2014年9月19日金曜日

治療者の自己開示(5)

4 考察
ということで、私は20年前に何を考えたのか。まあ今から読み返しても、大体当たり前のことである。
 一般に古典的な分析的治療における患者治療者関係は「不平等」で「一方に傾いている」(Greenson,1967)といわれる。すなわち患者が自分のことについて自由連想することが分析における基本原則である一方、治療者は分析の隠れ身に守られて姿をあらわさない。この通常の人間関係とはかなり異なった、いわば人為的な二者関係の設定は、それが生み出す治療的意義は別にしても、多くの人にとってその継続を困難なものにする可能性がある。この傾向はBのように病態水準の低い症例で特に顕著であるとしても、そうでない場合にも治療同盟を結ぶ上での障害となる可能性がある(Greenson,1967)。病態水準の低い症例に対する支持的療法が、この事情を基盤のひとつとして発展したことについては先に述べた。逆に言えば、この一方向性は、ラポール形成にとっては必ずしも良くないというわけである。ということは、匿名性がBPDにとっては治療的でないということは、神経症の人にとっても同様で、ただし神経症の人々はそれに耐えられる、というロジックも成り立つであろう。

ここで治療関係における治療者-患者関係を、二人の平等な人間が持つ関係という視点に立ち返って眺めてみる。この二人の人間が仮にも一定期間対面する場合、互いに相手に対する好感、相手から認められているという実感を持つことは、その関係の継続にとって必須のものといえる。そしてさらにそこには、相手に辱められていない、その前で自分をさらけ出してもそれが深刻な恥の体験にならない、という関係が成立していることが大切である。患者にとっての最大の抵抗の一つが、治療状況における恥の感情である事は、私が前著(岡野、1998)で強調した通りである。これらの点を無視して分析的治療関係を考えるわけにはいかないであろう。
シドニー・ジュラードSidney Jourard(1971)は、そのような視点に遡って自己開示の問題を据え直した。彼は一般人を使った実験を通して、人間が互いに自分のことを語るという行動に関して、「対効果 dyadic effect という現象がみられるとした。この「対効果」とは、人間が自分に自己を開示してきた相手に対して、自分もより多く自分自身を開示する現象だという。ジュラードはこの「対効果」を「科学的な裏付け」とし、自分の精神療法の在り方をより「人間的」なものに近づけ、患者が現在体験している事柄に並行した自らの体験を話し、また治療場面での自分の感情をも話すことで、「より良好な患者治療者関係を築くことが出来た」とする。

この「対効果」あたりまえといえば、当たり前の話である。

2014年9月18日木曜日

治療者の自己開示(4)

この間私は、錦織君の活躍に「感謝する」といったが、実際に似たようなコメントを発する人が多い。するとある職業の専用サイトには「よく聞かれる、あの『感謝する』というのはわずらわしい。本人たちは好きでやっているのに。単にラケットで球を打つだけの競技なのにどうしてそんなことを考えるのかわからない」という書き込みがあった。これも違和感である。ネガティブな考え方だと思う。私は錦織君の活躍で喜ぶ部分が実は非常に利己的であるという自覚がある。彼が日本国籍であるだけで、私も一緒になって喜んでいる。便乗である。だから「感謝」なのである。この「感謝」は実は私の負い目の表現といえるだろう。そして当然錦織君は私のために戦ってくれていないということはわかっているのだ。愛国心や自国の選手の応援とはそのようなメンタリティに負っているのであり、必ずしも利己的とは言い切れないのは、自国の選手が負けたときにはしっかり残念がっているからだ。つまりいいとこ取り、というわけでもないのである。
さて京大のグループによるスタティンの効用。軟骨異形成症に効果がありそうだということがわかったという。嬉しい。これなどは患者さんの多くが助かることをイメージしたときの喜びだ。これは利己的だろうか。愛他性だろうか。単純に考えて、患者が恩恵をこうむる姿を見るのは心地よいし、病苦に悩まされるのを見るのは苦痛(負い目のせいか?)だという事実に由来するのだろう。これについてもネガティブな考え方が何かあるだろうか。

 (4)私がクライアントとして聞いた治療者の自己開示

これは私がクライエントとして、私の治療者の自己開示を聞いたという例だが、今こんな論文を出したら一発で却下だろうな。平和でユルい時代に論文が書けて本当に良かった。これも20年以上前の話。1989年のころだ。しかしこんな論文を書こうと思いながら治療を受けている私はかなり厄介な患者だ。
 
