2015年12月31日木曜日

解釈を超えて(1)

穏やかな年の瀬である。ありがたいことだ。今年もいろいろあった。 ブログの方は相変わらず一方的に進行していく。
解釈を超えて、というテーマでしばらくまとめてみる。


 私にとっての解釈(もちろん精神分析の概念としてのそれ、である)は、誤解を恐れずに言えば、一種の背後霊のような存在である。つまり私が治療中にどのような介入を行ったとしても、つねに「それは解釈なのか?暗示になってはいないか?」と問いかける声がどこかから聞こえてくる。
「精神分析療法の道(1919)」において、フロイトは「分析という純金に,直接暗示という銅を合金するような技法の修正や工夫を行わざるを得なくなるであろう」と論じる。ここでの「分析」とは解釈的な介入のことだと考えていいであろう。そしてこの「解釈以外は分析でない」というメッセージは後世に強いインパクトを与えたといえる。現在の精神分析においてもそうだといっていいだろう。
ただし私は解釈という介入には非常に複雑な思いを抱いている。本当に解釈だけでいいのか? 当のフロイトが棄却したはずの暗示について、その治療効果を有することをフロイト自身が述べているのだ。
……… 医師への転移が抵抗となるのは、それが陰性のものであったり、抑圧された性的本能による陽性転移の場合である。もし私たちが転移を意識化させて「取り除いた」としても、それは彼の医者に対する情緒的な態度の二つの要素を取り払ったにすぎない。残りの要素、つまり意識化することが出来、抵抗とならない転移は残り、それはそのほかの治療法とまさに同様に、精神分析を成功へと導くのである。その意味では、精神分析の結果は暗示に依っているといえよう。(「感情転移の力動性について」1912b.  p.105. 下線岡野。)

ここでこのフロイトの中に、解釈と転移関係の二つが、言わば矛盾するような形で「精神分析を成功へと導く」要素として並列されている点は非常に興味深い。

何が治療を動かすか?

そもそも虚心坦懐に自分がセラピーを行っているときの心の動きを振り返ってみたい。すると私が「解釈」的な見方とはかなり異なる心の動かし方をしていることがわかる。少なくとも私は「クライエントの言葉の背後に何があるのだろう?」という気持ちの持ち方をそもそもしていないのである。それはどのような意味においてであろうか?
患者の話を聞いているとき、私たちの意識の大部分は、言語的に伝達される情報の入力と理解に費やされるであろう。ただそれ以外の多くのことが感じ取られる。それは例えば患者の話から喚起される様々な情動、の内容と情動との食い違い、以前に聞いた話との矛盾点、患者の話から連想される自分自身の体験、などさまざまである。その中で「この患者のこの話Aは、Bという無意識内容を表している」という認識はかなり高度であり、かつその確証はなかなか得られないものである。それではその確証が得られるまでの根拠が得られるまで待つのであろうか?おそらくそうではないであろう。私たちはそれ以前に気付くことを患者に問いかけげいるに違いない。それはおそらく質問や明確化の形であろう。
はるか昔に米国で担当したケースCさんを例に挙げよう。そのクライエントは学校の教師で、近頃の生徒がいかに不作法で、教師に対する礼儀を知らないかを語った。彼は規律を重んじることを生徒に教えるために、かなり厳しい接し方をしているという印象を持ったのである。そのうち私はCさんのその接し方が、しばしば彼が語る彼の父親の態度に似ているのではないかと思うようになった。Cさんは父親がサディスティックに彼をいじめたというのであるが、Cさん自身の生徒への態度に私は同じニュアンスを感じたのである。私はそのことについてCさんにどのように伝えるべきかを考えた。Cさんが自らの教育方針について語る時には確信に満ち、その正しさについての確信には疑いの余地がないという印象を受けた。そのCさんに「あなたの生徒への指導は、どこかサディスティックなところはありませんか?」という疑問をぶつけることはとてもはばかられた。
おそらく心理療法を行っていると、このような局面にしばしば遭遇する。聞き手にはクライエントが何かについて認めること、直面化することに抵抗を示しているが感じ取られたり、そうではないかという疑いの念を持ったりするのである。しかしそこに直接は足を踏み入れない。そのかわりにクライエントがそのことに自分で行き着くことを援助するだろう。そう、この場合は解釈はなされないし、なされないことに意味があるのだ。それはいつか、クライエント自身が「私は生徒に対して、結局父親が私にしていたことと同じことをしていたのかもしれません。」といったときに、少し驚き、「なるほど、そのような考え方も・・・・ありですか・・・・」という、きわめて消極的なあり方でしかなされないのではないだろうか?
このように考えると、心理療法で、解釈がなされない理由なら、いくらでも列挙できる気がしてくる。


2015年12月30日水曜日

精神分析におけるトラウマ理論(推敲2)

