2017年7月22日土曜日

解釈と共感 書き直し ④ 大文字のD 書き直し ⑤

そもそも精神療法とは何をするところなのか
ここからは、本発表の後半部分である。前半では、治療者の役割のうちの解釈部分は、治療者が自分の無意識を知りたいという前提があって意味のある介入ではあるものの、そこで主要な意味を持つのはオブザベーション(指摘)であるという内容だった。しかしそもそも患者が何を求めて来談するかという問題に関する答えには至っていない。そこで「そもそも精神療法とは何をするところなのか」というテーマにまで戻ることをお許し願いたい。
実は精神療法とは何をするところなのか、というテーマはとても奥が深い。おそらく誰もこれを定義することが出来ないであろうし、それは精神療法ないしはカウンセリングという立場で実に様々なことが生じているということを表している。セラピストとクライエントが一定の時間言葉を交わし、料金が支払われる。そしてクライエントが再びセラピストが訪れる意欲や動機を持ち続ける限りはそのプロセスは継続していく。そしてその動機が継続していく限りは、非倫理的なこと(治療者による患者の搾取など)が起きていない限りは、それは精神療法として成立するのである。
そこでなぜ治療に通うだけのモティベーションが維持されるのかを考える。ここではふつうは具体的な動機付けから考えるのであるが、私は逆を行きたい。それは患者にもわからない動機である。私たちがヨガに通うとき、マッサージに通うとき、囲碁のクラスに通うとき、おそらくそこでの雰囲気やそこから帰った時の気分を考えるだろう。おそらくは間違いなくある種の漠然とした心地よさを感じているはずである。あるいはそれを継続すると決めたことによるある種の達成感ということもあるだろう。そしてその心地よさがどこから来るかは、本人にも詳細はわからないのである。ただしそこで面接室の雰囲気、行き帰りの時間等を考えるであろう。それらの総合なのだ。「今日はセッションに行こうか?それともキャンセルしようか?」と深刻に思う際、非常に総合的な評価が無意識になされている。ある患者さんは、「セッションに行くと、そのあと気分が持ち上がる、いい気持ちになる、達成感がわく、ということがあるんです」とおっしゃったが、それは治療がうまく行っていることの表れと言えるだろう。それが治療者に会いたい、そこでは居心地良く過ごすことが出来る、などの体験を生む。そこには様々な要素が考えられよう。私は特に以下の三つを考える。
1 自分の話を聞いてもらい、分かってもらえたという感覚を持つこと。
2 自分の体験に関して説明をしてもらうこと。
3.治療者の存在に触れることで孤独感が癒されること 
ただし私はここに「自分を知りたいから」を一般的な動機からすでに除外しておいてある。それはすでに前半で述べたからである。それ以外の理由を考えていただきたい。もちろんこの三つ以外にもあるかもしれないが、これら三つはおそらく最も重要な位置を占めるだろう。1.に関しては、人が自分という存在を認めてもらいたいという強烈な自己愛的な欲求と結びついている。私たちはどうして体験を人に話したいのか? 悩みを聞いてほしいのか? 何か面白い体験をした時に人に話したくなるのか? すべてがこの1に関係している。時にはこれだけで精神療法が成立しているのではないかと思うこともある。しかしそれだけではないだろう。
2.の「説明してもらう」については、ある意味では治療者をより本格的な精神療法過程へと引き込むことになる。これは要するに自分に起きていることを、言葉で表現することで頭に収めたいということだが、要するに物事の因果関係を明らかにするということだろう。そのためにはどうしても言葉が必要になるのだ。「いま私には何が起きているの?」「私はどうしたらいいの?」すべてのせっぱつまった疑問に対する答えは、ある種の因果関係を示すことなのだ。「AだからBが起きたんだよ。」するとそれだけで納得でき、心に収めることが出来る。その中にはたとえば「起きたことは大したことないから、心配することないよ」単なる気のせいだよ。
浅田真央さんが引退すると言うことで、ちょっと前にメディアでいろいろなシーンが流された。を送り出すときの佐藤コーチ。何かを言っている。よく聞くと「メダルを取ることなんでいいんだ。とにかく自分の演技をしなさい。これまでの自分を信じるんだ。」という言葉が聞こえた。真央ちゃんはそれを真剣に聞き、納得してリンクの中央に向かって滑り出していく。あの言葉は何だろう? 今流行の言葉で言うナラティブである。一つのまとまった意味。それは私たちに安心感を与える。それがないと不安でいられないのだろう。事前は、人生はまさにカオスのふちにある。何が起きるかわからない。本来はとても怖い世界であることを実は私たちは感覚的に知っている。そのときに一つでもそこに意味を見出すことで安心する。何となく体がだるい。何が自分に起きているのだろう? ふとのどの痛みに気がつく。熱も少しある。「そうか、風邪なんだ」と納得する。「おそらく風邪だろう」はそれより悪性の、場合によっては致命的な何かではなさそうだ、という安心感を与えるのだ。
しかしそれにしても昔の人たちは大変だったはずだ。たとえば日食が起きて急に空が暗くなったとしても、不吉な出来事の前兆とされたのである。今の私たちだったら意味のないこのナラティブは、おそらく日蝕に関する科学的な説明、つまり何年かに一度起きる天体現象であり、無害であるというナラティブに取って代わることで私たちを安心させてくれたわけである。


さて3.これも実に侮れないというか、実は心理療法が継続される際の最大のモティベーションとなっているのではないかと言える。そしてこれはもちろん1.との関係する。さもないとセラピストは患者の孤独感を決していやしてもらえないだろう。人間関係の中には、長年連れ添った夫婦や、成人後も生活を共にする親子関係なので、身体的には互いに近い場所で生活をしていても、精神的には極めて希薄な関係しかなかったり、一緒にいることでもっと寂しくなる、という、いわば「在の不在」としての他者さえいる。その中で治療者は常に患者の側に立って、しっかり「在の在」としての役割を発揮してくれる。


