2020年10月20日火曜日

治療論 英訳 2

 1.      Mind being characterized by multiple, discontinuous, centers of consciousness.

What Itzkowitz (2015) has in his mind with this “mind being characterized by multiple, discontinuous, centers of consciousness” can be considered as the one observed in people with dissociative identity disorder (DID). In psychoanalytic literature, repression or splitting have been traditionally the terms describing what has been considered the splitting of the mind, without any connotation of multiple presence of consciousnesses. However, historically, polypsychism and double consciousness have been discussed in the history of dynamic psychiatry (Ellenberger, 1970). It is well known that Freud acknowledged the idea of the “double consciousness” and discussed its three types in the “Studies of Hysteria” (1895) with Breuer (Brenner, 2016). Elizabeth Howell outlined four different models of thinking about dissociation which Freud adopted in the course of his work. She then concluded that it was only in the Preliminary Communication (1893) that dissociation in the sense of splitting of consciousness (dissociationism 1 in Howell’s term) was discussed. Since that time, Freud only used this notion in the sense of The splitting of the ego in the process of Defence (Freud, 1938,1961)corresponding to dissociationism 2~4 in Howell’s term.
 It is noteworthy, however, that Freud himself did not really forget this state of “double consciousness” which he revealed later in his work.

Depersonalization leads us on to the extraordinary condition of “double conscience”, which is more correctly described as “split personality.” But all of this is so obscure and has been so little mastered scientifically that I must refrain from talking about it anymore to you. (Freud, 1936, p.245)

Brenner, I. (2016) Psychoactive therapy of dissociative Identity Disorder.  Multiphasic model. (in) Howell & Itzkowitz (ed). The dissociative mind in Psychoanalysis. P211
Freud, S (1936) New Introductory Lectures on Psycho-Analysis and Other Works

Freud, S (1938) The splitting of the ego in the process of Defence. S.E. XXIII.

 

2020年10月19日月曜日

治療論 英訳 1

 Some Implications for the Dissociative Turn

Historically, dissociation is a topic that Sigmund Freud did not welcome in his psychoanalytic theories against the background of his conflict with Joseph Breuer, Pierre Janet and Sándor Ferenczi. However, the topic of dissociation has been discussed in a growing number in the psychoanalytic literature. A psychoanalytic research engine (Pepweb) indicates that its number doubles in each decade for the past 40 years (405 between1980~1989, 935 between 1990~1999, 1629 between 2000~2009, and 2461 between 2010~2019). This movement can trigger some major reorganization in the psychoanalytic literature, that Itzkowitz (2015) referred to as the dissociative turn. So, what is it about his “turn”? In his short paper with the same title, Itzkowitz mentions as follows.

The actuality of trauma during infancy and early childhood is recognized as a key factor leading to the emergence of dissociative process, the potential dissociative structuring of the mind and the mind being characterized by multiple, discontinuous, centers of conscious. Therapeutic goal in the psychoanalytic work with fragmented patients is to establish communication and understanding between the dissociated self-states (p.145) .

Itzkowitz, S (2015) The Dissociative turn in psychoanalysis. The American Journal of Psychoanalysis.75:145–153.

However, in his rather short paper Itzkowitz, S (2015) did not elaborate on these specific issues and describe the way each of them invites us to make the “turn” and in what sense. In this article, I attempt to elaborate on what Itzkowitz might mean from my own standpoint.

