2026年7月9日木曜日

甘え 推敲 3

土居は次のような表現をしている。まず日本人は主格分離を何とかして否定しようとする甘えの方向に常に働く。ところが欧米人は主格分離を建前とするので甘えを否定し、基本的本能的欲求としての甘えの概念に到達出来なかったのだ。(土居、甘えをめぐって精神分析研究 選集2 Vol.14, No3,1968 P120)

 わかり易く言うと、日本人は甘え合う文化であり、それを是とする。ところが西欧文化ではこれを否定する。つまり自分と他者は分離しており、甘えのような両者の融合を目指すようなことは建前上否定する。ところが本心は甘えの願望を持っている。それを彼らは抑圧しているのだ、というわけである。  結局甘えとは何かということについては、私はかつて以下のようにまとめている。

相手に対して持つ欲求を、こちらから求めることなく、相手から先に、積極的に満たして欲しいという願望。  これに尽きるであろう。ではこのような「甘え」はなぜ生じるのか? これも当たり前すぎるような疑問である。こちらから要求して満たしてもらってもあまりうれしくない。それは無条件の愛ではなく「条件付き conditional 」な愛だからである(岡野,1999,Okano,2024)。問題はこれは日本人だけが思うことだろうか?ということだが、ここら辺は土居も一刀両断なのである。

岡野憲一郎(1999) 甘えと「純粋な愛」という幻想 北山修 編(1999)日本語臨床3「甘え」について考える に所収

Okano, K(2024)Passivity in amae relationships and the fantasy of “unconditional love” in The Journal of the Japan Psychoanalytic Society, Vol.6 39-47.