私は以前、8箇月の精神療法(週二回、対面法)を受ける機会を持ったが、私の治療者の感情に対する関心やこだわりは、かなり早期から毎回の私の連想の中に繰り返し姿を現わすようになった。私の治療者ドクターZは、心理学者でベテランの精神療法家であり、そのスタイルは治療者の中立性と匿名性を蔽格に守る一方でかなり積極的な介入の仕方を見せる、といったものだった。ドクターZはいつもにこやかに治療室に私を迎え入れ、共感のまなざしで私の話に耳を傾けるのが常であったが、彼自身の感情やそれ以外のプライバシーに関することを言語化して私に伝えるということはまずなかった。
治療開始後数週間が経ち、私が自分の過去についてのあらすじをひとわたり語り終えたころから、私はドクターZの私に対して持つ「本音」について知りたくなった。この「本音」を知りたい、とは具体的には私の話を開いていてドクターZが不快を感じたり、私をひどい人間だと感じたりしていないか、といったことへの関心である。特に私の過去のあまり自慢出来ない出来事を開陳した直後などは、ドクターZにどうしようもない人間と思われていないか、という心配は切実なものになった。私はいまから思えばドクターZとの間でちょっとした転移神経症に陥いりかけていたのかもしれない。私はドクターZに私についての気持ちを何度も尋ねる羽目になったが、それについては直接の回答など得られないのが常であった。
ある日私は苛立ちながらドクターZに問うた。「ドクターZ、私はあなたに私のことをどう思っているのか、と何度も繰り返し同じことを聞いてきましたね。自分でもあなたをいじめているような気がしてきましたよ。でもそういう私をどうお感じになるんですか。」それに対してドクターZは少し苦笑しながら言った。「そうですね。何か繰り返し針で突つかれているようで、ちょっと当惑した感じです。」それを聞いて、私はとても納得した気がし、それ以後ドクターZに私に対して持つ感情を追及したいという気持ちはあまりもたなくなった。
 このエピソードは何を物語っているのだろうか?ドクターZの言葉でなぜ私は満足したのか?私は単に治療者から何かを奪いとり、勝ち誇る、という体験を持ちたかったのか?たしかに通常は古典的な分析のスタイルを守る治療者から自分を語らせることが出来た、という幼児的な満足を私が得たことは十分有り得る。しかしそれ以外にもこの出来ごとは私にとっては重要な意味を持っていた。まず目の前にいる、そして自分が過去を懸命になって話した相手、そして自分が幼児的な願望を隠さずに話したドクターZが、その感情の一部を語ってくれたことで、私ははじめて生の人間に話を聞いてもらっていたんだという感じを持てたのである。それに「針で突つかれている感じでちょっと当惑している」というドクターZの表現自体も私を安心させた。それは確かにそうだろうと納得がいったし、私がそれ以上に彼を深刻に悩ませていたわけではない、という安堵感が生まれた。それにそれを語ったドクターZ自身は、そうされて苦痛だ、怒っている、という表情は見せず、むしろひとごとのような話し方だったのである。

 この体験をあとから振り返り、さらに気がついた点を二つ付け加えたい。まずドクタ一Zの感情表現(というより「感じ方の表現」という方が近い)は、ただ一回でも、あるいはただ一回だったからこそ、私には大きな意味があったのかもしれないということである。通常は受け身的で自分の感じ方を語らないドクターZは、私情や価値判断を抑えつつまっすぐに話を開いてくれている、という感じを、この体験までもそしてそれ以後も私に与え続けた。その背景があるからこそ彼がここ一番で行なった自己の感情の言語化は、これほど効果的であったのであろうと考えた。逆説的に言うならば、ドクターZの自己開示は、それが普段行なわれないことによりさらに効果的になったのだろう。また第二点として、ドクターZは自己開示をしながらも、あくまでも中立的という感じを私に与えた。私は彼の「ちょっと当慈している」という言葉を聞いても、彼のプライベートな部分を侵害したという感じは殆んどなかったのである。彼はあくまでもその場、その時に彼の持つ視点を私に提供してくれたにすぎなく、それこそ私が望んでいたことだった。もし彼がそれ以上に露悪的に自分の私的な感情を語ったとしたら、私は覗き見的な行為を行なっているようでかえって不快であったと思う。その意味ではこの体験は私がドクターZから何を欲しかったのかをも教えてくれた。それは彼のプライベートな情報ではなく、彼が生きてそこにいて見守ってくれている、という実感を与えてくれる手がかりだったのである。

2014年9月17日水曜日

治療者の自己開示(3)

自己開示についての過去の文章を見直しながらブログにしているのだが、この問題私の中に新たに湧き出すテーマが見えてこない。20年前に書いた論文はどれも当たり前のように映り、しかもあまり面白くない。そんなことを言うと、書いたその頃の自分に申し訳ないが。

