2021年4月23日金曜日

母子関係の2タイプ 6

 さてそれから30年が過ぎて、初めて札幌でSSPの実験が行われたという。それを次の論文の抄録だけから読み取ろう。
Kondo-Ikemura, K et al(2018) Japanese Mothers' Prebirth Adult Attachment Interview Predicts Their Infants' Response to the Strange Situation Procedure: The Strange Situation in Japan Revisited Three Decades Later Developmental Psychology 54 (11)
 「例のA,B,Cの分類は似たような結果になったという。そこでは不安定型の子供のうち両価的な子供が主たる位置を占めた。そして解体型の割合も世界と同じレベルだった。そして解体型の子供の反応は、母親の未解決の心的状態によって予測されていた。」
駄目だ、ほとんど意味が通じない。結局本論文を購入しろ、という事か。そこでほかのリソースを探す。次のものが見つかった。
Behrens, K (2016) Reconsidering Attachment in Context of Culture: Review of Attachment Studies in Japan. Online Readings in Psychology and Culture. International Association for Cross-Cultural Psychology. Volume 6 Developmental Psychology and Culture. Issue 1 Culture and Human Development: Infancy, Childhood and Adolescence.

 この論文には次のような説明がある。日本では実は1984年に一度SSPが行われて、それは世界の研究とあまり変わらなかったので問題は起きなかったという。札幌での三宅のグループの研究では、大部分が安定型であったという。まあこれは良かった。しかし例の両価型の子供が多かったという三宅グループがSSPに対する挑戦状を突き付けたわけである。三宅先生たちの主張は、SSPにおいては軽度のストレスが子供に掛けられるという前提なのに、日本においては、それが高度のストレスになってしまうのだからこの手法は使えないのだ、という事になるわけだ。 The SSP therefore would bring about severe stress instead of mild stress that Ainsworth et al. (1978) intended to induce. This is the reason that all insecure children in Sapporo were unable to settle down, thus unable to explore, and were judged as insecure-resistant.
ちなみにその後日本の事情を伝える際に甘えの議論が持ち出されるようになったとも書いてある。
 ちなみにRothbaum (2000)という人の議論が話題になったらしい。エインスワースたちはいわゆる「敏感さ仮説」を持っており、子供のニーズに敏感に反応する親が愛着をはぐくむが、日本の親はそのニーズの表現の前に、すでに与えてしまっているのが良くないのではないかという議論だという。これについては決着がついていないという。
Rothbaum et al. (2000) Attachment and culture: Security in the United States and Japan. American Psychologist, 55(10), 1093-1104.
 ただしこのRothbaum の議論はいろいろ批判されたようだ。彼の理論には実証性がないこと、そして日本の研究においても敏感さと愛着の安全さとの関係は実証されているという点を見逃しているという。Rothbaumは理論だけであり、彼の説の正しさを証明するためには、日本人の母親が敏感さにおいて低いという事を証明しなくてはならないという。(そうだろうか?)ちなみに、この「待つか、先に与えるか」の議論、研究によって差があるという事で、Mesman et al (2016)によれば、現在の母親はむしろほかの分化と近い見方をしているという結論が得られたという。
ところでこの論文を読んでいるうちに、大事なことが書いてあった。私がこの論文で示そうとしている、日本では依存を促進し、欧米では分離個体化を促進するという二分法は、cliché であり、もう言い古されているというのだ。次のような分を読めばわかる。Markus and Kitayama (1991) presented a ground-breaking approach to depict two distinct concepts of self-construal, Japan representing the interdependent sense of self, and the U.S. or other Western countries representing the independent sense of self
 マーカス、北山の画期的なアプローチによれば、二つの自己構成の仕方が示された。日本では相互依存的な自己感、欧米では独立した自己感である。
 ということでこの長い論文を何度か読みこなそうとしてみたが、どうも歯切れが悪い。結局愛着の問題を西洋と日本で比較しようという試みは暗礁に乗り上げているようなのだ。それは文化の違いにより同じ尺度を用いることの困難さがどんどん立ちはだかり、例えばAAIを用いようとしてもそれを正しく日本語に訳せているかどうか、というレベルでの問題がすぐ起きてしまうという。
 ただここで私が一つ興味深かったのは、母親的な態度が子供が助けてほしいというサインを敏感に感じ取るか、それとも先に手を差し伸べてしまうか、ということをめぐる一つの議論を含んでいたらしいということである。この議論は精神分析の世界にもあり、どちらが正しいかの結論など出ていない。精神分析における同様の議論はoptimal frustration か、Optimal presence, あるいはoptimal provision かということになる。適度の飢餓を与えるべきという議論はフロイトにもコフートにもある。他方ウィニコットは脱錯覚は自然と起きてしまうという考えだ。私はウィニコットの考えに同意する。実際の子育ての場面を考えよう。赤ちゃんがおっぱいを欲しがっているかもしれない。そういえば前回の授乳から少し時間がたっている。赤ちゃんはぐずっているがおなかがすいているからなのか、それ以外に機嫌が悪いのかわからない。このとき欧米人のお母さんの頭にこんな疑問が浮かぶかもしれない。「もしおなかがすいていないのにおっぱいをあげたら、この子の「おっぱいちょうだい」という明確なメッセージを出す機会を奪うかもしれない。」他方日本人のお母さんは「おなかがすいているかもしれないから、とりあえずおっぱいをあげましょう」。
 これが「敏感さ仮説 sensitiveness hypothesis」で起きていた議論だが、私は「どっちでもええやん」と考えてしまう。実際のお母さんはこんなことはゴチャゴチャ考えずにその気になったらおっぱいを差し出すし、ほかのことにかまけていたらそのタイミングが遅れるであろう。そしていずれにせよ完璧に授乳するお母さんは少なくないだろうから、現実的なフラストレーションは子供によって体験される。それはどんなに細やかに子供のニーズにこたえる母親といても起きることなのだろう。というより細やかにこちらの必要としているものを差し出してくれる母親は、子供はそれをかなりウザったく感じて、早々とその元を離れたく思うかもしれない。いろいろと世話を焼かれることのフラストレーションというわけだ。
 結局何が言いたいかというと、こういうことだ。「マーカス北山説」の「日本では相互依存的な自己感、欧米では独立した自己感が重んじられる」というのは自己感の両面であり、どちらも必要なのだ、ということである。

