2019年12月14日土曜日

揺らぎと失敗学 推考 1


5章 失敗と揺らぎの問題

失敗。
私たちが生きていくうえで決して避けて通れないもの。
失敗をすることで初めて私たちは何かを学んでいくということは確かであろう。しかし失敗は私たちの心を深くえぐり、苦しめるのだ。
私たちが生きて社会で機能を果たすうえで必然的に生じる失敗とはいったい何だろう? これもまた揺らぎの問題と深く関係していると考えられるのである。
かなり昔のことであるが、ある機会にこの失敗というテーマについて発表する機会があり、それから深く考えるようになった。やがて私は畑村洋太郎先生の「失敗学」なる学問があることを知り、さらに興味を持つようになった。そしていわゆる「ハインリッヒの法則」なるものを知り、それに惹かれていったのだが、それが本書で論じている揺らぎや冪乗則に関係することなど思いもしなかった。ただ確かにこの法則は冪乗側と似ている。いわば同じ匂いがするのだ。そこで念のためにこのハインリッヒの法則をここにお示ししよう。まずはハインリッヒが示した原図である(省略)。

ハインリッヒの法則とは!?

この図は歴史的な意義があるが、少し解説も英語で見にくい。そこでこれを見やすく書き直した図を、ある方のサイト(アナザー茂:【統計学】失敗を未然に回避するヒヤリ・ハットの法則! 魔法の比率「1293002014820 17:00)から借用する。
ハインリッヒの法則は、ハーバート・ウィリアム・ハインリッヒという保険会社の調査部の方が、なんと一世紀近くも前の1928年の論文で唱えた法則である。実際にそれが発表された著書には彼自身の手書きのピラミッドの図がある。
「ハインリッヒは5,000件以上に及ぶ労働災害を調べ、1件の重大事故の背景には、29件の軽い『事故・災害』が起きており、さらに事故には至らなかったものの、一歩間違えば大惨事になっていた『ヒヤリ・ハット』する事例が300件潜んでいるという法則性を示したものである。ハインリッヒの法則は、その内容から別名『ヒヤリ・ハットの法則』とも呼ばれ、『129300』という確率はその後の災害防止の指標として広く知られるところとなった。」
例えば、ある工場で1件の重大事故が発生した場合を考えよう。おそらくその工場では、そこまでには至らなかった事故が、過去に29件発生していたはずだ。そしてそこにまでは繋がらなかったより軽微な事情は300件起きていたはずである。
私がなぜこのハインリッヒ則にひかれたかはわからないが、おそらく本当に偶発的としか思えない事件の背後にある種の法則があることを知らされたからである。そして皆さんお分かりの通り、この件はまさに冪乗則を思わせるのである。しかし1920年当時に冪状則の概念は一般にはあまり知られていなかったはずだ。そしてハインリッヒはそれを直感的に認識したというわけだ。
私は病院勤務の経験が長いが、病院とはまさに失敗や災害、有害事象が起きやすい環境である。私自身も特に米国でのレジデントの最中に、何度も肝を冷やす体験をした。「あの時もしあんなことが起きていたら、今の自分はこうしていることは出来なかった」ということは何度もある。あまり書けないが。もちろんそれは実際には起きなかったし、だからこそ私も無事トレーニングを終えることができたわけだが、他方ではなぜこんなことがいきなり起きたんだ!ということもある。患者や顧客かかわる事象などはその典型例かもしれない。「万が一のことがあるかもしれない」と頭に浮かぶ人はたくさんいる。しかしそれらの人に事故はほとんど起きない。そして実際の深刻な事象は予想外のところから起きてくることが多い。
このように書くと私は本当はハインリッヒの法則に当てはまらないことばかり体験している可能性がある。30例の中からの一件というのがなかなか起きず、それ以外の、全くノーマークのところから起きてくることが多い。300どころか何千のうちからいきなりポンと起きてくるという感じなのだ。あのピラミッドは本当なのだろうか? ちょっと批判的に考えていきたい。