2018年8月31日金曜日

解離ートラウマの身体への刻印 26


 トラウマと自律神経の深いつながりについての研究に大きな貢献があったのが、メリーランド大学の Stephen Porges 1994年に提唱したポリベイガル polyvagal 理論 (重複迷走神経説、多重迷走神経説、などとも呼ばれる)であった。彼は従来光を当てられてこなかった腹側迷走神経の役割を解明したことで知られる。
ここで迷走神経についてのまとめ
頭蓋神経は12対あるが、その中では最長、唯一身体にまで長く伸び、結腸にまで及ぶ神経である。感覚機能と運動機能をつかさどる。
感覚機能:身体部分(皮膚、筋肉の感覚)と内臓部分に分かれる。そのほか内耳、外耳、喉、食道、肺、気管の感覚。
運動機能:咽頭、喉頭、軟口蓋の刺激、心臓の拍動の低下、消化管の不随意運動。
迷走神経の障害
迷走神経はあまりに長く、あまりに多くの部位に及んでいるため、その症状も多岐に及ぶ。失声、嗄声、飲むこと、咽頭反射、耳痛、吐き気、嘔吐、胃痛など。でもこれらのことはいつも言われていたことだ。

 この迷走神経とトラウマの関係を解明する上で大きな役割を果たしたのが、上述のポリベイガル理論である。ポージェスのこの理論の意義は、迷走神経が大きく分けて腹側と背側に分岐することを明らかにし、それぞれの系統発生学的な由来について整理したことにある。特に腹側迷走神経(VVC)は従来あまり注目されてこなかったが、それは人が通常は警戒しつつも生きていくうえで大切な部分であり、特に社会での生活の中で発達していくという。そして危機が訪れると、交感神経系を興奮させ、闘争逃避反応を起こす。しかしそれでも逃げられないとなると、背側迷走神経(DVC)が登場し、体をフリーズさせ、解離を起こさせるという。つまり今目の前で起きていることに耐えられずにスイッチしてしまう状態とは、このDVCが刺激されている状態というわけだ。ということはスイッチングの決め手になるのも迷走神経、ということなのだろう。
Porges, W. S (2011) The Polyvagal Theory. W.W. Norton & Company, New York USA
この論文の骨子は以下の通りだ。系統発生学によれば、神経制御のシステムは三つのステージを経ている。第一の段階は無髄神経系による内臓迷走神経 unmyelinated visceral vagus で、これは消化を司るとともに、危機が迫れば体の機能をシャットダウンしてしまう。第二の段階は交感神経系である。第三の段階は、有髄迷走神経 myelinated vagus で、これは哺乳類に特徴的で、環境との関係を保ったり絶ったりするために、心臓の拍出量を迅速に統御する。哺乳類の迷走神経は、顔面の表情や発話による社会的なかかわりを司る頭蓋神経と深く結びついている。自律神経は系統発達とともに形を変え、ストレスに対処するほかの身体機能、つまり副腎皮質、視床下部-下垂体-副腎系、オキシトシンとバソプレッシン、免疫系などと共に進化してきた。
基本的には無髄であった迷走神経は、哺乳類に進化することで、有髄の迷走神経が分岐し、成立した、というのだ。そしてそれも迷走神経核からしっかり出ているという。ポージス先生は、この新しい迷走神経、つまり腹側迷走神経(VVC)は通常は下位の、つまり古くからある交感神経系やDVC、つまり背側迷走神経を抑制しているが(昔から言われているジャクソン仮説だ)、ピンチの時は、この最新のシステムが停止してしまい、下位のシステムが働き出すという。