2021年4月22日木曜日

エッセイの推敲 書き直し 6

 3500字台に絞った。もういいか。

パーソナリティ障害とCPTSDについて考える

私はComplex PTSD(以下CPTSD)という概念にはそれなりに思い入れがある。この概念は1992年に米国の精神科医ジューディス・ハーマン先生がその著書 ”Trauma and Recovery” (Herman, 1992, 邦訳「心的外傷と回復」)で提出したが、当時米国にいた私は、この著書が周囲の臨床家にかなり好意的に迎えられたことを記憶している。その後実際にハーマンや同じボストンで活躍するバンデアコークの実際の講演を聞き、その熱い思いを身近に感じたものだ。
 それ以来DSMやICDなどの国際的な診断基準が改訂されるたび、CPTSDやヴァンデアコークが提唱したそれと類似の概念DESNOS(Disorder of Extreme Stress, not otherwise Specified;ほかに分類されない極度のストレス障害)が正式に採用されることを多くの臨床家が期待したが、そのたびに失望に終わっていた。そして今回ようやくICD-11
 にこれが所収される運びとなった。CPTSDもDESNOSも単なるラベリングであり、患者個人の個別性を規定するものではないことはわかっている。しかしその上で言えば、これらはある一群の人々の持つ特徴を表す際に非常に有用であるように思う。
 それらを前提として、本稿ではCPTSDとパーソナリティ障害との関係について考えることになるが、そこには少しこみいった事情がある。それはこのCPTSDの概念にはハーマンによりフェミニスト的なスピンがかかっていたという事がある。一般にトラウマ論者はフェミニズムに親和的であるが、それは多くの性被害に遭った女性が治療対象となることを考えれば納得がいく。そして彼女の場合は精神医学の歴史において従来差別の対象とされてきた「ヒステリー」の患者さんたちをこのCPTSDの概念に重ねたのだ。ただ事情を複雑にしたのは、BPDもまた差別されてきた対象としてこのCPTSDに組み込まれていたことである。

もともとハーマンは反戦運動や公民権運動に身を投じていたという。そして精神科医の研修をする中で直面したのは、それまで非常にまれだと報告されていた女性の性被害の犠牲者が、精神科の患者の中に極めて多く見出されるという事実だった。この問題をもっと明るみに出さなければならない、と考えた彼女が「心的外傷と回復」を書くに至ったわけだ(Webster, 2005)。
 ハーマンがこの本でCPTSDとして具体的に想定している一群の患者が従来の「ヒステリー」の患者であったと述べたが、具体的には、解離性同一性障害(従来の多重人格障害、以下DID)、身体化障害(以下、SD)そしてBPDを含むとした。最初の二つは従来ヒステリーの解離型、転換型と呼ばれていたものに相当すると考えられるので、CPTSDに含めることに誰も異論がないだろう。しかしそこにBPDを加えることには、違和感を覚える人がいてもおかしくない。
 ハーマンの意図を知るためにTrauma and Recovery(原著)を改めてひも解くと、そこにこんな記載がある。
「今となっては古臭いヒステリーという名前のもとにSDとBPDとDIDの三つがまとめられていたのだ。」「それらの患者は通常は女性であるが(…)それらの疾患は信憑性が疑われ、操作的であるとされたり、詐病を疑われたりした。」「これらの診断は差別的な意味を伴い、特にBPDがそうであった。」(1992,p.123)「これらの患者たちは「強烈で不安定な関係の持ち方を示す」。「これらの三つの共通分母は幼少時のトラウマである」(p.125)。つまり当時明らかにされつつあった、BPDの多くに幼少時の虐待が見られるという知見から、ハーマンはBPDをほかの解離性障害と同様に従来のヒステリーに位置付けたわけである。

さてバンデアコークの提唱したDESNOS(2002,2005)とBPDとの関係はどうだったのか?こちらもまた「BPD寄り」であることは以下の記述から伺える。(van der Kolk, 2002)。
「私たちがBPDだと考えていたケースをよく調べると、その多くがDESNOSなのだ」「患者のトラウマヒストリーを詳細に聞くと、ケースの概念化と治療指針まで変わる。(…)特にBPDのトレードマークである攻撃性、情緒的な操作性、欺きなどは悲しみ、喪失、外傷的な悲嘆などの真正なる感情に見えてくるのだ。」「幼少時のトラウマ体験への適応として理解することで、DESNOSかBPDかの判定に大きな違いが出てくる」とある(p.385)。つまりBPDと診断されている患者を偏見なく診ることで、それがDESNOSの誤診であることが分かることが多い、と主張していることになる。しかしとても重要な提言も見られる。「リサーチにより分かったのは、BPDとDESNOSは重複する部分があるものの、明確に異なる状態である」「両者は表面上は似ている。ただ慢性の情緒的な調節不全はDESNOSでは最も顕著だが、BPDではアイデンティティと他者との関りの障害の方がより重大であるというのだ。」
 ここにバンデアコークさんの立場とハーマンのそれとの微妙な温度差があるとみていいだろう。
 さて「パーソナリティ障害とCPTSD」というテーマで、BPDの関係ばかり述べたが、実は繰り返される幼少時のトラウマのパーソナリティへの影響については、それ以外に論じるべきことがある。そもそもCPTSDのハーマンの原案には、a.情動調整の困難、
b.対人関係能力の障害、c.注意と意識の変化(解離など)、d.悪影響を受けた信念体系、e.身体的苦痛あるいは解体が入っていたが、これらa,b,c,d,e の項目はパーソナリティ障害や傾向に深く関連していることであり、BPDの問題とは別個に論じられなくてはならない。そのことについては識者の間でも異論はなかった。そのためにDSM-IVに続いて2013年にDSM-5でDDNOSが却下された際も、そこで提出されたPTSDは従来のものよりもパーソナリティへの影響に言及したものであった。そして今回のICD-11でのCPTSDの掲載に至ったわけである。
 ではCPTSDにおけるパーソナリティ障害の要素はどのようなものか。それが「自己組織化の異常」(disorder of the self-organization, 以下DSO)として組み込まれた3つの要素(「感情制御困難」「否定的自己概念」「対人関係障害」)であった。すなわち否定的な感情にとらわれ、極めて低い自己価値観を有し、また虐待的な関係に身を置いたり、またはその可能性から親密な関係を回避するという傾向である。そしてそれは従来のBPDにおける臨床像とは異なるというエビデンスも提出されるようになった。近年のクロワトルCloitreら(2014)の研究ではBPDの本質的な特徴とされる「見捨てられまいとする死に物狂いの努力」、「理想化と脱価値化の間を揺れ動く対人関係」、「不安定な自己感覚」、「衝動性」はいずれもCPTSDでは低かったという事である!(Cloitre, et al. 2014)。また自殺企図や自傷行為はBPDでは50%だったが、CPTSDやPTSDでは15%前後だったという。このようにハーマンのCPTSDはようやくICD-11で日の目を見たものの、CPTSD≒BPD説は否定された形になっているのである。

