2021年2月17日水曜日

儚さ 6

 上述のホフマンの業績を高く評価し、弁証法的構築主義の死生学とのかかわりを深く論じたのがSlavin である。
Slavin, MO. (2013) Meaning, Mortality, and the Search for Realness and Reciprocity: An Evolutionary/Existential Perspective on Hoffman’s Dialectical Constructivism. Psychoanalytic Dialogues, 23:296–314, 2013.
スラビンはホフマンの弁証法的な視点をuniversal features of the human condition と呼ぶ。そして人が知性を得て抽象的な思考を操れるようになることで払わざるを得なくなった代償は私たちが有する有限性 finitude であり、対象はやがて失われるという儚さtransienceに直面することであるとする。Slavinは言う。人間の意味は、愛も、目的も、美もそれは残念ながら永遠には続かない。無限の宇宙の中にあって私たちにたまたま一片の時間と一粒の場所をあてがわれているという事実は意味を侵食し、流し去ってしまう。しかしホフマンはそれを悲劇的ではあっても、grim (冷酷でぞっとするような)ではないという。そしてスラビンはそれをむしろ、美や高貴さや深遠さ beauty, nobility, and depth を備えているという。このようにスラビンも儚さであらわされるような私たちの在り方を美としてとらえるが、その根拠はあまり示されない。それはBecause it’s hard won.と述べているが、フロイト自身のtransient value is a scarcity in time と同様の簡潔さでもある.しかしスラビンはそれが人間に真正な個人的な意味を与えるという。making authentic personal meaning on face of both our mortality and of the alienating pressures of the world towards conformity and accommodation それは私たちが己の限界性という真実と向き合うことの道徳的な価値を強調しているようである。

スラビンの議論の特徴は、ホフマンの述べる弁証法的な視野を、自己と他者の緊張関係についても広げて論じた点である。私たちの持つ有限性finitude にはこの世には自己だけでなくOtherness他者性が存在することをも含む。私たち主体性の大部分は他者の主体性から吸収されているものであるとする。私たちのアイデンティティは他者との緊張関係により成立しているのである。さらにスラビンは死すべき運命の過酷さを緩和する母親の役割についても触れている。ホフマンは親の半ば神的な立ち位置 semi-deities により子どもに自分たちが選択されその生には意味を持っているという感覚を与えられる。その意味では特別な意味での他者と言えるだろう。しかしその親はまた自分自身を愛しているという事実にも直面する。

2021年2月16日火曜日

儚さ 5

  この「儚さ」の論文をフロイトの事実上死すべき運命mortality についての議論あるとみなすという立場は Irwin Hoffman (1998) により明確に示された。Hoffman は精神分析の文脈で死生観の問題について他に類を見ないほどに透徹した議論を展開している(「精神分析過程における儀式と自発性 Ritual and Spontaneity(Hoffman, 1998)の第1、および第2)

 ホフマンはまず精神分析においては喪 mourning に関する文献は多いが、自身の死の問題についての論文は非常に手薄である点を指摘する。そして死の問題は実は私たちの日常思考に密接にかかわっていることを、Jean-Paul Sartre Maurice Merleanu-Ponti などの実存哲学を引きつつ強調する。そもそも私たちが抽象概念を用いる際に、すでに無限という概念を前提とするが、それは同時に死の意味を理解することでもあるからだという。そして Hoffman はフロイトの1916年の「無常ということ」は彼の論文が死についてのフロイトの考えが、実はある重要な地点にまで到達していたとしている。フロイトはこのようなすぐれた考察を残しながら、結局は死すべき運命への気づきを彼の精神分析理論の体系の中に組み込まなかったようである。その意味で彼の理論は結果的に反・実存主義であったとさえ Hoffman は言う。

ホフマンによればフロイトはその理論の変遷の中のいくつかの文脈で死について論じているものの、そこに首尾一貫した死生論は見いだせないという。それらの文脈とは1.局所論的モデルからの観点、2 死の欲動の観点、3.構造論的観点、4「無常について」に見られる「実存的」観点である。

