この原稿,をずっと放っておいた。
パーソナリティ障害 personality disorder (この論考では以下、PDと表記する)に関する議論は近年大きく様変わりをしている。DSM-5(2013)においては、DSM-III以来採用されていた多軸診断が廃止され、またそれまでの10のPDを列挙したいわゆるカテゴリカルモデルに代わり、ディメンショナルモデルが提案された。それらはその顕著な表れと言えるであろう。PDがいかに分類されるべきかという問題とともに、そもそもPDとは何かについても問い直すという、いわばPD概念の脱構築に向けた動きが起きていることを感じさせる。しかしそれは容易には終わりが見えない議論へと私たちを導く可能性がある。
かつて私は、以前のカテゴリカルなPDの一部は、別のものに置き代わっていく可能性があると論じた(発達障害とパーソナリティ症の鑑別の仕方、精神医学、最新号)。PDとは思春期以前にその傾向が見られ始め、それ以降にそれが固まるとして定義づけられている(DSM-5)。それはいわば人格の形成の時期に自然発生的に定まっていくもの、というニュアンスがあった。
ところが最近愛着の障害、あるいは幼少時のトラウマの問題や神経発達障害について広く論じられるようになるにつれて、それらがパーソナリティの形成に大きな影響を与えるという考え方は、すでに私たちの多くにとって馴染み深いものになっている。私達の臨床感覚からは、人が思春期までに持つに至った思考や行動パターンは、生まれ持っての気質とトラウマや愛着障害、さらには発達障害的な要素のアマルガムであることは極めて自然なことに思える。PDをそれらとは別個に、ないしは排他的に扱うことは、あまり臨床的な意味を持たないであろう。
ICD-11で採用されたディメンショナルモデルによるPDの分類は、パーソナリティを構成する因子群(例えば5因子モデルのそれ)に基づくが、トラウマ関連障害や神経発達障害との鑑別についてはやや歯切れの悪い記載が見られる。それも上記の事情からはやむを得ないと考えるべきであろう。以下にトラウマ関連障害と神経発達障害がPDの概念や分類に与えた影響について簡単に整理してみたい。