Dissociation in the psychoanalytic context - after Freud

Fortunately, many of Freud’s immediate followers did not abide by Freud's rather negative attitude toward dissociation. Ferenczi, Fairbairn, Winnicott, among other people integrated the idea of dissociation in their theory, although their way of using the term is greatly different.
The first analyst who made the stance clearly different from Freud’s was Ferenczi, and his writing is worthy of close examination. In the 1930s, Ferenczi returned to the place where Freud conceived his trauma theory before he allegedly abandoned in1897. (Masson, The Assault on Truth (1984). In his 1933 paper, Ferenczi made clear that splitting of consciousness of the patients is due to the trauma in their childhood, basically echoing Breuer’s views. He stressed that as the trauma repeats itself, the process of splitting becomes even more complicated and different personalities are created along the process. (Ferenczi, S. (1933/1949 ).  Confusion of tongues between the adult and the child. International Journal of Psychoanalysis, 30, 225-230.) 
  It is to note that “Confusion of Tangues” dealt with the issue of dissociation in a way that Freud would never approve of, as he loathed the notion of “hypnoid phenomenon” brought forward by Breuer. The following passage of Frenzci’s paper contains passages which indicate that he believed in the dissociative process in the sense that van der Hart would classify as (2) type. (underline added by Okano).  
   After that the patient started to do everything she was asked to do. We talk a good deal in analysis of regressions into the infantile, but we do not really believe to what great extent we are right; we talk a lot about the splitting of the personality, but do not seem sufficiently to appreciate the depth of these splits. If we keep up our cool, educational attitude even vis-à-vis an opisthotonic patient, we tear to shreds the last thread that connects him to us. The patient gone off into his trance is a child indeed who no longer reacts to intellectual explanations, only perhaps to maternal friendliness; without it he feels lonely and abandoned in his greatest need, i.e. in the same unbearable situation which at one time led to a splitting of his mind and eventually to his illness; thus it is no wonder that the patient cannot but repeat now the symptom-formation exactly as he did at the time when his illness started.(p227). Sándor Ferenczi , 1949;Confusion of the Tongues Between the Adults and the Child—(The Language of Tenderness and of Passion).International Journal of Psycho-Analysis, 30:225-230., underline added by Okano.
 His statement “The patient gone off into his trance is a child indeed” should be paid special attention. What Ferenczi practically meant was that the child has an agency in its own right, with his/her emotion, sensation and memory. That part shows “the concomitant development of a separate, split off, psychic organization, personality, or stream of consciousness”(van der Hart,2009).
In his paper, Ferenczi proposed his own idea about how this separate, split off, psychic organization or personality is formed. He mentions the notion of "identification of the aggressor" in order to give a theoretical background. This notion (hereafter abbreviated as “IWA”) is generally considered to have been introduced by Anna Freud (1936; Laplanche & Pontalis, 1974, p. 207), who included IWA as one of the defense mechanisms:Ferenczi’s notion predates that of Anna Freud, although his publication came much later in English.
 Exploring the early memories of his adult patients who had been abused as children, Ferenczi (1933) found evidence that children who are terrified by adults who are out of control will “subordinate themselves like automata to the will of the aggressor to divine each one of his desires and to gratify these; completely oblivious of themselves they identify themselves with the aggressor…. The weak and undeveloped personality reacts to sudden unpleasure not by defense, but by anxiety-ridden identification and by introjection of the menacing person or aggressor” (pp. 162-163, entire passage italicized in the original). The child “become[s] one” (p. 165) with the attacker. (p. 131)
Ferenczi distinguished mechanisms of identification and introjection, which are like two sides of a coin. Identification in Ferenczi’s use of the term means trying to feel what another person feels, essentially by getting into that other person’s head. In contrast, in introjection, one gets an image of someone into one’s own head.  
  It is to be argued that Frenczi’s notion of IWA is practically speaking dissociative process, where aggressive part of personality is formed with its agency (“automaton”).
”As a result of the identification with the aggressor, let us call it introjection, the aggressor disappears as external reality and becomes intrapsychic instead of extra-psychic; however, the intra-psychic is subject to the primary process in dreamlike state, as is the traumatic trance, that is, in accordance with the pleasure principle, it can be shaped and transformed into a positive as well as negative hallucination.”




2017年7月21日金曜日

解釈と共感 書き直し ③ 大文字のD 書き直し ④

私たちがせいぜい求めているのは洞察である
少なくとも私たちは共感だけではなく、自分について知りたいという部分を持つことがあることを示したつもりである。しかしそれは解釈のみによりもたらされるわけではない。そのことを示してみよう。
まず洞察とは何か? ここで分析協会のHPに北山会長が書いている文章を参考にしよう。
私たちは誰でも、ある種の無意識的なとらわれのなかで生きています。そのとらわれが大きすぎると、苦しくなり、ゆとりを失い、ときにはこころの病になります。 精神分析は特別なやりかたで、分析を受ける方と精神分析家とが交流する実践です。分析を受ける方がしだいに自分自身を無意識的な部分も含めてこころの底から理解し、とらわれから自由になり、生き生きとしたこころのゆとりを回復させることをめざしています。(日本精神分析協会ホームページ「精神分析とは」の一節)
この自らのとらわれ、という言い方は適切だと私が思うのは、特にこれを無意識的、と断っていないからである。自分にもその正体がわからないながら繰り返してしまう行動や言動。それを知ることが洞察であろう。その際知る対象は客観的な現実や真実ではないということが重要である。
ここで改めて洞察とは何か? 私はある思考、ナラティブが強いリアリティ(信憑性)を伴って得られること。としよう。それが得られるプロセスとしては、私は以下のものを考える。
     脳科学的に言えば、幾つかの思考のネットワーク間に成立する新たな結びつきである、ということが出来る。これまで慣れ親しんでいた二つの思考回路に一度連絡路が開かれるとそれは半ば永続的に強化される可能性がある。それは例えば二つの湖の間に穿たれた水路のようなものであろう。たとえば「お父さんとの関係がここでも繰り返されていますね。」という介入などはそうであろう。
     来談者の人生をよりよく説明するようなナラティブとして取り入れられるものである。ある思考が他の思考や体験の意味を明確にしてくれるのであれば、それはそれを示された後は繰り返し頭に浮かび、新たな洞察として成立することになるだろう。これには「あなたが弟さんの引きこもりの問題の原因だってどうして思うんですか?」という介入などが挙げられるだろう。
    「あらたな主観」(治療者)から取り入れられるものである。自分がそのような発想を持っていなかったことでも、それが人から与えられることで自分のそれまでの体験に新たな意味を与えるという形で、何度も繰り返し反芻されることがある。これはたとえば「私は自分のあるがままを受け入れていいんだ。」などの体験が挙げられるでしょう。

ではこのような洞察に至るためには何が必要だろうか? いくつか挙げてみよう。
                     解釈を通して???
                     直面化を通して
                     明確化を通して
                     オブザベーションを通して
                     支持的介入を通して
                     現実に直面して(仕事や学業上の失敗、上司、同僚からの忠告、アドバイスを通して)

このように列挙したのは、洞察に至る経路は様々なのであり、解釈を通してのみではないということを示したいからである。極端な話、自分はこれでいいんだ、という洞察は、患者が治療者から受け入れられるという支持的な介入から得られることだってあるわけである。ここで私はギャバード先生のテキストから表を紹介したい。

治療者がせいぜいできることはオブザベーションである

1.                              このギャバードさんの介入の分類の中で、左側の群、すなわちこれまで私たちが解釈に類する介入としてまとめていたものの中で私が一つ代表としてあげたいのがオブザベーション observation である。これは不幸にして日本語で「観察」と訳されているものである。しかし英語でobserve とは、そこにいて観察し、それを伝えることまでも含む。ただし特に解釈にまで至らないものである。そこで気が付いたことをそのまま伝えるというニュアンスがあり、何かを説明しようとしたり,つなげようとしたりを含まないものである。その意味では「指摘」する、という表現が一番近いかも知れない。治療者は,行動や,発言の順序や,瞬時の感情や,治療内でのパタンを単に指摘するだけで、(動機や説明には触れないままである。実際英和辞典にはobservation の意味として、3.〔気付いたことの〕所見、見解 とある。
ギャバードさんが挙げている例は以下の通りだ。

  •  「あなたのお姉さんについて尋ねたとき,あなたは涙を流されましたね」
  •   「お帰りの際にあなたはいつも私と目を合わせるのを避けられますね」
  •  「お父さんに見捨てられたことに私が話をつなげようとすると,あなたはいつも主題を変更なさいますね」
そしてこれには、直面化や明確化も含まれることになる。私がここにあえて解釈を入れたり、解釈をその代表にしないのはなぜかと言えば、解釈だけが治療者が最初に答えを知っていて、それを指摘する、というニュアンスを伴っているからである。しかし治療者が解釈を行うような特権を有することは誰にも証明できないからだ。

大文字のD 書き直し ④

Why did not Freud accept dissociation?