一言でいえばCPTSDに描かれたパーソナリティ傾向はBPDに比べて地味であり、他罰的ではなくむしろ自罰的である。私は個人的はこの結果に納得がいっている。長期、特に幼少時にトラウマに晒された人々が悲観的で抑うつ的、自罰的なパーソナリティ傾向を有することは臨床場面でも見て取れることであり、それはBPDの典型像とは異なる。そしてDSO部分はそれをうまく表現しているように思う。

以上のことから、このエッセイの一応の結論を述べよう。やはりハーマン先生のCPTSDの概念の提出は偉業であった。慢性のトラウマを体験した人々の精神障害についてのプロトタイプとして掲げられたCPTSD概念には大きな意義があり、ICD-11への掲載により、この問題に対する啓発という目的は達成された。ただしCPTSDはBPDであるという彼女の趣旨は分からないではないが単純化されすぎていたのだ。

ちなみにBPDの特徴と捉えるための概念として、私は最近提唱されているいわゆる「hyperbolic temperament」説に注目している。

ボストンのザナリーニ Zanarini グループが1900年代末に提唱した説であり、ボーダーラインの病理のエッセンスとして、いわゆる Hyperbolic temperament による心の痛みが特徴であると説いた。これを字義通り「誇張気質」と訳すと誤訳扱いされかねないので「HT」と表記しておくことにする。このHTとは次のように記されている。「容易に立腹し、結果として生じる持続的な憤りを鎮めるために、自分の心の痛みがいかに深刻かを他者にわかってもらうことを執拗に求める。 “easily take offense and to try to manage the resulting sense of perpetual umbrage by persistently insisting that others pay attention to the enormity of one's inner pain” 」(Zanarini & Frankenburg, 2007, p. 520).

これはDSMのBPDの第一定義、すなわち「他者から見捨てられることを回避するための死に物狂いの努力」とほぼ同義であるように思う。ただしHTは「気質temperament」、すなわち生まれつき、遺伝子(というよりはゲノム)により大きく規定されている、と主張している点が特徴だ。

ともかくもハーマンさんにより始まった、BPDは幼少時のトラウマの結果かという議論は、BPDの病理を把握することの難しさをかえって際立たせたとは言えないだろうか、という感想を最後に付け加えたい。

Hopwood, C., Thomas, KM, Zanarini, MC (2012) Hyperbolic temperament and borderline personality disorder Personal Ment Health. 2012 February 1; 6(1): 22–32.

Van der Kolk, B (2005) Disorders of extreme stress: The empirical foundation of a complex adaptation to trauma. Journal of Traumatic Stress 18(5):389-99

Van der Kolk, B (2001) Complex Trauma and Disorders of Extreme Stress (DESNOS) Diagnosis, Part One, Part Two. Direction in Psychiatry, Vol.21, Lesson 25,26 (pp.373∼395)

Webster, Denise C., and Erin C. Dunn (2005)Feminist Perspectives on Trauma. in Women & Therapy. The Haworth Press, Inc. 28:111-142

Zanarini MC, Frankenburg FR. The essential nature of borderline psychopathology. Journal of Personality Disorders. 2007; 21:518–535.)

 

 

2021年4月21日水曜日

エッセイの書き直し 推敲 5

 今日は3955字までスリム化した。目標3000字まではまだ遠い。

パーソナリティ障害とCPTSDについて考える

私は複雑性PTSD(以下CPTSDと表記)という概念にはそれなりに思い入れがある。この概念は1992年に米国の精神科医ジューディス・ハーマンがその著書 ”Trauma and Recovery” (Herman, 1992, 邦訳「トラウマと回復」)の中で提出したが、当時米国にいた私は、この著書が周囲の臨床家にかなり好意的に迎えられたことを記憶している。その後実際にハーマンや同じボストンで活躍する盟友であるバンデアコークの実際の講演を聞き、彼女たちの熱い思いを感じたものだ。
 それ以来DSMやICDなどの国際的な精神疾患の診断基準が改訂されるたび、CPTSDやそれと類縁の概念としてヴァンデアコークが提唱したDESNOS(Disorder of Extreme Stress, not otherwise Specified;ほかに分類されない極度のストレス障害)が正式に採用されることを多くの臨床家が期待したが、そのたびに失望に終わっていた。そして今回ようやくICD-11
 にこれが所収される運びとなった。私はCPTSDもDESNOSも単なるラベリングであるという事は承知しているつもりである。それは患者個人の個別性を規定するものではない。しかしその上で言えば、これらはある一群の人々の持つ特徴を表す際に非常に有用であるように思う。その上でCPTSDとパーソナリティ障害との関係について考えるというのが私に与えられたテーマであるが、これには少しこみいった事情がある。
 そもそもハーマンのこのCPTSDの概念には、従来境界パーソナリティ障害(以下、BPDと記す)と称されてきたものも含むという意図があった。その理由としては、このCPTSDの概念にはハーマンによりフェミニスト的なスピンがかかっていたからだ。一般にトラウマ論者はフェミニズムに関心を寄せる傾向があるのは、多くの性被害に遭われた女性が治療対象となることを考えれば納得がいく。そして彼女の場合は精神医学の歴史において従来差別の対象とされてきた「ヒステリー」の患者さんたちをこのCPTSDの概念に重ねているのだ。ただ事情を複雑にしたのは、BPDの患者さんたちもまたこのCPTSDに組み込んだことである。

Webster, Denise C., and Erin C. Dunn (2005)Feminist Perspectives on Trauma. in Women & Therapy. The Haworth Press, Inc. 28:111-142