3 臨床例

 私が自己開示にこだわるのは、それが治療的に意味があると思えるからだ。それが役に立たないのでは初めからこの問題に関心がわかないだろう。治療者はやはり自分を示した時にインパクトを与えることがある。ただそれと同時に普段は示さないことにも意味がある。普段は見えない対象が姿を現すことに実は非常に大きな意味があるわけだ。
そこで私がまずはじめに出した例。これはすでにこのブログでもふれたメニンガーでのケースだ。
(1)臨床例B(効果をあらかじめ予想していなかった自己開示例)
 はじめの例は、私がその効果を意図せず自分の個人的な情報を伝えたところ、患者がそれに反応したという例である。Bは当時21才の白人男性で、重症の境界人格障害の入院患者である。私は精神療法家として週2回の精神療法を担当し、それについてのスーパービジョンを週1回受けていた。Bは病棟で多くの制限を与えてくる病棟医に対する激しい怒りと衝動的行為、病棟での他の患者を煽動する動きが目立った。しかしその一方では、慢性的な空虚感と抑欝気分に苦しんでいた。予備面接の第一回目にBと対面した私は、まず自己紹介として、自分が精神科のレジデントであること、国籍は日本であることの二つを告げた。これはその当時私が担当するどの患者にも初対面の時に行なっていた自己紹介であった。(ちなみにこの件についてはスーパーパイザーとの間で話し合われ、この程度の自己紹介は初対面の患者を精神療法に導入するに当たっての適切な配慮ということで意見が一致していた。)その後4回の予備面接を経て患者と私は精神療法の契約を結んだ。その次の回の面接で、Bは私と会うことを非常に価値あるものと感じている、と述べた。その理由として私には親しみを感じる、どこか理解してもらっていると感じて話しやすいと言い、それは病棟医のX医師に感じる冷たさや観察されている様な感じと違う、と述べた。そして次のように言った。
 「私ははじめて先生に会った時、正直言って驚さました。あなたがまず自己紹介をしたからです。それで自由に自分の心を打明けられると思いました。私のこれまでの治療者も、薬物療法担当のX医師も、決して自分のことを進んで漏らしたことがありません。それが非常に腹が立っていたのです。」このBの言葉に私の方も驚いたが、それは私のちょっとした自己紹介がこれほどまでの影響をBに与えることを予想していなかったからである。しかも私はその第一回目以外には一切自分の個人的な情報や感情を明かしていなかった。Bがスタッフ達についてのゴシップに非常に興味を示していることは、予備面接での連想内容から明らかだった。そこで以後私との転移関係の中で、Bが次々と私のプライバシーをあばきだそうとしてくる、という空想を私は持った。
Bはその後経済的な事情で止むを得ず退院して故郷に帰ったが、私との20回余りのセッションで彼が私のプライバシーについて執拗に探ってくる傾向はみられず、私への陽性転移もまだ穏やかなままで治療が中断した。治療場面では何でも買い与えてくれたものの情緒的な表現が少なかったという両親のことが多く語られた。この症例は短期に終わってしまい、そのおそらく波乱に満ちたものになったはずの転移関係の行方を確かめられなかった。しかし患者の治療者に対する陽性転移が治療者の簡単な自己開示を切っ掛けにかなり早めに成立した事情を物語り、その意味するところは大きかった。

(2)臨床例C(精神療法において私が意図的に感情を語った例)