I consider that the reason why Freud so much loathed the notion of dissociation came from his dilemma of dealing with two antithetical issues, which cannot be handled together by their own nature. One is the drive theory that supposes that an internal factor mainly determines how the mind works, and the other is a perspective that multiple external factors, such as sexual trauma, which also affect human mind.
Freud was essentially a drive theorist. He cannot think about human mind without drive as its primary motivating force (hence the notion of “drive”). This theory is inherited to Freud from traditional theory of mind, dating back to Mesmer’s animal magnetism, or even further before, such as Hippocratic notion of humorism. Humorism posited that an excess or deficiency of any of bodily fluids affects human’s mental condition. Freud’s theory of libido is considered to be right on the track of this humorism, with his peculiar spin of sexuality.
On the other hand, he maintained the theory of sexual trauma, even after he “abandoned” the so-called “seduction theory”. Freud continued to believe that seduction can still be seen in the patient’s childhood, but it is significant only because it increased the child’s libidinal excitation without discharge. In other words, external events play a role mainly because they influence the internal condition. Thus Freud succeeded in uniting two antithetical factors into a single coherent theory. In order to make this theory plausible, the “apparatus” of mind should be intact in performing its dynamic mechanism. It allows excessive libidinal excitation due to seduction which mobilizes the defense mechanism of repression, which results in symptom formation in later life. What Freud did not take into account is a state where trauma is so damaging to the mind that the “apparatus” can no longer maintain its functional integrity, resulting in catastrophic phenomenon, such as splitting of mind and “hypnoid state” that Breuer conceptualized. 
  Even though Freud himself was distancing himself from the notion, dissociation has been discussed in a very limited way in psychoanalytic parlance. Obviously, dissociation was also discussed outside of psychoanalysis, but rather in a different way. Van der Hart summarizes the difference as follows;
The core of the difference between this psychoanalytic view of dissociation and the non psychoanalytic views that were prevalent in the late 19th and early 20th centuries is the following. Non-psychoanalytic investigators conceptualized dissociation in terms of two aspects: (1) integrated functioning that temporarily gave way in the face of stressors, and (2) the concomitant development of a separate, split off, psychic organization, personality, or stream of consciousness. This separate organization was made up of the unintegrated perceptual and psychological elements of the traumatic event. This personality organization operated outside of the individual's conscious awareness and could be accessed by various means including hypnosis and automatic writing. It was the division (dissociation) of consciousness (or the personality) that caused such hysterical (dissociative) symptoms as amnesia and contractures. For non-psychoanalysts, dissociation referred not only to the process of failed integration, but also to a psychical organization or structure (i.e., a dissociative psychic organization). Early Freudians, on the other hand, limited their view of dissociation solely to the first aspect (i.e., the process of failed integration, which, for the analysts, was motivated by the ego in the service of defense).van der Hart, Paul Dell ed. "Dissociation Book" p.14)
This statement points to the fact that although Freud might have acknowledged that splitting of mind can occur, it is as a result of an “act of will of the patient”, i.e. that two split-off minds are still under the control of the ego. The separated part would never develop into an independent ego with its own will. I would like the reader to bear in mind this point, which is crucial to the point I am going to make in this communication and especially the notion of the Dissociation (dissociation with capital D).       
       



2017年7月20日木曜日

解釈と共感 書き直し ② 大文字のD 書き直し ③

人は自分の無意識を知りたい、とは神話ではないか?
私はここで解釈ということの意味について考えたいと思う。私たちが解釈ということの意味を考える時の前提となるのが、私たちが自分自身の本当の姿、自分自身の中に隠された部分を知りたいという願望、ないしはその必要性を前提とする考え方である。まずそのことを疑ってみたい。
私の私淑し、その著書を翻訳までした Hoffmann が次のように述べている。
「最初に私が顕在的な問題について、真摯で幅広い関心を示したならば、潜在的な意味についての共同の探索はしばしばその後にやって来るであろう。しかしそれだけでなく、学習されたものはそれが何であっても、常に生々しく生き残るのである。解釈はその他の種類の相互交流と一緒に煮込まなければ、患者はそれらをまったく噛まないであろうし、ましてや飲み込んだり消化したりしないのである。」このことが自己洞察の大変さを物語っている。この文章が初めて意味を持つのは、これが解釈ではなくて、洞察とした場合。というのも私はどのように考えても、分析家に患者の無意識を解釈するような力はないと考えるからだ。
そう、解釈はやさしく伝えられないと人はそれを飲み込めないという。関係論者ならではの発言と言える。しかしこの文章はむしろ、解釈の重要性が今でも論じられていることを意味していることにはならないだろうか? もしそうであるならば、どうしてなのだろうか? それに対して一つの答えは次のようなものである。「人は自分の心の深層を知りたいという欲求を持つのだ。」という主張である。もしそうであるならば、患者の側の無意識を、患者に先んじて見通すことが出来た治療者が与える解釈には正当性があるということになる。そこでその問題から考えたい。
まずは「人は自分のことを知りたいという欲求を持つのだ。」について。それはそうかもしれない。誰でも若い頃は一度ならず、自分の知らない可能性が眠っていると考えるのではないか。私は若い頃楽器の演奏や武道にあこがれたが、ある先生に指導を受けてコツコツ練習していけばうまくなれるのではないかと漠然と考えていた。将来をつくるのは自分だし、いかなる未来も自分の努力次第で可能だ、と思えていた時代。アメリカに渡ったのもそのためだった。語学などはその最たるものである。アテネフランセに通いだしたころは、フランスでの生活を一年でもすれば、自然にネイティブ並みの語学力が身につく、と思っていた。なんという無知ぶりだろう。でもそのようなことを考えるのが人間なのだ。自分の中にはいろいろな可能性が眠っている。それを知りたいというような、一種の宝探しのニュワンスを感じていた人もいたかもしれない。「自分探しの旅をする」ことに魅力を感じるのであろう。精神分析や精神療法を同様なものとみなす人がいてもおかしくないし、私自身にもそのような気持ちがあった。
しかしここで一つ考えてみよう。人は自分のことを知りたいと思っても、自分の心の姿を知る勇気がどれほどあるだろうか?例えば人は自分の中に隠れている才能を知りたいとは思うだろう。しかし自分の中に隠れている才能の欠如や劣っている部分、ないしは病気について知りたいと思うだろうか。それらの場合には好奇心に不安が勝ってしまい、人はそれをむしろ知りたくないと思うのが普通である。例えば私たちはある程度は知的な仕事についていると言えるだろうが、誰が自分のIQレベルを知りたいだろうか?あるいは自分の脳にどこまで、アルツハイマー病の原因物質であるアミロイドベータが溜まって貯まっているかを知りたいと思うだろうか?そう、私たちは自分の隠れた才能や得意分野を知りたいという願望を有するが、自分たちのネガティブなことについてはむしろ知りたくないというのが人情なのである。その意味で、「人は自分のことを知りたいという欲求を持つのだ。」という主張はかなり割り引いて考えるべきなのだ。
それに百歩譲って「いや、自分は悪いところも含めて自分を知りたいのだ」という奇特な人が現れたとして、自分の悪いところを次々と明るみに出されるとしたら、途中できっと治療に来なくなってしまうであろう。人間とはそういうものだ。自分の悪い部分を知る過程では、猛烈な反発が起きてくるであろうし、それはこれまで慣れ親しんだ思考や行動への挑戦に対する強力なエス抵抗が出て来るからだ。
しかしあとで述べるように、それでも止むに止まれず、悪い部分も含めて「自分のことを知りたい」という人が出て来る可能性がある。
問題はこのような時期はいずれは過ぎ去り、人はまた心の安定や自己愛的な居心地の良さを求めるようになるということだ。そこでは人は「自分のことを知りたい
という願望」を再び「自分のいい部分についてはもっと知りたい」という都合の良い願望に置き換えてしまう。
 さらには自分の問題が容易に解決できるようなものではなく、というより生得的な要素が強いために今後もそれと生きていかなくてはならないというときも、この「自分の悪いところを知りたい」という願望は早晩影をひそめてしまうだろう。
たとえば「ふつうに話しているつもりでも人に誤解される、どうしてなのだろう?」と苦しみぬいた末に治療に訪れた患者が、様々な検討を試みた結果、その理由の一つは、人の心を汲み取れるような繊細さにかけている、と指摘されたとしよう。そしてそれをどのように改善したらいいかと問うた場合に、「残念ながらそれはあなたには欠けた能力であり、それを獲得することは難しいでしょう」と言われたとする。もちろん彼はその自分に欠けた能力を補うためにはどのような工夫をしたらいいかと考えるかもしれない。しかし「自分はダメなんだ」と思うことで、もうカウンセリングに通うモティベーションをなくしてしまうかもしれない。
 本当に自分を知りたくなる時
 ただし本当に自分を知りたいと思うときが出てくる。自分の何が問題になっているかについて知りたいと真剣に考えている場合である。これは通常その人の中で守られていた自己愛的な防衛の一角が崩れ、心が深刻な痛みを発している時である。それは自分に漠然とした違和感が生じ、それを何らかの形で明らかにしたいからである。その場合は人はある種の不安を感じ、それを解消する意味でも何が起きているのかを把握したくなる。このようなときは苦しみを味わうとともに、おそらく自分の心に最も向き合う時期であるかもしれない。自分の持つ問題点を自覚し、それを直していくことについてもっとも真摯な興味を持つことにつながるであろう。ある種の修行の期間、指導者や上司の声を受け入れることが自らの向上につながるという現実を受け入れる時期でもある。
しかしそうならば、それに対して「来談者が自ら発見することを手助けする」という分析的なスタンスは、少なくともこの種のニーズにはあっていないということになる。救急に訪れた人に救急医は自然治癒を促進すべくアドバイスをするだろうか。しかも解決の道が患者の心にすでに隠されているというのなら別であるが、おそらく治療者自身にもそれは見えていない。そこからはまさに共同作業が開始されるべきなのであり、治療者はそれに対して受け身的なスタンスを取ることは適切でないということになる。
ここでの考えをまとめると以上のようなものになるだろうか?
自分を知りたい、その援助をしてほしいというニーズに訪れる人に対して、おそらく従来の分析的なスタンスは意味を持つ。しかしそのようなニーズを持つ人はきわめてまれといわなくてはならない(訓練分析を受けに訪れる来談者はここでは除外して考えよう。)自分を知りたいというニーズを持つ人の大半は、それに対して治療者の積極的でアクティブな姿勢を望んでいるであろうし、治療者はそのニーズに対応しなくてはならないのである。
現代の精神分析学はある一つの大きな転換点に来ているといっていいだろう。それは意味はすでにそこに形を整えて存在するというのではなく、析出するということである。それ以前は解離しているということだ。あるいは言葉を得ていず、体験されていないということ。体験する=言葉を有する=想起出来るという点は極めて貴重なことである。
ちなみに悪いところの原因は、それこそ分析的な無意識の影響にはとどまらない。
私が以上の論述から何を言いたいのか? おそらく私たちが治療の目標としてしばしば掲げる「自分をもう少し知りたい」は、きわめて条件付きのものということである。そして「自分をよりよく知ること」を治療の第一の目標として掲げることをやめる時、私たちのカウンセリングや精神療法に対する考え方は振り出しに戻るということだ。

