2021年5月8日土曜日

解離性健忘 書き直し 7

今回もネットでただで手に入るありがたい論文から情報を得よう。
Arena,JE, Rabinstein, AA(2015)Transient global amnesia. Mayo Clinic Proceedings 90:264-72.

 この論文のAbstract に書かれていることも、だいたいこれまで得られた情報の域を出ない。ただし「突然始まる前行性健忘(つまり何も記銘できないこと)」という記述が最初に出てくる。それに繰り返しの質問(ここはどこ、などと同じことを何度も聞くのは聞いたことをすぐさま忘れるからである)、時には逆行性健忘の要素が加わり、24時間以内に収まる。そしてその際にほかの神経学的な問題は生じないという。静脈の不全、動脈の虚血、片頭痛のタイプ、あるいは癲癇など、いろいろな原因が考えられたが、結局原因不明であるし、予後もよく、脳卒中や転換などのリスクも高まらないという。これはあたかも海馬の機能が一時的にフリーズした状態といえないだろうか。しかしそれがなぜその人の人生の中で多くの場合はただ一回、それも数時間だけ生じて、それから繰り返さないのだろうか。謎は深まるばかりだし、これって解離とどこが違うの、と言われても難しいのではないだろうか。
 この論文を丹念に読んでいくと、やはり出てくる。これを起こしやすいのが、バルサルバ法(要するに「いきむ」こと)、セックスを含む激しい身体運動、冷水での水泳、気温の変化、心的ストレス。それと何度も出てくるので書くが、要するに「パペッツ回路」のどこかに異常が発生しているはずであるという記述。パペッツ回路とは、海馬―脳弓ー乳頭体―視床前核―帯状回―海馬という一回りの脳の構造で、これを脳の解剖で覚えこまされて苦労したわけだが、要するに記憶にはこの一回りの回路がかかわっているであろうという説があり、するとTGAはここのどこかに異常をきたしているのだろう、ということである。
パペッツ回路
 患者はだいたい様子がおかしいと思った第三者が救急に連れてくる。自分ではどうしたらいいかわからず戸惑っているからだ。混乱していたり不安に感じたりしている。そこで認知テストをしてもだいたいは異常がない。(ただしself-orientation も問題ないと書いてあるが、どうだろうか?まあ「自分が誰かが分かっている」くらいの意味だろう。)また逆行性健忘は診断基準には入っていないが、最近の1,2年のことが思い出せないという形をとって現れることもある、と書いてある。
そこでもう一度整理してみよう。
「一過性全健忘(TGA)初老期に多く、前行性健忘を伴って突然発症し、長くとも24時間以内に回復する。発作中も自分のアイデンティティの認識は保てるが、過去の数分に起きたこと以外は思い出せず、また新たな記銘も障害される。脳血管障害のリスクとは無関係と考えられ、また予後も良好とされる。」
 という書き方をしたが、「あくまでも新しいことの記銘ができないだけであり、過去のことは想起できる点が解離性健忘と異なる」と付け加えると親切だろう。ただしTGAでも逆行性健忘を伴う場合があるのでそれだけ鑑別は難しくなる。
 もう一度解離性健忘との違いを明らかにしよう。
解離では
人格状態A → 人格状態X(数時間~数か月)→人格状態B

ただし人格状態Xはトランス様、いわば「顔なし」状態である。またそこから回復した人格がそれ以前の人格状態Aではなく、新たなBであることが特徴で、すなわち過去の記憶にアクセスすることができない新たな人格状態である。ここには海馬の機能障害はXの間以外は起きていないことになる。

またTGAでは
人格状態A → 人格状態Y(24時間以内)→ 人格状態A

となる。つまり元通りの人格に戻るのだ。ただし人格状態Yは、解離の際のXとは別の性質を持ち、その間は海馬が機能していないので有名な「症例HM」(実際の症例。両側の海馬を損傷し、ちょうどTGA状態に常になっている)ないしは「博士の愛した数式」(小川洋子、ただし記憶は80分持つ、という想定)状態になる。
ええっと、この理解で間違ってないかな?こんなに丁寧に説明しているテキストなどないだろう。