このうち1、については、ホフマンはすでにみたフロイトの有名な「無意識は不死を信じている」という「戦争と死に関する時評」(1915)の言葉を挙げ、これが多くの反論や誤解を招いた点を指摘する。死は決して人が想像できるものではないからだというのがフロイトが示した根拠であるが、フロイトはまた「ナルシシズム入門」(4)で「死すべき運命は人の自己愛にとって最大の傷つきともなる」という主張も行なっている。ここで自分が想像することが出来ない死を、しかし自己愛に対する最大の傷つきと考えるのはなぜか、ということがフロイトの議論の中での大きな矛盾点である、とホフマンは主張する。またこの考えはフロイトの「無意識は無時間的である」という提言と矛盾するという。時間性が欠如するという点については、「不死」つまり未来永劫生き続ける、ということも想像できないはずだからだ。

ホフマンは結論として、結局無意識は死すべき運命も、不死についても、両方を含みうるのではないかという(p,79)。そしてホフマンは、結局フロイトの「無意識は不死を信じている」という主張の逆こそが真なのであり、無意識に追いやられるのは、死すべき運命の自覚であるという。つまり人は「自分はいずれ死ぬのだ」という考えこそを抑圧しながら生きているというわけだ。それにもかかわらず精神分析の世界では死に関するフロイトの矛盾した主張が延々と継承されてきたということを遺憾とする。

ここまでのホフマンの主張は常識に照らしてもおおむね納得のいくものだと筆者も考える。否認や抑圧の対象になるのは、死すべき運命の方であるという主張はフロイト以降の死生学において繰り返して主張される。しかしここで同様に重要なのは、自らの死すべき運命についての心理的な処理の仕方はおそらく多層的であり、願望やファンタジーをも含みうるという事である。フロイトの「無意識は不死を信じる」という考え方は多くの反論を呼ぶ一方で、私たちの多くが「不死でありたい」という願望や不死であるというファンタジーを抑圧しているとは言えないであろうか? また通常の意味での生が終わることを覚悟はしていても、何らの形での来世の存在を信じるかにより、その覚悟は微妙に異なる可能性がある。死生観に対する私たちの意識活動の扱い方はその様に多層的でかつ流動的である可能性がある。

  ホフマンのフロイトの死生観についての考察で最も注目すべきは、第4の論点にあげた、フロイトの「儚さについて」に関するものである。ホフマンはここでフロイトは、「非公式に」死についての議論を実存的なレベルで扱っているという。つまり失われる対象に対してあらかじめ喪の作業を進めることの意味を説いたのである。フロイトが論じている喪の前触れforetaste of mourning という概念も自分自身の死に関する問題として読み替えることが示唆される。つまりそこでは愛する対象の喪について論じていながら、事実上自分の死についても論じているとホフマンは考えるのだ。つまり「儚さ」の論文はそのままフロイトにとっての事実上の死生論を説いているとも考えうるのだ。はじめは無意識の時間性を主張したフロイトは、しかしこの喪の先取りの問題において、明らかに時間性を持ち込んでおり、それはフロイトのそれ以外での機械論的な議論とは一線を画している。

 人が有限性に直面した時に生じる価値の問題について扱うという実存的な姿勢は、フロイトの「儚さ」に確かに見られるが、それによってフロイトは実存主義を超えた、ということはとてもできないとホフマンは言う。そしてフロイトは儚さや対象の有限性について二つの態度を分けてはいる。一つは詩人に見られる姿勢、すなわち美がいずれ消えてしまうということを認識することが物事の価値を奪うという事への恐れであり、もう一つは美が儚いことで価値や美しさを得るという認識である。これは私たちがすでにみた主張1、主張2に対応するということになろうが、しかし現実にはこの二つの可能性の両面が相矛盾する形で存在するという実存的な体験の在り方をとらえてはいない。
 この相矛盾するフロイトの立場を統合するうえでホフマンが提起するのが、弁証法的構成主義である。その理論によれば、私たちの体験は儀式的な相と自発的な相との弁証法的な関係により成立している。私たちの死すべき運命はこの儀式的な側面を表し、私たちの生は自発的な側面に相当する。そして両者はお互いに根拠を与えあう関係にあり、私たちの生は死後の世界の圧倒的な不可知性やそこに広がる時間の永遠性を背景にすることで意味を持つのである。
 このホフマンの見地からは、フロイトの見解2に見られる問題、すなわち対象の儚さがその対象に価値を与えるという提言については、ある種の回答を用意していることになる。つまり生は限界を背景にして意味を持つことになる。ホフマンはそのことを実際の死を目前にした人々の証言から実証したのである。

