2012年5月27日日曜日

続・脳科学と心の臨床(6)

ミラーニューロンが意味するもの―他人の気持ちは分かって当たり前

京都大学といえば、今西錦司の時代から、霊長類の研究はお家芸である。その研究所グループでは霊長類の利他行為に関する研究成果が注目されているようだ。
利他行為とは文字通り、他人を利する行動。本来利己的と考えられる動物にはあってはならないはずの行動である。しかしチンパンジー同士が、自分への直接の見返りがなくても助け合うという様子が見られるという。
京都大学のサイトから引用する。(
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/news_data/h/h1/news6/2009/091014_1.htm)「霊長類研究所でおこなった実験では、隣接する2つのブースに、2つの異なる道具使用場面を設定した・・・。ストローを使ってジュースを飲むストロー場面と、ステッキを使ってジュース容器を引き寄せるステッキ場面である。ストロー場面のチンパンジーにはステッキを、ステッキ場面のチンパンジーにはストローを渡し、ブース間のパネルに開いた穴を通して2個体間で道具が受け渡されるかどうかを調べた。その結果、全試行の59.0%において個体間で道具の受け渡しがみられ、そのうちの74.7%が相手の要求に応じて渡す行動であった。相手からの見返りがなくても要求されれば道具を渡す行動は継続した。」

しかしこのような「研究成果」を読んで私はふと疑問に思うのだ。利他行為をあたかも人間のような高度な知性を備えた心にのみ備わるという前提があるから、それがサルにも生じるという研究には意味が出てくるのだ。しかし目の前で苦しんでいる人を見捨てることができないというのは、私には少しも高度な心の働きという気がしない。といっても私が特に利他的な人間というのではなく、目の前の存在の心の在り方というのはそれほど直接的に伝わってくるものという実感があるからだ。
例えばうちの神さんはよく家の中を歩いていて、足の小指を机の足に引っ掛けて悲鳴を上げるが、チビは必ず心配そうにのぞきこむのだ。チビには人の痛みがわかる。目の前の別の個体の感情がわかるのはある程度は自然なことのように思えるのである。

さてミラーニューロンの話になる。このブログでもすでに書いたことである。その時はこんなことを書いたが、これがすでにコピペであった。でも元の分も自分で書いたから許されるだろう。

「発端はイタリアのパルマ大学のリゾラッティのグループの研究である。彼のグループ、すなわちリゾラッティ、フォガッシ、ガレーゼの三人の共同研究者は 90年代に、マカクサルの脳の運動前野のニューロンに電極を刺してさまざまな実験を行った。まず運動前野の特定の細胞が興奮から始まる。そこでは運動の計画を立て、そこから運動野に命令が伝えられ、運動野は体の各部の筋肉に直接信号を送り込むことで、初めて筋肉が動くという仕組みである。」

「たとえばサルがピーナッツを手でつかむ際は、先に運動前野の細胞が興奮して、その信号を手の筋肉を動かす運動野に伝えるという事を行なっている。このように運動前野の興奮は、単に自分の運動をつかさどるものと思われていたわけだったが、それが違ったのだ。他のサルがピーナッツをつかんでいるのを見たときも、そのサルの運動前野の特定の細胞は興奮する事が分かったからである。つまりその細胞は他のサルの運動を自分の頭でモニターし、あたかも自分がやっているかのごとく心のスクリーンに映し出しているということで、ミラーニューロンと名づけられたのである。」
「目の前の誰かの動きを見て自分でそれをしていることを思い浮かべる、ということはたいしたことではない、と考えるかもしれない。しかしこの発見は、心の働きについてのいくつかの重大な可能性を示唆していたといえる。それは人が他人の心をわかるということは、単に想像し、知的な推論だけでわかるというよりも、もっと直接的であり、自動的な、無意識的なものであろうということだ。何しろサルでも出来るのだから。また一部の鳥でも同様のニューロンが見つかったとのことである。 (中略)ちなみにこの運動前野と運動野の興奮は、通常はペアになっていると考えることができるだろう。鼻歌を歌ったり、独りごとを言ったりすることからわかるとおり、私たちは人が見ていないときは、イメージすることをそのまま行動に移すことが少なくない。しかし場合によっては行動に移すことが危険であったり、あるいは社会的に不適切だったりし、その場合は運動前野のみの興奮となる」(「関係精神分析入門」岩崎学術出版社、2011年より)。

つまりミラーニューロンが教えてくれたのは、私たちは人の痛みを「想像」するわけではないということだ。それよりももっと直截なプロセスがそこにある。人の気持ちは本来はわかって当たり前、ということができるかもしれない。