もともとハーマンはフェミニスト運動を始める前は、反戦運動や公民権運動に身を投じていたという。そして精神科医の研修をする中で、ある事実に突き当たったという。それはそれまで非常にまれだと報告されていた女性の性被害の犠牲者が、精神科の患者の中になぜか非常に多く見出すという事実だった。この問題をもっと明るみに出さなければならない、と彼女は考えた。以上の経緯でハーマンは1992年に「心的外傷と回復」を書くに至ったわけだ。(Webster, 2005)。
 ハーマンがこの本でCPTSDとして具体的に想定している一群の患者が従来の「ヒステリー」の患者であったと述べたが、具体的には、ハーマンは解離性同一性障害(従来の多重人格障害、以下DID)、身体化障害(以下、SD)そしてBPDを含むとした。これらの最初の二つは従来ヒステリーの解離型、転換型と呼ばれていたものであるから、ヒステリ≒CPTSDに含めることに誰も異論がないだろう。しかしそこにBPDを含めることには、違和感を覚える人がいてもおかしくない。ではハーマンの意図は何だったのか?
 ハーマンのTrauma and Recovery(原著)を改めてひも解くと、そこにこんな記載がある。
「今となっては古臭いヒステリーという名前のもとにSDとBPDとDIDの三つがまとめられていたのだ。」「それらの患者は通常は女性であるが(…)その信憑性が疑われ、操作的であるとされたり、詐病を疑われたりした。」「これらの診断は差別的な意味を伴い、特にBPDがそうであった。」(以上、Herman, 1992,p.123)「これらの患者たちは「強烈で不安定な関係の持ち方を示す」。「BPDでは、一人でいるのが辛いが、他者を疎むこともある。」(以上、p.124)あるいはこうも主張する。「これらの三つの共通分母は幼少時のトラウマである」(p.125)。

さてもう一方にDESNOSもまた、CPTSDのように、BPDを含むのだろうか? バンデアコークにより提唱されたこちらの概念は、表面上はあまりCPTSDの診断基準と変わらない。あえて言えば以下のCPTSDに身体化症状を加えたもの、ということになる(van der Kolk, 2002)。彼らのその論文もまた「BPD寄り」である。「私たちがBPDだと考えていたケースをよく調べると、その多くがDESNOSなのだ」「患者のトラウマヒストリーを詳細に聞くと、ケースの概念化と治療指針まで変わり、それが症例の提示の仕方の理解にまで及ぶ。特にBPDのトレードマークである攻撃性、情緒的な操作性、欺きなどは悲しみ、喪失、外傷的な悲嘆などの真正なる感情に置き換わるのだ。」また「幼少時のトラウマ体験への適応として理解することで、DESNOSかBPDかの判定に大きな違いが出てくる」とも言う。つまりBPDと診断されている患者を偏見なく診ることで、それが誤診であることが分かることが多い、と主張していることになる。しかしとても重要な提言も見られる。「リサーチにより分かったのは、BPDとDESNOSは重複する部分があるものの、明確に異なる状態である」「両者は表面上は似ている。ただ慢性の情緒的な調節不全はDESNOSでは最も顕著だが、BPDではアイデンティティと他者との関りの障害の方がより重大であるというのだ。」
 これがバンデアコークさんの立場であるが、ハーマンとの微妙な温度差がそこにある。彼にとってはDESNOSとBPDは似て非なるものという事になる。

さてCPTSDとDESNOSとBPDの関係ばかり述べたが、実はCPTSDにおいて重要なのは、それが患者の対人関係の在り方や情動のコントロールといったパーソナリティへのトラウマの影響を含みこんでいるという事だった。そもそもCPTSDのハーマンの原案には、a. 情動調整の困難 (emotion regulation difficulties) b. 対人関係能力の障害 (disturbances in relational capacities) c. 注意と意識の変化(解離など) (alterations in attention and consciousness e.g., dissociation) d 悪影響を受けた信念体系 (adversely affected belief systems) e 身体的苦痛あるいは解体 (somatic distress or disorganization) が入っていた。このa,b,c,dなどの項目を見ればわかるとおり、これはパーソナリティ障害や傾向に深く関連していることだ。そしてDSM-IVに続いて2013年にDSM-5でDESNOSが却下された際も、そこで提出されたPTSDは従来のものよりもパーソナリティへの影響に言及したものであった。そして今回のICD-11でのCPTSDの掲載に至ったわけである。ではCPTSDはどれほどパーソナリティ障害の要素をはらんでいるのだろうか。それがいわゆるDSO(自己組織化の異常)として組み込まれた3つの要素(「感情制御困難」「否定的自己概念」「対人関係障害」)を加えるということになった。これがCPTSDにおけるDSO(自己組織化の障害)の構成要素だ。

そこで再び議論を戻そう。CPTSD≒BPDというハーマンの主張はどうなったのか?結果から言えば、ICD-11に記載されるCPTSDにBPDの影は事実上見られない。近年のCloitreら(2014)の研究について言えば、BPDの本質的な特徴とされる「見捨てられまいとする死に物狂いの努力」「理想化と脱価値化の間を揺れ動く対人関係」「不安定な自己感覚」「衝動性」はいずれもCPTSDでは低かった…・なんということだ。また自殺企図や自傷行為はBPDでは50%だったが、CPTSD,PTSDでは15%前後だったという。このようにハーマンさんのCPTSDはようやくICD-11で日の目を見たと同時に、CPTSD≒BPD説は否定された形になっているのである。
Complex Trauma and Disorders of Extreme Stress (DESNOS) Diagnosis, Part One: Assessment Toni Luxenberg, PsyD, Joseph Spinazzola, PhD, and Bessel A. van der Kolk, MD LESSON 26 Complex Trauma and Disorders of Extreme Stress (DESNOS) Diagnosis, Part Two: Treatment Toni Luxenberg, PsyD, Joseph Spinazzola, PhD, Jose Hidalgo, MD, Cheryl Hunt, PsyD, and Bessel A. van der Kolk, MD Contents 373 395 Volume 21 2001 Lessons 25 & 26

そしてこのBPDにとってかわったのがより地味なパーソナリティ障害の部分、すなわちDSOとなったわけである。個人的に言えば、私はこの結果に納得がいっている。長期、特に幼少時にトラウマに晒された人々が一定の悲観的で抑うつ的、自罰的なパーソナリティ傾向を有することは臨床場面でも見て取れることであり、このDSO部分はそれをうまく表現しているように思う。