2021年2月15日月曜日

儚さ 4

 注 1)

この「儚さ」にこの先論じる上で言及すべきなのは、Matthew von Unwerth という人の”Freuds RequiemMourning, memory and Invisible History of a Summer Walk (2006)という著作の存在である。著者 von Unwerthはこの「儚さについて」はフロイトの世界を縮小したポートレートであり、彼の人生や業績を形作った同じテーマが豊かに凝集したものなのだとする。「”On Transience is a portrait in miniature of the world of its writer, rich and teeming with the same themes that shaped his life and his work.」確かにそこにはフロイトのその他の学術論文に見られない側面が、このエッセイにはフロイトの苦悩に満ちたセンチメンタルな、あるいはロマンティックな側面が見事に表現されている。 we come to know a sentimental, melancholic, even Romantic. Book Review. Richard Gottlieb,p. 592)。)

このvon Unwerth の著書はフロイトの喪のプロセスと芸術についての問題に深く触れており、特にこのエッセイに登場したとされるリルケやザロメとの交流関係などについて詳しく調べ上げ、このエッセイを書くに至ったフロイトの人生における背景を詳しく伝えてくれる。さらにこの著書はまた、フロイトがそれらの人々との交流を通じて芸術をどのようにとらえていたかについて私たちの目を向けさせる。ただし残念なことにフロイトのエッセイを死生論とみる傾向はあまりない。そこで以下の死生論も含めた考察においては中心的に扱うことはせず、ここに紹介するにとどめておく。

フロイトの死生観に関する扱いに関してよく知られるのが、彼が「無意識は不死である」と語ったことである。フロイトが1915年の「戦争と死に関する時評」で「無意識は不死を信じている」と述べているが、それがフロイトが人の死すべき運命への扱い方であると見なし、それを批判的に扱う立場があった。その中でも特に舌鋒鋭く主張したのが、エルンスト・ベッカーである。

ベッカーはその大著「死の否認」の中で、フロイトの「無意識は不死を信じている」という主張を取り上げ、フロイトはまさにそのような形で、「死の否認」を行っていると主張した。ベッカーは自らの死すべき運命に対してそれを不安に感じたり否認したりするのは人間存在の根本的な問題であり、哲学における基本的なテーマでもあるとする。そしてそれを「実存的なジレンマ」と呼ぶ。そしてフロイトの理論体系そのものが死の否認を行っていたことを示唆する。その性愛論に関しても、抑圧されるべきは性愛性ではなくて死すべき運命そのものだという。ベッカーはそれをフロイトの決して屈しない not yielding 性格傾向に関係するとし、フロイトの分析理論の中心的な概念であるエディプス葛藤についても、それを「エディプス的な計画」と称し、人が死すべき運命を乗り越えようとする試み、いわゆるcausa-suiの一つであるとする。またフロイトの後年の死の本能という概念が、死すべき運命を生物学的、本能論的なものとして対象化ないしは矮小化する試みであるとした。

しかしベッカーはまた、現実の人間としてのフロイトが自らの死をどのように扱っていたかについても言及する。フロイトは他方ではすべてのエディプス的な戦いを止めて屈服することへの願望を有し、それがいくつかの失神のエピソードにも表れていたとする。ベッカーは実存的なジレンマを持った人間が行き着くのはfaith であるとするが、フロイトも事実上はそれへの志向性を持っていたと論じている。それはフロイトが逆説的な意味で死すべき運命という問題と深くかかわっていたことを示しているとも考えられる。もしそうであるならば、それはフロイトの「儚さ」で表現されていたと考えるべきであろうが、ベッカーには不思議にこの論文について言及していない。

