1.果たして「現代型」、「新型」か?
まずは現代型うつ病とは本当に現代型、新型なのかという議論から始めたい。結論から言えば、同様の病態は古くから知られていたということである。例えば「逃避型抑うつ」(1977年、広瀬徹也氏)、「退却神経症」(1988年、笠原嘉氏)
「現代型うつ病」(1991年、松浪克文氏)「未熟型うつ病」(1995年、阿部隆明氏)、「擬態うつ病」(2001年、林公一氏)、「ディスチミア親和型」(2005年、樽味伸、神庭重信氏)などはその例である。
これらのネーミングからわかるとおり、「本当のうつ病」とは少し違うもの、何かそこに性格的な未熟さや、怠け心などの疾病利得の追及が見え隠れするもの、というニュアンスはあった。
これらの概念を早くから提唱した一人の笠原嘉先生は今でもご健在だが、彼が1980年代からすでに、現代の「新型うつ病」の概念を先取りしていたことがわかる。彼はこう書いている。
これらの概念を早くから提唱した一人の笠原嘉先生は今でもご健在だが、彼が1980年代からすでに、現代の「新型うつ病」の概念を先取りしていたことがわかる。彼はこう書いている。
[退却神経症は] 単なるなまけ病ではないか?それがどうも違うのである。…どちらかというと、よくやる人たちだった。「退却」などという軍隊用語を借用したのは、そのことを言いたかったからだ。…まじめにやっていた人たちの、突然の戦場放棄である。(退却神経症(P8~9) (笠原嘉 1988年)
さらに
「少し暗い感じはするが、立派な青年である。・・・ところがちょっと気になることがある。2,3日の休みを断続的に繰り返しているのだが、自分はなやんでいるはずだ、と思っていたのに、彼自身はけろっとしている。・・・周りの人が大変心配しているのに、ご本人は意外に「ヌケヌケ」している。・・・(p27)」退却神経症 (笠原嘉 1988年)
「もしうつ病なら、現代の精神医学はかなり効率の高い治療法を提供できるからである。・・・これに対して退却神経症の治療法は、うつ病のときほど画一的ではない。・・・退却神経症はノイローゼなので、つまり社会適応への挫折なので、治療は人それぞれであらざるを得ない。(p59)」
ところでこのように「新型」の特徴をとらえているにもかかわらず、笠原先生の概念だけ、「退却神経症」という、鬱以外の診断名を考えているというのも興味深いところである。これは私の「現代型とは結局はうつというよりは一種の恐怖症である」という主張とも重なる。云うまでもなく恐怖症は神経症の範疇に属するのだ。
笠原先生は実は1970年代には、いわゆる登校拒否の問題を扱うようになってきている。そして同様の心的メカニズムが、若者の出社拒否についてもあるであろうと考えている。そしてその背景にある概念が、その頃米国ではやったいわゆる「アパシー・シンドローム(apathy
syndrome)」の概念であった。これはハーバード大学の精神科医R.H.ウォルターズ(R.H.Walters)によって提起された概念である。簡単に言えば青年期における発達課題である『自己アイデンティティの確立・社会的役割の享受』に失敗した時に発症リスクが高まるとされる。ただし現代の米国精神医学ではあまり聞かれないのだ。