ヒステリーの歴史
 ヒステリーの歴史をたどる際、それがどこから学問的な議論の体裁を整え始めたかを判断するのは難しい。 ヒステリーという言葉は人類の歴史のかなり早期から存在していた可能性があり、その古さはメランコリーなどと肩を並べるといえよう。紀元前5世紀には古代ギリシャの医聖ヒポクラテスがヒステリーを子宮が女性の体内をさまよう病として記載している。またガレノスは、紀元一世紀になりヒステリーについての理論を集大成した。それによるとヒステリーは特に処女、尼、寡婦に顕著に見受けられ、結婚している女性に時折見られることから、情熱的な女性が性的に充足されない場合に引き起こされるものであるとされた。そしてガレノスは治療法としては、既婚女性は性交渉を多く持つこと、そして独身女性は結婚すること、それ以外は性器への「マッサージ」を施すこと(これは今で言う性感マッサージということになるのだろう)と記載されている。驚くことにこの治療法がそれから二十世紀近くまで、すなわちシャルコーの出現まではヒステリーの治療のスタンダードとされるのだ(Lamberty, 2007))が、にわかには信じがたい話である。ちなみに我が国ではヒステリーをかつては「臓躁病」と訳して記載していたが、これも同様の考えに基づくものである。
 このようにヒステリーは女性の性愛性と深く結びついた概念であったとともに、ともすると一種の詐病、得体のしれない病、という差別的なニュアンスを伴っていたのである。
小此木啓吾 ヒステリーの歴史 imago ヒステリー 1996年7号 青土社 18~29
 Maines, R.P. (1998). The Technology of Orgasm: "Hysteria", the Vibrator, and Women's Sexual Satisfaction. Baltimore: The Johns Hopkins University Press
岡野憲一郎(2011)続・解離性障害 岩崎学術出版社