2021年2月14日日曜日

儚さ 3

 ここでこのエッセイにおけるフロイトの主張の要旨としては以下の二点があげられるであろう。

主張1 対象を失うことによるつらい喪の体験はやがて終結し、人は再び新しい対象を求めることができる。

主張2 対象は、それが儚さを有することで、その価値や美を高めるのである。

 このうち主張1については比較的議論の余地が少ないであろう。これは「儚さについて」に先立って書かれた「喪とメランコリー」の主要なモチーフが繰り返されており、喪の後人の関心は別の対象に移り、そこで再び美を体験するという主張である。そしてのちに述べるように、フロイトはこの後この主張を変更していき、1923年の「自我とエス」に見られるように、喪の作業は容易には終結しないという見解へと移っているのだ(Clomwell)。ところがこの主張2については、すでに主張1とある意味で齟齬をきたしている。それは美しい対象はそれが消えていく運命にあることそれ自体でその美や価値を増すという主張である。つまりここでは喪に服された対象について依然として論じているのであり、しかも儚さゆえに価値がさらに増すという根拠は明確に述べられていない。フロイトは、Transience value is scarcity value in time” 言い切っているだけなのである。たとえるならば、主張1では、花は枯れる運命にあっても、その運命と折り合いをつけることで、別の花をめでることが出来るという主張であり、主張1はもとの花は枯れる運命にあっても、その運命と折り合いをつけることで、もとの花をさらにめでることが出来るという、別々の主張であることが分かる。儚さと美の関係を論じる際には、この主張2にその斬新さがあることは間違いあるまい。フロイトがこのエッセイで、この対象をもっぱら美や自然と呼んでいることからも、そしてこのエッセイに芸術家(詩人)が登場することからも、対象の喪失と美的価値の関係はフロイトの最大の関心事の一つであることは明らかである。そしてやはりここでも「儚さ」の底に流れているより深いモティーフである。すなわちフロイト自身の死すべき運命の受け入れ方であり、死生観であり、またフロイトの人生をかけた作品としての精神分析理論をフロイトがどのようにとらえていたかである。

「儚さについて」のエッセイが私たちに促しているのは、このエッセイを通してフロイトが人の命も含めた儚さの受容がいかに美や価値と結びつくのかを、フロイトの後を継いで探求することなのである。

2021年2月13日土曜日

儚さ 2

 このようにフロイトの議論は対象や人を失うという体験についてのものである。しかしこのエッセイはまた人の命の儚さ、死すべき運命についても間接的に触れているようにも思われる。Freud appears to be hinting at his attitude toward our mortality and meaning of our life, instead of limiting his discussion to just beauty.

 このエッセイはさまざまな論点を含み、種々のファンタジーを呼び起こしてもおかしくない。そしてこの著者にとっては、次の点が論点として浮かび上がってくる。まず主張2に関しては、この「儚さ」の論文が「喪とメランコリー」の直後に書かれたこともあり、喪の作業というテーマがこれから磨き上げられていく過程のものとして理解可能である。のちに述べるように、フロイトはやがて喪の作業は容易には終結していかないという見解へと移っているのだ。しかし主張1については、対象が儚さゆえに価値がさらに増すという根拠は明確に述べられていない。もちろんフロイトは、Transience value is scarcity value in time”と言っているが、そこに特に根拠を示していない。しかしこのことはフロイトが詩人を引き合いに出していることからも、フロイトにとって重大な関心事であったという事がうかがえる。そしてこのことを明らかにすることは、喪の作業を行うことが、そして自らの死すべき運命を受け入れることがある種の価値を伴う体験であるという主張に根拠を与えることにつながるのではないか。

「儚さについて」のエッセイが私たちに促しているのは、このエッセイを通してフロイトが人の命も含めた儚さの受容がいかに美や価値と結びつくのかを、フロイトの後を継いで探求することなのである。

2021年2月12日金曜日

儚さ 1

 死生論の論文も少しずつ形が出来てきた。英文に少しずつ変えながら書き進めていく。何しろもう3か月くらいこのテーマを考えている。自分の中で固まっていない内容を論文化するのは、これほど時間がかかってしまうのだ。


Freud’s “On Transience” フロイトの「無常について」

This short essay was written in 1915, at the invitation of the Berliner Goethebund for a commemorative volume under the title of Das Land Goethes (the Land of Goethe). Among a large number of well-known contributors, Freud made his own. The essay includes a statement of the theory of mourning contained in ‘Mourning and Melancholia’ (1917), that Freud wrote some months before, but which was not published until two years later.

In this essay, Freud went on a summer walk in a countryside with his taciturn friend and a young poet. His poet friend admires the beautiful landscape, but expressed no joy in it. The poet was “disturbed by the thought that all this beauty was fated to extinction, that it would vanish when winter came, like all human beauty and all the beauty and splendor that men have created or may create” (Freud, p.304). The poet thinks that the worth of “[A]ll that he would otherwise have loved and admired” seemed to diminish by their transience.

