実際に実験室で人間がラットとの間でRTPを行い、その間のラットの脳に起こる様々な変化を記録するという試みがなされる。それらを見るとラットは人間にくすぐられたり、追いかけられたりすると夢中になり、キャーキャーと嬌声を上げる様子がわかる。ただ私たちラットの嬌声の周波数は超音波レベルなわけで、私たちはそれを直接聞き取ることはできないということである。 このRTP、すなわちジャレ合いの研究は私たちにある希望を抱かせたことも付け加えなくてはならない。それは人間においてもじゃれ合い遊びを十分に行わせれば、その子は将来攻撃性がコントロールできるだろうという考えである。いわばジャレ合いに一種の治療的な意味を持たせるという発想である。そして実際それを証明することを試みた研究もおこなわれた。しかし話はそれほど簡単ではなく、時にはじゃれ合いがその子供の攻撃性を増すこともあり、特に父親が息子との遊びで主導権を取っていない場合だとその傾向が見られるということであった( Flanders,et al. 2009, Smith,et al. 2022)。これはある意味では当然なわけで、RTPは実際の戦いを模しているともいえるわけなので、RTPを行うということは、将来のほかの個体との実戦で勝利を収める練習でもあり、自分の攻撃性をいかに効果的に行使するかの練習でもあるからだ。そして父親とのじゃれ合いで父親が負けるということは息子の攻撃性をよけい野に放つということにもつながるであろう。
Smith, P. K., & StGeorge, J. M. (2022). Play fighting (rough-and-tumble play) in children: developmental and evolutionary perspectives. International Journal of Play, 12(1), 113–126.
Flanders JL, Leo V, Paquette D, Pihl RO, Séguin JR. Rough-and-tumble play and the regulation of aggression: an observational study of father-child play dyads. Aggress Behav. 2009 Jul-Aug;35(4):285-95. )
4.じゃれ合いは脳の同期化を鍛える場である
このジャレ合いにどのような意味があるのか、本稿の前半の精神療法における脳のシンクロの話とどうつながるかということについて、本稿の最後にある仮説を示すことにする。
ここまでの話を簡単にまとめると、まず心理療法における遊びの要素が、脳の同期化ということと関係しているということを示した。そして愛着理論に基づく精神療法を唱える先生方、つまりフォナギー、ショア、ホームズと言った人々が主張しているのが、精神療法とは要するに脳のシンクロ、同期化を目指すものであり、なぜならば人間の心は乳児期の愛着の段階で母親の心や脳と同期化をすることで形成されていく、ということであった。そしてその中でもホームズ先生が、予測誤差最小化(PEM)という理論を唱えていることについても触れた。つまり心や脳の同期化とは自分の動き、と相手の動きの予測をいかに正確にできるか、ということにかかっている、というのが彼の理論であった。