カオス。実に不思議な響きを持った言葉だ。複雑系理論に親しみを持たない人にとってのカオス、とは「混沌」という事と一緒だろう。何もかもゴチャゴチャになっていて、秩序もなく、そこに呑み込まれたらもう決して出ることが出来ない…。一種の地獄のような状況を想定する人がいてもおかしくない。あるいはごみ屋敷の写真を思い出す方もいるだろう。カオス=混沌という訳語に慣れていた私たちにとっては、カオス自体が学問の対象になるという意味そのものが分からない、それこそカオス的な議論という風に映るだろう。
カオスとはギリシャ文字で Χάος, 英語ではchaos (ケイオス、と発音)である。紀元前700年ごろの哲学者ヘシオドスはこれを大きな口を開けた空虚であり,地と空別れた時にできたものとしたという。ヘシオドスは神統記
Theogony という書物の中で、これを最初にできた存在、と記している。実はこの私たちの浴している文明が生まれたはるか前を生きたヘシオドスの概念は、宇宙の始まりの理論であるビックバン仮説を思い起こさせる。137億年前にビックバンが起きる前の状態を誰が言い当てることが出来るだろうか。あえていちばん近い状態は、やはりこのヘシオドスの意味でのカオスではないだろうか。
しかし現在用いられているカオスにはもう一つの顔がある。それはいわば科学的な意味でのカオス、数学的なカオス、ともいうべきものであり、それは純然たる科学の対象であり、途方もない魅力が詰まっている。それをここでは特別な意味を込めて「カオス」と括弧つきで呼ぼう。この「カオス」は「決定論的カオス (deterministic chaos)」と呼ばれている。
「カオス」の定義としてはいろいろあるが、私は「決して定常状態にならない系」と考えることにしている。定常状態とは、一定の動きが何度も繰り返される状態、といってもいい。ひとつの例を挙げよう。
たとえば次の①、②の数字を比べて欲しい。
①
0.14264938403934278302・・・・。
この数字の動きはカオス的だろうか? このままではわからない。ところが
②
0.1426493840393438403934・・・
だったらどうだろう。末尾で38403934という数列が2度繰り返されている。するとこれが以降は循環するかもしれない。もしそうならばカオスではない。たとえば小数点以下100万桁の数字を言い当てることが出来るからだ。ただしこの38403934の数列がこれ以降永遠に繰り返されると仮定した場合だが。
するとこの①も②も、結局「定常状態にならない」という保証はないし、その意味ではカオスかどうかわからないことになる。そこで決して定常状態にならない、繰り返されないということがあらかじめ決定されているような数字こそが「カオス」と胸を張って言えることになる。このようなカオス的な数字としては、「十倍シフト写像」というのが世界で最も簡単なカオスだというのだが、数式がカオスの振る舞いをするかどうかというのは案外ややこしい問題だ。3.14…で始まる円周率は無理数であり、決して循環しないことが証明されているという。その意味では「カオス」の例といえるだろう。