大文字のD 書き直し ③


Historical review

The controversy around the notion of dissociation dates back to Freud. The more we explore his views on dissociation, the deeper we are impressed about how much Freud attempted to distance himself from this idea. It was already obvious in the “Studies of Hysteria” that he co-authored with Joseph Breuer, far before his well known conflict with Pierre Janet on the topic. What is remarkable is that Freud’s attitude toward dissociation as well as dissociative patients replicates itself in current psychoanalytical sessions as was demonstrated by the initial short vignette.
 
 When Freud realized that many hysterical patients suffered from childhood abuse and trauma, he prompted Breuer into writing the book with him. Freud proposed that there are different types of hysteria, such as “hypnoid hysteria” as well as “retention hysteria” and “defense hysteria”. However, his dissatisfaction with Breuer's idea of hypnoid (dissociative) state was obvious in the same book. In the last chapter of the “Studies of Hysteria” (Freud, 1895, p.286)
Now both of us, Breuer and I, have repeatedly spoken of two other kinds of hysteria, for which we have introduced the terms ‘hypnoid hysteria’ and ‘retention hysteria’. It was hypnoid hysteria which was the first of all to enter our field of study. I could not, indeed, find a better example of it than Breuer's first case, which stands at the head of our case histories. Breuer has put forward for such cases of hypnoid hysteria a psychical mechanism which is substantially different from that of defense by conversion. In his view what happens in hypnoid hysteria is that an idea becomes pathogenic because it has been received during a special psychical state and has from the first remained outside the ego. No psychical force has therefore been required in order to keep it apart from the ego and no resistance need be aroused if we introduce it into the ego with the help of mental activity during somnambulism. And Anna O.'s case history in fact shows no sign of any such resistance.
I regard this distinction as so important that, on the strength of it, I willingly adhere to this hypothesis of there being a hypnoid hysteria. Strangely enough, I have never in my own experience met with a genuine hypnoid hysteria. Any that I took in hand has turned into a defence hysteria. It is not, indeed, that I have never had to do with symptoms which demonstrably arose during dissociated states of consciousness and were obliged for that reason to remain excluded from the ego. This was sometimes so in my cases as well; but I was able to show afterwards that the so-called hypnoid state owed its separation to the fact that in it a psychical group had come into effect which had previously been split off by defence. In short, I am unable to suppress a suspicion that somewhere or other the roots of hypnoid and defence hysteria come together, and that there the primary factor is defence. But I can say nothing about this. (Studies of Hysteria,1895, p285., stress added by Okano)
Freud did not forget this issue and later made it clearer even in “Dora’s case”, as follows.
…I should like to take this opportunity of stating that the hypothesis of ‘hypnoid states’—which many reviewers were inclined to regard as the central portion of our work—sprang entirely from the initiative of Breuer. I regard the use of such a term as superfluous and misleading, because it interrupts the continuity of the problem as to the nature of the psychological process accompanying the formation of hysterical symptoms. Fragment of an Analysis of a Case of Hysteria (1905) P27 Underlined by Okano
 Why was Freud so much opposed to the idea of “hypnoid state” that he later considered  “superfluous and misleading”? Because the latter presupposes the splitting of the mind, which, according to him was not a dynamic explanation. Freud’s stance is clearer in his statements found in the “Psychoneuroses of Defense" (1894), in which he chose also Janet as a target of his criticism of the same nature.
Let me begin with the change which seems to me to be called for in the theory of the hysterical neurosis.
Since the fine work done by Pierre Janet, Josef Breuer and others, it may be taken as generally recognized that the syndrome of hysteria, so far as it is as yet intelligible, justifies the assumption of there being a splitting of consciousness, accompanied by the formation of separate psychical groups.1 Opinions are less settled, however, about the origin of this splitting of consciousness and about the part played by this characteristic in the structure of the hysterical neurosis.
According to the theory of Janet (1892-4 and 1893), the splitting of consciousness is a primary feature of the mental change in hysteria. It is based on an innate weakness of the capacity for psychical synthesis, on the narrowness of the ‘field of consciousness (champ de la conscience)’ which, in the form of a psychical stigma, is evidence of the degeneracy of hysterical individuals.
In contradistinction to Janet's view, which seems to me to admit of a great variety of objections, there is the view put forward by Breuer in our joint communication (Breuer and Freud, 1893). According to him, ‘the basis and sine quâ non of hysteria’ is the occurrence of peculiar dream-like states of consciousness with a restricted capacity for association, for which he proposes the name ‘hypnoid states’. In that case, the splitting of consciousness is secondary and acquired; it comes about because the ideas which emerge in hypnoid states are cut off from associative communication with the rest of the content of consciousness.2
I am now in a position to bring forward evidence of two other extreme forms of hysteria in which it is impossible to regard the splitting of consciousness as primary in Janet's sense. In the first of these [two further] forms I was repeatedly able to show that the splitting of the content of consciousness is the result of an act of will on the part of the patient; that is to say, it is initiated by an effort of will whose motive can be specified. By this I do not, of course, mean that the patient intends to bring about a splitting of his consciousness. His intention is a different one; Freud, “Psychoneuroses of Defense" 1894, p.46, stress added by Okano.





2017年7月19日水曜日

大文字のD書き直し ②

A short vignette

Ms.A, a female client in her late twenties has been in psychoanalysis for the past three years. One day, when a child personality shows up without her usual elegant and composed manner, her analyst, Dr.B, initially felt blindsided. Then after recovering his composure, he states “Well, Ms.A, let’s start our session anyway. I thought that you wanted to express some child-like feelings and fantasy in such a telling way. Now, what comes to your mind this morning?” 
By that time, her child personality quickly withdrew, reminding herself that she is not “ready” to show up in the session. Then A came back and said to herself. “Well…I remember once that my child part suddenly went ahead of me and spoke to him. At that time he never even noticed the change of the tone of my voice. He is now a step ahead, it appears, but still not ready to deal with us if it happens again in the future.”