1. Mind being characterized by multiple, discontinuous, centers of consciousness.

2. The actuality of trauma during infancy and early childhood.

3. Therapeutic goal is to establish communication and understanding between the dissociated self-states.

2020年10月18日日曜日

ポドキャスト 日本語版 3

 さてこのポドキャストで私が二番目に論じたいのは、私の臨床及び研究の関心事であるトラウマと解離についてです。恥や対人恐怖というテーマは私が最初から興味を抱いていた、そして自分自身にとっての問題でもあるテーマだったわけですが、トラウマや解離はそれらとは異なり、私が臨床を行っていてやむなく直面した問題でした。

私が米国に留学した1980年代の後半は、トラウマ関連疾患、例えばPTSDや解離性障害がアメリカの多くの臨床家の関心を集めつつありました。メニンガー・クリニックではトラウマを受け患者さんたちの入院が増え、治療者たちもそのような人たちにどのような対処をしたらいいかについて頭を悩ませていました。そしてメニンガーのスタッフの大半を占める精神分析的なオリエンテーションを持った治療者たちの考え方を少しずつ変えるようになっていました。メニンガーの精神分析家たちも、最初は解離やトラウマの患者さんたちを分析的に扱うことに及び腰になっていましたが、そのうち深刻に取り扱うようになりました。最初の頃は私もケースカンファレンスで幻聴に悩まされた患者さんに多重人格の診断が付けられているのを聞いて、にわかには信じられませんでした。私は多重人格という現象そのものを信じていなかったわけです。

ところが私がメニンガーのレジデントのトレーニングの一環で担当していた精神療法の若い女性の患者さんが一年くらいのセッションを続けたころに、ある日のセッションで彼女の受けたトラウマの話をしていて、私の目の前で人格が変わるという事が生じました。私はその時、それまで精神分析協会で学んでいたことを総動員しても、どのようにその様な状況に対処したらいいかが分かりませんでした。

私はこうして人の心の働きについて根本から考え直さなくてはならないという事を学び、精神分析的に正しいやり方とは異なるアプローチについても知るようになりました。また私の受けていた分析協会でのトレーニングでもトラウマや解離を精神分析の文脈にいかに位置付けるかについての多くのヒントも与えてくれていることに気が付きました。分析協会の授業では何しろフロイトのスタンダードエディションを何冊も読む機会がありましたから、フロイトの著作にも実はトラウマの理論に関するいくつものヒントが隠されていることも知りました。これは非常にありがたいことでした。こうしてトラウマと解離というトピックは私にとってのもう一つのライフワークになりました。

それ以来私は伝統的な精神分析が解離の問題、すなわちフロイトがそのキャリアーの初期に棄却したこの概念が、いかに精神分析と折り合いをつけることが出来るかについて考え続けています。私が最近特に関心を持っているのは、解離性同一性障害における交代人格が独立した固有の人格として扱われるか、それとも断片としての存在なのかという事です。私は最近「解離性障害における他者性」という論文を2019年にEuropean Journal of Trauma and Dissociation という専門誌に発表いたしました。そこで私は現代の臨床家は交代人格の固有性を十分に認めない傾向にあるという事も論じました。そしてこの傾向は、実は人格の分裂がいかに起きるかについての、フロイトとジャネの論争に端を発しているのではないかと論じました。ジョン・オニールという学者がこんなことを言っています。そもそも1900年代の初頭に臨床家たちが盛んに論じていた「意識の分割 splitting」という概念がありますが、それには分裂 division と増殖 multiplication という別々の意味があり、前者は意識が二股に分かれるものの、もとは繋がっているという考えであり、後者はまさに二つの意識が生まれるという意味があります。前者はフロイトの考え方、後者はジャネの考え方というわけです。つまりフロイトにとっての分割は繋がっている心が二股、あるいはそれ以上に分かれただけである、もとは一緒だ、だから最終的には統合しましょうという立場であり、ジャネによればいや、意識が複数でき上るのだから、統合は無理です、という立場になります。そして前者の考え方が最近精神分析の内側で論じられている解離についても、精神分析外での解離も、優勢になっているという事情があるのです。

