2019年11月2日土曜日

アトラクター 推敲 9


悲しきアトラクター
ここまででお分かりの事と思うが、実は人間の行動や思考にアトラクター的な要素はいくらでも存在する。例を挙げればきりがないのだ。そこでその中から一つ、人間がしばしばはまり込む悲しい運命を持つアトラクターを紹介しよう。それは人と人との、あるいは国と国との争いが起きる際に見られる非難の応酬であり、相互の被害的な見方である。ちなみに以下に例示する二つの国 A, B は決して特定の近隣諸国をモデルにしているわけではないことは、ここでしつこいくらいに強調しておかなくては誤解を生んでしまうだろう。
その悲しいアトラクターは、たとえば次の様な応酬の形をとって展開される。
A国:貴国(B国)の振る舞いについて非常に遺憾に思う。貴国の船は明らかに領海を侵犯した。
B国:貴国(A国)の主張を非常に遺憾に思う。もともと我が国の船は貴国の領海の侵犯などしていない。偽りのストーリーをでっち上げて言いがかりをつけているのは貴国のほうではないか!
A国:これは何ということだ。貴国は最初に領海を侵犯しておいて、しかもこちらが嘘の話をでっち上げたと主張するとは、盗人猛々しいにもほどがある。
B国:あり得ない話である。では言うが、今貴国が自国の領海と主張している海域は、歴史的には明らかに我が国が長く治めていた地域である。これについては歴史的な証拠もたくさんあるのだ。
A国:笑止千万である。貴国こそがあり得ない話をでっち上げて言いがかりをつけているのだ。貴国の歴史的な証拠も、どうせ捏造に決まっている。
B国:明らかに我が国に対する挑発的な言動であり、黙っているわけにはいかない。このような挑発を続けるなら、貴国の領土が焦土化するような事態を招かないとも限らない。そのすべての責任は貴国にあることを理解すべきである。

という感じで、両者が非難合戦を続け、そのうち国境での小競り合いが生じるとそれを口実に互いの軍隊が出動し・・・・。
この種のアトラクターはおそらく人間の歴史が始まって以来存在し、その意味では人間の知能の産物であろう。ここには言葉による歪曲や挑発が明確に関与している。ニホンザルの群れ同志が森で出会ってけんかになっても、おそらくこの種の非難の応酬によるエスカレーションというアトラクターは見られないだろう。いきなりガチンコの争いが起き、おそらくあっという間に終息する。互いが胸の内に恨みを抱きあいながら休戦状態になるという別の種類のアトラクターが成立することもないだろう。