ところでこの論文には症例が出てくるが、それを読む限りは一般の精神分析的精神療法と大した違いは感じられない。患者は54歳の男性の会計士だが、彼自身のクライエントが攻撃的だとパニック症状や不安が誘発される。特にクライエントが法律すれすれの会計処理を患者に迫ることで、患者は自分が何か悪いことをしているのではないかという罪悪感にさいなまれる。しかしクライエントの言うことを聞かないと今度はクライエントが自分のもとから去ってしまうのではないかと不安になるのだ。 この患者の社会生活歴においては、彼の父親もまた彼に対して高圧的な態度やいじめに近い接し方をしていたという。しかし治療が進むにつれて、患者の彼自身のクライエントたちに対するいらだちや、父親に対する深刻な怒りの問題が明らかになった。患者はそれを意識したり表現したりすると「厄介なことになる」のを恐れていたのだ。 患者はある時父親に関連した用事のためにセッションをキャンセルする必要があったが、それが治療者の怒りを買うのではないかと心配し、葛藤をしつつそれを告げた。しかしその時の治療者の態度がそっけなかったと感じられたことに不満や怒りを表明するに至った。 さらに患者は終了間際のセッションが予定通りの短いフォーマットであったことに怒り、不満を表明した。そのことは契約した当初から告げられていたにもかかわらず、である。そして患者は「自分は一種のいじめを受けているのだ」と表明したが、それは父親から受けていた仕打ちと似ているということが分かった。そして治療が終わると、彼のパニック障害やそのほかの不安は大きく改善したとある。 このプロセスで印象的なのは、治療の記録を読む限り、普通の分析的な精神療法とあまり変わらないということだ。治療者は患者に自由に話してもらい、その転移について扱う。そしてこのケースに見られたように患者の様々な症状の背後に抑圧された攻撃性や性愛性を見出すという伝統的な考えに沿ったものという印象を受ける。ただしプロトコールには、治療者はパニックや不安に関連した葛藤や分離の問題を繰り返し扱うのだということが記されているのだが。 この研究はコントロールとしての、24セッションの応用弛緩法 applied relaxation therapy との比較において行われる。この研究に出てくるPSRF (panic-specific reflective functioning パニックに特化した内省機能)というスケールが興味深い。つまり患者がパニックに関わるその他の感情にいかに内省的かを測る指標であり、それはこの治療の前後で明らかに下がっているというのだ。このようなスケールを用い、その点数が下がり、また患者のパニックやその他の不安症状が低下したという報告を読む限りは、パニックや不安が「抑圧された様々な感情の表れ」であるという仮説を受け入れざるを得ないであろう。その意味でうまくデザインされた研究だ。