この点について論じている中で、私は G. Edelman と G Tononi.によるダイナミックコア理論を援用しています。彼らは2000年に発表された「A universe of consciousness 意識の宇宙」という著書の中で、意識とはニューラルネットワーク、つまり神経細胞と神経線維からなるネットワークにより構成されていると説きます。そしてそのネットワークとは大脳皮質と視床や辺縁系との緊密な情報の双方向のやり取りによって生み出されるものだと考え、それを「ダイナミックコア、力動的な核」と名付けたのです。私はこれを読みながら、ダイナミックコア一つが意識に対応しているのであれば、それが複数脳内に存在すれば、人格一つ一つが個別のダイナミックコアを有しているという事が可能性としてあるのではないかと考えました。いみじくもこの本をよく読むと、エデルマンとトノーニは、精神的な病は、実はこのダイナミックコアが複数存在するという事態ではないかという予測を行っているのです。そして例えばそれが統合失調症と多重人格においてそれが生じているのではないかという予測すらしています。もしこれが正しいとすれば、交代人格たちは一つ一つのダイナミックコアをあてがわれていることになり、それぞれの交代人格の固有性、個別性はこの生物学的なモデルにより保証されることになるのではないかと考えています。

私の最近の関心事は、精神分析的な理解と大脳生理学がいかに関連付けられ、統合されるかという事です。最近精神分析家のシェルドンイスコヴィッチという人は「解離的な転回 dissociative turn」という概念を提唱しています。これは解離という現象について考えることで、精神分析は心についての新たな見方を獲得するであろうという事です。最近のフィリップ・ブロンバーグやドンネル・スターン、エリザベス・ハウエルなどの分析界におけるパイオニアたちは、精神分析における解離を盛んに論じている状況にあります。そしてそれは分析の範疇に属さなかった領域、例えば脳科学やトラウマ理論を精神分析に呼び込むことで、精神分析をより豊かなものにすることに貢献していただけるのではないかと思います。