The purpose of my presenting this telling (so I hope) vignette is to indicate that this is still the standard attitude of the analysts who are not informed of the clinical manifestation of the patients with dissociative disorder. This situation is not only unfortunate for psychoanalysts but also unwelcoming to those potential clients for psychoanalysis who have dissociative disorders. The main thrust of this paper is to change the analytic milieu in this regard.
As I stated, dissociation has been discussed increasingly in recent psychoanalytic literature. We can find very precious messages from their works; the concept of dissociation not only plays an important role in stressing the issue of trauma and supplement the deficit model, but also proposes a paradigm with such concepts as therapist’s spontaneity, subjectivity and enactment as a key to treating those suffer from trauma. However, what is discussed as dissociation in their works is limited to what Stern called “weak dissociation”.  I really doubt that the discussion of dissociation this type still provide us with insufficient theoretical basis for treating dissociative phenomenon manifested by some clients, such as Ms.A that I described above.


2017年7月18日火曜日

解釈と共感 書き直し ①、大文字のD書き直し ①

これもまだ引きずっているなあ。書き直しだが、最初の部分はあまり変わらない。


▼「共感と解釈」について― 本当に解釈は必要なのか?

精神分析の世界ではとかく、共感と解釈は両極端のものと考えられやすい。そして決まって「共感ばかりでは患者さんの心には洞察が得られないだろう。」という主張が優勢となる。洞察よりも共感の方がより本質的であり大事だ、という議論はほとんど聞かれないといってよいだろう。百歩譲っても、洞察は最終目的であり、そのためにはまず共感が必要であるという言い方がなされるのである。そしてもし「共感だけでもいいのだ」という主張をしようものなら、あの恐ろしい宣告を受けてしまうのである。
「それはもはや精神分析ではありません。」私は分析学会の会場ではそれは怖くて言えず、またそれを提唱しようとは思わない。その代りに次のように申し上げたいと思います。精神療法とは、洞察と共感がその両輪なのだ。ここで私は解釈と共感が両輪だ、とは言っていないことに注意してほしい。洞察と共感なのである。洞察は様々な経路を介して至ることが出来る。ところが解釈は、分析家の力によってのみ至る、あるいは促進される、という考え方だ。そこを皆さんに考え直してほしいと思う。結論から言えば、解釈をしようとする姿勢は、しばしば治療関係に有害に働くのである。そうではなく、洞察を得る、その手助けをするという方がより治療的に有意義なのである。
解釈が何より重要である、という主張に対して、たとえば次のような事例を提供したい。
あるクライエントAさんに対する前分析家の解釈は、(中略) を戒める形となった。
いったい解釈を求めるという分析家の試みはどういう意味をこのAさんにもたらしたかを考えると目を覆うばかりである。もちろんこれはいい解釈ではない、といえないことはない。では普通の能力を持った、平均的で常識な分析家は、good enough な解釈をどれほど提供することが出来ているのだろうか?

大文字のD 書き直し ①

Toward the theory of “Dissociation with capital D”


Preface

Relationship between psychoanalysis and dissociation has a very long and checkered history. Its origin obviously goes back to Freud. Already when he was working on the Studies of Hysteria (1895) with Joseph Breuer, he was dissatisfied with his co-author’s notion of “hypnoid states”, and pivoted toward the theory of repression and libido theory. What he abandoned later was not only his so-called seduction theory, but his opportunities to become familiar and work with patients with experiences of atrocious and traumatic life history.
 Freud's tendency of paying relatively less attention to trauma and dissociation did not satisfy his contemporary Ferenczi, and leading analysts of the day, such as Fairbairn,  Balint and Winnicott, who opted their ways a little more in favor of trauma and dissociation compared to their great master. These analysts used the term and the notion of "dissociation," but it never was accepted to the mainstream of psychoanalysis and that still holds true on our age. Further down the road, it was H.S. Sullivan who picked the notion, but his theory of dissociation was not given much credit. Recently, there is a new trend in the discussion of the notion of dissociation, which is lead by prominent authors such as P. Bromberg and D. Stern. What I would like to attempt in this paper is to give some additional view to the general trend of their discussion, which I call as the theory of “Dissociation with capital D”.
Before going into discussion any further, I would like to introduce a short vignette in order to make my purpose of writing this paper clear.




2017年7月17日月曜日

ほめる に難航している 2



親が子をほめる
さて以下は各論であるが、これまでの議論を下敷きにしたい。
親として子をほめる場合は、独特の事情が加わる。思い入れだ。私自身の体験を踏まえて論じるのであるが、自分の子供の達成をどのように感じるかは、親がどれだけ子供に感情移入をしているかに大きく影響される。たとえば床運動の選手が「後方伸身宙返り」の着地を見事に決めるのを見て「すばらしい!」と感激する人も、公園でどこかの乳児がおぼつかない足取りで一歩を踏み出す様子を見て特別に感動することはないはずだ。ところがそれがわが子の初めての一歩だとなると、これは全く違う体験になる。これまでの十数ヶ月の成長を毎日追ってきた親にとっては、わが子が初めて何にもつかまらずに踏み出した一歩は、すばらしい成長の証であり、紛れもない偉業にさえ映るだろう。見知らぬ子とわが子で、どうしてここまで感動の度合いが異なるのだろうか? それは親がどこまで子供に思い入れをし、どれほど感情移入しているかによる。先ほど述べた「想像力」の問題と考えていい。私はこの親による子への思い入れを、「同一化による思い入れ」と、「自己愛的な思い入れ」の二つに分けて論じたい。
まずは同一化の方である。子供がハイハイしていた時は、親は自分も心の中でハイハイしているのだ。そしてつかまり立ちしようとしているとき、親も一生懸命立ち上がろうとしている。そして立ち上がり、一歩踏み出した時の「やった!」感を親も体験している。それまではハイハイしかできなかった自分にとってこれほど劇的な達成はないのだ。
もうひとつの思い入れは、自己愛的なそれである。子供が一人歩きをする姿を見た親は、自己愛を満足させる可能性がある。もう少し分かりやすい例として、わが子が漢字のドリルで百点を取って持ち帰った場合を考えよう。するとそれを聞いた親の脳裏に浮かぶ様々な考えの中には、「自分の遺伝子のおかげだ(自分も生まれつきその種の才能を持っているに違いない)」が含まれているに違いない。しかしもし血が繋がっていなくても、「自分の教え方がよかったからだ」「自分の育て方がよかったからだ」「自分が教育によい環境を作ったからだ」など、いろいろと理屈付けをする。結局親はわが子の漢字ドリルの成績をほめながら、同時に自分をほめているのだ。
ここに述べた思い入れの二種類、つまり同一化と自己愛によるものがどのように異なるかは、子供がとてもほめられないような漢字ドリルの答案を持ち帰った際の親の反応を考えれば分かる。子供に強く同一化する親なら、子供が零点の漢字テストの答案を見せる際のふがいなさや情けなさにも同一化するだろう。もちろん親にとっても我がことのようにつらい。同一化型の親は子供を叱咤するにせよ、慰めるにせよ、それは自分の失敗に対する声掛けと同じような意味を持つことになる。
 自己愛の要素が強い親の場合には、零点の答案を見た時の反応は、何よりもそのつらさを味わっているはずの子供への同一化を経由していない。その親は何よりも自分のプライドを傷つけられたと感じる。その親は子供により恥をかかされたと感じ、烈火のごとくしかりつける可能性がある。別のところでも論じているが、自己愛の傷つきは容易に怒りとして外在化される。それは最も恥を体験しているはずの子供に対して向けられる可能性をも含むのである。
ただしこの二種類の思い入れはもちろん程度の差はあってもすべての親に共存している可能性が高い。そしてその分だけ子供の達成あるいはその失敗に対する親のかかわりはハイリスクハイリターンとなる。ほめることは莫大な力を生むかもしれないが、叱責や失望は子供を台無しかねないだろう。自らの思い入れの強さをわきまえている親は、直接子供に何かを教えたり、トレーナーになったりすることを避けようとする。ある優秀な公文の先生は、自分の子供が生徒の一人に混じると、その間違えを見つけた時の感情的な高ぶりが尋常ではないことに気が付き、別の先生に担当をお願いしたが、それは正解であったという。医師の仲間では、自分の子供の診察は、たとえ小児科医であっても決して自分ではせず、同僚の医師に任せるという不文律がある。これも自分の子供に対する過剰な思い入れ(同一化、自己愛の対象)が診断や治療を行うものとしての目を狂わすということへの懸念であろう。ただしそれでも「父子鷹」(おやこだか)のように親が同時に恩師であったりトレーナーであったりする例はいくらでもある。とすれば、親から子への思い入れは子供の飛躍的な成長に関係している可能性も否定できないのだ。
ところでこれらの思い入れの要素は、最初に述べた純粋なる「ほめたい願望」とどのような関係を持つのだろうか? これは重要な問題である。いずれにせよ親はその思い入れの詰まった子供と生活を共にし、ほめるという機会にも叱責するという機会にも日常的に直面することになる。おそらくその基本部分としては、やはり純粋な「ほめたい願望」により構成されていてしかるべきであろう。思い入れによりそれが様々影響を受けることはもちろんであるが、その基本にほめたい願望が存在しない場合には、子育ては行き詰るに違いない。
それ以外にも親は先述の「方便として」ほめることも考えるであろう。本当は子供の達成が親にとっては不満足だったり、感動を伴わなかったりする。それでも親はこう考えるかもしれない。「一応ここでほめておこうか。そうじゃなくちゃかわいそうだ。それにほめられることで伸びるということもあるかもしれないじゃないか。」もちろんそれがいけないというわけではないにしても、私はそこには純粋さが欠けていると考える。本来の褒める行為は純粋な「ほめたい願望」を含んでいなくてはならない。いや、こう言い直そう。純粋な「褒めたい願望」を有さない人間にうまい褒め方はできないだろう。本当に人を伸ばす力を有する褒め方もできないはずだ。なぜならそこには自然さがないからである。