 次は、私が支持的な精神療法において治療者として私の感情を語った例である。50歳の白人男性患者Cは、数年来生理学の教授を勤めていたが、休業して自分の人生をもういちど考え直したいとのことで、ある私立の精神科病院に入院して来た。入院時のCの診断は抑欝神経症であり、彼はここ数年間慢性的な抑欝気分に悩まされ、研究においても行き詰まりの状況であることも明らかにされた。
私はCの入院直後から6箇月間、週一回の精神療法を行なった。私が初診時に得た所見は、自罰傾向を伴った強迫性格、孤立傾向、そしてそれに関連した慢性的な抑鬱気分であった。
Cは極めて頑固一徹で、自分の好みやスタイルに合わない事柄や人に従うことに頑強に抵抗を示す一方で、深刻な孤独感を内に抱えていた。病棟ではその諸規則が肌に合わないといっては、それを要求するスタッフを次々と糾弾した。Cはまた自己欺瞞を嫌い、きわめて率直で、これと決めたことには全力で守り通すといった、頑固一徹な性格をも有していた。Cがいわゆる表出的精神療法に理解を示さない様子ははじめから見てとれ、私は各セッションごとにかなり支持的かつ積極的な介入を行なうことを心掛けた。私はCが自分の主義をかたくなに守り、少しでも自分の主義に添わない他人を許せないこと、それにより常に孤立してしまう、ということを繰り返してきた彼の人生について、その認識を促すことを目的とした。その作業の中でCは私に明らかな陽性感情を向けるようになり、病棟の主治医のY医師への陰性感情との対照的な関係が患者のスプリッテイングを表わす、としてスタッフ・ミーティングの話題に時々取り上げられた。
 さて少し前起きが長くなったが、私は彼とのやり取りの中で幾度か私の感情を語った。それはいずれも驚き、意外さ、当惑、緊張感といった、「中性的」な感情(後に解説する)であった。その一例をここで紹介してみる。治療を始めてほぼ4箇月日のあるセッションで、患者は首尾一貫性、ということについて話していた。Cは、看護人が彼を院内活動に同伴していく時間がいつも少し遅れる、病棟のY医師には一貫した治療方針というものが感じらられないし、そこには誠実な態度が見られないのに、そのことを認めようとしない、それは結局は自己擬慢だ、と興奮気味に話した。私はこのCの話と、一方で彼がいつも回りから孤立してしまい寂しい想いをするという事実との関連付けをはかった。「あなたの不満はある程度わかる気がしますよ。」と私はまず言い、さらに続けて、「たとえばあなたの方がいつも時間を守って、時間にルーズな他の人にいつもいらいらさせられ続けているのは考えてみれば割りが合わないのかも知れないですね。しかしあなただけが時間を守り続け、他人にもそうすることを望んでも、結局あなたは損な立場になるでしょう。なぜならきっとあなた以外の人の99%は、あなたより時間にルーズなんですから。」と述べた。患者は黙って私の言葉を聞いていた。私は続けて「そういえばね、私も今朝来る途中でもし車の故障か何かでこの8時半からのあなたとの面接に時間どおりに来れないとしたらあなたはどういう風に感じるだろう、と思ったら緊張しましたよ。あなたの面接には絶対遅れられないな、という気持ちがしたんですよ。」患者はこの私の発言に対して「なるほど、そうですか・・・・。」とうなずき、その意味を頭の中で反芻する様に、何度かうなづいた。私はCが私から糾弾されたという気持ちを抱いたかどうかに関心があったが、Cにそのような反応は見られなかった。
 その後、病棟ではCのスタッフに対する糾弾が徐々に弱まっていった。私自身にもこの話題について話した後は、彼との面接に遅れてはならない、という緊張が少し薄れるという変化が起きた。数箇月後私の事情で治療が終結したとき、Cは次のようなことを私に伝えて去って行った。「あなたは私の行動に価値判断を持ちこむことなく、しかも同時にいくつもの貴重なフィードバックを与えてくれました。ありがとう。」どうやら私が行なった、私自身の彼に対する緊張感の自己開示も、Cにとっては私のプライバシーの公開や彼に対する直接の批判とは聞こえず、むしろ私からの幾つかの「フイードバック」のひとつだったようである。

 私はCに対して行なった介入について次のように自分なりに整理してみた。まず自分の「緊張」を話した時点では、実は私はもうさほど「緊張」してはいなかった。緊張したのは、正確にいえばその面接を開始するしばらく前、つまりそれを口にした数十分前であり、私はそのことを彼の話を聞いて思い出し、それを面接の中で使えるような気がしたのである。その意味ではこれは私のの感情を伝えたというわけではない。それは私が私の気持ちを客観視して、まるでひとごとのように述べたものであり、ある意味では私の中立性に守られた言葉ともいえた。

2014年9月16日火曜日

治療者の自己開示(2)

今日のところはほとんど以前書いた分のコピペだが、実際いいことを書いてある。訂正の必要はほとんどない。
古典的な分析技法の視点からは、治療者が自分の感情を語ることのみならず、自分自身に関する事柄を患者に伝えることは、古典的な分析方法からの逸脱とされるのが一般であった。フロイトは「医師としての分別」(1919)ないし「禁欲原則」(1914)を強調し、治療者が自分のことを語ることを原則的に戒められていたのである。そしてそれを「分析の隠れ身」という言葉で、より鮮明に打ち出したのが、ローレンス・キュビー Laurence Kubie (1950)という分析家であった。彼によれば、精神分析においては分析の隠れ身は中立性などと同時に守られなくてはならない原則とされ、治療者が自己を表すことは、患者の転移を写しだすスクリーンとしてのあり方に歪みをきたすことにつながると考えられた。例のブランク・スクリーンモデルの登場である。古典的な分析理論からは、治療者が患者に施すべきなのは唯一解釈であり、治療者の自己開示を含むそれ以外の介入はおおむね不適当とされてきたのである。
このように書くと、「解釈は治療者の考えであり、その意味でそれを伝えることは自己開示ではないのか?」という疑問は当然起きるだろう。しかしフロイトは解釈は自己開示とは考えていなかった。それは解釈とは本来患者が持っている無意識内容を分析家が感じ取り、伝えることだからである。フロイトは分析者の役割は自分の無意識を使って患者の無意識内容を「受信」し、それを患者に伝えることだと考えた。ある意味では解釈とは、鏡の役割を果たす分析家が患者の無意識内容を映し返したものではあっても、自分に光源や投影すべきイメージがあるわけではないと考えたのだ。そう、光源はあくまでも患者側、という考え方がポイントなのである。