2020年10月17日土曜日

ポドキャスト 日本語版 2

 私がこのころ考え始めていたのは、恥の感じやすさというのは私がある意味で一生背負っていくものであり、それはまた人を理解する上で極めて重要なツールになるであろうということでした。そしてこれはまた多文化、異文化を理解する上でも貴重な概念であろうということでした。そこでこのテーマをずっと温めていたわけですが、2018年にIPAのアジアパシフィック大会というものに出ることになり、このテーマについて再び発表を行い、それを論文化することができました。それが「Passivity, non-expression and the Oedipus in Japan 受け身性、無表現、そしてエディプスコンプレックス」という論文で International Journal  2018年に掲載していただきました。この論文では恥というやや少数派的なテーマをエディプスという精神分析にとって中核的な問題に結びつけて論じることにしましたが、基本的な主張は26年前の論文と似たものでした。つまり日本人のメンタリティは秘密主義的で表現をあえてしないという傾向を社会的な多くの文脈の中で発揮しているということです。つまり伝統的な美や工芸のエッセンスは秘境的であり、言語で伝えることができないという考え方に基づきます。まあこのことは28年前に強調したことですが、その意味で日本におけるエディプスの問題は少し入り組んだ形で存在しているということです。つまりそこに受け身性の秘密性に美徳や価値を置くという傾向です。
この論文で、私はやや極端な二分法を示しているということになります。つまり能動性を重んじる西欧諸国と受動制を重んじる日本社会という対比です。エディプスの問題に関して、私は次のようなアナロジーを示しています。つまり西欧社会においては立派なファルスを保持し、それを周囲に示すことがエディプス葛藤の克服を身にすることに比べ、日本においては、立派なファルスを隠したり、持っていないふりをしたり、ということが意味を持つわけです。私がこの論文で強調したのは、受け身性の持つ意味は日本人が日常で感じることだということです。感情を外に表現することはどちらかと言えばはしたない、あるいは嘘っぽいと思われることすらあります。日本人が「愛しているよ I love you」と言わないのは、愛しているなんて、そんなに軽々しく言えるわけないじゃないと言いながら、同時にそれで照れ隠しをしているという部分もあり、また相手とのコミットメントを避けているという部分もあるのです。つまりは受け身性は日本人にとっては防衛的であると同時に戦略的でもあるということです。
  私はこの受け身性のパラドックスをいくつかの文脈で述べました。一つはアジャセコンプレックスで、もう一つは甘えという概念です。アジャセコンプレックスは先ほど紹介した古澤平作先生がフロイトに1930年代に会いに行き、そこで二種類の罪悪感という論文を提出したことに始ります。彼はエディプス的な罪悪感とは別に、アジャセ・コンプレックスというものが考えられるとしたのです。このアジャセの話は仏典に基づく話を古澤先生なりに改編したものですが、そこでは父親が子供を処罰するという文脈とは異なり、母親が子供を許すという全く違った文脈が罪悪感を引き起こす場合があると述べたのです。この考え方が日本人の受け身性の問題とどのように関連するかと言えば、お前が悪い、というポジティブなメッセージではなく、お前を罰しない、むしろ許すというネガティブなメッセージが逆説的に罪悪感を引き起こすという論じ方が日本社会における受け身性の持つ逆説的な威力という点でつながっていると私が思うからです。
 ただしここで一言いえば、米国で暮らしていても、どちらが悪いとは言えないことで争いごとがあった場合、こちらが謝罪することで相手も「こちらこそ悪かった」という気持ちになることが多いということです。こちらが謝ったら相手が勝ち誇り、賠償を求めてくるという図式は、あまり相手を信用できないような関係性に当てはまるのではないかと思います。
 さてもう一つのテーマは甘えです。これも受け身性とかなりつながってきます。甘えの概念はご存じの通り土居健郎先生が1970年代に「甘えの研究」で提唱したものであり、彼がアメリカでの異文化体験を通して思いついたものです。彼はこれを依存の特別な形と考えましたが、特に日本文化に特有なものではなく、あらゆる民族に見られるものの、それを同定して名前を付けるということをしていないと考えたのです。彼は甘えは愛情 love と似ているものの、エディプス期に特有とされる性愛性や両価性 ambivalence を含まないと考えました。彼はこれをフェレンチが1931年に提唱してバリントにより受け継がれた受け身的対象愛の概念に相当するものだと主張しました。

