① ポジティブフィードバック理論
私たちが「フィードバック」という言葉から一番連想しやすいのが、いわゆる「ネガティブフィードバック」だ。これはとてもよくあるシステムで、生命体が安定化に向かうためのあらゆる仕組みに関わっている。例えば体温や血圧や血糖値などはみなこのシステムだが、簡単な例では、サーモスタットのようなものを考えるといい。温度が上がるとバイメタルが曲がってスイッチが切れる。そして温度が低くなるとバイメタルが元通りに戻ってスイッチが入る、というように。
このネガティブフィードバックがいかに必要かは次のような例を考えればいい。お腹がすいたから食事を摂る。すると空腹感は次第に癒され、最初は旺盛だった食欲は低下し、次第に食事を見るのも嫌になり、摂食行動は終わる。その細かいメカニズムはおそらくかなり複雑だが、だいたい私たちの食行動はこのようにしてバランスが取れている。
ここで思考実験だ。ある人は空腹なのでお菓子を口にすると、さらにお腹がすいた気分になり、もう少し食べたくなるとしよう。そして食べた分だけもっと食べたくなり、最後にはお腹がはちきれんばかりになってもさらに食欲が加速し、最後には胃が破裂してしまう。これは実に怖ろしい現象であり、たちまち生命維持に深刻な問題を起こす。あるいは血圧が少し上昇すると、それをさらに押し上げるようなホルモンが産出され、最後には脳出血や心不全を起こしてしまう。これもかなり危険だ。
この悪魔のようなプロセスは、実はポジティブフィードバックを描いたものである。普通は生体には起きないことだが、私たちは過食や飲酒などがそのようなループにより歯止めが効かなくなりそうな状態が存在することを知っている。
ここで気が付くのは、ポジティブフィードバック(以下、PF)はそれが生じたとしたら、生体は行くところまで行ってしまい、元のバランスには戻れないであろうということだ。ある種の破局的、ないしは一方向性の現象が起き、行くところまで行って戻ってこれない。これは例えば排卵のプロセスに当てはまる。
ちなみにこのPFに一番近い例として私はよく鮭の遡上のことを考える。鮭は成魚になると生まれ故郷の川を遡上し、ボロボロになりながら産卵をして死を迎える。ここからは想像だが、おそらく生まれ故郷の川に含まれる独特の「匂い」、つまりは様々な物質の混じり合いを覚えていて、鮭はそれを感知してその元となっている川を目指す。そして、これも想像だが(後でチャット君に尋ねてみる)その匂いの濃度勾配により、鮭はますます上流へと引き寄せられる。あれほどの急な流れに逆らって身をぼろぼろにしてまで泳ぎ、最後は穏やかな流れの産卵地にまでたどり着き、放卵ないしは放精を行う。その時鮭はエクスタシーを味わっているのだろう。
(以下略)