2019年1月5日土曜日

忘れていたCPTSD 1

CPTSD(複雑性PTSD)の原稿の締め切りが近づいている。以前に途中まで書いたものを引っ張り出す。確かここまで書いていた。

CPTSDについて考える

Complex PTSDの概念は Judith Hermanに由来する。彼女は1992年の著書 ”Trauma and Recovery” (Herman, 1992, 邦訳「トラウマと回復」)で、「長期にわたり繰り返されるトラウマにより生じる症候群にはそれ自身の診断名が必要である。 私はそれをcomplex PTSDと呼ぶことを提案したい。」と記している。この”complex” を日本語にした場合に、「複合的」と訳すか「複雑性」とするかは議論の余地があるため、本稿では「CPTSD」として論じたい。
このCPTSDの概念をいかに臨床に応用するかについては、これまでに様々に議論されてきた。Hermanの盟友ともいえるVan der Kolk DESNOSDisorder of extreme stress, not otherwise specified、他に分類されない極度のストレス障害)を提唱していたが、その趣旨はCPTSDに非常に近いものと考えられる。DSM-IVにおいてはこのDESNOSが導入されることが真剣に検討されたが (van der Kolk, et al, 2005)、結局は2013年のDSM-5には採用されなかった。しかし2018年に発表されたICD-11では一転してCPTSDとして掲載されることとなった。このようにICDDSMCPTSDをめぐって大きく袂を分かったということになる。

van der Kolk BA, Roth S, Pelcovitz D, Sunday S, Spinazzola J. (2005) Disorders of extreme stress: The empirical foundation of a complex adaptation to trauma. J Trauma Stress. 2005 Oct;18(5):389-99.

ちなみにDSM-5においてはDESNOSの概念はPTSDとかなり症状が重複していて、またPTSDBPDMDDとも重複しているから、改めて疾病概念として抽出する必要はなかったとされる(Resick, 2012)DSM-5PTSDの診断基準は、DSM-IVのそれに比べてかなり加筆されているため、それ自身がCPTSDの一部をカバーしている可能性がある。DSM-5PTSDの診断基準では新たにD基準(認知と気分のネガティブな変化)が加わったが、それは具体的には、以下のとおりである。
D.心的外傷的出来事に関連した認知と気分の陰性の変化。心的外傷的出来事の後に発現または悪化し、以下のいずれか2(またはそれ以上)で示される。
(1) 心的外傷的出来事の重要な側面の想起不能(通常は解離性健忘によるものであり、頭部外傷やアルコール、または薬物など他の要因によるものではない)
(2) 自分自身や他者,世界に対する持続的で過剰に否定的な信念や予想(:「私が悪い」、誰も信用できない」、「世界は徹底的に危険だ」、「私の全神経系は永久に破壊された」)
(3) 自分自身や他者への非難につながる,心的外傷的出来事の原因や結果についての持続的でゆがんだ認識
(4) 持続的な陰性の感情状態 (恐怖、戦慄、怒り、罪悪感、または恥)
(5) 重要な活動への関心または参加の著しい減退
(6) 他者から孤立している、または疎遠になっている感覚
(7) 陽性の情動を体験することが持続的にできないこと(:幸福や満足、愛情を感じることができないこと)

Resick PA, Bovin MJ, Calloway AL, Dick AM, King MW, Mitchell KS, Suvak MK, Wells SY, Stirman SW, Wolf EJ. (2012) A critical evaluation of the complex PTSD literature: implications for DSM-5. J Trauma Stress. 2012 Jun;25(3):241-51.

 更にDSM-5PTSDにはいわゆる「解離タイプ」が新たに記載されている。すなわち離人感や現実感消失体験を伴うものは、「解離症状を伴う」と特定されることとなった。
このようにDSM-5ではPTSDの基準自体を重たくし、さらに解離タイプを加えたことでCPTSD を導入することで、事実上CPTSDの病理をPTSDに取り込んだ形になっていたのである。しかしその後に進められた臨床研究の産物として作られたCPTSDは臨床概念が確立するうえで意義深いものとなったと考えられる。
ここでWHOICD-11に関する公式ホームページの記載をもとに、CPTSDの診断基準について検討してみる。
 定義としては「逃れることが難しかったり不可能だったりするような、長く反復的な出来事(たとえば拷問、奴隷、集団抹殺 genocide campaigns、長期にわたる家庭内の暴力、幼児期の繰り返される性的身体的虐待)への暴露により生じる」とされる。そしてそれによりある時点でPTSDのすべての症状が見られ、またそれに加えて以下の症状により特徴づけられる。
1) 情動調節に関する深刻で広範な障害。severe and pervasive problems in affect regulation;
2) 
自分自身が卑小で打ちひしがれ、無価値であるという信念と、それに伴う深刻で広範な恥の感情。persistent beliefs about oneself as diminished, defeated or worthless, accompanied by deep and pervasive feelings of shame, guilt or failure related to the traumatic event
3) 
関係性を維持し、誰かと近しい関係にあるという感覚を持つことの困難さ。 persistent difficulties in sustaining relationships and in feeling close to others.
ここで注意を惹くのはCPTSDの原因としては、まず拷問や奴隷の状況が記載されており、小児期のトラウマはその次に登場している点であろう。つまり CPTSD は成人のトラウマによっても生じることになるのだ。さらにCPTSDの関連論文には以下の記載がある。
CPTSDPTSDDSOdisturbances in self-organization 自己組織化の障害)との二つのコンポーネントからなるという。そしてこのDSOは上に帰した1)~3)の部分が相当するが、それらはより簡略化して、以下のように表現される。AD: affective dysregulation 情動の調整不全 NSC: negative self-concept 否定的な自己概念DR: disturbances in relationships 関係性の障害
つまりDSOとはトラウマによりその人の感情や関係性や自己概念にかなり長期化する変化を被っているのであり、それは Herman が最初に提言したことでもある。

ちなみにCPTSDについての検討は特にDSM-5の発刊された2013年以降に欧州で進んでいるようである。そして2017年には国際トラウマ質問票International Trauma Questionnaire (ITQ)も発表された。それに従えば、23項目のうち7つがPTSDについて、16個がDSOについて問うていることになる。それらはいかにあげられる。まずPTSDについては、以下の三項目に分けられ、z
RE: re-experiencing 再体験
AV: avoidance of traumatic reminders 回避
TH: persistent sense of current threat that is manifested by exaggerated startle and hypervigilance 過覚醒
これをDSOの3項目と合わせると

CPTSD = PTSD RE+AV+TH + DSOAD+NSC+DRとなる。

さて、最近は疾病概念が正当な構成概念なのかがより厳密に問われる研究がなされ、ているが、その中にはCPTSDの患者と、深刻なPTSDではあるもののCPTSDとは分類されない人が明確に分けられるとしたものもあり(Brewin et al, 2017)。その結果としてCPTSDICD-11では正式の採用となったと言える。

Herman, J(1992). Trauma and recovery: the aftermath of violence - from domestic abuse to political terror. New York: BasicBooks. 中井 久夫:(1996) 心的外傷と回復.みすず書房.
Thanos Karatzias, et al2018 PTSD and Complex PTSD:ICD updates on concept and measurement in the UK,USA, Germany and Lithuania European Journal of Psychotraumatology,Eur J Psychotraumatol. 2017; 8(sup7): 1418103.