Ferencziの先駆性

精神分析の歴史を詳細に遡るならば、そもそもFreudの理論の変遷の中で、トラウマというテーマがきわめて錯綜した扱いを受けていることがわかる。「ヒステリー研究」(1895)Studies of Hysteria, 1995、岩波全集第1巻)や「ヒステリーの病因論のために」(The Aetiology of Hysteria, 1896、岩波全集第3巻)の段階では、トラウマや解離のテーマは、Freud 自身がJ-M.CharcotやJ.Breuerの影響下にあり、積極的に扱われていた。しかしすでに「ヒステリー研究」の後半部分において、FreudはBreuerとの見解の違いを表明し、特にトラウマ状況により生じる「類催眠状態」の概念に同意できない旨を述べている。それに引き続き1897年秋のFerencziへの書簡で、性的外傷説は彼の中で棄却をされたという経緯は知られている。しかしFreud 自身、「制止、症状、不安」(1923)においてトラウマのテーマ(「トラウマ状況」)を再び自らに取り入れる動きを見せた。ただしそこで想定されていたトラウマは、去勢への脅しという形をとり、子供たちが現実に直面する性的、身体的なトラウマに着目したというニュアンスはなく、また依然としてリビドー論に従った精神病理の説明を行っていた。
 こうしてFreudはトラウマのテーマに少しずつ向き合いつつあったものの、1930年代になると、あたかも自身の1890年代までの性的外傷説の内容をより精緻化したかのようなFerenczi の発表に対しては、Freud自身が全力を持ってその公開を阻止しようとしたという経緯があった。
 近年の関係精神分析においては、このFerencziの先駆性およびトラウマ理論の重要性が見直されつつある。2008年にはニューヨークにフェレンチセンターも立ち上がっている。わが国でも森茂起先生らによる翻訳により、Ferencziの業績が再考される機会が与えられている。
それらの研究が示すのは、Ferencziは驚くべき先駆者であり、RPを事実上先取りしていたという意見すらある。(The Legacy Of Sandor Ferenczi (1993). Editors: Lewis Aron & Adrienne Harris.Routledge)興味深いのは、Ferencziの再評価は、そのまま外傷理論の再評価を表しているとも考えられることだ。
Ferencziの理論の先駆性を示す概念の一つに、「攻撃者との同一化」がある。この概念は、一般にはAnna Freud(1936) が提出したと考えられている。彼女の「自我と防衛機制」に防衛の一つとして記載されている同概念は、「攻撃者の衣を借りることで、その性質を帯び、それを真似することで、子供は脅かされている人から、脅かす人に変身する。(p. 113).」と説明される。しかしこれはかなり誤解を招くし、そもそもFerencziの考えとは大きく異なったものだという(Franakel, 2002)。なぜならFerencziは、子供が攻撃者になり替わる、とは言っていない。彼が描いているのは一瞬にして自動的に起きる服従なのである。
Freud, A. (1936) The Ego and the Mechanisms of Defense,
 International Universities Press.(アンナ・フロイト著作集2, 岩崎学術出版社、1998年) 
 ay Frankel (2002) Exploring Ferenczi's Concept of Identification with the Aggressor: Its Role in Trauma, Everyday Life, and the Therapeutic Relationship. Psychoanalytic Dialogues, 12:101-139.
 Ferenczi がこの概念を提出した「言葉の混乱」を少し追ってみよう。

「彼らの最初の衝動はこうでしょう。拒絶、憎しみ、嫌悪、精一杯の防衛。「ちがう、違う、欲しいのはこれではない、激しすぎる、苦しい」といったたぐいのものが直後の反応でしょう。恐ろしい不安によって麻痺していなければ、です。子どもは、身体的にも道徳的にも絶望を感じ、彼らの人格は、せめて思考のなかで抵抗するにも十分な堅固さをまだ持ち合わせていないので、大人の圧倒する力と権威が彼らを沈黙させ感覚を奪ってしまいます。ところが同じ不安がある頂点にまで達すると、攻撃者の意思に服従させ、攻撃者のあらゆる欲望の動きを汲み取り、それに従わせ、自らを忘れ去って攻撃者に完全に同一化させます。同一化によって、いわば攻撃者の取り入れによって、攻撃者は外的現実としては消えてしまい、心の外部ではなく内部に位置づけられます。」(p.144-145)

2015年12月29日火曜日

精神分析におけるトラウマ理論(推敲1)

