うーん。私はどうも次の点で引っかかっているらしい。現代社会で人は未熟になってきていて、それが「新型うつ病の増加につながっている」という論旨である。これがどうしても気に食わない。どこか違う気がする。でもまだはっきりと論駁できていないという気がする。だからまだこのシリーズを止められないのだ。
これに関して昨日紹介した「精神神経学雑誌」で何人かのエキスパートが言っていることが興味深い。それは最近は自己愛が他の人が増えてきていて、自責的になるよりも他人を責める、という人が増えている。それが新型うつの見せかけ上の増加につながっているのではないか、と主張している。
それはこれでわかる気がする。現代人が他罰的になってきた、という主張には信憑性を感じる。たとえば今日こんなニュースをネットで拾った。
重体患者より「先に診ろ」…院内暴力が深刻化(2011年2月20日11時24分 読売新聞)
香川県内の医療機関で、職員が患者から暴力や暴言を受ける被害が深刻化している。先月には県内で、傷害や暴行の疑いで逮捕される患者も相次いだ。 これらの「院内暴力」に対処するため、ここ数年、専門部署を設置したり、警察OBを常駐させたりする病院も増えている。・・・ 県も今年度、暴力の予防に重点を置いたマニュアルづくりに乗り出しており、医療現場での対策強化が進んできている。 ・・・ 県によると、県立の4医療施設では、2~3年前から医師や看護師への暴言が目立ち始め、次第にエスカレートしているという。最近では、被害に悩んで辞職した看護師も出ている。担当者は「理不尽な暴力にじっと耐えている職員も多く、把握できているのは氷山の一角。本当の被害は計り知れない」とため息を漏らす。・・・
私はこれはあるともう。ある塾の講師(40代女性)は、ここ数年になり急に保護者のクレームが多くなったとしみじみ語っていた。学校での親のモンスター化が言われるようになったのもここ10年程のことである。私自身も以前だったら考えられないようなクレームを患者さんからいただくことが起きている。(もちろん私は悪くはない、という意味では言っていない。私の至らなさを以前だったら患者さんたちは口に出さずに我慢していた可能性がある。) 引きこもりの増加と同時に、クレイマーの増加は実際に起きているのだろう。これは了解できる。理由は分からないが。ただこれと、日本人の未熟化や、新型うつ病と結び付けるところが納得がいかないのだ。
確かに日本人は人との接触でまずいことがあった場合に、激しくクレームをつけるようになったのだろう。しかし私はこれは未熟さとは無関係であると思う。なにも現代社会のあり方を最も敏感に表現しているはずの若者についてそれが起きているというわけではないのだ。おそらくモンスター化している親の年齢や、救急医を困らせる患者の年齢としては、30代、40代の中年層なのだろう。そしてその他罰傾向が、職場でのうつの際にも現れていて、それが現代人は都合よくうつになる!という印象を与えている気がする。つまり以前のように静かにうつになるのではなく「職場のせいでうつになりました」と声高に主張することで、会社側も心証を害し、苦々しく思うであろうからだ。
ただこれは日本人の行動パターンが、少し変わってきたからであると考えたほうがわかりやすいように思う。何度も例に出して恐縮だが、私がアメリカから帰って体験した逆カルチャーショックの際は、日本人が依然として「理由もなく我慢する」傾向が強いことを改めて感じさせられた。いまそれが少しずつ変わりつつあるということだろう。つまり日本人は理由もなく我慢することを止めつつあるのだが、ただどのように自己主張をしたらいいかがわからない。だから時々突然怒りをぶちまける。すると対応する側もどうしたらいいかわからないで戸惑っているのだろう。サービスを共有する側(病院、学校、医師、など)が今度は「理由もなく我慢する」立場になっているのだ。
アメリカ社会の場合は分かりやすい。患者さんが声を荒げると、あっという間にスタッフが「911」をダイアルして警察を呼ぶ。あるいはその前段階として警備員が呼ばれる。(少し大きなビルで、警備員が配置されていないことはない。大声が聞こえた直後には、すでに警備員の姿が見えることが多い。)かの地では、声を荒げることはverbal aggression (言葉の暴力)であり、すでに身体的な暴力と同様にご法度だからだ。それがわかっているから市民はよほどのことがない限り怒鳴らない。
ところが病院などでは、患者さんが怒鳴り散らすのを前にして、職員が平身低頭、ということがよくある。まあアメリカと違い、患者さんがいくら声を荒げても、まさか米国のように懐から銃を取り出す、ということは起きないから、職員のほうもタカをくくっているというべきだろうが。