フロイトの著述には、分析者が個人的な事柄を持ちこむことを直接的に戒めている個所がある。それによると、分析者が自分を語るような手法は解釈とは異なり、彼が繰り返し禁じた「暗示Suggestion」、つまり患者にとって直接無批判に受入れられるもの、「患者の無意識を明らかにすることには役に立たないもの」(Freud,1912a,p118)と説明されている。
さらにフロイトの記述を読んで気が付くのは、彼には患者の自然治癒力を重んじるといったところがあり、それに対して治療者が自己開示を通して自分の考えを植え付けることは、その自然治癒を妨げる、といった考えもあった。この考え方は、治療者が自己を現わして患者のあるべき姿や進むべき道を示すという方針とは根本からそぐわなかったものと理解できよう。
 とはいえ古典的な精神分析は治療者が持つ個人的なファンタジーや患者に対する個人的な感情は無意味だと考えたわけでは決してない。治療者に起きる様々なファンタジーは、患者の病理に対する反応であり、従ってその病理を知る手がかりとして大きな意味を持つのである。ただしそれはいわば治療者の心の中だけで扱われ、患者にそれを話すという形で処理されるということは考えられなかった。そのかわり治療者は自己の力でないしスーパービジョンを通してそれを意識化した後、患者への解釈の中に生かすという形をとるべきだと考えられたのである。
さてフロイト以後、古典的分析理論はさまざまな形での検討を加えられてきたが、その過程で治療者の自己開示の問題も、徐々に話題にのぼることになる。しかしこの問題についてはなかなか統一された見解に行き着くことが出来ず、依然としてその立場は論者により大きく異なっているのが現状といえるであろう。しかし少なくとも「分析の隠れ身」を厳密に守る立場は少数派になりつつあることは確かなように思われる。
もうずいぶん前のことであるが、フィリス・グリーネーカー Phyllis Greenacre(1954)という分析家は、治療者に匿名性を重んじることを勧め、公的な場に出ることや特定の主義思想に関係することさえも戒めた。つまり彼女は治療者である限りは、社会生活においてもその匿名性を守るための努力をしなくてはならない、と説いたわけである。しかし現在ここまで極端な立場を取る臨床家は非常に少数派であろう。また前出のグリーンソン(1967)の精神分析のテキストは自己開示についてそれを条件つきながら肯定する立場をすでに取っている。彼は分析家が自己開示をすることは転移性の空想の自由な発展を難しくすることを認めながらも、他方では「厳格なよそよそしい態度と過剰な受け身性は治療同盟そのものを損なう」として、古典的な分析理論に基づく治療者の匿名性に対して問題提起を行なっている。
治療者の自己開示についての関心は、古典的な手法では多くの場合治療不可能な境界人格障害に対する認識が発展してきたことにも付随して生じてきた。その過程で、分析的精神療法の中でもいわゆる古典的治療法により近い表出的療法と共に、より重症例に多く用いるべき支持的療との使い分けが論じられ(第4部第1章参照)、治療者の自己開示は後者においてひとつの重要な要素として認識されるようになった。ここは大事なところだ。ボーダーラインが治療対象として入ってくることで、古典的な分析は様々な修正を強いられることになったわけである。
 ポール・ドワルドPaul Dewald(1971)の精神療法のテキストは、治療者が自分の「個人的な情報を伝えること」を、支持的療法において有効な場合があるとして認める。それによれば、洞察的療法では治療者の自己開示が転移の自由な発展を阻害するものであるのに対し、支持的療法ではそれが治療関係の現実性を強調し、陽性の疎通を形成し、二次過程の思考を強化するといった方針にとって有効であるとされる。
 さて以上治療者の自己開示という問題の生まれる歴史的背景を大まかに追ってみたが、私自身が自己開示の問題に興味を持ち、その治療的意義を考えるようになった事情も、上述の歴史的経緯と並行していたといえる。つまり始めは古典的精神分析技法を遵守しつつ、自分を語ることを強く自らに戒めながら治療を始めたものの、何人かの患者でそれがうまくいかず、また自分自身もそれについて理由のわからない違和感を持つ、という体験がいくつか続いた。特に私が臨床の中で自己開示一般についての問題を多く考えるに至った文脈として、次の二つを挙げる事が出来る。
 まずひとつには、私が自己開示を行なうことが患者との関係全体にもたらす影響についての関心が生じた。具体的には私がかたくなに匿名性を守ろうとしたことで、一部の患者では早期から治療に対する深刻な抵抗をまねいてしまうという問題に出会ったのである。ある患者は、治療者の私の個人的事情を知ることに非常に固執し、一切個人的なことを語らないという私の態度に腹を立てた。患者が私の個人的な事柄について問うてきた場合に、「どうしてあなたがそれを知りたいかについて、何か考えはありますか?」と答えるパターンは、精神療法のテキストにはよく出てくるが、そのような紋切り型の介入を行なった際、患者の苛立ちが一層増したというケースも何例かあった。この種の不満がもとで激しい陰性転移を向ける患者はおおむね境界人格障害の患者に限られたが、神経症レベルの患者でもそれにこだわりを持ち、持続的な陰性転移や治療抵抗のひとつの原因になっていると思われることもあった。またそのようなケースでは私自身もより防衛的になり、治療にとって必要とされる柔軟性を欠いた態度で患者に接していたことを私自身が自覚することがあった。そしてそのような場合は匿名性の厳守を緩めて適度の自己開示を行ない、顔の表情やうなずきにより私自身の気持ちを伝えることだけで、治療室内の緊迫感が緩み、自分でもより自然なリズムや自分らしさを取りもどせたと感じたことがしばしばあった。