精神分析におけるトラウマの理論の発展は、ある意味では時代的な必然と言える。 それは精神分析理論の発展の歴史的な背景に起因している。フロイトは1890年代の終わりに性的誘惑説を棄却したとされているが、その後の理論の発展で、欲動論の一部を修正し(Freud,1926)、新たにトラウマの問題に関心を向けたとみなすこともできる(岡野、1995)。しかし彼がそれでも堅持したリビドー論や欲動論的な視点は、結局はいわゆる「葛藤モデル」に立ったものであり続け、発達上のトラウマ要因を重んじる「欠損モデル」とは袂を分かっていたというところがある。1970年代以降になり、PTSDや解離の病理が盛んに論じられ始めた時、精神分析はその動きに出遅れていたという感がある。しかし最近では関係精神分析におけるトラウマの議論のみならず、クライン派によるトラウマ理論も提出されている(Garland, 1998)

Garland, C. ed.Understanding Trauma: A Psychoanalytical Approach Karnac Books, London, 1998) ガーランド編 松木邦裕訳 トラウマを理解する. 岩崎学術出版社、2011年。
Freud, S.(1926) Inhibitions, Symptoms, and Anxiety. S.E. 20. フロイト「制止、症状、不安」(『フロイト著作集6巻』人文書院
岡野憲一郎 外傷性精神障害 1995 岩崎学術出版社

このことは次のようなKernberg,O.の言葉にも表される。Kernberg が1970年、80年代に境界パーソナリティ障害の病因論として、クライン派の考えに沿って生まれつきの攻撃性を主張していたことは知られるが、その後1995年に次のように述べてかつて提唱した理論の一部修正を行っている。
「…同時に私は生まれつきの攻撃性についても曖昧ではなくなってきている。問題は生まれつきの、強烈な攻撃的な情動状態へのなり易さであり、それを複雑にしているのが、攻撃的で回避をさそう情動や組織化された攻撃性を引き起こすようなトラウマ的な体験なのだ。私はよりトラウマに注意を向けるようになったが、それは身体的虐待や性的虐待や、身体的虐待を目撃することが重症のパーソナリティ障害の発達にとって有する重要性についての最近の発見の影響を受けているからだ。つまり私の中では考え方のシフトが起きたのだ…)」。(Kernberg, O.,1995)
At the same time, I'm less vague now in talking about inborn aggression; what we are talking about is an inborn disposition to intense, aggressive affect states, complicated by traumatic experiences that trigger aggressive or aversive affect and organized aggression. I'm paying more attention to trauma under the impact of recent discoveries about the importance of physical abuse, sexual abuse, and the witnessing of physical abuse in the development of severe personality disorders, particularly with the borderline personality disorder and the antisocial personality disorder. So there has been a shift in my thinking, and I believe that the common path by which genetic predisposition and trauma are linked is that genetic predisposition is expressed in neurohumoral control of activation of affects. (Kernberg, O (1995)An Interview with Otto Kernberg. Psychoanalytic Dialogues, 5:325-363) 

カンバーグの例のように、長い伝統を持つ精神分析も、最近きわめて頻繁に話題になる虐待やトラウマをめぐる議論に影響され、それを取り入れることはむしろ当然の成り行きといえる。ただしトラウマの捉え方と治療的な扱いは、学派によりさまざまに異なる。たとえば前掲書に代表されるクライン派の捉え方によれば、トラウマとは、フロイトのいう刺激保護障壁が破られることにより生じ、トラウマ的な出来事は、内的な恐怖や空想の中で最悪なものを確証させることであると理解される。そしてその治療技法としては転移解釈が主たる技法であるという主張がなされる。
それと比較して、間主観性理論の立場に立つStolorow,R.(2007)は、トラウマををより関係論的でコンテクスト的にとらえる。そしてトラウマは、愛する人がいつ何時死ぬかもしれないという現実を自覚することにつながり、その孤独を理解してくれるのは、同様のトラウマを体験した人でなくてはならないとさえ主張する。
Stolorow, RD (2007) Trauma and Human Existence. Autobiographical, Psychoanalytic, and Philosophical Reflections”. Routledge.ロバート・D・ストロロウ著 和田秀樹 訳「トラウマの精神分析 自伝的・哲学的省察」岩崎学術出版社、2009年


 このように精神分析においてもトラウマへの注目がみられるが、それは精神分析がある種の進化を遂げて、21世紀に入ってやっとその域に達したのだろうか? 必ずしもそういうわけではない。むしろその流れは精神分析の歴史の中に既に存在しつつ、ある意味では傍流として扱われていたという事情がある。

2015年12月28日月曜日

関係精神分析の新たな流れ(また推敲)(2)

