2019年3月25日月曜日

解離の心理療法 推敲 40


 解離性の自傷への対応


自らの体験を描いた漫画の中で、ある当事者の方がこんなシーンを描いています。内科を受診した際に、医師がちらっと腕の傷を見て言います。「ではお薬を出しておきますね。あと … その腕ですけれど、精神科には通われているんですよね。黴菌が入ったら大変ですよ。ほどほどにしてくださいね。苦しいから自傷しちゃうんだと思いますけど。」ところが血に見えたのは実際には絵の具であったというオチです。
この内科医の言葉は医療側の典型的な反応をうまく表現しているような気がします。「ほどほどにしてくださいね。」には自制してくださいね、いい加減にしましょうね、という批判めいた感情が含まれているようです。言われた側はどう感じるでしょう?「こちらも好きでやっているわけではないのに ・・・ 」という反応かも知れませんし、「わかってもらえていないな」という気持ちかも知れません。もちろん頭ごなしに自傷を非難し、やめさせようという反応は論外ですが、この医者の反応は、おそらく自分も自傷の経験がある人の反応とは異なります。
医師は自傷の傷痕を、まずは治療すべき対象としてみるために、それを叱りつけるというより先に、どのような処理が必要か、縫合の必要はあるか、感染の可能性はどうか、という判断を優先させる傾向にあります。しかし医師によっては救急医療を提供すべき立場にありながらも、「自分で切った傷は治療しない」と言って門前払いにしてしまうというケースもあるといわれます。もちろん出血多量ですぐにでも処置をしなくては、という場合は別でしょうが、自傷を「自己責任だ」「いちいち対応していたら癖になるだろう」などと言って取り合わないというケースは日本の医療においては多少なりとも見られ、それは精神疾患そのものに向けられた一種の偏見に根差しているのではないかと考えることもあります。2004年に私が帰国して一番当惑したのは、日本では救急医療の場では、多くの場合精神科の救急は扱わないという不文律があるということでした。
このように自傷行為はそれを扱う医療者側にも更なる意識改革が必要ですが、以下に当事者の方やその家族に向けていくつかのアドバイスを行います。

5-1 患者さん本人に対して

 これまで見てきたように、自傷は、心理的、生理学的要因があって反復する傾向にあります。そのために「自傷行為をやめなさい」と伝え、行為だけをやめさせようとしても、それが抑止力になることはなく、逆に自傷行為を引き起こす苦痛になる可能性があるのです。また「なぜ傷つけたの?」と訊ねることも、その原因や経緯、あるいは傷つけた時間さえも曖昧な解離性の自傷においては当人は「わからない」としか答えられず、それ以上問うことは患者さんを追い詰めるメッセージになりかねません。患者さんは他者との間で安心感を得た経験が少なく、また解離による記憶の混乱もある状況で治療を求めることには想像以上の強い不安を抱えていることが多いものです。情緒と行為の隙間を埋めていく作業を共同で行っていくことが大切でしょう。その際患者さんの行動を自傷も含めて否定することから入るのは適切ではありません。
しかし自傷行為が起きたその前後に何が起きていたのかについて一緒に検討することはとても大事だと思います。私が繰り返し聞くのは、その日は特に問題なく過ごしていたのだが、友人や恋人と電話をしていて、そこで何かの言葉を言われたのをきっかけにして自傷に発展したというケースです。多くの場合その言葉は思い出すことが出来ずに終わってしまいますが、自傷行為にはこのように偶発的な出来事から発展することがかなり多く、ある意味では防ぎようがないというニュアンスもあります。ただその恋人と話す機会を持ち、何が自傷のトリガーになっている可能性があるのか、何かキーワードがあるのか、等について検討することはとても大切なことです。
実際に自傷に及んだ人格は、なかなか臨床場面には表われず、その行為がどのような感情体験から生まれているかを探索しても話が深まらないことも多いものです。ただし面接場面で語ってくれている人格の背後で実際に自傷をした人格が話を聞いている可能性もあります。なんらかの苦痛、無力感、怒りがあって、自傷につながっている可能性があり、それについて手助けしたいという意図を、眼前に現れている人格を通じて、背後の人格に伝えるといった意識も重要かと思います。

5-2 患者さんの家族や周囲の人々のために

自傷を繰り返す患者さんの家族には、「病気がすぐには治らないのはわかるが、自傷行為だけでもなんとかやめさせたい」と話す方がいます。痛々しい傷痕を目の当たりにし、そのような行為を何とか止めさせられないか、と考える気持ちも十分に理解できます。家族やパートナーの中には、自傷行為が何か挑戦をしてくるような、あるいは攻撃性を向けられているような気持ちになる場合があります。また自分たちがケアをする側としていかに役に立っていないか、いかに無能なのかを突き付けられた気持にもなるものです。さらに一部の治療者は自傷行為を一種のアピール性を有するものであり、全力で止めて欲しい、本気で向き合ってほしいという意図の表れだと説明する傾向にあります。するとますます自傷行為は看過できないもの、禁止するべきものと捉えられるようになります。

(以下長いので割愛)