以上のことから、このエッセイの一応の結論を述べよう。やはりハーマン先生のCPTSDの概念の提出は偉業であった。慢性のトラウマを体験した人々の精神障害についてのプロトタイプとして掲げられたCPTSD概念には大きな意義があり、ICD-11への掲載により、この問題に対する啓発という目的は達成された。ただしパーソナリティ障害とCPTSD関連という問題に関しては、一般の賛同を得られなかった。CPTSD≒従来のヒステリー≒DID、SDというところまではいいが、それが≒BPDであるという点は、その趣旨は分かるが単純化されすぎていたのだ。私の個人的な意見としても、例えばDIDにみられる患者の性格特性とBPDは大きく異なる。BPDの場合は気分にむらがあり、攻撃性や怒りはむしろ外に向かうという点で方向が逆なのである。

そのようなBPDの特徴と捉えるための概念として、私は最近提唱されているいわゆる「hyperbolic temperament」説に注目している。

Hopwood, C., Thomas, KM, Zanarini, MC (2012) Hyperbolic temperament and borderline personality disorder Personal Ment Health. 2012 February 1; 6(1): 22–32.

Zanarini MC, Frankenburg FR. The essential nature of borderline psychopathology. Journal of Personality Disorders. 2007; 21:518–535.)

ボストンのZanarini グループが1900年代末に提唱した説であり、ボーダーラインの病理のエッセンスとして、Hyperbolic temperament による心の痛みが特徴であると説いた。これを字義通り「誇張気質」となると、とんでもない誤訳扱いされるだろうから、「HT」と表記しておくことにする。これについては次のように記されている。「容易に立腹し、結果として生じる持続的な憤りを鎮めるために、自分の心の痛みがいかに深刻かを他者にわかってもらうことを執拗に求める。 “easily take offense and to try to manage the resulting sense of perpetual umbrage by persistently insisting that others pay attention to the enormity of one's inner pain” 」(Zanarini & Frankenburg, 2007, p. 520).

これはDSMのBPDの第一定義、すなわち「他者から見捨てられることを回避するための死に物狂いの努力」とほぼ同義であるように思う。ただしHTは「気質temperament」、すなわち生まれつき、遺伝子(というよりはゲノム)により大きく規定されている、と主張している点が特徴だ。
 ともかくもハーマンさんにより始まった、BPDは幼少時のトラウマの結果かという議論は、BPDの病理を把握することの難しさをかえって際立たせたとは言えないだろうか、という感想を最後に付け加えたい。

2021年4月20日火曜日

エッセイの書き直し 推敲 4

 推敲しっぱなしになっていたこの論文。全部で8000字程度だが、注文は2800字である。つまり半分以下にしなくてはならない。とりあえず圧縮して4500字程度にしてみた。

パーソナリティ障害とCPTSDについて考える

私は複雑性PTSD(以下CPTSDと表記)という概念にはそれなりに思い入れがある。この概念は1992年に米国の精神科医ジューディス・ハーマンがその著書 ”Trauma and Recovery” (Herman, 1992, 邦訳「トラウマと回復」)の中で打ち出したのであるが、そのころ米国にいた私は、この著書が周囲の臨床家にかなり好意的に迎えられたことを記憶している。その後実際にハーマンや同じボストンで活躍する盟友であるバンデアコークの実際の講演を聞き、彼女たちの熱い思いを感じたものだ。
 それ以来DSMやICDなどの国際的な精神疾患の診断基準が改訂されるたび、CPTSDやそれと類縁の概念としてヴァンデアコークが提唱したDESNOS(Disorder of Extreme Stress, not otherwise Specified;ほかに分類されない極度のストレス障害)が正式に採用されることを多くの臨床家が期待したが、そのたびに失望に終わっていた。そして今回ようやくICD-11
 にこれが所収される運びとなった。私はこのことをとてもうれしく思う。
 私はCPTSDもDESNOSも単なるラベリングであるという事は承知しているつもりである。それは患者個人の個別性を規定するものではない。しかしその上で言えば、これらはある一群の人々の持つ特徴を表す際に非常に有用であるように思う。その上でCPTSDとパーソナリティとの関係について考えるというのが私に与えられたテーマであるが、これには少しこみいった事情がある。
 端的な言い方をしよう。ハーマンのこのCPTSDの概念には、初めからフェミニスト的なスピンがかかっていたのである。一般にトラウマ論者はフェミニズムに関心を寄せる傾向があるのは、多くの性被害に遭われた女性が治療対象となることを考えれば納得がいく。そして彼女の場合はそれを精神医学の歴史において従来差別の対象とされてきた「ヒステリー」の患者さんたちへの思いをこのCPTSDの概念に重ねているのだ。ただ事情を複雑にしたのは、ハーマンはここに境界パーソナリティ障害の問題を招き入れたことである。

Webster, Denise C., and Erin C. Dunn (2005)Feminist Perspectives on Trauma. in Women & Therapy. The Haworth Press, Inc. 28:111-142

もともとハーマンはフェミニスト運動を始める前は、反戦運動や公民権運動に身を投じていたという。その意味では筋金入りだったのだ。そして精神科医になるための研修をする中で、彼女はある事実に突き当たったという。それはそれまで非常にまれだと報告されている女性の性被害(女性の僅か1%しか性的虐待を受けていない、など)の犠牲者を、精神科の患者の中になぜか非常に多く見出すという事実だった。この問題をもっと明るみに出さなければならない、と彼女は考えた。以上の経緯でハーマンは1992年に「心的外傷と回復」を書くに至ったわけだ。(Webster, 2005)。

さてハーマンがこの本でCPTSDとして具体的に想定している一群の患者が従来「ヒステリー」と呼ばれてきた人たちであると述べたが、具体的には、ハーマンは解離性同一性障害(従来の多重人格障害、以下DID)、身体化障害(以下、SD)そして境界パーソナリティ障害(以下、BPD)を含んでいたという。これらの最初の二つは従来ヒステリーの解離型、転換型と呼ばれていたものであるからヒステリ≒CPTSDに含めることに誰も異論がないだろう。しかしそこにBPDを含めることには、違和感を覚える人がいてもおかしくない。ではハーマンの意図は何だったのか?
 ハーマンのTrauma and Recovery(原著)を改めてひも解くと、そこにこんな記載がある。
「SDとBPDとDID(MPD)の三つは、今となっては古臭いヒステリーという名前のもとにまとめられていたのだ。」「患者は通常は女性であるが(…)その信憑性が疑われ、操作的であったり、詐病を疑われた。」「これらの診断は差別的な意味を伴い、特にBPDがそうであった。」(以上、Herman, 1992,p.123)「彼女たちは「強烈で不安定な関係性intense, unstable relationships を示す」(p.124)。「BPDでは、一人でいるのが辛いが、他者を疎むこともある。」(p.124)あるいはこうも主張する。「これらの三つの共通分母は幼少時のトラウマである。」(p.125)つまりハーマンにとっては、幼少時の特に性的虐待により生じるCPTSDの中にBPDの要素が占める部分は非常に大きいという事が分かる。

