2022年8月16日火曜日

パーソナリティ障害 推敲 10

教科書を書くというつらい作業ももう少しでおしまいになる。

 DSM-Ⅲの発刊後の2007年に発表された改訂版DSM-Ⅲ-R (1987) ではいくつかのマイナーチェンジが行われた。それらはポリセティック(基準のいくつを満たせばよいというもの)なものとモノセティック(基準をすべて満たさなくてはならないもの)なものに分かれていた診断は、すべてポリセティックなものにと移された。
 DSM-IV(1994) におけるPDは基本的にはDSM-Ⅲの基本路線の踏襲に留まった。それは新たなディメンショナルモデルの可能性についても言及されていたが、大きな改訂を総計に行うことで研究や臨床実践の継続性に影響が出ることを考慮したためとされる。
現代におけるPD:カテゴリカルモデル(DSM-5、第二部)からディメンショナルモデル(ICD-11)へ 
 PDの概念の最近の動向に関して触れておかなくてはならないのは、いわゆるカテゴリカル(類型)モデルからディメンショナル(次元)モデルへの移行である。カテゴリカル
モデルとは、従来のICD, DSMに見られた、いくつかのPDの類型(カテゴリー)を挙げ、患者の示す臨床所見をこれらのいずれかに当てはめるという考えに基づく。その代表が、DSMに提示されている10のPDである。しかしこのモデルについてはかねてから問題が論じられてきた。それを一言で言い表すなら以下のようになろう。
「特定のPDの診断基準を満たす典型的な患者は、しばしばほかのパーソナリティ症候群の診断基準も満たす。同様に患者はただ一つのPDに一致する症状型を示すことが少ないという意味で、他の特定されるまたは特定不能のPDがしばしば正しい(しかしほとんど情報にならない)診断となる。」DSM-5.p. 755)
 これはたとえばBPDを満たす患者の一部は自己愛PDや反社会性PDを同時に満たしてしまう可能性がある。この問題はPDとして概念化される幾つかのPDについての疫学的なデータを集積させることに深刻な問題を及ぼすことになる。カテゴリー的なPDはそれぞれの概念は直感的に理解できるものの、実際にどのように分布してどれだけ多く存在するかといった疫学的な視点は希薄であった。
 そのためこれまでのカテゴリカルモデルの持つ幾つかの問題に対応するためにDSM-5(第Ⅱ部)ではいくつかの変更点が加えられた。一つには多軸評定の撤廃(119)によりⅡ軸に記載されるPDとI軸の精神障害との高率の合併に制限を加えたことである。もう一つは「特定不能のPD」が多く下される傾向にあったことに対して、それが「他のPD」として再編されたことである。そしてこの「他のPD」の下に「他の医学的疾患によるパーソナリティ変化」、「他の特定されるPD」,「特定不能のPD」が設けられた。この分類はICD-10におけるPDの分類と共通したものとなった。

PDのディメンショナル(次元)モデル
 ディメンショナルモデルとは、パーソナリティ障害における特性、ディメンションごとにその度合いを数量的に捉え、その組み合わせにより示すという方針である。例えば「離脱」というディメンションは3ポイント、「制縛性」は2ポイント、などと示すことになり、いわば多次元空間の一点としてPDを表現することになる。このモデルの成立には多くの議論と時間が費やされてきた。
 個々人が有するパーソナリティの理解は一般心理学におけるテーマでもあったことは言うまでもない。そして精神医学的なPD論とは別に、科学的に検証された方法論に基づく数量的な評価を求める動きがあった。それは人間存在を生物―心理―社会的な三つの次元を統合したものとするという考えに基づいていた。その代表とされるのが Cloninger (1994) のモデルであった。彼は人格の次元として七次元を抽出し、そのうちの四次元を生物学に大きく規定される「気質」と、他の三次元を環境的要因に左右される「性格」と呼んだ。そして気質としては新奇性探求novelty seeking (ドーパミン系)、損害回避 harm avoidance (セロトニン系)、報酬異存 reward dependence (ノルエピネフリン系)、固執 persistance(神経経路は不明)の四つが挙げられ、そして性格としては「自律self-directedness」「協調 cooperativeness」「自己超越 self-transcendence」をあげた。そして私たちの性格はこの四気質と三性格の相互の組み合わせにより説明されるとした。(ちなみに気質と神経伝達物質との関係はその後さまざまに議論されている。) この Cloninger のモデルは、第Ⅲ部における固執は、パーソナリティ特性の一つである否定的感情に収められ、「自律」はパーソナリティ機能の「自己」の領域を構成する「自己志向性」の基礎となっている。
 これと並行して米国心理学会は5つのファクターを抽出するに至った。
統計的な手法(因子分析)を用いていくつかの代表的なパーソナリティ傾向が抽出されたのである。それらは個々人が持つ傾向としては重なり合うことが少なく、いわば独立変数のようにふるまうことが実証されたのだ。それらの代表は、Costa, P.T. & McCrae, R.R.4)(1990) や Goldberg (1990) やTrull T.J.ら(2007) によるモデルであった。
 その後パーソナリティに関しては5因子モデルに基づくというコンセンサスが生まれた。いわゆるFFM(five factor model)である。それらがN (neuroticism), E (extraversion), O (openness to experience), A (agreeableness), C (conscientiousness)である。これをもとにしてPDの5つのディメンションが作成された。それらが以下の5つである。
否定的感情(FFM neuroticism)、離隔(⇔ 外向性 extraversion)対立( ⇔ 同調性agreeableness)脱抑制(⇔ 誠実性 conscientiousness)、精神病性( ⇔ 透明性openness to experience)
  ただしDSM-5(第Ⅲ部代替案)ではこれら5因子のうち、openness to exp はPDとの強い相関が示されなかったため、DSMには採用されず、その代わり統合失調症における認知的知覚的な歪曲を拾い上げるため、精神病性⇔透明性 が代わりに入ったという(井上、加藤 2014, p158)。