教育場面、臨床場面でほめること
さて臨床場面や臨床場面でほめるという行為はこの論文の本質部分でなくてはならないが、これまでの主張で大体議論の行き先はおおむね示されているだろう。ただし親が子をほめるということとは異なり、教師や治療者がほめる場合には、そこに別な要素が加わる。それは彼らが生徒や患者とのかかわりにより報酬を得ていることであり、そこに職業的な倫理が付加されることである。もちろんそこに相手(生徒、患者)への思い入れは存在するものの、親の子に対する思い入れに比べてその要素はより希薄であるはずだ。そしてその職業的な倫理観は、報酬の与え方によりかなり異なるはずである。有料の家庭教師や精神療法のセッションの場合は、相手との対面時間がより有効に、相手のために使われるべきであることをより強く意識するであろう。その結果として、純粋な「ほめたい願望」はより補強されるはずである。さらには親の子に対する思い入れに似た思いいれも強まる可能性がある。教師や治療者は相手と長い時間をすごし、同一化の対象となることが多い。また教育的ないし治療的なかかわりの成果が自分の職業的なプライドやアイデンティティに結びつく以上、そこに「思い入れ」の要素もそれだけ加わるはずだ。
ただし他方では教育者および治療者としてのかかわりは、それが報酬を介してのものであるということから、そのかかわりはよりドライでビジネスライクなものとなる可能性もまた含んでいる。職業外での相手との接触は、特に治療者の場合はむしろ控えられ、そうすることもまた職業的な倫理の一部と感じられるかもしれない。
更には技法としての「ほめる」もここに関与してくる。生徒や患者の達成や成果に対して、特に感動を覚えなくても、それを「教育的」ないし「治療的」な配慮からほめるという事も起きるだろう。ただしここには冒頭に述べたような複雑な事情が絡んでくる。ほめるということが果たして治療的になるのか、それは患者をいたずらに甘やかしているのに過ぎないのではないか、という懸念は、特に精神分析的な関与の際は考慮されることになる。この点について最後に私の個人的な考えを述べておきたい。
現代的な精神分析の観点では、治療者と患者の関係性の重要性が指摘されている。そこでは治療者が患者といかなるかかわりを持ち、それを同時に患者とともにいかに共有していくかは極めて重要な要素となる。患者の達成や進歩に対して治療者がいかなる気持ちを抱くかを伝えることもまた患者が自らを知り、治療者の目にどのように映るのかを知る上で非常に重要となる。「ほめる」という要素がそこに加わることは十分ありうるであろう。ただしその上で言えば、心理療法にほめるというかかわりが必要であるかという点に関しては多少なりとも疑問を感じる。ほめるには、感動を相手に伝え、その喜びを共有する意味がある。それは単回生のコミュニケーションの手段として重要ではあるが、継続的な治療においてどの程度意味があるのかは不明であるという。ほめるというのが相手に気持ちを伝えるのと同様にどこか上から目線なところがある。「ほめる」ではなくとも、「感動を伝える」でいいのではないか。
たとえばセッションを休みがちであった患者が、最近毎回来院できるようになったとする。治療者はその成果を嬉しく思い、「最近は毎回いらっしゃれるようになりましたね。よくかんばっていらっしゃいますね。」と「ほめ」たとしよう。特に問題のない関わりであり、治療者は自分の正直な気持ちを伝えている。それを伝えられた患者も嬉しいだろう。しかし心理療法には単に患者が成果を治療者にほめられて嬉しく思い、治療動機が更に増す、という単純な流れに従わない部分があまりに多い。たとえば治療にこれないと言うことが、治療者に対する複雑な気持ちを反映しているとしよう。たとえば患者は治療のあり方や治療者の対応に疑問を感じている。それをうまく表現できずに治療動機を失いつつあるとする。そのとき治療者の「よくがんばっていますね」は、患者の気持ちの複雑さやそこに自分がどのように関係しているかについて顧慮せず、ただ来院することが治療の進展を意味するという単純な考えを示しているに過ぎないと患者が思うかもしれない。治療者はそれよりも、「あなたが治療に毎回来院できるようになっていることは喜ばしいと感じますが、あなたはどのように感じますか?」というかかわりのほうがより適切であろう。もちろんそれで患者が複雑な思いをすぐに語れるというわけではないであろうが、少なくとも治療者が来院イコール改善という単純な考えに対する疑問を持っていることを暗に伝える役割を果たすであろう。
この後者の言い方について、改めて考えてみよう。「よくがんばっていらっしゃる」の部分はほめ言葉なのであろうか?それは実は受け取る側の患者の気持ちに大きく依存していることが分かる。来院が患者にとって当たり前のことで、かつ容易であるならば、これはほめ言葉として意味をなさない。来院よりも、セッション中に何を伝えることが出来るかが大切だと考える患者にとっては、来院そのものをほめられることの意味は少ないであろう。しかし来院すること自体に非常に苦労し、その苦労を治療者に分かって欲しい場合には、この言葉は始めてほめ言葉としての意味を持つのである。その意味では「よくがんばっていらっしゃいますね」は患者がそれに対する評価を欲している場合においてのみ意味を持つことになる。社会人が毎朝通勤して、上司に「今日も出社して偉いね」といわれることにはほとんど何の意味も感じないという例を考えれば分かるだろう。
ただし治療者が患者の来院そのものを成果と感じ、喜ぶ場合には、それを伝え、その患者の感じ取り方を含めて考えていくことは、むしろその治療者にとって意味がある可能性は無視できない。本稿の前半で述べたとおり、ほめたい願望の純粋部分は、患者の喜びを喜ぶという愛他感情である。患者が進歩を見せる。あるいは喜びの感情を見せる。もちろん喜びの対象は患者の表層上の喜びにはとどまらない。それは患者と共有されていると思う限りにおいて口にされることで患者の治療意欲を大きく高めるであろう。たとえ患者がその喜びを当座は感じていなくても、将来きっと役立つであろう試練を味わっていると治療者が思う場合には、やはりそれも心のどこかで祝福するのだ。そしてそれは純粋なるほめたい願望を持つ親の子供に対する感情と変わりない。
最後に治療者がほめることの技法部分についても触れたい。これは特に治療者が感動しなくても、ほめることが患者にとって必要である場合にそれを行うという部分である。私がこの技法としてのほめる部分が必要であると考えるのは、治療者の気持ちはしばしば誤解され、歪曲された形で患者に伝わることが多いからだ。先ほどの例をもう一度使おう。この場合は患者の治療意欲は十分であったが、体調不良や抑うつ気分のせいで、セッションに訪れるだけで精一杯であったとしよう。そしてそれを治療者にわかってほしいと願う。治療者は内容が特に代わり映えのないセッションの積み重ねに若干失望していたとする。患者が毎回来るだけでも必死だということへの顧慮はあまりない。ただスーパービジョンを受け、あるいはケースを見直し、ふと「自分はこの治療に過剰な期待を持っているのではないか?」「自分はこの患者が出来ていないことばかりを見て、できていることを見ていないのではないか?例えば以前の治療関係ではごく短期間しか継続できていなかった治療がここまで続いているということを自分は評価したことがあっただろうか?」治療者はこの時おそらく半信半疑でありながらも、こんなことを考える。「もしかしたら治療が続いていることに対しての労いを患者は期待しているのではないか?」治療者は次の回で伝えてみる。「あなたが体のだるさや意欲の減退を押して毎回通っていらっしゃるのは大変なことだと思います。」
本当は治療者はこの「大変さ」を心の底から実感していない。ただ患者の立場からはこの言葉が意味を持つのではないかということは理屈ではわかる。治療者は方便として「ほめる」のである。それを聞いた患者側はどう感じるだろうか? もし患者側が「久しぶりに、先生に私のことを分かってもらったという気がしました」と伝えることで、治療者がそれを意外に感じるとともに、自らの治療に対する考え方を再考するきっかけになるとしたら、これもやはり意味があることなのだろう。彼は純粋なる「ほめたい願望」の射程距離を少し伸ばせたことになるのだろう。





