2023年12月14日木曜日

ウィニコットとトラウマ 2

 さて私のこの発表の要旨を述べるならば、以下のようになる。ウィニコットの関心はフロイトの無意識、抑圧、死の欲動などの概念から離れ、幼少時における養育者との間に生じるトラウマ(「愛着トラウマ」、A.ショア)や解離へと向けられていった。ウィニコット理論は基本的にトラウマ理論として読むことが出来るであろう。この見方は私にとってはごく自然なのであるが、みなさんにとってはあまり馴染みがないかも知れない。というのもこの見方はかなりフロイトに対する挑戦的な態度というニュアンスを与えるからだ。しかしウィニコットの文章をこの文脈で読めば読むほど、彼が様々な表現の仕方を用いて、フロイトの向こうを張ってる、特にフロイトのリビドー論に対するアンチテーゼを唱えているように読めるからだ。そしてそれは特に今日お話する彼の晩年における著作に多く見られるように思えるのだ。一言でいえば、ウィニコットは、それを様々なレトリックで覆い隠してはいるものの、かなり尖った、反抗心に満ちたものであったのである。
 ところで今示した要旨の中に出てくるアランショアについて、今日は詳しくお話する機会はないが、簡単に紹介しておこう。アランショアはUCLAの精神科で活躍する心理学博士(80歳)。
アラン・ショア(1943~)
精神分析、愛着理論、脳科学を統合する学術研究を発表している。特に「愛着トラウマ」の概念が知られている。欧米には関連領域について縦横無尽に研究をし、論文を発表する怪物のような人がいるが、アランショアもその様な人という印象を私は持つ。そして彼が持つスピリットは、少なくとも私の中では、ウィニコットと共通しているのだ。つまりかなり尖っているのである。ただし彼が広い流れの中で属していると考える関係精神分析はそれそのものがとがっていて、アンチフロイトなので、それはごく自然な事とも言えるのであるが。
それを示すようなウィニコットの言葉を引用したい。「満足な早期の体験を持てたことが転移により発見されるような患者[神経症の患者]と、最早期の体験があまりに欠損していたり歪曲されていた患者[精神病、ボーダーラインの患者]を区別しなくてはならない。分析家は後者に対しては、環境におけるいくつかの必須なものを人生で最初に提供するような人間とならなくてはならない。」
Winnicott (1949) Hate in the Countertransference.(憎しみと逆転移) p.198.
 どうであろうか。この発言の過激さは伝わるだろうか。しかもこれを1949年の段階で行っている。(といってもフロイトは10年前に亡くなっているのだが。)フロイトは神経症の患者について扱った議論を展開したわけだが、私は最早期の欠損を持った患者を扱う、と言っている。そしてそれは単なる理論的なすみわけ以上の何かを示している。後に示す文献によれば、彼は「多くのすぐれた精神分析が失敗している理由」としてこの後者に関する見落としを挙げているからだ(後述)。

2023年12月13日水曜日

ウィニコットとトラウマ 1

ウィニコットフォーラム(2023年11月23日)の特別講演として「解離とトラウマに関してウィニコットが提起したこと」というテーマでお話をする。
 今回のフォーラムのテーマは「外傷について」である。そしてウィニコットがトラウマについてどの様なことを言っているかを論じて欲しいというのが、企画者の加茂先生からのリクエストであった。もちろんこれについては論じるべきことが沢山ある。何しろウィニコットはれっきとしたトラウマ論者だったからだ。
まずこの見取り図を見ていただきたい。精神分析では葛藤モデルと欠損モデルを分ける。そして後者に属する論者は少なくない。フェレンチもトラウマについて強調している。バリントは基底欠損のことをトラウマと言い換えている。そしてウィニコットの弟子のカーンがこれを累積外傷と呼んでいる。彼は当然こちらの陣営に属するのだ。この二つのモデルは一応精神分析の中ではうまくすみ分けている。エディプス期以降の問題はフロイトの理論で、それ以前は対象関係理論で、というすみわけでる。これでとりあえずは上手く行っているようであるが、実は両者は対立的であって、共存し得ないというのは、関係論を創始したミッチェルの基本的な考え方である。そして以上のようなすみわけは、発達的偏重 developmental tilt という問題を生むというのが彼の基本的な考え方である。ここでいう tilt とは二つのうちどちらかが得意、優勢という意味で用いられる。数学と国語で前者が得意なら、mathematic tilt という事になる。だから偏重という訳語が一番いいであろう。