RPに対する批判は、ほとんどは「外部」から来ている(Eagle, 2003; Eagle, Wolitzky, & Wakefield, 2001; Frank, 1998a, 1998b; Josephs, 2001; Lothane, 2003; Masling, 2003; Silverman, 2000など)。つまりRP以外の学派からの批判である。しかし例外として初期の段階での批判がまさに「身内」から生じていたことは特筆に価する。RPの火付け役となった「精神分析理論の展開」の共著者の一人であるGreenbergは、1993年にその著書「Oedipus and Beyond エディプスとそれを超えて」(Harvard University Press,1993)で、関係論が欲動の問題を十分に否定されてはいないと主張した。そして「果たして『欲動なき精神分析drive-free psychoanalysis』は可能なのか?」という根源的な問題を提起している。これは欲動と関係性という、ある意味では明確に分けることの出来ない問題についてRPが対立構造を持ち込んだ以上、必然的に起きてくる議論であり、このGreenbergの著書はそれに先手を打ったと見ることもできるかもしれない。
しかし欧州の精神分析においては、「関係論的旋回」が分析理論における著しい退行を意味するという激越な批判もある。(Carmeli,Z, Blass, RB (2010) The relational turn in psychoanalysis: revolution or regression? European Journal of Psychotherapy & Counselling, 12:217-224)それによれば関係論的な旋回は伝統への挑戦であり、これまでの精神分析における技法や慣習を蔑ろにするものであり、分析家の持つ権威を奪うとともに、むしろある種のパターナリズムに陥っているというという。英国のクライン派やフランスのラカン派を生んだ伝統を重んじる欧州の風土からすれば、RPに対してこのようなほとんどアレルギーに近い反応を示すのもわからないではない。
しかしより微妙な文脈で行われる批判にはそれだけ注意が必要と思われる。ここではRPに対して詳細な批判を行っているMills の論文を手引きにして論じたい。(Mills, J (2005). A Critique of Relational Psychoanalysis. Psychoanalytic Psychology, 22(2), 155-188. 2006 )
Mills のRPに対する批判の中で筆者が妥当と思われる点を挙げたい。それはいわゆる「間主観性」の概念に向けられたものだが、それは「精神の構造は他者との関係に由来する」(RPのホームページによる)とするRPの方針そのものに向けられたものとも言えるだろう。間主観性の概念は特にJessica BenjaminとRobert Stolorow の二人による精力的な著作により精神分析に導入されたが、その中でもStolorow らの概念は存在論的な議論といえる。「体験は常に間主観的な文脈にはめ込まれている」(Stolorow & Atwood, 1992, p. 24, italics added) というのが彼らの主張であり、間主観性は一種の場、ないしは第三主体(Ogden)としてとらえられる。

Millsはこの間主観性の概念の問題は、それが個を埋没させる傾向にあるという。この間主観性理論について、例えばOgden (1994)の主張が引き合いに出される。「分析過程は三つの主体の間の交流を反映する。一つは分析家、もう一つは非分析者、そしてもう一つは第三主体であるThe analytic process reflects the interplay of three subjectivities: that of the analyst, of the analysand, and of the analytic third” (p. 483)」Mills はこれについて、「そもそも関係性が主体に影響するとしたら、一人一人の行為主体性agency の存在はどうなるのだろうか」と問うのだ。ここで少し難解だが随伴現象epiphenomenon という概念が導入される。随伴現象epiphenomenonとはWilliam Jamesにより提唱された概念で、心は脳という物質に随伴するものあり、物質にたいしては何の因果的作用ももたらさないという説である。間主観性も結局は随伴現象であり、それに対してなぜそこまでに決定的な影響力を持たせてしまうのだろうか、個人の自由、独立、アイデンティティーはどうなるのだろうか?というのがMillsの批判の骨子である。これが本質的な問題提起ともいえる。Giovacchiniは、間主観性論者によれば、「個というのは関係性の中にいったん入りこむと、陽炎のごとく消え去ってしまうかのようだ」、といういい方すらしている。

Giovacchini, P. (1999). Impact of Narcissism: The Errant Therapist on a Chaotic Quest. Northvale, NJ: Jason Aronson.
ちなみにここで筆者の考えを差し挟めば、このRPへの批判は、「無意識が人間を支配する」というFreudの考えに対する異議に通じるという印象を受ける。無意識の重要性を前提とする精神分析を外側から批判する人々の多くは、人間の持つ主体性が無意識という装置やリビドーの影に埋没することに不安や疑義を持つであろうし、精神分析の内部にあるRPの立場もそこに発している。ところが今度はRPは、関係性や第三主体 the third にその「装置」的な何かを感じる、というのではないだろうか。単なる随伴現象なのに、ということらしい。このRP批判とフロイト批判がパラレルに考えられるという事情は、結局は関係性のマトリックスないしは第三主体もフロイトの無意識も、結局はそれがあまりに複合的で不可知的であるという問題に帰結されるのであろう。人間は一方では脳や中枢神経ないしは生理学的な基盤に既定され、他方では他者との関係性や社会の中に埋め込まれている。両者はきわめて複雑で予想しがたい動きを示す。これらのいずれのみに焦点を合わせることは人間を総合的に理解することにはつながらない。RPがリビドー論を棄却しえているのかを問うたGreenberg と、上述の間主観性批判は、あたかもその二つの視点からRPを牽制していると考えられるのではないだろうか。 










