2025年10月15日水曜日

解離症の精神療法 7

  第3段階 統合とリハビリテーション、コーチング

この段階での「統合」は文字通りの人格間の統合というよりは、残った人格どうしが協力し合い、より生産的な人生を歩むようになった状態と理解すべきであろう。順調に治療が進み、回復へのプロセスを辿った場合、治療は現実適応を目指したリハビリテーションの段階になり、頻回の治療はおそらく必要がなくなっていくであろう。しかし定期的な診察やカウンセリングにより状態の改善具合や家族との関係についてのコーチングを継続することの意味は大きい。また患者がうつ病などの併存症を抱えている場合には、精神科受診による投薬の継続も必要となろう。
 DID の患者がどのような家族のサポートを得られるかは、非常に重要な問題と言える。なぜならDID の症状の深刻さは基本的には日常的な対人ストレスのバロメーターと言えるからだ。有効な治療的な努力が行われていても、患者が暴力や暴言に満ちた環境で過ごす限りは、その効果は半減してしまうだろう。また患者のパートナーや同居者が一度は治療的な役割を担っても、早晩その自覚を失ってしまう可能性もある。その意味では継続的なカウンセリングは、よい治療結果を維持するという目的もあるのである。
  DID の治療においてしばしば遭遇されるのは、多くの、あたかも「自然消滅」していくかのような人格部分の存在である。それらの人々がことごとく過去の外傷体験についての除反応を起こしているとは思えない。DID の治療は多くの偶発的な出来事に左右され、治療者の思い描く治療方針通りに進まないことが多い。治療者は患者の身に降りかかるライフイベントや交代人格の予測可能な振る舞いに対応しつつ柔軟な姿勢を失わないことが重要であろう。

 ● グループ療法

これまでの記述は個人療法に関するものであったが、DIDの患者を対象とする均一グループによる治療も治療的な意味を持つ。ただし患者はほかの患者が語る過去のトラウマの体験に対して非常に敏感に反応し、フラッシュバックや人格の交代が誘発される場合が多い。またそれぞれの患者が持つ別人格同士の言語的、非言語的交流というファクターを考えた場合、治療者の側の扱える範囲を超えた力動が生じる可能性がある。考え方を変えるならば、DIDの治療はたとえ一人の患者を扱っている際もそれが一種のグループ療法としての意味合いを持っていることになる。そこで個人療法がある程度ペースに乗り、治療の第3段階を迎えた際に初めて本格的なグループ療法が可能であると考えられる。

● 入院治療

患者の自傷行為や自殺傾向が強まった場合、ないしは人格の交代が頻繁で本人の混乱が著しい場合などには、一時的な入院治療の必要が生じるであろう。入院の目的としては、患者の安全を確保し、現在の症状の不安定化を招いている事態(たとえば家族間の葛藤、深刻な喪失体験など)があればそれを同定して扱い、もとの外来による治療を再開できるようにするなどのことが考えられる。

解離性障害の入院治療の意義としては、病棟による安全性が保たれることで、患者の退行を懸念する必要もそれだけなくなり、より踏み込んだ治療が行える可能性が生まれることがあげられる。外来治療においては特定の人格部分のまま治療を終える事が出来ない場合、実質的にその人格部分を扱う時間は非常に限られるが、入院治療においてはその限りではない。また入院中に家族を招いてのセッションなどが可能な場合もあろう。

 現在の我が国の精神科病棟での解離性障害の治療の在り方を考えた場合、その治療の多くが短期間の安全の提供や危機管理、症状の安定化に限られる傾向にある。しかし長期の入院の期間が経済的その他の理由で可能であれば、注意深く外傷記憶を扱ったり、攻撃的ないしは自己破壊的な人格部分を扱うことも可能となる。またトラウマや解離性障害を治療するような特別の病棟があった場合にはなおのこと、治療効果を発揮するであろう。