さてもう一方にDESNOSというのがあった。こちらはバンデアコークにより提唱された類似の概念である。これは表面上はあまりCPTSDと変わらない。あえて言えば以下のCPTSDに身体化症状を加えたもの、ということになる(van der Kolk, 2002)。その論文には、「私たちがBPDだと考えていたケースをよく調べると、その多くがDESNOSなのだ」という記載がある。そして太字で強調されているのが「患者のトラウマヒストリーを詳細に聞くと、ケースの概念化と治療指針まで変わり、それが症例の提示の仕方の理解にまで及ぶ。特にBPDのトレードマークである攻撃性、情緒的な操作性、欺きなどは悲しみ、喪失、外傷的な悲嘆などの真正なる感情に置き換わるのだ。」また「幼少時のトラウマ体験への適応として理解することで、DESNOSかBPDかの判定に大きな違いが出てくる」。とも言う。つまりBPDと診断されている患者を偏見なく診ることで、それが誤診であることが分かることが多い、と主張していることになる。しかしとても重要な提言も見られる。「リサーチにより分かったのは、BPDとDESNOSは重複する部分があるものの、明確に異なる状態である」「両者は表面上は似ている。ただ慢性の情緒的な調節不全はDESNOSでは最も顕著だが、BPDではアイデンティティと他者との関りの障害にの方がより重大であるというのだ。」
 これがバンデアコークさんの立場であるが、ハーマンとの微妙な温度差がそこにある。そして基本的にDESNOSとBPDは別物であるという考え方なのである。
 さて1994年のDSM-IVにはこのDESNOSが掲載される筈だった。しかし渋いえんじ色のテキストにそれはDESNOSが掲載されなかった。それはフィールドトライアルの結果、DESNOSの基準を満たしてPTSDの診断がつかなかった人はわずか8%だったからだという(飛鳥井)。しかしICD-11では発想を転換して、名前もCPTSDとして、その中にPTSDの診断基準を含みこんでしまおうということになった。そしてそのうえでDESNOSのフィールドトライアルの中で頻度の多かった「感情制御困難」「否定的自己概念」「対人関係障害」を加えるということになった。これがCPTSDにおけるDSO(自己組織化の障害)の構成要素だ。

さてICD-11に採用されたCPTSDではBPDとの関係はどう扱われているのか?結果から言えば、CPTSDにBPDの影は事実上見られない。近年のCloitreら(2014)の研究について言えば、BPDの本質的な特徴とされる「見捨てられまいとする死に物狂いの努力」「理想化と脱価値化の間を揺れ動く対人関係」「不安定な自己感覚」「衝動性」はいずれもCPTSDでは低かった…・なんということだ。また自殺企図や自傷行為はBPDでは50%だったが、CPTSD,PTSDでは15%前後だったという。このようにハーマンさんのCPTSDはようやくICD-11で日の目を見たと同時に、CPTSD≒BPD説は否定された形になっているのである。
 Complex Trauma and Disorders of Extreme Stress (DESNOS) Diagnosis, Part One: Assessment Toni Luxenberg, PsyD, Joseph Spinazzola, PhD, and Bessel A. van der Kolk, MD LESSON 26 Complex Trauma and Disorders of Extreme Stress (DESNOS) Diagnosis, Part Two: Treatment Toni Luxenberg, PsyD, Joseph Spinazzola, PhD, Jose Hidalgo, MD, Cheryl Hunt, PsyD, and Bessel A. van der Kolk, MD Contents 373 395 Volume 21 2001 Lessons 25 & 26

以上のことから、このエッセイの一応の結論を述べよう。やはりハーマン先生のCPTSDの概念の提出は偉業であった。慢性のトラウマを体験した人々の精神障害についてのプロトタイプとして掲げられたCPTSD概念には大きな意義があり、ICD-11への掲載により、この問題に対する啓発という目的は達成された。ただしパーソナリティ障害とCPTSD関連という問題に関しては、一つの課題を残した。CPTSD≒従来のヒステリー≒DID、SDというところまではいいが、それが≒BPDであるという点は、その趣旨は分かるが単純化されすぎていたために、多くの識者の賛同を得られるに至っていない。私の個人的な意見としても、例えばDIDにみられる患者の性格特性とBPDは大きく異なる。DIDの方の場合は相手に対する配慮や自罰的な傾向が顕著である。ところがBPDの場合は気分にむらがあり、攻撃性や怒りはむしろ外に向かうという点で方向が逆なのである。私にとってはBPDの人はその気分のコントロールが不全な点においてある種の生得的な何かを持っているように感じられる。そしてそれが幼少時のトラウマなどによりさらにさまざまな形で修飾されているという印象を受ける。

そのようなBPDの特徴と捉えるための概念として、私は最近提唱されているいわゆる「hyperbolic temperament」説に注目している。

Hopwood, C., Thomas, KM, Zanarini, MC (2012) Hyperbolic temperament and borderline personality disorder Personal Ment Health. 2012 February 1; 6(1): 22–32.
Zanarini MC, Frankenburg FR. The essential nature of borderline psychopathology. Journal of Personality Disorders. 2007; 21:518–535.)

簡単に解説するならば、これはボストンのZanarini グループが1900年代末に提唱した説であり、ボーダーラインの病理のエッセンスとして、Hyperbolic temperament による心の痛みが特徴であると説いた。ちなみにこの「hyperbolic」はうまく訳せない。双曲線、とか誇張された、という意味だが、「Hyperbolic temperament 誇張気質」となると、とんでもない誤訳扱いされるだろう。そこでとりあえず「HT」と表記しておくことにする。

彼らの2012年の論文を読むと、次のように記されている。BPDに関しては気質かそれとも成育環境(幼少時のトラウマ等も含まれる)かという議論がいろいろなされてきたが、結局両方が関係しているらしいということが分かってきている。そしてあくまでも気質の部分を取り出したのがこのHTであり、それは以下に要約される。

「容易に立腹し、結果として生じる持続的な憤りを鎮めるために、自分の心の痛みがいかに深刻かを他者にわかってもらうことを執拗に求める。 “easily take offense and to try to manage the resulting sense of perpetual umbrage by persistently insisting that others pay attention to the enormity of one's inner pain” 」(Zanarini & Frankenburg, 2007, p. 520).

