2020年9月25日金曜日

治療論 3

  実は複数の心を想定する精神分析家は、実は多かったのだ。その代表としてフェレンチを挙げておこう。彼の論文「大人と子どもの間の言葉の混乱 やさしさの言葉と情熱の言葉(1933年)」の中から特にそのような彼の考えを表している個所を三か所選んでみる(以下、すべて森茂起先生訳)

 「成長途上の人間の人生に外傷が積み重なりますと、分裂が増加しかつ多様になり、それぞれの断片が独立した人格のように振る舞って、たがいにほとんど相手の存在を知らなくなりますので、断片相互の接触を混乱なしに持続するのは不可能になります。ついには断片化のイメージがさらに広がり、原子化と呼んでおかしくない状態にいたるでしょう。このような状態像に直面しても沈み込まない勇気をもつには本当に大きな楽観が必要です。それでも私は、そんな状態でもなおたがいを結びつける方法が見つかると期待します。(148ページ。)

「精神分析のなかで分析家は、幼児的なものへの退行についてあれこれ語りますが、そのうちどれほどが正しいか自分自身はっきりとした確信があるわけではありません。人格の分裂ということを言いますが、その分裂の深さを十分見定めているようには思えません。私たち分析家は、強直性発作を起こしている患者に対してもいつもの教育的で冷静な態度で接しますが、そうして患者とつながる最後の糸を断ち切ってしまいます。気を失っている患者は、トランス状態のなかでまさしく本当の子どもなのです。」(143ページ。)

「次に、分析中のトランス状態において起こる現象をつぶさに見ていくと、衝撃や恐怖があれば必ず人格の分裂の兆候があることがわかります。人格の一部が外傷以前の至福に退行することで外傷が生じないようにすることにはどの分析家も驚かないでしょう。驚くのは、そんなものがあるとは私などもほとんど意識していなかつた第二のメカニズムが同一化にさいして働くのを知ったときです。衝撃を受けることで、それまでなかった能力が、魔術で呼び出されたかのように前触れもなく突然花開くのです。日の前で種から芽を出させ花を咲かせてみせるという魔術師の魔法を思い起こさせるほどです。最悪の苦難というものには、死の恐怖ならなおさらですが、深い眠りのなかで備給されないままいずれ成熟するのを待っていた潜在的素質を突然目覚めさせ、活動を始めさせる力があるようです。」 (147-148ページ。)