2023年12月12日火曜日

未収録論文 18 改めて治療者の「資質」について考える

 改めて治療者の「資質」について考える

精神療法 vol.49.No3. pp.320-321. 金剛出版 に所収


 栄えある学術誌「精神療法」の巻頭言を書かせていただく光栄を得た。そこで改めて精神療法家とは何かを考える上で、私のこれまでの経験を振り返りたい。

精神療法は私の専門分野の一つであると自認しているが、自分が精神分析家の資格を有することはその支えのひとつとなっている。私が米国で10年をかけて精神分析家の資格を得たのは2003年である。2004年に帰国して日本精神分析協会でもその資格を認められたのが2005年。訓練分析家になったのはそれから13年後の2018年のことである。ちなみに訓練分析家とは、精神分析家になるためのトレーニングを受けている方々(候補生という)の精神分析(いわゆる「教育分析」)を委託される立場である。現在日本の精神分析協会では13名がその資格を有し、私はその一人というわけである。

精神分析家の訓練の最終段階であるこの資格を持っているということについては、私にもそれなりに満足感がある。そして私をこれまで導いてくださった先生方や仲間、そして協力を惜しまなかった家族に感謝の念がある。しかし私は同時に若干の後ろめたさを感じる。「こんな私が訓練分析家でいいのだろうか?」「私にそれだけの資質があるのだろうか?」という疑いは常に頭をかすめる。それはなぜだろうか?

そもそも私は日本で分析家の資格を認められた後も、その上の訓練分析家を目指すということは頭にはなかった。精神科医としての外来の仕事と大学院での教育のかけもちで、とてもそれどころではなかったというのが正直なところであった。しかし「キミも訓練分析家の資格にチャレンジしてみたらいいじゃないか?」と、大先輩の分析家A先生からの思いがけない励ましがあり、もうひと踏ん張りしようという気持ちになった。そして新たな覚悟で週4回の精神分析のケースを再び持ち始めた。それは大学院や病院勤務、そして家庭生活などに様々な影響を及ぼすこととなったが、気が付くと数年後に私は訓練分析家になるための関門をクリアー出来て、晴れて教育分析家になったのである。そしてそこから振り返って何が見えるのか、ということがこの「巻頭言」で語ってみたいことなのだ。

 私が改めて思うのは、精神分析協会というのは一種のヒエラルキーの支配する世界であるということだ。そして分析家や訓練分析家はある種の権威を不可避的に伴うのである。そのヒエラルキーを上り詰めることにはある種の手続きが必要となる。それには相当の時間と労力が必要となり、それをクリアーする事のできた人間が分析家や訓練分析家となるのだ。では彼らは優れた資質を備えた精神療法家であったからこそそれを達成できたのだろうか? 必ずしもそうとは言えないであろう。

もちろん「手続きを踏むことの出来た人」と「療法家として優れた資質を持つ人」が全然別物ということはないだろう。しかしやはり両者は異なる。「優れた資質を持つ人」とは極めて漠然とした言い方だが、その様なものがあることにしてここでは話を進める。するとそれをあまり持たない人が程よい知性を備え、強い目的意識を維持しつつ所定の「手続き」を踏めば、その人が精神分析家や訓練分析家になる可能性はかなり高いであろうというのが、私の経験から言えることだ。もちろんそのトレーニングにかかるであろう数年~10年以上の期間を支える資力と家族の支えが得られ、そしてある程度の運があるならば、の話であるが。

ここで改めて問おう。「資質」を伴わない分析家がヒエラルキーの上に立ち、権威を持つことには問題が伴わないだろうか? そして分析家になった後にその「資質」がかえって損なわれる可能性があるとすればどうだろう?それを考える上である精神分析系のケースカンファレンスを思い浮かべよう。
 発表者のA先生はまだ経験年数が浅く、また精神分析のトレーニングが殆どないとしよう。そして助言者は名の知れた精神分析家B先生である。ここでA先生のケース報告の中に見られたある治療的な介入について、B先生が批判めいたコメントをするとしよう。A先生は自分のケースとの関りにある程度の根拠や自信があったとしても、B先生に反論したり議論を持ち掛けたりすることはおそらく起きないであろう。というのはその決着が見えているからだ。それはA先生の力量不足、経験不足ということで終わる可能性が高い。たとえA先生の側に一理あったとしても、そしてA先生自身が実は「資質」を備えつつある治療者でも、やはり最後にものを言うのは分析家としての権威を伴ったB先生の主張であろう。特にA先生の治療的な介入が伝統的な分析的態度からやや外れていると見なされる場合には、この傾向が著しいだろう。

ここで問題となっている「資質」についてもうすこし明らかにする必要があろう。もちろんそれについての臨床家のコンセンサスはあってないに等しいが、私にとって「資質」を有するのがどの様な人かはかなり明確である。それは自分の身内の誰かが治療を必要とした時に、安心して委ねることが出来ると思える人だ。もっと言えば私自身が必要な時には安心して話を聞いてもらいたいと感じられる人である。私というどうしようもない部分を持つ人間を、自分と同じひとりの人間として受け止めてくれる人だ。もう少しわかりやすい言葉でいえば「謙虚」な人だ。欲を言えば、確かな臨床経験に裏付けられた慎ましさを備えた治療者である。自分の価値観を持ちつつもそれを絶対視せず、他者のそれを認めるような治療者である。