 私は治療者の自己開示というテーマにもうひとつの文脈において行き当たった。それはこの自己開示を個々の治療状況における解釈その他の治療技法として使えないかという疑問が、患者を前にして頻繁に起こったのである。私は自分自身のプライベートな情報について語ることに意味を見出すことはまだ少なかったが、治療場面で私の中に起きる感情については、時にそれを患者に対して言葉で伝えることが極めて自然のなり行きのように思えることがあった。そして実際に何気ない自己開示をしてしまった後に、それがうまく行ったと感じられたことが時々あった。しかもそのような場合は特に自分が分析の隠れ身の原則をおかしたという気がせず、どの様な理屈からそのように感じられるのかわからないことがあった。またその自己開示が果たして分析技法にかなったものなのか、といった点も依然として不明のままであった。これらの疑問が治療者の自己開示について掘り下げて考える切っかけとなったのである。

2014年9月15日月曜日

治療者の自己開示(1)

 大人の事情は続く。今度は治療者の自己開示について考える必要が生じた。なかなか本題「解離」に戻れないなあ。
「私は新しい精神分析」という本のある章で「分析の隠れ身」の再考と治療者の自己開示 (治療者の自己開示は治療的となり得るか?)という疑問を呈したことがある。この論文は1991年に精神分析研究に受理されたものであるが、本格的な分析のトレーニングに先立つものだった。今だったら決して受理されないようないい加減な論文である。私はメニンガークリニックでレジデントのトレーニングを介したころだったが、そこは分析中心だということもあり、いくつものお作法があった。しかしそれに従わないことで治療がうまくいくということがよくあった。
ある患者さんは、私が精神科のレジデントで日本人だということを告げたら、大変感謝された。「ここでは先生方はだれもそうやって自分のことを話してくれません」という。私は匿名性の原則ということを常に考えていたので、そういわれることで深く考えさせられたのだ。治療者が自分を語ることはそもそも治療的な行為になりうるのか? もしそうならば、どういう場合にか? またどのような場合にそれが非治療的になるのか? これは精神分析の治療者となる上で私の前に突き付けられた大きな問題だった。
従来の分析療法の原則としてよく耳にする「分析の隠れ身」analytic incognitioを私はなんとかたくなに守ってきたのだろう、ということを、精神分析のメッカで改めて考えさせられることになったのだ。
そもそも治療者の自己開示の問題は、非常に悩ましい。考えれば考えるほどわからなくなる。治療者がことさら自分のことを患者に知らせようとしなくても、確実に伝わっていくものもある。私たちの身なりや言葉の使い方そのものが実に多くのものを患者に明らかにしているだろう。この様な問題についてどのように考えたらいいのであろうか?私達はそれを防ぐべきなのか、それとも放っておくべきなのだろうか?

