2024年7月21日日曜日

PDの臨床教育 推敲の推敲4

 パーソナリティ特性について

 さてここからはパーソナリティ特性の問題についての解説だ。ディメンショナルモデルでは、まずPDをジェネリックなものとしてまとめ一つにしてしまい、それのあるなし、をまず示すということになったが、これは大胆な発想といえる。しかしそこに何らかの特徴を指定することになっている。ちょうどこれまでは10種類の、それぞれが色々なフレバーを含んだソフトクリームを発売していたが、これからバニラ味に統一して、そこに一種類以上のフレバーを指定するようになったようなものである。そしてその特性として挙げられるのが、DSM-5では否定的感情、離隔、対立、脱抑制、精神病性。ICD-11では否定的感情、離隔、非社会性、脱抑制、制縛性の5つだ。両者は一見同じような5つをしているようだが、よく見ると3つを除いて少し異なっている。しかしここではそれに触れないでおこう。

ディメンショナルモデルに馴染みなない人は、この5つの特性に多少なりとも戸惑うはずだ。いきなり「脱抑制」と言われても何のことかわからないだろう。とくにDSM-5ではその対立概念が掲げられていて、脱抑制⇔誠実性しかもその対立概念が「誠実性」だ、つまり脱抑制とは誠実性の反対だと言われても当惑するばかりであろう。つまりこれらのフレバーはその意味を理解していない限りは、直感的にその人の性格を理解することには役立たないであろう。例えば「あの人は自己愛的だ」「あの人は反社会的だ」「冷たい人だ」というような直感的に分かるフレバーとは言えないであろう。

しかし一般心理学において人の性格を類型化しようと因子分析を行った研究の先駆けとしては、Raymond Cattelはそれよりも多くのものを考え、Hans Eysenck は3つを考えたという。しかし結局は5つに集約され、それらの「因子」として浮かび上がってきたのが、いわゆるビッグファイブと言われるこれらの因子だったのである。


ここでDSM-5の5つの特性を取り上げ、以下にかみ砕いて解説しよう。


1.情緒安定性 ⇔ 神経症性(否定的感情) 

 これは普段から気持ちが安定していて落ち着いているという傾向 ⇔ 情緒不安定で、怒りや悲しみなどの負の感情を体験しやすいという傾向である。ここで「否定的感情」のかわりに「肯定的感情」を考えたなら、喜びや安心感ということになるが、それらを体験している人は結局は「物事に動じず、情緒が安定している人」ということだ。この情緒安定性 ⇔ 神経症性(否定的感情) は比較的わかりやすい特性である。しかし情緒不安定性を神経症傾向と言い換えている点は多少分かりにくいであろう。


2.外向性 ⇔ 内向性(孤立傾向)

人と交わることを好むか、孤立を好むかという対立軸で、これもわかりやすい。そしてこれは1.肯定的、否定的感情の問題とは別の話だ。感情的な起伏の大きい人が他人を巻き込む場合には、かなり迷惑な存在になるだろう。他方では人とはあまり交わることを好まず、一人での活動に満足する人もいるであろう。だから1,2を独立変数的に扱うことに問題はないであろう。

3.同調性 agreeableness ⇔ 対立 antagonism

人と和するか、それとも対立するかという軸であるが、これについては次のような疑問が生まれるであろう。「人と同調しやすい人は、外向性も高いということになりはしないか?」「孤立がちな人は、人と和する傾向がそれだけ低く、より対立的と言えないだろうか?」すなわち2,3はある程度相関があるのではないだろうか。

4.脱抑制 disinhibition ⇔ 誠実性 conscientiousness

実はこれが一番わかりにくい気がする。脱抑制的な人は思い付きで行動し、感情表現をする。衝動的、と言ってもいい。「誠実」な人はルールを守り、周囲に迷惑をかけないという意味であろう。ところでこの後者のconscientiousness を「誠実性」と訳しているわけだが、もっとピッタリなのは「思慮深さ」ではないだろうか。あるいは入念さと言ってもいい。

5.精神病性 ⇔ 透明性 lucidity 

これも用語としては分かりにくいであろう。精神病性とは奇抜さや奇妙な思考を意味する。そしてそれに対立する透明性とはlucidity の訳であるが、これは殆ど誤訳に近いと言える。lucid で英和辞典を引くと、1澄んだ,透明な.の2頭脳明晰な.の次に3わかりやすい,明快な.とある。つまり明快で誰にでも理屈が分かるという意味だ。だから「明快さ」がより適切な訳語と言える。