2026年1月7日水曜日

PDの精神療法 新たに書き直し 2

 10の留意事項 

PDに対する心理療法を行うにあたり心がけておくべきことをGabbard2017)は実証的な研究と脳科学的な研究からいくつかの項目をあげて論じている。これらは主としてBPDの治療に向けられたものであるが、広くPD一般に通じるものと考えられる。またどのような治療のモダリティについてもおおむね妥当なものと考える。これら筆者が必要と感じる項目を加えて以下に述べる。

1.柔軟性を保持すること
 治療者が自らの治療指針を持つのは大切であるが、それまでの訓練に基づいて身に着けたアプローチの仕方や治療技法は、具体的な患者のニーズに合わせて柔軟に用いるべきであろう。洞察を促す探索的なアプローチと、安全で安心な治療関係を促進する支持的なアプローチはその時々で臨機応変に使い分けられるべきである。BPDの治療に際しては治療者が情緒的に揺さぶられることも多く、治療構造を守ることの重要性は言うまでもない。患者の求めに応じて治療構造を崩すことは時には悪性の退行を促進するが、それを警戒することで初心の治療者が過剰に防衛的になる傾向には気を付けなくてはならない。治療者の防衛的な態度は患者にとっては冷淡で反応に乏しいと思われがちになる。精神療法はいわば治療者と患者との「ダンス」であり、そこで患者が持ち込む様々な関係性のパターンを治療者は体験することになるが、それに押し流されることなく、治療者が自発性を発揮することも意味がある。


2. 精神療法を実行するための設定を確立すること

 治療の開始に際し、治療関係が患者にとっても治療者にとっても安全が確保されるべきものとなるように、いくつかの設定や約束事を行うことは重要である。守秘義務が守られるという保証を与え、料金の支払いや時間の設定が守られるべきこと(いわゆる「限界設定」)、また患者の差し迫った自殺や他害の危険性に対しては警察への通報や入院の手配も必要となる可能性があることを伝えておく。セッション間の電話などによる通信に関しては治療スタイルにより異なる対応がなされるが、遅刻ややむを得ぬキャンセルの通知なども含めた緊急時の連絡が可能な何らかの手段を設けておく必要があろう。そのことは患者が治療者に理解され抱えられる感覚を得るためには重要である。これらの設定を設けることは、治療者が恣意的ないしは懲罰的に患者に対する限界設定を行っているという誤解を防ぐ意味でも重要である。

3.受け身的なスタンスを回避すること
 
 治療者は受け身的なままにとどまらず、患者が目をそらそうとしていることに注意を促す必要がある。治療者は患者に、変化を起こすためには努力が必要であるということを伝え、よりよい刺激や現実の提供を行うことに治療者は積極的であるべきである。そして患者が自分の心について、そして他者の気持ちについて考えることへの努力が必要である点を強調する。ただしこのことは患者の過去のトラウマの記憶への直視を促すことを必ずしも意味はしない。(第10か条に関連)

 4.治療者は「悪い対象」となるという役目も引き受ける用意を持つこと

 患者の多くはわずかな切っ掛けに反応し、治療者に怒りを向けることがあることがあり、特にBPDにおいては半ば生物学的に定められていることでもある。治療者は客観的、中立的な存在のままでいたいという願望を放棄し、言わば「程よく悪い対象 bad-enough object」となることをいとわないことも重要である。患者から怒りや攻撃性を向けらた時に最低限の情緒反応を有する「生きた人間」としての姿を保つことで、無反応な治療者を力ずくで動かしたいという患者の試みを回避することが出来るかもしれない。ただし治療者は自らが感情的になりすぎていたことに気が付いた時点で、その旨を患者に伝えるだけの心の余裕も持たなくてはならない。


5.患者の怒りの背後にある痛みに共感すること
 患者からの挑発に怒りで返すことは、BPDの患者の過去において繰り返された対象関係に加担することになる。むしろその背後にある患者の傷付きに注目すべきである。従来の精神分析的な考え方では、患者が本来有する攻撃性を指摘し解釈することが有効であるとされるが、これには多くの例外がある。特に患者のトラウマや自己愛の傷つきがその怒りの背後にあることを見出すことで、治療者は患者の怒りが自分への個人攻撃ではないことに思い至り、それらへの共感を示すことで、治療関係が情緒的な意味での「相転移」を起こすことがあることを知るべきである。