2015年12月27日日曜日

関係精神分析の新たな流れ(また推敲)(1)

初めに

本稿では関係精神分析の最近の動向について論じてみたい。
関係精神分析(relational psychoanalysis, 以下RPと記す) の動きは、確実に拡大を続けているという印象を受ける。RPは特に北米圏でその勢いを拡大させている。RPの事実上の学会誌といえる「Psychoanalytic Dialogues」は、今年ですでに創刊25周年を迎える。1991年の1月にスティーブン・ミッチェルStephen Mitchellが創始したこのジャーナルは、最初は小さなグループの手によるものであった。しかし今では数百の著者、70人の編集協力者を数えるという。最初は年に4回だったのが、1996年にはもう年に6回も出版されている。この紙面を毎号飾る斬新な特集のテーマは、まさにRPの動きをそのまま表していると言っていい。
そもそもPRとはどのような動きか?RPはそれ自体が明確に定義されることなく、常に新しい流れを取り入れつつ形を変えていく動きの総体ということができる。RP をめぐる議論がどのように動いていくかは、予測不可能なところがある。私は個人的には、アーウィン・ホフマンIrwin Hoffmanの理論により、その総体をすでに見せてもらっているが、それはあくまでも全体的な見取り図であり、あとはその各論がどのように展開され、論じられていくかは予想が難しく、その時代の流れに大きく影響を受けるであろうという理解をしている。
 とはいえRPの今後の行方をある程度占うことは出来るだろう。世界が全体としては様々な紆余曲折を経ながらも平等主義や平和主義に向かうのと同様、精神分析の流れる方向も基本的には平等主義であり、倫理的な配慮がその基本的な方向付けを行っている。精神分析におけるこれまでの因習や慣習は、それが臨床的に役立つ根拠が示されない限りは再検討の対象とされたり棄却されたりする。
RPの繁栄の要因についてMills, J. (2005) はいくつかを挙げている。それらは分析的なトレーニングを積んだ心理士が増え、彼らは伝統的な精神分析インスティテュートによる教育ではなく、より新しいトレンドを学んでいること、そして最近の新しい著作の多くは関係性理論に関連するものであること、そしてRPになじみ深い分析家が主要な精神分析の学術誌の編集に広く携わるようになっていることなどである。
このミルズの指摘に付け加えて筆者が強調したいのは、RPが非常に学際色が強く、そこにさまざまな学派や考えをどん欲に取り込み、枝葉を広げていく傾向や、臨床に応用可能なら何とでも手を結ぼうという開放性が一種の熱気や興奮を生み、それがひとつのmomentum を形成しているという事情である。そしてそこにはそれらの熱狂を支える幾人かのキーパーソンがいる。具体的には故Stephen Mitchellをはじめとして、Peter Fonagy, Allan Schore, Jessica Benjaminといった面々の顔が浮かぶ。
このようなRPの流れは、全体として臨床上の、ないしは学問上位の自由や独創性を追求する流れ、ホフマンの言う治療者の「自発性」の側面に重きを置いたものと言えよう。しかしそれは必然的に伝統的な精神分析の持つ様々な慣習や伝統を守る立場(ホフマンの言う「儀式」の側面)からの抵抗を当然のごとく受ける。本稿ではその問題についても触れたい。

 「関係論的旋回」およびそれへの批判

RPの歴史を簡単に振り返ろう。RPの動きはいわゆる「関係論的旋回relational turn」と呼ばれ、1980年代にJay Greenberg と Mitchellよるある著書により、事実上先鞭をつけられた(Greenberg, JR and Mitchell,SA (1983) Object Relations in Psychoanalytic Theory. Harvard University Pressグリーンバーグ,ジェイ・R.、 ミッチェル,スティーブン・A. 横井公一訳:「精神分析理論の展開」―欲動から関係へ ミネルヴァ書房、 2001)。その「旋回」の特徴として前出のMills は幾つかを挙げている。第1に、従来の匿名性や受け身性、禁欲原則への批判であり、第2に治療者が患者と出会う仕方についての考えを大きく変えたことであり、第3にRPの持つポストモダニズムという性質である。
 これらのうちの第1については、ある意味では当然と言えよう。従来の精神分析で一般に非治療的とみなされていた介入、例えば自己開示などは、これが治療可能性を含んでいる以上はRPにおいてはその可能性がさらに追及されることになろう。また第2については、RPにおいては臨床家が患者と出会う仕方についての考えを大きく変えたと言える。RPの分析家たちは、互いの学会でも自分自身の心についてより語り、また自分たちをどう感じているかについて患者に尋ねるという傾向にある。つまりよりオープンな雰囲気を醸しているということだろう。そしてそれは患者の洞察を促進するための解釈、という単一のゴールを求める立場からは明らかに距離を置くようになっている。第3に関しては、RPにおける治療者のスタンスは紛れもなく解釈学的でポストモダンなそれであり、そこでは真実や客観性、実証主義などに関して明らかに従来とはは異なる態度をとっている。
さてこれらの関係論の動きにどのような批判の目が向けられているのだろうか?まず非常に明白な事柄から指摘しなくてはならない。それは関係論においては患者と治療者双方の意識的な主観的体験がどうしても主たるテーマとなる。しかしそれはそもそもの精神分析の理念とは明白は齟齬をきたしている。フロイトの悲願は無意識の探求であり、それこそが精神分析とは何たるかを定義するようなものであった。
フロイトは次のように言った。「[精神分析は] 無意識的な心のプロセスについての科学であるhe science of unconscious mental processes」Freud (1925, p. 70) あるいは「無意識こそが真の心的現実であるthe “unconscious is the true psychical reality” 」