2017年7月16日日曜日

ほめる に難航している 1

「褒める」原稿がまとまらない。迷走をしている。何度も書き直している。
日本人にとっての「ほめる」 

はじめに

「ほめる」とは非常に挑戦的なテーマである。心理療法の世界ではある意味でタブー視されていると言ってもいいだろう。精神分析においては、その究極の目的は患者が自己洞察を獲得することと考えられるが、ほめることは、それとはまさに対極的ともいえるかかわりである。その背後には、洞察を得ることには苦痛を伴い、一種の剥奪の状況下においてはじめて達成されるという前提がある。
一般に学問としての心理療法には独特のストイシズムが存在する。安易な発想や介入は回避されなくてはならない。人(患者、来談者、バイジー、生徒など)をほめることは一種の「甘やかし」であり、その場しのぎで刹那的、表層的な介入でしかなく、そこに真に学問的な価値はないとみなされる。
しかし目に見える結果を追及する世界では、かなり異なる考え方が支配的である。かつてマラソンの小出監督は、「欠点を探すんじゃなくていいところだけ見て、お前、すごいなと言ってやればいい」と語っている。(高橋尚子、小出義雄、阿川佐和子 阿川佐和子のこの人に会いたい 342 週刊文春、2000年6月1日号)いかに選手のモティベーションを高めるかが重要視される世界では、「ほめる」ことはその重要な要素の一つとみなされる。また動物の調教の世界などでも、報酬を与えることが重要視される一方では、叱る、痛みを与えるなどのかかわりは問題外とさえ言われているようだ。
実際に私たちがあることを学習したり訓練したりする立場にあるとしよう。そこでの努力や成果を教師や指導者からほめられたいと願うことはあまりに自然であろう。おそらく「私はほめられることが嫌である」という人はかなり例外的であり、おそらくパーソナリティ上の問題を疑われかねないだろう。ほめられることで人はこれまでの苦労が報われたと感じ、さらにやる気が出るものだ。ほめられた時に単にお世辞を言われたり、精神的に「甘やかされた」と感じることは少なく、むしろ自らの努力を正当に評価されたと感じるものである。だから儀礼上は人は過剰にほめあい、お世辞を言い合うことで人間関係を円滑にしようと試みるのである。
このように日常的、社交的なかかわりにおいてはその存在理由や有効性が自明でありながら、治療者のかかわりとしては様々な議論を含むのが、この「ほめる」という行為なのである。

純粋なる「ほめたい願望」

まずは私自身の体験から出発したい。私は基本的にはある行為や物事に心を動かされた際には、その気持ちをその行為者や作者に伝えたいと願う。たとえばストリートミュージシャンの演奏に感動したら、「すばらしかったですよ」と言いたくなるし、大き目のコインを楽器ケースに入れたくなる。見事な論文を読んだら、その作者に「とても感動しました」と伝えたい。学生の発表がすばらしと思ったら、その思いを当人に知らせたくなる。その際に私は具体的な見返りを特に期待はしていない。もちろんそう伝えられた相手が「本当ですか? 有難うございます。」と喜びの表情を見せたら、私も一緒に喜びたいと願う。しかしそのような機会が得られないのであれば、その気持ちをメッセージで一方的に伝えるだけでもいいのである。そこで私にはこの比較的単純でかつ純粋に思える願望を、とりあえず「ほめたい願望」と呼ぶことにしたい。そしてこれは程度の差こそあれ、私たち皆が持っていて、それが「ほめる」という行為の基本にあると考えるのである。
ただしこの考えにはたちまち異論が予想される。「純粋な、というが、この願望はその他の願望が形を変えたものではないか、たとえば自分自身がほめられたいという願望から派生しているのではないか? 人はほめることにより、相手に同一化してほめられるという身代わり体験をしているのではないか?」その可能性も否定できない。しかし「ほめたい」という願望がほめられたいことの裏返しとは限らない。ほめた相手に「そういうあなたも素晴らしいですよ」といわれたら当惑し、「いやいや、そう意味でほめているのではありませんよ」と言いたくなるだろう。私はこの純粋なる「ほめたい」は、むしろ誰かと一緒に何かを喜びたいという比較的単純な願望に近いような気がする。だからむしろファンの心理に近い気がする。将棋の連勝記録を伸ばして快進撃を続ける若手棋士のファンになってしまい、勝利を一緒に喜ぶというのもその類だろう。しかしその場合喜びの気持ちは単独でも生じ、相手にわざわざそれを伝えてほめてあげようとまでは思わないだろう。つまりこれでは自分が相手をほめるという能動的な行為が必要となる理由を説明できない。
私は基本的には純粋なる「ほめたい願望」は愛他性(利他性)に派生していると考える。愛他性とは他人の幸福や利益を第一の目的とした行動や考え方である。愛他性はその純粋さについてや自己愛との関連で様々な議論を含むものの、その原型は確かに母親の子供に向ける気持ちに見出されるであろう。私たちが人助けをしたり、他人の幸福を喜びとしたりする体験を全く持たないという方がむしろ稀であり、愛他性は程度の差こそあれ人が持っている基本的な感情である。もちろん私たちは何の根拠もなく素性のわからない他人を利することにはある程度の抵抗を覚えるであろう。しかしある時ある人の行為や作品に感動を覚えた場合に、それを当人に伝えることには正当な根拠があり、かつそれが相手の喜びや満足感をもたらすとしたら、それは比較的自然な愛他性の表現と言えよう。それが私の述べる純粋な「ほめたい願望」の正体であろう。
さて以上純粋なる「ほめたい願望」について論じたが、これが発揮されない要因はたくさんあるであろう。たとえその人に「ほめたい願望」が生じても、ほめることに伴う様々な事情が、ほめることを思いとどまらせたり、その願望の存在を覆い隠したりするだろう。その理由の最大のものは羨望である。例えばある画家Aさんの絵画があなたの感動を呼ぶとする。しかしあなた自身も画家で、またAさんはあなたにとってライバル関係にあるという状況を考えよう。あなたはAさんにその絵画の出来を素直に賞賛する気持ちになるだろうか? しかもあなたは受賞経験などの優れた実績があり、Aさんにはそれだけの絵を描き上げるほどの実力派備わっていないであろうと慢心していたとする。Aさんの絵画に対する感動が本物であるほど、あなたは強い羨望を掻き立てられるかもしれない。もちろんそこからはあなたの性格やこれまで獲得した処世術が大きく影響するであろうが、おそらくその羨望の念が薄れるまでに一定の時間がかかり、その間はすなおにAさんに祝福の言葉をかけることはできないかもしれない。またもしあなたとAさんとの関係が最初から敵対的であるならば、「ほめる」などという願望は最初から起きない可能性ももちろんある。

