「信頼していた男性がなぜ豹変して加害的になるのか?」「一見普通の男性の起こす性加害行為」
このようなタイトルにしたのは、この点が臨床上もっとも重要だからである。というのも臨床で出会う性被害の犠牲者たちが最も頻繁に口にするのは、それまで信頼に足る存在とみなし、また社会からもそのように扱われていた男性が、なぜ性加害を及ぼすのかがわからない、ということである。つまり「一見普通の男性の起こす性加害行為」である。そしてそれを説明する上での一つの概念が「自己強化ループ」というモデルである。しかしその前に少し概念的な整理が必要である。 そもそも男性が侵す様々な性加害ないしは性犯罪の問題は社会で様々な形で問題とされてきている。そして性依存 sexual addiction の概念もその一つといえる。そしてこの概念はとても重要なツールになるものの、同時に非常に混乱を招く概念でもある。 性依存症という言葉が意味するのは、性行動がある種の嗜癖となって様々な問題を引き起こすということである。この性依存は例えば薬物依存やギャンブル依存などと同様にある種の病的な状態とみなされ、本人は嗜癖となっているその性行動を抑制するのが難しく、それが性加害を含む様々な問題につながるという考えである。 ただしこの性依存症という概念が議論の対象となっているのは、それが性加害行為を行う男性を免責する可能性があるからである。依存している薬物に手を出さずにはいられず、それが一種の病気であり、精神障害の一つであると考えることは、性加害者に法的な責任を問うことをむずかしくすると考える人も少なくないだろう。ただしここで重要なのは、再犯を繰り返すいわゆる性犯罪者の中で性依存症の人の占める割合はごく一部であるということだ。 まず基本に立ち返ろう。単に性欲が強いというだけで性依存症ということにはならず、それが自分や他者に苦痛を引き起こすことにより初めてそう呼ばれるものになる。しかし性的欲求は人間に自然に備わったものであり、それの依存症は科学的に確認されないという指摘もある。 Prause, Nicole; Janssen, Erick; Georgiadis, Janniko; Finn, Peter; Pfaus, James (1 December 2017). “Data do not support sex as addictive”. Lancet Psychiatry 4 (12): 899.
B. R. Sahithya; Rithvik S. Kashyap (2022/05/16). “Sexual Addiction Disorder— A Review With Recent Updates”. Journal of Psychosexual Health 4 (2).^ Grubbs, Joshua B.; Hoagland, K. Camille; Lee, Brinna N.; Grant, Jennifer T.; Davison, Paul; Reid, Rory C.; Kraus, Shane W. (2020). “Sexual addiction 25 years on: A systematic and methodological review of empirical literature and an agenda for future research”. Clinical Psychology Review (Elsevier BV) 82: 101925.
しかしおいしいものを食べたい、ほしいものを求めたいという願望も自然なものであるが、その欲求をコントロールできず、その結果として自分や他者に苦痛や迷惑を与える行動を私たちは知っている(過食症、買い物依存、その他)。人間が本来自然に持つ願望が度を超えて抑制が効かなくなる病態を私たちは経験しているのであり、性的願望にも同様の依存状態が存在することを認めることは自然であろう。 そこでまず性依存という概念について調べる。すると例えば次のような記載を見かける。「国際的な診断基準であるICD-11では、これらの症状は性嗜好障害や強迫的性行動症として分類されます。」つまり性依存=性嗜好障害+強迫的性行動症 というわけだが、性嗜好障害とはいわゆるパラフィリア、分かりやすく言うと「変態」と呼ばれる類のもの、すなわち盗撮、痴漢、露出、覗き、下着の窃盗、児童への性的関心、また強迫的性行動症とは例のポルノ依存のような状態を言う。すなわち性依存には私たちが最も関心を持つ問題、すなわち「一見普通の男性が起こす性加害」をこれらは掬い上げていないのだ。