2015年12月26日土曜日

私にとっての対象関係論(1)

「私にとってのOR」ということが今回の企画のテーマであり、私の話は、トラウマ、愛着理論から見たORということです。このテーマ自体は、数か月前にこの会のアイデアが●●先生から出て、何かを出さなくてはならなくてとっさに出たわけですが、それから通勤しながらこのテーマを頭の中で転がしながら過ごしたというのがこの数か月です。そして幸いにも、だいたいその路線で話をまとめることが出来そうです。
 さてまずORということですが、そもそもこの「対象」とは何か。もうすでにこの時点で悩ましいわけです。私は授業ではよく、「ORにおける対象とは主として内的対象を指す」と伝えています。そしてそれがそれ以後の対人関係論や関係論と若干異なるのであり、後者では、実際の外在する対象を問題にするからだ、という言い方をします。私はこの説明で大体いいと思いますが、誰から最初に聞いたのかわかりません。おそらくはるか昔に小此木先生の対象関係論の講義などで聞いたことをずっと覚えているのだと思います。ところがそもそもフロイトが用いた「対象」とは、実際の「人」を意味していたんだよ、という理論に最近出会い、驚いたということがありました。
ロセインという理論家によれば、フロイトのリビドー論を対人関係と全く異なるものとして考えるのは誤りであるということですLothane, Z. (2003). What Did Freud say About Persons and Relations? Psychoanalytic Psychology, 20(4), 609-617.。そもそもフロイトにとっての対象とは、愛情対象 Liebesobjekt, love-objectでした。そしてその意味でフロイトは実はサリバニアン、つまり対人関係の人であったともいいます。そしてロセインは、臨床実践の場では、フロイトが関係性による症状の形成という考えを持っていたことは、様々な場面からうかがえるということです。彼によれば、1933年の時点で、対人間のinterpersonal という言葉はオックスフォード辞典にはなかったそうです。だからフロイトは自分をそう呼べなかっただけだ、というニュアンスのことも言っています。この最後の部分はさすがにどうかな、と思いますが。
とはいえ、やはりフロイトにおける対象は、リビドーの向かって行く先、というニュアンスがありました。だからフェアバーンの、「リビドーは快楽を求めるのではなく、対象を求める」という有名な言葉がしばしば引き合いに出されるわけです。
ただしそれでもそれはフロイトも考えていたことではないかとも思います。フロイトの面白い記述があります。これを読むと、フロイトのいう対象は、やはり現実の対象だったことがわかります。

子供の不安がどこから来るものなのか、それを解明しようという気になつたのは、三歳のある男の子のおかげである。わたしは、その男の子があるとき暗い部屋のなかでなにかをお願いしているのを聞いたのである。「ねえおばちやん、なにかしやべつてよ。ぼくこわいの。まっくらだもの」。その子のおばさんはその子に呼びかけた。「しやべることでいったいいいことがあるのかな。だつておばちやんは見えないでしょう」。「見えなくてもいいの。しゃべってくれれば、明るくなるの」とその子が答えた。―― つまり、その子は暗闇を恐れていたのではなく、愛している人物が見当たらなかったので怖がっていたのであつた。自分の愛している人物がそこに居合わせている証拠を感じ取るやいなや、自分は安心できると、その男の子は約束することができた1920年の追加〕神経症の不安がリピード【岩波訳のママ】から生じること、その不安はリビードが変転した産物であること、したがつてこういつた不安とリビード【岩波訳のママ】との関係はたとえば酢のワインに対する関係と同じであるということ、以上のことは精神分析研究の最も重要な成果の一つである(岩波6、性欲論3編、p289)。


ここで皆さんも疑問に思うのではないでしょうか? フェアバーンのいう、リビドーは対象希求的、というときの「対象」とは、「内的対象」だったのでしょうか? 私は違うのではないかと思います。実際の対象だったはずです。リビドーが向かって行く先ですから。赤ちゃんはおっぱいを内的対象には求めることができません。実際に外にいるお母さんに求めるのです。ただし先ほども言ったように、ORにおける対象とはやはり何といっても内的対象なのです。そう、対象関係という言葉を用いたのがフェアバーンであったにもかかわらず、内的対象像を扱う学問を成立させたのは、メラニー・クラインの功績だったのです。ジャーン。