CPTSD
CPTSDにおいてはいわゆる自己組織化の障害(Disturbance of Self-Organization、以下DSO)すなわち感情のコントロール困難、否定的な自己概念、対人関係の困難が診断基準として謡われている。これは患者の自己イメージ、感情、他者との関係性に関する障害を意味する。CPTSD自体はパーソナリティ障害とは分類されないが、患者はそれに近い傾向を備えているとみなすことが出来、またこれらのDSOの傾向はトラウマを経験した患者の多くが多かれ少なかれ示すものと考えられるために我が国に紹介されたものを二つ紹介しておく。
ピート・ウォーカーPete Walker は自身がCPTSDの体験を持ち、治療者としても長年このテーマに取り組んできた立場から、CPTSDは単なる「反応」ではなく、持続的な対人侵害や見捨てられ体験を反映した習慣性の反応として理解されるべきだとする。そしてCPTSDの典型的な特徴として、感情調整困難・自己価値の低下・対人関係での不安・羞恥・怒りの爆発などを挙げる。これはPTSDの標準的症状(再体験・回避・過覚醒)を超えて、人格や相互関係のあり方全体を変える影響を持つとする。ウォーカーは、CPTSDの回復において次のような要素を重視している。それは安全な治療関係(安全基地の提供), 感情フラッシュバックの理解と管理などである。またCPTSD特有の emotional flashbacks(感情的フラッシュバック)は、過去の関係パターンに侵されるように現在の生活に現れる。これを理解し、自覚→距離化→対応スキルへとつなげることが治療の中心となる。
ウォーカーはCPTSDの多くの問題を「アタッチメントの不全」と関連づけている。これは、幼少期の不安定なケア経験が人間関係の学習機会そのものを奪った影響として説明される。身体面や情動面への介入 ただ認知を変えるだけでなく、身体感覚・情動体験を統合し、自分自身を取り戻すプロセスが中核にある(実際のスキルとしてはジャーナリング、呼吸や緩和技法、情動ラベリング等が用いられる)。
Walker, P (2013) Complex PTSD: From Surviving to Thriving: A GUIDE AND MAP FOR RECOVERING FROM CHILDHOOD TRAUMA. CreateSpace Independent Publishing Platform. 牧野 有可里,池島良子訳 複雑性PTSD(2023) 生き残ることから生き抜くことへ 星和書店.
アリエル・シュワルツ(Arielle Schwartz)はCPTSDに対する統合的・身体と心をつなぐ治療モデルを提示している。彼女は複数の治療技法を組み合わせた マインドボディアプローチを提案する。 シュワルツのアプローチは、CPTSDをただ認知の問題としてではなく、身体の反応と精神の連動として治療することに重きを置く点が特徴的である。トラウマは単に思考や感情の問題ではなく、自律神経や身体感覚に刻まれているという立場から、マインドフルネス、ポリヴェーガル理論の応用、身体介入などを統合する。
Schwartz,A (2021) The Complex PTSD Treatment Manual: An Integrative, Mind-Body Approach to Trauma Recovery, Pesi. (野坂 祐子訳(2022)複雑性PTSDの理解と回復ー子ども時代のトラウマを癒すコンパッションとセルフケア 金剛出版)