この詩人に対してフロイトが教え諭す内容が、この論文の中心テーマでもある。物事の価値は、その儚さゆえに損なわれるわけではなく、むしろ高めるのだという事を、フロイトは花にたとえて言う。"A flower that blossoms only for a single night does not seem to us on that account less lovely.  “the transience of what is beautiful involves any loss in its worth. On the contrary, an increase!”そして言う。 “Transience value is scarcity value in time”.

そして消えゆくものを嘆く人は、そのものの儚さゆえに、辛い「喪の前触れ a foretaste of mourning over its decease」を感じさせ、その人が喪の作業を拒否するからだという。

“What spoilt their enjoyment of beauty must have been a revolt in their minds against mourning". 

そして人はその抵抗を乗り越えて、もの作業を行うことで、必ずその作業には終わりが来ると保証する。”Mourning, as we know, however painful it may be, comes to a spontaneous end”. そして“We shall build up again all that war has destroyed, and perhaps on firmer ground and more lastingly than before”という希望に満ちた楽観的なトーンでこのエッセイは終わる。

2021年2月11日木曜日

CPTSDのエッセイ 3

 さてここで問題なのは、このDSOが、CPTSDをしっかり反映しているかということだ。しかしその前に、ではCPTSDは便利なラベリングだという私の考えについて説明したい。私自身がCPTSDに対して持っているイメージを考え、それが実際の診断基準とどの程度マッチしているかという問題だ。

私たちが出会う人々の中には、ある種の世界観が成立していてそのために自分の生き方を狭めていたり、本人に不幸を導くような信念を持っていたりする人々がいる。そしてその一部はおそらく幼少時の、あるいは長期にわたるトラウマ体験に由来するのであろう。そしてその症状はPTSDに代表されるような、単回性のトラウマにはとどまらないはずだ。長期のトラウマにはその大部分に人災の要素が伴うであろう。もちろん二月以上もの間地底深くの炭鉱に閉じ込められた南米チリのコピアポ鉱山落盤事故などの例もある。しかし多くは虐待者により長期にわたって慢性的にトラウマを受け続けていたケースが多い。そこでは虐待者との間で一種の洗脳状態に陥り、他者との安全な関係性を気づけなくなってしまっている例もある。それらの人々の中で特に目に付くのが、自分が生きていること、この世に存在していることへの迷いや葛藤である。自分は生きている価値がないのではないか、人から求められてはいないのではないかという深刻な疑念が生じることが多い。またそれらの人の多くはいわゆる解離症状をその防衛手段として身に着けている。その時々により異なる自我状態となり、当座の難局やストレスに満ちた状況を切り抜けるのである。

そのような人の問題を、自己イメージ、他者との関係、情緒的な問題の三つの分野に分けるとするならば、ICDDSO(自己組織化の問題)の概念はなかなかうまくできていると言わざるを得ない。繰り返すがDSOとは以下の3項目により構成される。

AD: affective dysregulation 情動の調整不全 

NSC: negative self-concept 否定的な自己概念

DR disturbances in relationships 関係性の障害

 

となると私はこのCPTSD概念に満足してしまっていて、特に何も書くことはないという風になってしまう。ただこの概念に対するいくつかの疑問もある。

一つはこのような人生観を持った人々について、それを彼らの長期のトラウマに帰することが出来るのであろうかということだ。このうち関係性の障害と情動の調節障害は非特異的な問題でありいわゆるパーソナリティ障害でこれらを有さないケースはないであろう。また否定的な自己イメージにしても、これがトラウマに帰せられるべきかと言えば、そうでないケースもたくさんあるであろう。

それとの関連で言えば、ハーマンがこのCPTSDを事実上境界パーソナリティ障害と結びつけていたということも気になる点である。おそらく現代の精神医学者で、CPTSDからボーダーラインを連想する人は少ないのではないか。それほど両者の間には距離がある。この問題をどう考えて行くか。ボーダーラインをトラウマの関連で理解する筋道が残されているのか、ということだ。

もう一つの論点としてはDSM-5CPTSDが所収されなかったという問題をどう理解するかであろう。WHOCPTSDと診断されるような一群の人々が米国の診断基準ではどのように扱われるのか、という問題だ。そして第3には、冒頭に書いたような問題、つまり解離陣営とPTSD陣営の綱引きはこの概念の当上位によりどのように変わっていくのか、という点である。