(Freud , 1900. p. 613)。意識を重んじる関係性の理論は、そもそも精神分析なのか?という問いに対しては、関係精神分析家たちは依然としてなすすべもないままである。ただしこの問題はあまりにも根本的で、そもそも関係精神分析を精神分析の議論の訴状で扱うことの適切さにさえ及びかねないので、この問題は一時棚上げにし、RPに対する批判の幾つかを挙げたい。

2015年12月26日土曜日

私にとっての対象関係論(1)

「私にとってのOR」ということが今回の企画のテーマであり、私の話は、トラウマ、愛着理論から見たORということです。このテーマ自体は、数か月前にこの会のアイデアが●●先生から出て、何かを出さなくてはならなくてとっさに出たわけですが、それから通勤しながらこのテーマを頭の中で転がしながら過ごしたというのがこの数か月です。そして幸いにも、だいたいその路線で話をまとめることが出来そうです。
 さてまずORということですが、そもそもこの「対象」とは何か。もうすでにこの時点で悩ましいわけです。私は授業ではよく、「ORにおける対象とは主として内的対象を指す」と伝えています。そしてそれがそれ以後の対人関係論や関係論と若干異なるのであり、後者では、実際の外在する対象を問題にするからだ、という言い方をします。私はこの説明で大体いいと思いますが、誰から最初に聞いたのかわかりません。おそらくはるか昔に小此木先生の対象関係論の講義などで聞いたことをずっと覚えているのだと思います。ところがそもそもフロイトが用いた「対象」とは、実際の「人」を意味していたんだよ、という理論に最近出会い、驚いたということがありました。
ロセインという理論家によれば、フロイトのリビドー論を対人関係と全く異なるものとして考えるのは誤りであるということです(Lothane, Z. (2003). What Did Freud say About Persons and Relations? Psychoanalytic Psychology, 20(4), 609-617.)。そもそもフロイトにとっての対象とは、愛情対象 Liebesobjekt, love-objectでした。そしてその意味でフロイトは実はサリバニアン、つまり対人関係の人であったともいいます。そしてロセインは、臨床実践の場では、フロイトが関係性による症状の形成という考えを持っていたことは、様々な場面からうかがえるということです。彼によれば、1933年の時点で、対人間のinterpersonal という言葉はオックスフォード辞典にはなかったそうです。だからフロイトは自分をそう呼べなかっただけだ、というニュアンスのことも言っています。この最後の部分はさすがにどうかな、と思いますが。
とはいえ、やはりフロイトにおける対象は、リビドーの向かって行く先、というニュアンスがありました。だからフェアバーンの、「リビドーは快楽を求めるのではなく、対象を求める」という有名な言葉がしばしば引き合いに出されるわけです。
ただしそれでもそれはフロイトも考えていたことではないかとも思います。フロイトの面白い記述があります。これを読むと、フロイトのいう対象は、やはり現実の対象だったことがわかります。

子供の不安がどこから来るものなのか、それを解明しようという気になつたのは、三歳のある男の子のおかげである。わたしは、その男の子があるとき暗い部屋のなかでなにかをお願いしているのを聞いたのである。「ねえおばちやん、なにかしやべつてよ。ぼくこわいの。まっくらだもの」。その子のおばさんはその子に呼びかけた。「しやべることでいったいいいことがあるのかな。だつておばちやんは見えないでしょう」。「見えなくてもいいの。しゃべってくれれば、明るくなるの」とその子が答えた。―― つまり、その子は暗闇を恐れていたのではなく、愛している人物が見当たらなかったので怖がっていたのであつた。自分の愛している人物がそこに居合わせている証拠を感じ取るやいなや、自分は安心できると、その男の子は約束することができた1920年の追加〕神経症の不安がリピード【岩波訳のママ】から生じること、その不安はリビードが変転した産物であること、したがつてこういつた不安とリビード【岩波訳のママ】との関係はたとえば酢のワインに対する関係と同じであるということ、以上のことは精神分析研究の最も重要な成果の一つである(岩波6、性欲論3編、p289)。