しかし私がこれを推しておいていうのもナンだが、これはDSMのBPDの第一定義、すなわち「他者から見捨てられることを回避するための死に物狂いの努力」とあまり変わらない気がする。というよりは特定の他者へのしがみつき、という傾向についてはDSMの第一定義のほうが簡潔であるという気もする。さてHTはこれを「気質temperament」としている。要は生まれつき、遺伝子(というよりはゲノム)により大きく規定されている、というわけだ。「でもこれって一種の行動パターンで、経験から出来上がったものではないの?」という疑問も成り立つ。しかしこれはICD-11が作成された過程でクリアーされているのだ。どういうことだろうか?

DSM-5もICD-11もいわゆるディメンショナルモデルを目指した。ディメンションモデルとは、ビッグ5の5つ特性を挙げている。つまりネガティブ情動、制縛性、脱抑制、非社交性、離隔、の5つである。しかし何とそこに精神病性と、BPD性が加わって7つになっているのだ。つまり「精神病性のパーソナリティとBPDに関しては、ビッグファイブでとらえられませんよ。だからBPD時代を一つの人格特性として挙げますよ。」というわけだ。これは要するに、BPDをディメンショナルモデルで描くことを放棄したことになる。つまりBPDはそれをいくつかの要素に分解するにはあまりにも多くの研究がなされ、治療法も考案されているからこれは特別扱いをして残しましょう、ということだ。HTを提唱した人たちからは、BPDを素因数分解されることに危機感を覚え、これだけは特別なものとして残したいという意図があったのかもしれない。でもこれは少しおかしなことでもある。

ともかくもハーマンさんにより始まった、BPDは幼少時のトラウマの結果かという議論は、BPDの病理を把握することの難しさをかえって際立たせたとは言えないだろうか。

2021年4月19日月曜日

どの様に伝えるか? 解離性障害 1

  また執筆依頼が舞い込んだ。なかなか意図がつかみにくいテーマだが、執筆依頼を承諾してしまった。要するに医師が精神疾患をクライエントにどのように分かりやすく伝えるかというテーマらしい。「実感と納得に向けた病気の説明」、ということだが、どうやらそこに絡んでくるのが「一緒に決めていくこと Shared decision making (SDM)」という概念だという。ざっと調べたところによると、これは昨今のいわゆるインフォームドコンセント(IC)の先を行く概念という事だ。ICはだんだん広まった。でもそれだけでは足りないよ。ということだ。分かりやすく書こう。

「インフォームドコンセントという事でたしかに医者は『こんな風に治療しますがよろしいですか? ハイ、ではこの書類にサインしてください。』となった。以前のように『黙って私の出す薬を飲みなさい』『来週手術をしますよ。(説明なし。)』というのよりはよくなった。でも結局は先生の思った通りの方針になるんだし。もっと分かりやすく、病状の説明も含めてして欲しいし、その時患者の側の要望とか、先生の専門ではない他の方法とかも話してくれていいんじゃないですか?」という事でICのさらに先を行く、別の考え方が必要になったというわけである。ICのさらに丁寧なバージョン、と考えてもいいかもしれない。

全くその通りなのである。ただ医師の立場からすれば、これはとても時間のかかることでもある。丁寧な説明。例えば薬をAからBに変えるにしてもBの副作用のリストアップをして、AからBに切り替えるときにどうするのか、Aを少しずつ量を減らして言って、いつからBの少量を初めて・・・・・。と説明するのには膨大な時間がいる。そしてそのための外来の時間は・・・・・。少しも延ばせないのだ。いや、伸ばそうとすれば出来ないことはない。一人の患者さんに使う時間を倍にすることはできるだろう。しかし日日の患者さんの数は変わらない。そう、SDMを行うためには、医師が扱う患者さんの量が制限されなくてはならない。

 ちなみにSDMがパターナリズムと消費者主義との重複集合という言い表し方になっているのはよくわかる。ICはいわば上から目線の態度(パターナリズム)であり、消費者主義とは消費者優先という事だ。この重複集合にSDMを位置づけることが出来るのだ。

ネットで拾ってきた資料(2016年1月28日 Minds フォーラム 2017 日本医師会館)から拝借。

SDMには、治療方針を決める時、互いに相手は何を重要と考えているかを理解するために、患者と医療者の両方の参加が必要です。
 •
医療者は、健康に関する問題に向き合うため、患者にすべての治療の選択肢に関する情報を提供します。
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さらに、患者個人の病歴と検査結果に 基づいて、医学的に望ましいと思われる選択肢の情報を伝えます。
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患者は、医療者に、病気や治療が自分の人生にとってどのような体験であるかについての情報を提供します。
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患者は、「自分の人生にとって、どの選択肢がより良いのだろうか」という見方をします。
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患者の見解は、医学的に最適な治療と異なる場合があります。
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患者にとって最良の選択は、医学的に最良の治療法という理由の場合も、その患者の人生のために最高の選択肢だという理由の場合もあるでしょう。
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患者と医療者は対話を通じて、両者はもとの自分の考えとは違うかもしれない別の見解を理解し、 最終的に患者にとって最良の選択がされたと納得できるでしょう。