この様に私が考える「資質」とは、その人が生まれ持ったものとは言えない部分がある。それは人生経験により獲得されていくものかもしれないし、逆に失われていくものかもしれないのである。その意味では先ほどのB先生も分析家になる前は、それなりの「資質」を有しつつあった可能性がある。B先生は自分なりの考え方を持つ一方では、異なる考え方を持つ他者をも尊重するという立場を取っていたかもしれない。そもそも人間はあまり自信がない時は「謙虚」であらざるを得ないのだ。

しかしB先生は分析家になるための階段を上り詰める中で自分の経験にもとづいた、あるいは誰かから借り受けた考え方にも少しずつ自信を持ち、それが唯一の正解であると考え始めるかもしれない。そしてB先生が分析家の資格を得るころには、「これはあくまでも私個人の考えですよ」と前置きをし、その他の考えを容認する姿勢を保とうとしても、周囲が「いや先生のおっしゃる通りです」というメッセージを送ってくるだろう。B先生が分析家になり、その権威をいつの間にか背負うことで治療者の「資質」を失って行ったとしたら、これほど皮肉なことはないだろう。

私がここで述べる「資質」はある種のトレーニングで獲得できるものだろうか?それにはあまり期待は持てないかも知れない。いったんトレーニングがシステム化されることでヒエラルキーや権威の問題は必然的に生じるからである。しかし確かに言えることは、その「資質」は患者とのやり取りの中で各瞬間に問われていることなのである。

 

 




2023年12月11日月曜日

図を描いてみた

 ヴァンデアコークさんの有名な「身体はトラウマを記録する」(2016)に出てくるトラウマの図を引用するので、自分で描き換えてみた。よく見るとちょっと違っているが…


            ↓ ↓ ↓






2023年12月10日日曜日

未収録論文 17 パーソナリティ障害とCPTSDについて考える

 パーソナリティ障害とCPTSDについて考える

精神療法 (2021)47 (4), pp478-480 金剛出版に発表(タイトル:エッセイ・パーソナリティ障害とCPTSDについて考える.)        

私はComplex PTSD(以下CPTSD)という概念にはそれなりに思い入れがある。この概念は1992年に米国の精神科医ジューディス・ハーマンがその著書 ”Trauma and Recovery” (Herman, 1992, 邦訳「心的外傷と回復」)で提出したが、当時米国にいた私は、この著書が周囲の臨床家にかなり好意的に迎えられたことを記憶している。その後実際にハーマンや同じボストンで活躍する彼女の盟友バンデアコークの実際の講演を聞き、その熱い思いを身近に感じたものだ。
 それ以来DSMやICDなどの国際的な診断基準が改訂されるたび、CPTSDやヴァンデアコークが提唱したそれと類似の概念DESNOS(Disorder of Extreme Stress, not otherwise Specified;ほかに分類されない極度のストレス障害)が正式に採用されることを多くの臨床家が期待したが、そのたびに失望に終わっていた。そして今回ようやくICD-11 にこれが所収される運びとなった。CPTSDもDESNOSも単なるラベリングであり、患者個人の個別性を規定するものではないことはわかっている。しかしその上で言えば、これらはある一群の人々の持つ特徴を表す際に非常に有用であるように思う。
 それらを前提として、本稿ではCPTSDとパーソナリティ障害との関係について考えることになるが、そこには少しこみいった事情がある。それはこのCPTSDの概念にはハーマンによりフェミニスト的なスピンがかかっていたからだ。一般にトラウマ論者はフェミニズムに親和的であるが、それは多くの性被害に遭った女性が治療対象となることを考えれば納得がいく。そして彼女の場合は精神医学の歴史において従来差別の対象とされてきた「ヒステリー」の患者さんたちをこのCPTSDの概念に重ねたのだ。ただ事情を複雑にしたのは、BPDもまた差別されてきた対象としてこのCPTSDに組み込まれていたことである。
 もともとハーマンは反戦運動や公民権運動に身を投じていたという。そして精神科医の研修をする中で直面したのは、それまで非常にまれだと報告されていた女性の性被害の犠牲者が、精神科の患者の中に極めて多く見出されるという事実だった。この問題をもっと明るみに出さなければならない、と考えた彼女が「心的外傷と回復」を書くに至ったのである(Webster, 2005)。
 ハーマンがこの本でCPTSDとして具体的に想定している一群の患者が従来の「ヒステリー」の患者であったと述べたが、具体的には、解離性同一性障害(従来の多重人格障害、以下DID)、身体化障害(以下、SD)そしてBPDを含むとした。最初の二つは従来ヒステリーの解離型、転換型と呼ばれていたものに相当するため、CPTSDに含めることに特に異論はなかったはずだ。しかしそこにBPDを加えることには、違和感を覚える人がいてもおかしくなかっただろう。
 ハーマンの意図を知るためにTrauma and Recovery(原著)を改めてひも解くと、そこにこんな記載がある。
「今となっては古臭いヒステリーという名前のもとにSDとBPDとDIDの三つがまとめられていたのだ。」「それらの患者は通常は女性であるが(…)それらの疾患は信憑性が疑われ、操作的であるとされたり、詐病を疑われたりした。」「これらの診断は差別的な意味を伴い、特にBPDがそうであった。」(1992,p.123)「これらの患者たちは「強烈で不安定な関係の持ち方を示す」。「これらの三つの共通分母は幼少時のトラウマである」(p.125)。つまり当時明らかにされつつあった、BPDの多くに幼少時の虐待が見られるという知見から、ハーマンはBPDを解離性障害と同様に従来のヒステリーに位置付けたわけである。
 さてバンデアコークの提唱したDESNOS(2002,2005)とBPDとの関係はどうだったのか?こちらもまた「BPD寄り」であることは以下の記述から伺える。(van der Kolk, 2002)。