ここで皆さんも疑問に思うのではないでしょうか? フェアバーンのいう、リビドーは対象希求的、というときの「対象」とは、「内的対象」だったのでしょうか? 私は違うのではないかと思います。実際の対象だったはずです。リビドーが向かって行く先ですから。赤ちゃんはおっぱいを内的対象には求めることができません。実際に外にいるお母さんに求めるのです。ただし先ほども言ったように、ORにおける対象とはやはり何といっても内的対象なのです。そう、対象関係という言葉を用いたのがフェアバーンであったにもかかわらず、内的対象像を扱う学問を成立させたのは、メラニー・クラインの功績だったのです。ジャーン。

2015年12月25日金曜日

フロイト私論(15)


 よく精神療法の世界では、治療者としての力を考える上でカール・ロジャースのクライエント中心療法に見られるような的な資質が論じられる。すなわち患者に対して示す愛他性や共感能力、あるいは治療的な情熱といったものが重要視されるのだ。これは丸谷のいう「優しい心」に相当すると考えていいであろうが、フロイトはそのようなものを、少なくとも治療者の要件とは少しも考えていなかったようである。むしろフロイトは治療者としては、科学者や外科医のような冷静さ、冷酷さを強調していたのだ。もしフロイトが「あなたは治療者としての暖かさを患者さんにはあまり示さないのですね」といわれても、フロイトは肩をすくめるだけだっただろう。
ところで「優しい心、まずまずの頭」という治療者の条件に関しては、反対意見も当然おきうる。治療者が病気を見出し、それを確実に取り去るという作業を遂行するならば、そこに「やさしさ」は必ずしも必要ではない。私は心理療法において「やさしさ」の要素の介入しないかかわりはあまり想像できないが、たとえば外科医のモデルを考えるならば、それはありうるだろう。外科医が診断と治療に関する正確無比なマシーンとして機能するならば、それはそれで患者に対して貢献するに違いないからだ。そしてフロイトが治療者として目指していたのも外科医的なそれであったというニュアンスがある。
外科医の場合は、現実の事物を扱うことを通しての人への貢献が特徴である。難しい手術や手技を遂行することは、それを受けた患者の喜びを直接目指すこと以外にも、物(肉体を含む)に刻まれた美しさや整合性を通した充実感や喜びがともなう。フロイトの場合も彼が目指していたのは、ある手法、メソッドを適応することによる成功という、理科系特有のワンクッション置いた人間への貢献だったといえる。
そしてもちろんこの優秀な外科医という比喩は誤解を生む可能性がある。フロイトの場合、その手術方法は彼自身の中では確実に治癒に導く可能性があるが、十分なエビデンスがあるわけではなかった。でも十分根拠のない、しかし新しい画期的な手術方法を精一杯やったという事でその外科医の倫理性が問われるのであれば、歴史上の多くの革新者も同罪となるだろう。
フロイトが治療者として持っていた情熱は、実は教育者としてよりよく発揮されていた可能性がある。フロイトが残したといわれる言葉で注目に値するものがある。「私は神経症患者よりも、生徒の方が10倍好きだ。」(Wortis, 1994, p.18)というものだ。これは何を意味するかといえば、フロイトにとってはおそらく人に癒しを与えることよりも知識を授与することの喜びが勝っていたということである。そしてこれもまた知識という具体物を伝授することによる間接的な人類への貢献である。実際フロイトはその種の能力に関してはきわめて高いものを持っていた。彼が書いたものも、レクチャーも一級品であった。それは彼の24巻の全集がいまだに読まれ続けていることからも明らかであろう。

