2019年12月15日日曜日

揺らぎと失敗学 推敲 2


ハインリッヒの法則について考えると、ひょっとしたらこれは冪乗則についての洞察の一歩手前の状態ではないかと思えるのだ。失敗は、いかにも冪乗則に従いそうな感じではないだろうか? 地震も株の高騰や暴落も戦争もみな、冪乗則に従う。失敗だってその典型例だと考えられてもおかしくない。
ハインリッヒの法則とは何かを読むと、大事故にはそれなりのきっかけがあるということを言っている。工場などにおける大きな事故は、それを起こしかねない30の小さな事故から発展する、と主張しているのだ。しかし地震はいかにも起きそうな30カ所の中から選ばれて起きるだろうか?おそらくそうではない。30どころか無数の地震発生地の中から、何らきっかけもなくドーンと起きるのだ。地震とは異なり、工場における失敗はその兆候を知ることが出来、もう少し予測不可能ということになるのだろうか。しかしこの29300という数字の根拠は何なのだろう?
 例を考えてみる。201712月に新幹線の台車が破断寸前まで行ったという事件。しかし実際の破断が起きたわけではなく、その寸前でとまったという意味では、これは新幹線史上の大事故とまではいえなかったはずだ。そしてその人身事故は1964年の新幹線開業以来、4回起きていることになる(1995年、2011年、2015年、2018年)。ということはその30倍の120回ほどの危うく大事故につながりかねない事故があり、今回の破断寸前事故はその一つということになる。
この事故には予兆や原因があったという。(https://toyokeizai.net/articles/-/211007?page=2しっかりとした品質管理や点検をしていれば防げたはずだ。ハインリッヒ説によれば問題があそこまで進む予備軍がほかにも10くらい起きているということになる。
しかしこの検証をしようとするとたちまち判らなくなる。1995年の事故は東海道新幹線三島駅で乗降口の扉に指を挟まれた高校生が発車した列車に引きずられてホームから転落、死亡したという事件。2011年は九州新幹線で新水俣-出水間で中学2年の女子生徒がはねられて亡くなったという事件。2015年の事件は新横浜-小田原間を走っていた東海道新幹線の先頭車両で男が焼身自殺を図り、男と巻き込まれた乗客の女性が死亡したものだ。そして2018年には、同区間を走行中、男が刃物で乗客に切り付け、3人が死傷する事件が起きた。それぞれ異なる経緯で起きた事件で関連性はあまり見当たらない。ハインリッヒ的には、たとえば焼身自殺をもう少しで犯しそうな人がこれまで10人いたり、刃物で乗客を切りつけそうになった事件が10件あったということだろうか?そうかもしれないしそうでないかもしれない。刃物を隠し持って今にも切りかかろうとしたが我慢して目的地で降りたた人の数など調べようがないからだ。また同様に台車の破断寸前事故をとっても、調べてみたらほんの少しの破断が全国の車両で9件見つかりました、という報告は聞かない。つまり事故は突然、どこからもなく生じ、予想がつかないという方がより現実を反映している。
あるいは殺人事件を例にとろう。これも一応「事件」には変わりない。多くの殺人には何らかの予兆があるだろう。ABに殺意を抱く。そしてある日凶行に及ぶ。これは確かに大「事件」だ。しかしAを以前から知っている人は大抵言うのだ。「Aさんはごく普通の人でしたよ。ちゃんと挨拶もするし。」逆に「普段から何をする人かわからず物騒でした。」というケースは、筋金入りのサイコパスを除いてはむしろ少ないのだ。Aは殺人者予備軍、つまりいつ爆発するかわからない30人、というのとは違うプロフィールを持っていることがあまりに多い。彼はむしろノーマークなのだ。ちょうど大地震が起きた時と場所が大抵ノーマークであったのと同じように。