「倫理的転回」の動き
精神分析における技法の問題に、従来とは異なる視点が与えられることになったことは、精神分析における新しい動きにも反映されている。富樫は関係精神分析の流れにおけるいわゆる「倫理的転回」という概念を紹介する。倫理的転回 ethical turn とは、いわゆる「関係論的転回 relational turn」という概念と対になる形で提唱されている。関係論的転回においては、従来の精神分析的な理論が前提としていたような心の明確な構造体や組織がもはや存在せず、心を扱ううえでの共通した理論やそれに基づく治療技法が存在しないという理解に基づく、新しい心の理解であった。しかしそれに基づき治療者が具体的にどのように行動すべきかという指針は与えられていなかった。そして倫理的転回は、「精神分析の行動規範や価値観の展開」として言い表すことが出来るという。
勿論この倫理的転回が直ちに治療者にいかに振る舞うかという指針を提供するわけではない。しかしこれは確かにある種の視点の「転換」を意味するのであり、それは先に見た規範的な倫理から道徳的な倫理への視点の転換とほぼ重ね合わすことが出来るであろう。
このことは幾つかの倫理綱領が異口同音に示している項目、すなわち理論に左右され過ぎてはならないという項目とも一致するのである。
富樫公一 (2016) 精神分析の倫理的転回 -間主観性理論の発展 臨床場面での自己開示と倫理 関係精神分析の展開 岩崎学術出版社