実は治療者が自分という具体的な姿を患者に示すかどうかという問題は、精神療法の根幹に関わってくる問題でもある。精神療法は、いかに受け身性を守りつつそれを行なったとしても、そこにおのずと治療者の全人格が動員されることになり、その意味では治療過程はまた治療者の特殊な形での自己表現の過程ともいえるからである。そしてそれぞれの治療者が上記の疑問に対して暫定的に答えを用意していることになろう。彼らはともかくも患者を毎日扱っていることは事実であり、そこには自分を隠すのか示すのかについて何等かの形の基準を設けているのが普通だからである。しかし臨床場面での実残の仕方はおそらく患者の病態、治療方針、あるいは治療者の所属する学派により様々に異なるのであろう。・・・・しまった、ここら辺かなり昔の「新しい精神分析」からコピペしてしまった。まあいいか、自分の本だからね。

2014年9月14日日曜日

治療抵抗(3)


 抵抗の概念はそれ以後さらに変わっていく。そのうち抵抗は衝動や歪曲の原因となるもの、と理解されるようになった。少し整理しよう。
● フロイトにおける抵抗概念の変遷
最初は外傷記憶の想起に対するもの → 受け入れがたい衝動に気付く事への抵抗 → 歪曲の原因なんだということになった。つまり夢の検閲官と同じであり、絶えず働いている装置、という考えに発展していった。

● 抵抗の起源と形態

1912年までに、フロイトは転移抵抗と抑圧抵抗の区別を行った。抵抗概念がこうして発展を開始した。分類により概念は豊かになっていく。
転移抵抗:やがて姿を消すかもしれず、転移性愛着に置き換わり、治療を促進するかもしれない。
抑圧抵抗:患者の心的構造に内在するもの、危険ないしは苦痛な衝動や記憶に気付くことに対するもの。
1923年の「自我とエス」、1926年の「制止、症状、不安」以降において、抵抗は超自我や外界からも生じるものという理解が得られた。

5つの有名な抵抗の分類
(1)抑圧抵抗:一次疾病利得(抑圧内容を症状形成により解決する結果として得られる利得)の反映である。苦痛に満ちた心的内容に気付くことから個人を守る「最後の手段」としての神経症症状。自由連想は解釈を通してそのような内容が患者にとって耐えられるような形で扱われるような方法。
(2)転移抵抗:抑圧されたり、症状形成などにより扱われてきた素材を、現実のこの場での歪曲という形で再活性化させる。分析者について「考えない」ことをも含む。
(3)疾病利得に由来する抵抗:病気により他者から世話をされたり同情されたりすることによる満足、攻撃的復讐的衝動の満足。隠された処罰欲求、自虐的傾向、補償神経症など。
(4)エス抵抗:ワーキングスルーが必要なもの。「学習消去」への抵抗。
(5)超自我抵抗:患者の処罰欲求や罪悪感に根差す。(=二次疾病利得?)「最愛の息子になりたいという願望や同法に勝ちたいという願望に対する罪悪感」など。もっとも強烈な形態としての陰性治療反応。

●   防衛と抵抗との関係

抵抗は必ずしも防衛、というわけではない。抑圧(≒防衛)ではない抵抗というものもある。このことは上のリストからも明らかである。例えばエス抵抗は抑圧とは直接関係ない。転移抵抗も同様である。フロイトは分析の進展を妨害することはすべて抵抗と考えた。しかしその後自我心理学の発展として与えられた新たな考えは、防衛の分析自体が、精神分析のプロセスなのだという考えであった。ライヒは、それを分析の前面に出すべきだと考えた。それに反対したのがアンナ・フロイトとステルバだった。(確かに分析家に振る舞い分析をされるのは、時に侵入的になるというのもわかる。)その後フロイトは抵抗として様々な要因を考えるようになった。
欲動の生得的な素因的強度、転移に反映されない葛藤など。
その後も抵抗と防衛との関係についての議論が続いた。
ブラム:防衛の概念は、抵抗よりも広い。ただしどちらも、広義と狭義のどちらの立場をとるかにより、関係は異なるのではないか。例えば
広義の抵抗≧狭義の防衛
狭義の抵抗≦広義の防衛 のように。
グリーンソン:抵抗は神経症の現状維持を防衛するもの。
ストーン:自由連想は、抑圧された願望や衝動の表現を誘うため、抵抗の高まりを誘う。
少なくとも抵抗には多くの形態がある、という理解は重要であろう。
直接には観察できない抵抗と(抑圧された願望や空想や記憶)、抵抗の観察可能な兆候(たとえば沈黙や眠り)との区別。
グラバーのむき出しの抵抗(遅刻、婉曲な言い方、分析者への機械的な否定、曲解、ばかなふり、など)表立たない抵抗(見かけ上の従順さ、分析者の興味のある夢などを持ち込む、など。)後者は分析の流れに「角を立て」ないが、作業全体が進まない。
自我親和的な抵抗と、自我違和的な抵抗。前者については、患者はそれを分析作業への適応と感じる。