2020年10月16日金曜日

ポドキャスト 日本語版 1

 例のポッドキャスト、英語で吹き込んで、これで終わりだと安心していたら、日本語版も作らなくてはならなくなった。やれやれ。

私は岡野憲一郎と申します。私は米国のメニンガー・クリニックで精神科医として、そして精神分析家としての訓練を受けました。このポッドキャストに向けていくつかのテーマについて、とくに精神分析的な文脈における多文化的な問題について論じ、また私の臨床的な関心事である解離性障害についても手短に論じたいと思います。
 私の精神科医は1982年に大学の医学部を卒業したところから始まります。そのころ精神分析に関する臨床や研究は、慶応グループの先生方により非常に活発に進められていました。そこには慶応義塾大学助教授の小此木啓吾先生の力強いリーダーシップがありました。小此木先生は古澤平作先生の弟子であり、非常に高名な先生でした。ちなみに先生のお師匠さんである古澤先生は日本の精神分析の草分け的存在であったことは言うまでもありません。
 1987年になり、ちょうど大学を出て5年たった時点で、私はパリ留学を一年した後米国のカンサス州トピーかという田舎町にあるメニンガー・クリニックに留学しました。当時私は独身で身軽だったため、特に期限も決めず、自分を試してみようという意気込みで米国に渡ったわけですが、精神分析を本場のアメリカで極めたいという医師もあり、小此木先生にも「ぜひそうしたまえ」と言葉をかけていただきました。メニンガーでは精神科のレジデントを1993年に負えた年に、そこに付属していたトピーカ精神分析協会(TIP)に受け入れていただき、そこをおよそ10年後に卒業して帰国したわけです。トピーカ分析協会では様々な刺激を受けたわけですが、そこでたくさんの文献に接する機会がありました。その一部にはとても興味をひかれ、別の一部はつまらなく感じられ、残りの一部には疑問を感じるという体験をしました。これは分析協会の学年が進むにつれて好みがいろいろはっきりしていったというところがあります。
 この分析のトレーニングを受けている間に私にとって最も中心的なテーマとなったのが、恥であり、いわゆる対人恐怖、DSM的な言い方では社交不安障害の問題です。私はこの問題におそらく精神科医になる前から関心があったのです。というのは日本の精神医学においてはこの対人恐怖について語られることが多く、また私自身がとても恥ずかしがり屋だったのです。ですからこの問題について考えるのは患者に対する治療を考えるうえでも、また私自身について考えるうえでもとても役立つと思ったわけです。
 そのころの対人恐怖に関して日本の精神科医が考えていたことは、ともかくもこの対人恐怖というのは日本に特有のものであり、欧米にはほとんど見られないということで、実際そのような論文を目にすることがありました。その意味では対人恐怖というのは一種の風土病という扱われ方もされたのです。ですから海外に出た今、私はある意味では特権的な位置にあるという気がしたのです。ただし私の留学した1980年代の後半は、アメリカの精神医学は1980年に出版されたDSM-IIIの影響を大きく受け、またそこで採用された社交不安障害についても注目されるようになっていました。もちろん社交恐怖と対人恐怖は微妙に異なるのですが、それに伴い恥shame という概念が精神分析の世界でも論じられるようになりました。そこでメニンガーのレジデントを卒業する際に「shame and social phobia 恥と社交恐怖」という論文を書いたのですが、それが卒業論文賞をいただくことになりました。そこで私は気をよくしてメニンガークリニック紀要 Bulletin of the Menninger Clinic (Okano, 1994). に投稿したところ、運良く掲載していただきました。
 私がこの論文で主張していたのが、以下の点です。恥というのは文化により様々な異なる意味を与えられていること。日本では恥を感じやすいということ、控えめで目立たないことは社会の中でポジティブな意味を与えられていること。ところが米国ではそれと全く異なることが起き、むしろ恥の感情は抑制される傾向にあるということ。何しろ弱さを見せることは社会の中でその人を敗者の位置におくことになるからです。私はその論文の最後に結論として恥の感情はそれにポジティブ化ネガティブ化という二者択一的な姿勢を持つべきでなく、両方の意味を兼ね備えるものとして柔軟に捉えるべきであろうということでした。
 これを描いたころ私は38歳、これから米国で精神科医として、そして精神分析の候補生として暮らしていくにあたって自分の立ち位置はどのようなものとなるのかについて非常に大きな葛藤を抱えていたことを思い出します。

2020年10月15日木曜日

治療論 推敲の推敲 6

 総合考察

私はこの論文で、Izkowich が「解離的転回」としてアウトラインを示したものについての総合的な考察を行った。そしてこの問題は精神分析の誕生の時期以前にまでさかのぼることを示し、そのために解離の問題を扱うためには、精神分析的な心の捉え方にある種の「転回」が必然であるという点を示した。Freud はそのキャリアーの最初に Breuer  を介して人格のスプリッティングに出会い、それに影響を受けつつ、一元的な心の在り方を選んだ。いわばモノサイキズムの選択であった。当時の Freud にとって、ポリサイキズムとモノサイキズムの両立は受け入れ難かったのである。そしてそれにより精神分析の繁栄がもたらされた。しかし臨床において多重人格を示す患者に出会った分析家の中には、Ramle-de Groot のように多重的な心こそ人間の心の本来ある姿と考える者もあらわれた。

実はFreud 自身もこの多重心を気にしていて、はるか後になってこんなことを述べている。

離人症の問題は「二重意識」、より正確には「スプリットパーソナリティ」と呼ぶべき驚くべき状態につながる。しかしこれに関するすべてはあまりに不明でほとんど科学的に解明されていないため、これについて私はこれ以上言及するべきでない。

