2025年4月15日火曜日

不安とパニックと精神分析 推敲 2

 パニックや不安の生理的なメカニズム

 フロイトは不安についてリビドー論的な理解を示したが、それは現代におけるパニックや不安についての脳生理学的なメカニズムの理解とどのように関係しているのであろうか。

 パニックと不安についての力動的な臨床を考えるうえでその生物学的な基盤を合わせて理解するためにコゾリノの論述を参考にしよう。本書(Louis Cozolino (2002) The Neurosciene of psychotherapy ― Builidng and Rebuilding the Human Brain. W.W. Norton and Company. (邦訳あり))は少し古いとはいえこのテーマにとって最良のテキストと言える。 

 コゾリノはパニックにおいては人はしばしばストレスや葛藤とパニックの関連性に気が付かないが、それはその関連性が無意識レベルに存在するからだとする。(ただしコゾリノは実際には「無意識レベル」と言う代わりに「神経的な隠れ層 hidden neural layers」にある(p243)と表現している。つまり彼の中ではこの20年以上前のテクストで、すでにニューラルネットワークと心を同一視しているのである。)

 コゾリノはパニックは内的、外的な刺激が引き金となるが、そこに扁桃体と、海馬―皮質(特に眼窩前頭皮質 OFC)ネットワークが関与しているとする。そして刺激に対して扁桃体が興奮するわけであるが、それは偏桃体が有する「一般化 generalization の傾向」が発揮されることにより、恐怖刺激に類似した刺激によって広く反応するようになり、それがパニックであるとする。ただし海馬―皮質ネットワークはその扁桃体を抑制する作用があるとする。

 ところで人間は生下時には扁桃体は機能しているが、海馬―皮質によりその過剰な興奮が抑制されることがない。すると生まれて初期のパニックは、それこそ圧倒的かつ全身体的な体験 overwhelming and full-body experiences となる。そしてその体験は決して皮質に記憶としては保存されず、後になって直感的な知識 intuitive knowledge として立ち現れるという(p245)。この様に理解するならば、パニックとフラッシュバックはやはり同根、ということになる。

 コゾリノは扁桃体に影響を与える要因として、青斑核の果たす役割についても論じる。これもパニックを考える際に極めて重要だ。青斑核は脳の中で一番広範囲に投射されている部位で、ノルエピネフリンの生産拠点であり、要するに非常事態で脳や交感神経系を介して体全体にアラームを鳴らす役割をする。(実際に解剖の実習でも、青斑核はその名の通り染色なしでうっすら青い色をしていたのを覚えている!!)青斑核は情動体験が生じた際に、扁桃体の記憶回路に「print now (トラウマ記憶を作成せよ)!」という命令を送る。これは海馬―皮質経路があまり活動していない時にでも生じる。つまり夢の刺激であってもFBが生じることになり、その意味でも実質上パニックとFBは区別がつかないと言えるだろうか。

ここで少しわかりにくいので整理しよう。恐怖刺激→扁桃体中心核→青斑核→青斑核から扁桃体に「トラウマ記憶を作成せよ!」という双方向性の連絡が生じることになる。そしてこれに関連して速いシステムと遅いシステムの話になる。

〇 タクソンシステム taxon system(=速いシステム、または扁桃システムamygdaloid system)スキルやルールや刺激―反応の連環を獲得し、それ自身はコンテクストフリーであるという。つまりその学習に関連して時間や場所が記憶されるわけではない。そしてもちろん第一義的に無意識的だ。そしてこれが手続き的、ないし暗示的記憶に関わる。それにくらべて 〇 ロカールシステム locale system (=遅いシステム、海馬―皮質経路を中心とする)は認知マップや時系列的な記憶、意識的な表象に関係する。正常の、トラウマのない養育においては、これらの二つのシステムは連結されている。ところがトラウマ的な幼少時を送ると、これらが解離するのである。