2023年7月18日火曜日

レジデント用のテキスト 変換症 完成原稿

 

○○○○ Vol.4 No.4 特集 「身体症状症」

 変換症   

                                            本郷の森診療所  岡野憲一郎

本症は従来は転換性障害 conversion disorder と呼ばれていたが、DSM-5の日本語版(2014)では、「転換性障害/変換症(機能性神経症状症)」という呼称を与えられている。その後に公開されたICD-11(2022)では、conversion という言葉も消え、解離性神経学的症状症 dissociative neurological symptom disorderとなった。さらに2022年のDSM5のテキスト改訂版(DSM-5-TR)では「機能性神経症状症(転換性障害/変換症)」に変更された。すなわち conversion という呼び名はさらに表舞台から遠ざかったことになる。この様な頻繁な名称の変更の背後には、conversion という概念ないしは表現を今後は用いないというDSMICDの方針があるからである。ただし本稿ではDSM-5で示されている変換症という呼び方に統一して論じる。
 なお本症は、DSM-5ではあくまでも「身体症状症および関連症群」の一つとして、すなわち身体症状症、病気不安症などと並んで分類されている。他方では ICD-11では本症はあくまでも解離症群の一つとして位置づけられていることを念頭に置く必要がある。
  変換症では身体の機能の異常、すなわち随意運動や感覚機能の異常がみられるものの、特定の神経疾患では説明が出来ないという特徴を持つ。具体的には麻痺ないしは脱力、振戦やジストニア、歩行障害、異常な皮膚感覚や視覚、聴覚の異常などが見られる。また意識の障害を伴う癲癇発作に類似する症状(心因性非癲癇性けいれん,PNES)を示すこともある。他方では内科疾患の存在を疑わせる自律神経系の異常や疼痛その他の身体症状を呈するものの内科疾患の存在が確認されない場合は、身体症状症(DSM-5)や病気苦痛症(ICD-11)等に分類される。
 DSM-5 では変換症の診断には以下の4項目が必要とされる。
A.
 ひとつまたはそれ以上の随意運動、または感覚機能の変化の症状。
B.
 その症状と、認められる神経疾患または医学的疾患とが適合しないことを裏づける臨床的所見がある。
C.
 その症状または欠損は、他の医学的疾患や精神疾患ではうまく説明されない。
D.
 その症状または欠損は、臨床的に意味のある苦痛,または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしているか、または医学的な評価を必要としている。

また本症は以下のいずれの症状を伴うかにより、それぞれの型に特定される。それらの症状とは、脱力または麻痺、異常運動、嚥下症状、発話症状、発作またはけいれん、知覚され麻痺または感覚脱失、特別な感覚症状、混合症状である。また心理的ストレスを伴うかどうかも特定する必要がある。

診断に関連する特徴

従来は疾病利得や症状への無関心さがみられることが本症の特徴とされてきたが、これらの存在は本症に特異的ではなく、これらを診断基準とすることが本症への偏見につながるとの懸念から、DSM-5ICD-11では診断基準から省かれるに至っている。発症に際しては心理的要因がみられる場合が多いが、本症の診断に必須ではない。
  変換症の発症は二十代、三十代を中心とするあらゆる年齢層に見られる。発症が急激で持続期間が短いほど予後がいいが、再発もまた多い。
 性差は女性に二倍多いとされる。また男性の場合、職業上の何らかの事故が発症に関連していることが多いという報告もある。子どもにおける症状としては、歩行困難やけいれん発作が最もしばしばみられ、その背景にいじめや学校ないし家庭におけるストレス等がみられることが多い。

鑑別診断

上記の診断基準に見られるとおり、本症は神経疾患や内科的疾患の存在を疑わせるような様々な身体的な症状の形を取り得る可能性がある。そのために鑑別が難しく、症状が類似する身体疾患の除外も念入りに行われなくてはならない。ただし無論それらの身体疾患との併存もありうる。また解離症との合併も多く、解離性同一性症の場合はその人格の一つが示す症状ともなりうる。さらには醜形恐怖症、抑うつ障害、パニック症なども鑑別の対象となる。本症が疑われるものの、症状の偽装が明らかな場合は作為症ないしは詐病として診断されることになる。

参考文献

American Psychiatric Association (2013). Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition (DSM-5). American Psychiatric Publishing. 日本精神神経学会 (監修) (2014): DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル. 医学書院.