2023年1月8日日曜日

発達障害とPD 6000字→2400字に

 一昨日脱稿したかのように見えた「発達障害とパーソナリティ障害」の原稿、実は2400字の規定をはるかに超えた6000字あった。そこで昨日一日かけて2400字に圧縮。とても無理と思ったが人間やればできるものである。


発達障害とパーソナリティ障害の鑑別の仕方

                                     本郷の森診療所・京都大学

理論的背景

発達障害(本稿では特に自閉スペクトラム症を念頭に置いてASDと表記する)とパーソナリティ障害(PD)の鑑別診断は多くの臨床家にとって答えに窮する問いでもある。たしかに私たちは対人関係が希薄で孤立傾向を有する人々出会う際、このどちらかに迷うことが多い。

そもそもPDは「青年期又は成人早期に始まり、長期にわたり変わることなく、苦痛又は障害を引き起こす内的体験及び行動の持続的様式である」(DSM-5)とされてきた。しかしDSM-5の第Ⅲ部に掲載されたPDの「代替案」やICD-11に見られるディメンショナルモデルによる分類は、パーソナリティを構成する因子群(例えば5因子モデルのそれ)に基づくものであり、多分に先天的、遺伝的なニュアンスを含むことになる。他方で発達障害は、先天的な要素が重視されることは言うまでもない。つまり現代的なモデルでとらえられたPDASDは、その病因論の側面からもかなり近縁関係にあることになるのだ。

まずASDとの鑑別でしばしば問題となるのが、スキゾイドPDである。DSM-Ⅲ1980)ではボーダーラインPD,自己愛PDなどに並んでこれが挙げられていた。しかし英国の対象関係論的なスキゾイドの概念においては背後にアクティブな情緒の存在が前提とされていたのと比較して、DSMにおけるスキゾイドPDはあたかも感情そのものが欠如しているような、ちょうど「スタートレック」に登場するミスター・スポックを彷彿させるロボット的存在として描かれていた。

このスキゾイドPDはやがて実際の臨床場面ではあまり診断されることがなくなっていったという事情がある。ASDの概念が脚光を浴びるようになり、対人関係が希薄で孤立傾向を有する人々の診断をする際にこのASDを念頭に置くと、かなり多くが当てはまることに臨床家たちが気付き始めた。そしてその分スキゾイドPDが診断される機会が減ったのだ。またDSM₋Ⅲ以降社交不安障害が掲載されたこともあり、孤立傾向のある一見スキゾイド風の人々が実は対人不安や回避傾向を有しているという理解が深まったこともある。その結果として2013年のDSM-5の作成過程ではスキゾイドPDという診断は削除されるべきとの案もあったという。
 こうしてDSM-5の「代替案」やICD-11からスキゾイドPDの姿が消えることになったが、その代わりにクローズアップされるようになったのがスキゾタイパルPDである。スキゾタイパルPDは「関係念慮、奇妙な、ないし魔術的思考、錯覚、疑い深さ、親しい友人の欠如、過剰な社交不安」(DSM-5)を特徴とするものとして定義された。そして現在ではASDとの鑑別としてスキゾイドPD,スキゾタイパルPD、更にはボーダーラインPDも論じられるようになっているのだ。

海外の文献ではASDとスキゾイド/スキゾタイパルPDとの違いについてはToM(セオリーオブマインド、心の理論)ないしは社会的認知をめぐる研究が見られる。Booules-Katri TM, Pedreño C, et al. (2019) は両者における社会的認知の欠陥の程度を調べたところ、advanced ToMというテストの情緒コンポーネントと認知コンポーネントに関し、ASDでは両方が低かったのに対し、スキゾイド/スキゾタイパルPDでは明らかに認知コンポーネントが低かったという。またStanfield AC, Philip RCM, et al. (2017)はfMRIASDとスキゾタイパルPDの社会的認知を調べ、扁桃核の興奮が後者で見られたと報告した。すなわちスキゾタイパルPDではミスター・スポックとは異なり感情は動いているということを示していることになる。

ASDとボーダーラインPDも研究されている。Dudas RB, Lovejoy C. et al. (2017) によれば、AQテストでは、ボーダーラインPDの人はASDの人たちほどではないが高いスコアを示した。つまりはボーダーラインPDもスキゾイド/スキゾタイパルPDと同様にある程度の社会的認知の低下が見られたということである。

結論

関係が希薄で孤立傾向のある人の大多数は、他人に関心がないのではなく、むしろ他人との関係の中で違和感や不安や恐れを抱き、そのストレスの為に人から距離を置く傾向にある。それはASDPDの両方に言えるが、おそらく両者では異なるタイプの対人スキルの問題を抱えているものと考える。ここでは上述の議論を踏まえ、ToMや社会認知の能力の欠如と対人恐怖心性について考えることが出来る。まず社会認知の能力とは、対人場面において場の「空気」を読む力である。これはお互いが何を考え感じているかを察知する能力である。これが不足していると、阿吽の呼吸が成立せずに対人場面は余計に居心地の悪いものとなる。これはASDで深刻に問題となっているが、スキゾイドPD、スキゾタイパルPD、一部のボーダーラインPDでも障害されている可能性がある。

対人スキルのもう一つの問題は対人恐怖心性と結びついている。人には他者に見られても構わない(見せたい)部分と見せることを望まない(隠したい、恥と感じる)部分がある。そして前者だけを相手に見せ、後者を巧みに隠すことが出来れば、対人場面での恐怖や不安は減少し、それだけ高い対人スキルを備えていることになる。逆にそれが上手く行かなければ人と接することで恥ずべき自分の漏れ出しが生じてしまうために孤立することでそれを回避せざるを得ない。これはスキゾイド・スキゾタイパル、回避性PDや社交不安障害に見られる問題である。

結論としては対人関係が希薄で孤立傾向を有する人の場合、それが幼少時から見られる社会認知の障害までたどることが出来る場合にはASDの可能性が高いことになる。また思春期以降に孤立傾向が明らかとなった場合には、社交不安傾向を伴うPD群が考えられ、その際どの程度社会認知を伴っているかによりその深刻さが決まってくると考えられるだろう。

 

参考文献

 Booules-Katri TM, Pedreño C, et al. (2019) Theory of Mind (ToM) Performance in High Functioning Autism (HFA) and Schizotypal-Schizoid Personality Disorders (SSPD) Patients. J Autism Dev Disord. 49(8):3376-3386.

Dudas RB, Lovejoy C, Cassidy S, Allison C, Smith P, Baron-Cohen S. (2017) The overlap between autistic spectrum conditions and borderline personality disorder. PLoS One. 2017 Sep 8;12(9):e0184447. 

織部直弥、鬼塚俊明 (2014) シゾイドパーソナリティ障害/スキゾイドパーソナリティ DSM-5を読み解く5神経認知障害群、パーソナリティ障害群、性別違和、パラフィリア障害群、性機能不全群 神庭重信、池田学 編 中山書店 2014 pp171-174.

Stanfield AC, Philip RCM, et al. (2017) Dissociation of Brain Activation in Autism and Schizotypal Personality Disorder During Social Judgments. Schizophr Bull. 43(6):1220-1228.