技法ないしは方便としてのほめること

これまで純粋なる「ほめたい願望」について考えたが、同時に現代社会において私たちが純粋に感動する機会は少なくなっているという可能性にも言及した。ましてや教育者や臨床家が出会う生徒や患者が生み出す作品や成果に感銘を与えられる機会はさらに限られるであろう。それでも私たちはほめるということを止めない。彼らの自己愛を支え、努力を続けるモティベーションを維持しなくてはならない。ここに特に感動は伴わなくても教育的な配慮からほめる、という必要が生じる。さらには社会生活を営む上では、さらに表面的で儀礼的に「ほめる」ことが多い。これは相手に対する教育的、治療的な配慮というよりは、社会的な関係をより円滑に進めるために、言わば方便として「ほめる」ということになる。ネットを見れば、「一般社団法人 ほめる達人協会」とか「ほめる検定」とかの宣伝がある。ほめることがある種の特殊な効果を与え、それが人間関係を高めるということは実際にあるだろう。
これらは技法的な「ほめる」行為と呼んで差支えないだろう。極端な言い方をすれば、必要に応じて、その効果を見込んだうえで「ほめる」ことである。これまでの言い方になぞられるのであれば、これは「純粋でない」「ほめたい願望」ということにもなろう。私は技法としてほめることについて考える際、つい浮かんでくるイメージがある。皆さんは水族館などでアザラシの芸を見ることがあるだろう。トレーナーはアザラシが一つの芸をやるごとに、切れ目なくエサの小魚を与えている。ほめることが検定の対象となったり、一種の技法となることを考えると、あのアザラシの魚と同じことを「ほめる」ことで達成している気がする。もちろん私はそれが悪いと言うつもりはない。これらはこれらなりにその十分な機能を果たしているのであろう。ただ純粋な「ほめたい願望」によるものとの差異を認識しておくことは重要である。
ある患者Aさん(20歳代、男性)は、小学校3年の体験を今でも明確に覚えているという。その頃不登校がちだったが、9月から一念発起して登校を始めた。すると夏休みの宿題として提出した作文が特別な賞を与えられた。誇らしい気持ちで担任にお礼を言おうと向かった職員室で、担任がほかの先生に話すこんな声を耳にした。「Aの作文が特にいいというわけではなかったんですが、登校意欲を高めたいと思いまして…。」Aさんはこれを心の傷として今でも抱えているという。
Aの作文に賞を与えるという行為が、純粋なほめたい願望から出た場合には起こり得なかった悲劇だろう。
さてここまでは純粋な「ほめたい願望」と技法としてほめることをもっぱら対置的に論じてきたが、ここで両者の関連性にも目を向けておきたい。人の達成や作品に私たちが感動を覚えない場合、それを感動を与えない作品のせいばかりに出来るだろうか?当然そうではないはずだ。考えてもみよう。人の作った作品や達成した成果そのものは、それを見る人によりいくらでも評価が異なるし、またその人が持つ想像力によりそれが変わってくる。人は基本的には自己愛的であるから、自分の達成にしか目がいかない。しかし日頃私たちが当たり前のように受け取っている事柄には、私たちがひとたび注意を向けることでようやくその価値が感じられることがある。私は家人に家事をしてもらっているが、これは少し想像力を働かせばいかに大変なことがわかる。いつも家を清潔に保ち、夕食時には食卓に食事が並んでいるということに驚き、感動しないのは、単にそれに慣れてしまい、それを提供する側の体験を想像しなくなっているからなのだ。「ほめる検定」が目指しているのは、それが単に技法や儀礼にとどまらず、人に心から感謝することであるとしたら、実は「ほめる」ことを方便としてしか考えていない方が浅薄で想像力が欠如していることを意味するのではないか? 先ほどのアザラシの芸だって、トレーナーの人はこう言うかもしれない。
「魚が持つ意味を軽視してはなりません。彼はアザラシ君と私とのコミュニケーションなのです。いつも絶妙なタイミングで好みの魚を差し出してあげることで、アザラシ君は私からの愛情を受け取っているのです。魚はその一つのカタチにすぎません。彼だって本当は魚が欲しくて芸をしているわけではありません。そう、彼は私の手から魚を貰ってくれているんです。人間でも『ありがとう』っていうでしょう。魚はそのねぎらいの言葉とおなじなんです・・・・・。」うーん、なんかそんな気になってきた。
ともかくも、いっぽうに純粋な「ほめたい願望」を立てるとしたら、他方にはそうでないもの、技法としてのほめることが考えられるわけだが、この二つは実は人間の想像力というファクターを介して絶妙につながっているということを付け加えておきたいわけだ。
ところでこれまでは、ほめたいという願望や方便としてのほめることについて述べたが、一方のほめられたいという願望についてはどうであろうか?ほめたい願望を利他性との関連で考えた際に、人がほめて欲しいと願望することについては異論の余地がないと考えていた。「はじめに」で「ほめられることが嫌である」という人はかなり変わっている人であろうと述べたが、ほめられることは自己効力感を高め、自尊感情を高める上で極めて重要な体験といえるだろう。人は自分の存在を認められ、評価されることを渇望している。その意味では純粋な「ほめたい願望」を持ち合わせていない人でも、純粋なる「ほめられたい願望」が欠如する人を想定することは、それこそ自己愛を持ち合わせていない人を想定するようなものであろう。
日常生活や臨床体験から思うことであるが、人は方便として他人からほめられる際にも、それを純粋に、心からほめられたものとして理解する傾向があるように思われる。もちろん人によってはあらゆる賞賛を疑わしいと感じる人もいるが、他方では人は明らかに自分の業績や作品については贔屓目に見る傾向があるように思われる。これを私は「自己愛的な偏重narcissistic tilt 」と呼びたい。要するに自分の手柄になる成果はそれを割り増しして評価する傾向のことだ。「ほめられたい」は何か、甘えに似た、あるいは「飴」に似た何かと考えられやすいが、そうではない。それは「正当に評価してほしい」という願望なのだ。ほめられた人はたとえ「やった!ほめられちゃった。おれってすごいんだ」というような反応よりも、「よかった、私はこれでよかったのだ」という安堵の方が反応としては大きな部分を占めるのではないだろうか? 
この自己愛的な偏重narcissistic tilt」は、次のように考えると分かりやすい。まず人は自分の手で達成したことは、それを実際に経験したという意味では、最も想像力を働かせた人ともいえるからだ。またその人は、自分の作品や達成に関して、その意味を最も理解する人間ともいえる。例えば割り箸アートで、束ねた割り箸から蛸の造形を作った人は、その素晴らしさを恐らく最も理解することが出来る立場にある。さもないとそれほどのエネルギーを制作に割かなかったであろうからだ。するとそれを労作だと感じてもらって当たり前ということになる。「素晴らしい作品だ」は至極当然の評価ということになる。結局彼は人が過剰に、あるいは方便としてほめることで、ようやく「正当な」評価を受けたと感じるはずなのだ。ただしここには例外がある。作者がその作品をいとも当たり前に、対して苦労もせず作り上げる場合を考えよう。例えば熟達したバイオリニストがごく簡単な練習曲をひくだけでも、初心者にとってはとてもまねのできないような素晴らしい演奏に聞こえるはずだ。自分の技巧に慣れ、自分にとって当たり前になってしまった人はこのような「逆偏重」も示す可能性も考えておかなくてはならない。