最後に - フロイトの人間性について考える

この「フロイトの人間性は果たしでどうだったのか?」という問いを立てながら、思わず苦笑してしまった。結局人間フロイトについて、最終的には全面的に肯定したいという私の願望が表現されているからだ。冒頭にはあれだけフロイトがさらされている逆風について書き、しかも天才は特化されたことにしか才能を発揮できないと主張し、フロイトは治療者としても正式なトレーニングを受けてはいなかったという趣旨のことを書いたあとで、でも最後には「フロイトは結局人間全体としては素晴らしかった」と書いて終わりたいのである。
しかし結論から言えば、私はフロイトはその才能は別にしても、ひとりの人間としてもまずまず尊敬するに値する人物であったと考える。すくなくともフロイトは人を利用し、搾取することに積極的な喜びを見出すような人間であったとは思わない。ただこれまでも述べたとおり、フロイトは特別高潔な人間ともいえず、倫理的なレベルとしてはむしろ平均的であった。
他方ではフロイトはきわめて野心的でかつ自己愛的であり、精神分析の運動のためにはしばしば盲目的となった。そのような側面が「フリンク・スキャンダル」のようなエピソードに表れていたと考えるべきだろう。フロイトが特別不道徳的な人間であったというわけではない。平均的な道徳観念を持った人間はしばしば自分の自己愛的な欲求の満足に関しては善悪の見境がつかなくなりがちなのだ。もちろんそれは望ましいことでは決してないが、これは人間の性というべきだろう。
この、「平均的な人間は道徳的な過ちを起こすこともある」という主張は無茶な話だろうか? しかし例えば多くの政治家が政治献金を適切に申告しなかったり、国立大学の教授が国庫からおりた研究助成金の余剰を返納せず、隠し金としてプールするといった違法行為に集団で手を染めてしまうといった、日常的に私たちがニュースで目にする現象のことを私は言っているに過ぎないのだ。
もちろんフリンクとの一件は多くの犠牲者を出す様な事態を引き起こしたのであり、金銭的な問題よりさらに深刻な倫理的な問題であるという意見はあるだろう。しかしフロイトは自らの「潜在的な同性愛」という学説を信じていたのであり、それを用いた治療がそこまでの不運な結果をもたらすとは予想していなかったのであろう。だからフリンクの治療そのものが非倫理的であったとは言い切れないのである。
フロイトが野心的であり、精神分析を広げるという大義のために患者への顧慮が足りなかったという点は、私たちがおそらく一番がっかりする部分である。ユングには患者をrabble(「下層民」というほどのニュアンスか?)と呼んでいたというエピソード(McGuire, 1974)などもあまり信じたくないはないが、フロイトの人間性や倫理性を問いたくなるような同種の言質は決して少なくない。しかしそれを離れたフロイトはごく一般的な配慮と理性と、優しささえ持った人間だったようである。
私がそう考えるのは、フロイトが家族に対して、そして友人に対して示した態度にも注目するからだ。たとえばフロイトはよき家庭人であり、普通のgood enoughな父親であったように見受けられる。末息子のマーチン・フロイトの自伝(Freud, M. 1983)が描いているフロイトはおおむね子供思いでやさしい。それによれば、フロイトは息子が将来どのような仕事につくべきか、という相談には、仕事で忙しくても夜遅くまで相談に乗ってくれた、という。
もちろんフロイトの子供たちへの態度に問題がなかったかといえばそうではない。フロイトは3人の息子達に、医者になることを厳しく禁止したという。そこには息子たちに追い落とされ、負かされ、あるいは象徴的に殺害されるのではないかという、フロイト自身の未解決なエディプス・コンプレックスが関係していたのだろう。
またフロイトが末娘のアンナに対しても父親でありながら数年間にわたって精神分析を行っていたという事実は、精神分析界の内部でも様々な議論を呼んでいる。特にアンナが父親への強い執着とともに未婚のままで精神分析に身をささげることになったことを考えれば、そのフロイトの「治療」が必ずしも良い結果をもたらしたとはいえないという主張も十分頷ける。
しかしそれでもフロイトはおおむねよき家庭人であり、子供たちに情愛に満ちた父親として接していたとした点は評価すべきであろう。フロイトが精神分析を離れた時には普通の父親であったことが、アンナにとっての救いだったという逆説もそこにあったのであろう。 
精神分析を離れたプライベートな生活でフロイトが示した人間らしさや優しさは、実は患者たちにさえも発揮されていた、といったら読者は若干混乱するだろうか? たとえば前出のリプトンの研究などからも明らかなように、フロイトはねずみ男に食べ物をふるまう、個人的なことを話すなどの治療者らしからぬ側面を見せている。さらにはすでに紹介したリンの研究から推し量ることができるのは、フロイトはこの種の人間としてのかかわりをおそらくほとんどの患者に対して行なっていた可能性である。
もちろんフロイトはこれを治療とは考えなかったのであり、患者と一人の人間として接することの持つ治療的な意義についてフロイトが顧慮しなかったことは問題ではあるが、患者を一個の人間として遇したという点については依然として評価するべきであろう。
フロイトはこうして、構成の分析家や分析研究者達に、治療構造と治療効果のきわめて複雑な関係というきわめて悩ましい問題を残していったのである。
最後に結論めいたことは何も書けないが、フロイトはその天才の部分と精神分析への自己愛的なこだわりを除いては、常識的な人間であったと私は考える。その世界に与えた影響の大きさゆえにいまだに毀誉褒貶にさらされているが、要するにいろいろ突出した部分を備えた人間であったということだ。私たちはそれらの突起の部分に関して、倫理的な善悪とは別に(善悪を問わずに、ではなく)冷静な目を向けることで、フロイトの人間としての全体像が浮かび上がってくるのではないかと私は考えている。

参考文献 (省略)