    (以下略)

2023年12月9日土曜日

二時間かけて作ったGIFアニメ

 乳児の自我が、最初はばらばらの状態だったが、徐々に中心から凝集されていく様子。








2023年12月8日金曜日

未収録論文 16 現代的な心身問題

 現代的な心身問題

これを忘れてはいけない。今年の6月1日に激しい雨の中、パシフィコ横浜の日本心身医学会の「教育講演」に呼ばれて話した内容だ。  


 今日は現代的な心身問題というテーマでお話します。。私は仕事柄、トラウマを負った患者さんや解離症状を持つ方々と臨床の場で出会うことが多いのですが、彼らの非常に多くが身体の症状をお持ちで、トラウマを負った方の心身問題は特に深刻であるということを痛感しております。ですから今回いただいたテーマはまさに渡りに船だったわけです。

MUSという概念

まず今回はMUSという概念の話から始まります。これはmedically unexplained disorder の頭文字です。こちらにいらっしゃるのは心療内科の先生ばかりだと思いますが、恐らくよくご存じでしょう。

 このMUSというのは非常に悩ましい問題です。MUSはかねてから医学における大きなテーマでした。現在でもそれらは概ね「心因性の不可解な症状」とされる傾向にあります。昔のヒステリーという風に言われた時代がこれだったという風に考えることができると思います。ではヒステリーとは何かといえば、言わば患者さんが自作自演で症状を生み出して、その症状はといえば本人の心によって作られたようなところがあって、そこには疾病利得が存在するという考え方ですよね。そしてこのヒステリーに対する偏見を持った考え方は、ちょうどMUSにも当てはまります。そうなると症状に関する患者さんの証言そのものをまともに扱ってくれないことになります。要するにその症状っていうのは気のせいであって、気を確かに持ちさえすれば、その症状は消えてなくなる という風に考えられる傾向だったんです。   MUSは、人間が基本的に「心気的な存在」であるために常に存在する宿命にあるといえます。例えばあの今日お昼食べたものにばい菌が入っていて、食中毒になったかも知れない、一緒に食事をした人は何か食中毒になってるとなると、何か気持ち悪くて吐き気がしそうになるということは普通におきます。そうするとそれを思っているうちにどんどんそういうような吐き気の症状が明らかになってくるということは多かれ少なかれ起きます。痛みもそうですね。人間はある症状が自分に起きているのではないかと思ってそれを心配するといつの間にかその症状が現実にあるかに思われて来るような存在であり、それを少し大げさに、私達は「心気的な存在」という風にここで言っています。

さてもう一つ、MUSに属するものの一部は、「異なる科で別物として扱われる」傾向にあるということが言えます。これについてはあとで幾つかの例をお出しします。
 ともかくもMUSの概念は多分に曖昧さを含み、それをいかに整備するかは、現代的なテーマでもあるということです。 

MUSの概念はどのように再構成されていくか?

  MUSに分類される疾患の一部は、その医学的な所見が新たに見いだされたことで外されていったという歴史があります。その例としてはME/CFS, FM, イップスなどが挙げられます。またそれとは逆に、それまで身体疾患と思われていたものがMUSに再分類されることもあります。その例としていわゆるPNES などが挙げられるでしょう。
  MUSに分類される疾患は将来医学的な所見が見出される可能性もあり、身体疾患と精神疾患の両者を併せ持つものとして扱われるべきであると考えられます。すなわち精神科のみに属するものではなく、そのためには「心因性」という概念の見直しが必要であるということです。 

     以下略