2021年4月18日日曜日

母子関係の2タイプ 5

日本におけるStrange situation paradigm
 
以下はこのブログでも2019年9月に書いたことがある内容だ。そこに肉付けしていくわけだが、まずはその再録から。

 日本人の母子は結局一緒にいることでどのような違いが生まれるのだろうか。その参考となるのがストレンジ・シチュエーション・プロシージャ―(SSP)である。メアリー・エインスワースが考案して一大センセーションを引き起こしたこの実験(と呼んでおこう)では、ある部屋に母親が子供と一緒に入り、次に見知らぬ他人が入って来て、母親は子供をおいて出て行く。そしてそれに対する幼児の反応を観察し、次に母親が戻ってきた時のそれに対する子供の反応を観察する、という一連の実験である。エインスワースは子供の反応について、それをA型「不安定(回避)型」(戻ってきた母親に無関心。母親が出て行っても戻ってきてもあまり関心を示さない。)、B型「安定型」(母親に抗議するが、すぐ落ち着く。)、C型「アンビバレント(両価)型」(お母さんが部屋に戻ってきたときに抵抗を示す。身体接触は求めるが同時に抵抗も示す。たとえば抱き上げようとすると泣き、おろそうとすると怒ってしがみつく。お母さんが部屋から戻って来るとお母さんを求めて泣きだすが、お母さんのもとへ近寄ろうとしない。お母さんが近付くと、抵抗を示す。)その後、メインとソロモンが上記3つに当てはまらない愛着のタイプを発見し、D型「無秩序型(無方向型)」を追加した。
(このA,B,Cの並べ方は、正常と思われる「安定型」をBに据えたことが少しわかりにくい)。ともかくもエインスワース自身の研究による各タイプの比率構成は、A タイプが 21%、B タイプが 67%、C タ イプが 12%というものであった。ちなみにこの比率は、その後、世界 8 カ国で行われた 39 の研究、約 2000 人の乳児のデータを総括して得られた、各タイプの比率とほとんど変わらないものである(van IJzendoorn & Kroonenberg,1988)。
 さて問題になったのは、社会文化による違いが存在しないという訳ではなく、例えば、ドイツでは Aタイプの比率が、またイスラエルのキブツや日本ではCタイプの比率が相対的に高いということが知られているのだ。この日本での研究についてであるが、1980年代に行った三宅、高橋先生は、日本のサンプルでは、A型がゼロで、C型が30パーセントであると報告した。彼らが言うには、日本の母子はいつも一緒にいるので、SSPという設定自体にさらされた子供自体が驚いてしまい、むしろそれが正常に近い反応であろうという。すなわち日本でC型が多いからと言って、不安定な愛着が起きているとは言えない、と説いた。この背景に、社会文化間に存在する子どもやその養育に対する基本的考え方(Harwood et al.,1995)および実際の家族形態や養育システム(van IJzendoorn & Sagi,1999)の差異などが関与している可能性は否定できないという。ところで私にはこのC型は子供がパニックになり、母親に対してすごくアンビバレントになっている状態と考える。だから結局三宅先生の考えに賛成なのである。ちなみに面白いのは日本ではAがゼロ、という点だ。(私にはAは母親においておかれる体験にすごくなれた子供であると同時に、アスペルガーの子にも見える。という事はどの社会にも一定数存在するはずなのに、日本だけゼロって本当だろうかと思ってしまう。)一つの可能性は、見知らぬ人と一緒の部屋から母親が出ていくという事態そのものが、日本では考えられないので、それに無関心の子供はゼロであった、という事だろうか。 

以下は今回の書き直しのために調べた部分である。
Ujiie, T(1986): Is the Strange Situation Too Strange For Japanese Infants? 乳幼児発達臨床センター年報, 8, 23-29. という論文を参考にしよう。
 やはり三宅先生は、「日本の母子は常に近い身体接触を持つので、この実験状況自体があまりにも奇妙でストレスフルであるという反論が書いてある。だから日本におけるCの多さは不安定な愛着を示してはいないのだ、と。Owing to the facts that Japanese mother and infant relationship is typically characterized by constantly close physical contact and by the infrequency of separation from the mother, and that the Japanese infants tend to have a temperamental disposition towards fearfulness and irritability, it can be expected that the Strange Situation will be too strange and too stressful for Japanese infants. Thus they did not consider the C type of response of the Japanese infants as a direct reflection of a greater tendency to be insecurely attached. (下線部は岡野の強調)。
「そーだ、そーだ!」と思わず言いたくなってしまうではないか。

2021年4月17日土曜日

解離性健忘 書き直し 2

 書き直しといっても、全体の再構成というわけではない。これまで書いていなかった治療指針について、「柴山文書」を借りて書き直す。

 トラウマの治療一般に関しては、Hermann のトラウマからの回復の3段階という概念が参考になる。それらは①安全や安定の確立,②外傷記憶の想起とその消化,③ 再結合とリハビリテーションである。解離性健忘の治療もおおむねこの路線に沿うことができる。
第 1段階 :安全や安定の確立 解離状態にみられる不安や恐怖を和らげ, 安心感や安定感をもたらすことが中心となる段階.まずは生活環境を安全なものとする. ケースによってはこのような「居場所」の確保が発症とともに治療において も重要な要素となっている.
第2段階 :外傷記憶の想起とその消化  自らの外傷記憶に向き合い,それにまつわる不安や恐怖を和らげ,それを克服するこが中心となる段階。第1段階がある程度達成されれば,次に過去の出来事を消化する作業が必要になる.症候的にも安定しないような状態や治療者 との信頼関係がみられないような状況では,この段階に着手することは困難である。それがある程度克服できた段階で徐々に過去の出来事について周辺領域から話題にすることもよいであろう。ただし解離性健忘の場合、この想起が不可能な場合が多く、治療者や家族はそれを強いるべきではない。しかし過去の生活歴が当人の目に触れないようことさら周囲が気を遣うことも治療の妨げとなる可能性がある。あくまでも本人の想起したいという意欲に沿う形で周囲が協力するのがいいであろう。

個人年表づくり

当人の社会復帰に応じて、当人の過去の生活歴の中で知っておいたほうが適応上好ましい出来事は、知識として獲得したほうがいい場合がある。本人の通った学校やそこでできた友達、当時はやっていた事柄、社会状況などについては、当人が抵抗を示さない限りにおいてはリストアップし、年表を作ることも助けとなる。またその過程で自然と想起される事柄もあるであろう。ただしその際に不可抗力的に過去のトラウマ的な出来事が想起された際はそれに応じた治療的な介入も必要となろう。

第3段階:再結合とリハビリテーション 日常生活における不安や恐怖を克服し,常生活に積極的に関与する段階.この段階はこれまで不安や恐怖によって避けていた常生活の範囲を次第に広げ,様々なストレに対して うまく対処することができるようになる.全生活史健忘の場合、当人の社会的な能力は保たれていることが多く、特に過去に獲得して失われていないスキルや能力を活用して社会復帰につなげる努力はむしろ重要であろう。