Depersonalization leads us on to the extraordinary condition of “double conscience”, which is more correctly described as “split personality.”But all of this is so obscure and has been so little mastered scientifically that I must refrain from talkimg about it any more to you. (Freud, 1936, p.245)

 しかし今やFreudが言及しなかったこの問題に立ち返らなくてはならないのだ。他方ただし今の時代で二者選択を迫る必要はない。しかし大事なのはBromberg も提唱するような柔軟性であり、どちらにも偏らず、臨床的な文脈の中で立場を決めていくことであろうそれが「転回」の一つの在り方なのである。
 ということで最後にPhillip Bromberg さんの言葉。

現代の精神分析においては人間の心と無意識的な心の過程に関する精神分析的な理解に関する明らかなシフトが生じている。それは意識・前意識・無意識の区別そのものから、自己が脱中心化されたものであり、心が推移する非線形的で不連続的な意識状態が単一の自己という健康的な幻想との間断なき弁証法にあるものとしての心という見方へのシフトなのである(岡野訳)。

Bromberg, standing in the spaces 270 a  noticeable shift has been taking place with regard to psychoanalytic understanding of the human mind and the nature of unconscious mental process- away from the idea of a conscious/preconscious/unconscious distinction per se toward a view of the self as decentered, and the mind as a configuration of shifting,nonlinear ,discontinuous states of consciousnesss in an ongoing dialectic, with the healthy illusion of unitary selfhood.

 

2020年10月14日水曜日

治療論 推敲の推敲 5

治療目標としての「解離された自己状態の間の連絡と理解を図ること」

解離性障害の治療に関して何を目的とするかは従来から様々な議論がある。一つには精神分析的な理解を目指したRichard Kluft が提唱したような統合integration、融合fusionをその最終目標とするという立場である。事実統合を目指した治療的な試みは従来は多くみられた。しかし最近では冒頭に示したIzkovich の提言(「断片化された患者の精神分析治療の治療到達点は、解離された自己状態の間の連絡と理解を図ることである。」Therapeutic goal in the psychoanalytic work with fragmented patients is to establish communication and understanding between the dissociated self-states.)に見られるような、統合よりは交代人格間の協調や平和的な共存を目指すという立場もある。この立場はまた統合とは対置的なものとしても表現され得る。「治療の目的はお互いを知ることであり、統合ではない」としている。”the goal of the working through process is not necessarily the consolidation of self-states into a single, integrated individual … [But to help] the person understand and negotiate meaningful forms of relatedness with these heretofore unknown parts of herself. A sense of unity or wholeness, even if illusory…..P147
 しかしこの統合よりは解離された人格同士の相互理解、という立場は従来の精神分析的な考え方からかなり大幅な転回を求めることになる。本来の精神分析の目標は、無意識を意識化する(Freud)というものであった。こちらは無意識に分かれていた内容を意識化に置くという、いわば心の統一をはか
る試みである。Freud も統合synthesis は精神分析の目標であるが、それは自然に達成されていくものとしている。その背景にあるのは、心の中で防衛機制その他により分かれているものを統一、統合することが精神の健康度に寄与するという考えであった。解離されている内容を統合するという方向性もどちらかと言えばこの精神分析的な原理に準ずるものと言える。 しかし解離に関する最近の研究が示唆するのは、人の心が本来解離的でいくつかの部分に分かれたものであるという考え方であった。

 その結果として治療はそれらの統一であるよりは協調という事になる。Bromberg はまた治療者は時期尚早の統合を促進するという手段に頼るのではなく、「個々のパーソナリティの独自性への敬意を持ち、患者の解離された声を自分らしさ selfhoodの不連続的ではあっても個々が真正な表現を見出して直接的にかかわる」という態度を促進する。