2019年3月26日火曜日

解離の心理療法 推敲 41


第7章「黒幕人格」部分をいかに扱うか 

 治療者としてDIDの患者さんと面接するということは、すなわち一人の患者さんが持ついくつもの交代人格に同時に出会っているという可能性を意味します。存在する交代人格は個人によって様々ですが、共通の特徴をもった人格に出会うこともあります。特に子供の人格はDIDの方のほとんどに見られます。また異性の人格、基本人格自身の若い頃の人格などもよく出会います。興味深いことに、患者さんの実年齢より年上の人格は非常に少ないという印象を受けますが、もちろんこれにも例外はあります。それ以外にも犬や猫などの動物の人格、「鬼」の人格、どこかの神社の守り神の人格など、非常に多彩です。その中で私たちが「黒幕人格」と呼ぶ人格にも非常によく出会うのですが、この人格はある意味では異色と言え、また治療や予後を考える上での大きなカギを握っている人格です。彼らと良好な関わりが出来れば、治療者の助けになってくれるといえるでしょう。しかしそのような友好的なかかわりを持つことはむしろ少なく、その扱いには多大な臨床的なスキルや慎重さが求められます。
まずここで、この「黒幕人格」という表現について少し説明しておきましょう。これまでの解離のテキストを読んでも、そのような記述を目にすることはあまりありません。そもそも、いくつかの人格を併せ持っている人達の存在があまり社会で認識されていない以上、そのような言葉になじみがないのは自然なことかもしれませんが、解離を専門的に扱っている治療者の間でも特に論じられることはありませんでした。しかし、実際にカウンセリングの場でDIDの患者さんとの面接を進めていくと、私達が「黒幕人格」と呼んでいる人格が大きな存在感を放っていることが次第に分かってきます。
治療が進み患者さんの状態が安定してきたと思えるような段階に至って、治療者は突然どん底に突き落とされるような体験を持つことがあります。ようやく人生の希望がかないなんとか頑張れそうだと嬉しそうに話していた患者さんが、その数日後に自殺未遂を起こすというような出来事が起きたりするのです。そして、そのときの記憶が全くなく、いったいどうしてそんなことをしたんだろう、と面接室で困惑し戸惑う患者さんを目の当たりにするのです。そしてここに黒幕人格が関与している場合があるのです。

1.黒幕人格の定義といくつかの特徴

黒幕人格という名前が付いているからといって何か特別な人格ということはありませんが、いくつかの特徴を持つことで、臨床的に大きな意味を持つ人格といえます。第一の特徴として、「怒りや攻撃性を持つ」ということが挙げられます。黒幕人格が表に出ると、他人に対して暴言を吐いたり、暴力を振るったり、物を壊したり、犯罪行為に及んだり、深刻な自傷行為や自殺企図を起こしたりします。また表に出ていないときでも、その存在感やそれが発するオーラが周囲に感じられ、それに対して遠慮をしたり、それを刺激しないようにという気遣いが、患者さんだけではなく治療者の側にもおきることがあります。「黒幕」という表現はそのような隠然たるパワーを発揮するというニュアンスを含みます。いわばその患者さんの背後で「睨みをきかせている」わけです。
2つ目の特徴としては、それが正体がつかみにくく、ある意味で匿名的であるということです。英語圏でも“it” (「それ」以外にも「隠れんぼの鬼」という意味もあります)とか、”unknown” などの呼ばれ方をすることがあります。交代人格にはたいていの場合何らかの名前が付いていますが、黒幕人格の場合にはそれが付いていないことが多く、またその姿かたちもせいぜい「黒い影のよう」と言い表される程度で、他の人格によって把握されていません。そしてそれが誰に由来するのか、過去の迫害的な人たちのうち誰に最も関係が深いかがわからないことがあります。