状をDIDとBPDの第一の接点とした場合、それ以外にも両者には二つの接点が考えられる。それらはスプリッティングの機制、そしてリストカット等の自傷行為である。結論から言えば、以上の三つの特徴はBPDとDIDの両者に共通して見られることが多いが、スプリッティングにより分裂排除された心的内容が、投影や外在化により外に排出されるか否かにより、両者の臨床的な現れ方は全く異なる形をとると考えられるのだ。