2025年10月17日金曜日

解離症の精神療法 推敲 2

  解離症の現病歴を聴きとる際に特に注意を払うべきなのは記憶の欠損である。初診面接では器質性疾患が疑われない患者に記憶の欠損の有無を問うことは忘れられがちであるが、それが解離症の存在の決め手となることが多い。人格の交代現象や人格状態の変化は、しばしば記憶の欠損を伴い、患者の多くはそれに当惑したり不都合を感じたりする。しかし患者も周囲もそれを「もの忘れ」や注意の散漫さに帰することが多い。面接者の尋ね方としては、「一定期間の事が思い出せない、ということが起きますか? 例えば昨日お昼から夕方までとか。あるいは小学校の3年から6年の間の事が思い出せない、とか。」「知らない間に自分が遠くに行ってしまったことに気が付いたことはありませんか?」などが適当であろう。  交代人格の存在に関する聴取はより慎重さを要する。多くの DID の患者が治療場面を警戒し、交代人格の存在を安易に面接者に知られることを望まないため、初診の段階ではその存在を探る質問には否定的な答えしか示さない可能性もある。他方では初診の際に、主人格が来院を恐れたり警戒したりするために、かわりに交代人格がすでに登場している場合もある。診察する側としては、特に DID が最初から疑われている場合には、他の人格が背後で耳を澄ませている可能性を考慮し、彼らに敬意を払いつつ初診面接を進めなくてはならない。「ご自分の中に別の存在を感じることがありますか?」「頭の中に別の自分からの声が聞こえてきたりすることがありますか?」等の質問の仕方が可能であろう。  自傷行為については、それが解離症にしばしば伴う傾向があるために、特に重要な質問項目として掲げておきたい。「カッティング」(リストカットなど自傷の意図を持って刃物で自分の身体を傷付ける行為)は、それにより解離状態に入ることを目的としたものと、解離症状、特に離人体験から抜け出すことを目的でとしたものに大別される(岡野、2007)。いずれの目的にせよ、そこに痛覚の鈍磨はほぼ必ず生じており、その意味では繰り返される自傷行為は知覚脱失という意味での転換症状の存在を疑わせるだろう。  DIDにおいてはFNSを疑わせる他の身体所見にも注意を払いたい。感覚や運動症状が突然生じては止み、脳神経内科的な所見がみられない場合などは特にその可能性がある。視力喪失、失声、手足の一時的な麻痺等は、ストレスに関連してしばしば聞かれる。    それ以外にも知覚の異常、特に幻聴や幻視があるかどうかも解離症の診断にとって重要な情報となる。その際幻聴が人生の早期から生じていたり、声の主を本人がある程度同定できる場合は、それが解離性のものであると判断する上で重要な手がかりとなる。また幻視は統合失調症では幻聴に比べてあまり見られないが、解離性の幻覚としてはしばしば報告される。それがイマジナリー・コンパニオン(想像上の遊び友達←DSM5の訳語)のものである場合、その姿は外界の視覚像として体験される場合もある。  なお解離症の存在をより詳しく知るためには 患者にDES(解離体験尺度)を記入してもらうことも有用であろう。(田辺) 生育歴と社会生活歴

 解離症の患者の多くに過去のトラウマや深刻なストレスの既往が見られる以上、その聞き取りも重要となる。特にDID のように解離症状がきわめて精緻化されている場合、その症状形成に幼少時の深刻な体験が深く関連している可能性がある。ただしトラウマの体験やその記憶の聞き取りは非常にセンシティブな問題を含むため、その扱い方には慎重さを要する。特にDID において幼少時の性的トラウマをはじめから想定し、いわば虐待者の犯人探しのような姿勢を持つことは勧められない。またDID において面接場面に登場している人格が過去のトラウマを想起できない場合や、家族の面接からも幼少時の明白なトラウマの存在を聞き出せないこともまれではない。さらには幼児期の出来事のうち何がどの程度のインパクトを持ったストレスとして体験されるかは、大きな個人差がある。繰り返される両親の喧嘩や、親からの厳しい叱責や躾けが、解離症状につながるような深刻なトラウマを形成することもしばしばある。
 成育歴の聞き取りの際には、さらにそのほかのトラウマやストレスに関連した出来事、たとえば転居や学校でのいじめ、登下校中に体験した性被害、疾病や外傷の体験等も重要となる。