●12の抵抗の新たな提唱

1. 分析によりそれまでの適応が脅かされることへの抵抗・・・抑圧抵抗を含む防衛機制(適応機制)によるもの。
2. 転移抵抗・・・転移に気付くことへの抵抗と、転移の力動的発生的還元に対する抵抗とがある。ストレーチー:抵抗の最たるものは治療関係で起きる。そのため抵抗の解釈は必然的に転移解釈である。ストーンとギル「転移に気付くことへの抵抗」と「転移を解消することへの抵抗」、分析者の側の「逆抵抗」は、どちらかといえばタブー視させる傾向にあるか?・・・
3. 二次疾病利得に由来する抵抗
4. 超自我抵抗…フェアバーンによる内的対象関係と抵抗との関係についての議論。内在化された批判的で迫害的な人物との内的対象関係を、外の開かれた関係に導く治療。
5. 分析家の誤りや不適切さから生じる抵抗…両者によって知られれば治療的に扱われるかもしれない。そうでなければ、治療の中断につながる。
6. 分析による患者の変化が周囲の人との関係性に及ぶことによる抵抗…例えば自虐的な患者が変化することで結婚を脅かすような場合。
7. 治癒により分析者を失うことへの恐れから来る抵抗・・・陰性治療反応と必ずしも同じではない。
8. 分析作業による恥の感情から来る抵抗。ローゼンフェルトは、自己愛患者の抵抗は、転移関係における攻撃性と羨望、および迫害不安の解釈によってのみ進行する、と述べた。
9. 過去の適応的解決が「脱学習」されることへの抵抗・・・「エス抵抗」を含み、エリクソンの「同一性抵抗」とも関連する。多くの分析家が有用な概念としては受け入れていない。

10.        性格抵抗…ライヒなどにより提唱される。ボースキーはこの概念に反対する。他方では「特有な心理的基盤」が分析の可能性に限界を設けることになるという意見もある。アンナ・フロイトの「自我制限」などはその例。

2014年9月13日土曜日

治療抵抗(2)

 ただしここで、これらの社会の動きを見ることは、「治療的に抵抗を克服する」、ということがどういうことなのかを知るうえでいろいろ考えさせられる。社会の動きに関しては、例えば当事者が抵抗をしなくなったのは、本当に反省したからなのか、その抵抗よりさらに強い抵抗にあってねじ伏せられたのかが難しい。というよりほとんど後者の場合に相当するのではないか。そして同様のことが治療関係にもありうる。
たとえばある治療者にとって明らかな患者の無意識的な空想について、解釈を行う。最初は患者は抵抗していたが、「徹底操作working through」を続けることでそのうちそれを受け入れたとしよう。このような経緯は精神分析の発表では実によく聞かれるが、それも実は同じような意味を持っているのかもしれない。
たとえばあるケースで引きこもりを続けている息子について、父親に対する隠された敵意を解釈していったとしよう。父親に対する反抗から、あるいは「父親は自分の育て方を誤ったのだ、ということを証明しようとして」引きこもりを続けているという理解に治療者がいたる。患者は最初はそれを否定していたが、やがてそれを受け入れる、というケースを考えよう。果たしてこの抵抗は正しい形で克服されたのか、それとも患者は治療者に屈してしまったのか、これは実に大きな問題なのだ。
ちなみに酒がやめられない、などの自分の問題を克服できないで抵抗しているときに、何が問題になるのかについて、フロイトは通常私たちが思いつかないような無意識内容を指摘した。それが皆さんにわかるだろうか?「処罰欲求の充足」なのである…。これはフロイトが非常に偉大だったのか、それともあまりその思考が現実的ではなかったのか?難しい問題だ。

さて少し話をもどそう。フロイトが抵抗を最初は想起することへの抵抗と考えた。この話はある意味では納得しやすい。フロイトは神経症にはことごとく性的トラウマの記憶が眠っている、という考えがあった。1897年に棄却したいわゆる「性的外傷説」である。この前提があったからそれを思い出せない患者は抵抗しているということになる。こうして抵抗の概念が生まれたのだ。しかし外傷説を棄却することにより、抑圧されているのは性的欲動ということになった。するとそれを認めることに対する抵抗、という意味に移っていったわけである。やがてトラウマの記憶は欲動にとってかわった。トラウマの記憶をすべてにたどるのは不可能だからだ。