2025年10月16日木曜日

解離症の精神療法 推敲 1

 本章は解離症の精神療法というテーマで論述を行う。ICD-11の分類では解離症は機能性神経症状症または変換症を含むが、それらは次章の「身体症状症」で論じられるため、ここでは解離性同一性症 (dissociative identity disorder、以下 DID)、および解離性健忘の中でも解離性遁走(dissociative fugue、以下 DF)について主として扱うこととする。

1.解離症の患者との初回面接 

 初回面接における出会い

解離症の初回面接においては、患者は面接者が自分の訴えをどこまで理解してもらえるかについて不安を抱えていることが多い。DIDの患者はすでに別の精神科医と出会い、解離性障害とは異なる診断を受けていることがある。またそのような経験を持たなかった患者も、その症状により周囲から様々な誤解や偏見の対象となっていた可能性がある。面接者は患者にはまずていねいにあいさつをし、初診に訪れるに至ったことへの敬意を表したい。
 解離症の患者が誤解を受けやすい理由は、解離症状の性質そのものにあると考えられる。DIDのように心の内部に人格部分が複数存在し、一定の時間異なる人格としての体験を持つことなどは、私たちが持つ常識的な心の理解の範囲を超えている。そのためにあたかも本人が意図的にそれらの症状を作り出したりコントロールしたりしているのではないか、それにより相手を操作しようとしているのではないか、という誤解を生みやすい。そして患者はそのような体験を繰り返し持つ過程で、医療関係者にさえ症状を隠すようになり、それが更なる誤解や誤診を招くきっかけとなるのだ。
 初診に訪れた患者に対してまず向けられる質問は、患者の「主訴」に相当する部分であろう。筆者の経験ではそれは「物事を覚えていない」「過去の記憶が抜け落ちている」などの記憶に関するものが多い。それに比べて「人の声が聞こえてくる」「頭の中にいろいろな人の映像が浮かぶ」などの幻覚様の訴えは、主訴としてはあまり聞くことがないが、これらも解離症の存在を示す重要な訴えである。

現病歴を聞く

解離症の現病歴は、社会生活歴との境目があまり明確でないことが多い。通常は現病歴は発症した時期あるいはその前駆期にさかのぼって記載されるが、それが幼少時のトラウマ体験に関わっている場合には、すでに物心つくころには症状の一部は存在している可能性がある。それらは幻聴であったり異なる人格の存在を感じるという体験であったりするだろう。ただし通常は現病歴の開始を、日常生活に支障をきたすような解離症状が顕在化した時点におくのが妥当であろう。