2025年10月9日木曜日

遊戯療法 文字化 8

  そしてこの最後の部分の目的は、予測誤差最小化の問題の話を回収することである。それはジャレ合いとは要するに脳の同期化のトレーニングであり、予測誤差最小化(PEM)のトレーニングの場であるということである。そこがこの発表のオリジナルな点であると自負している。

PEM(予測誤差最小化)とは?

 そこでまずPEMの持つ意味についておさらいしたい。脳どうしのシンクロとは、互いが相手の動きを予測し合うことを通して生じる。母親の心が音叉なら、子供は自分の音叉を差し出すだけで、自然と共鳴が起きるかもしれない。でも学習のプロセスはそうではない。常に相手の反応を予測しては、現実と照合して微修正をしていくという形でしかシンクロは成立しない。

 例えば自分が体を使うとか言葉を話すということを考えればわかるように、ものをつかめるようになるためには、「このくらいの方向で手を伸ばしてこのくらいの力でつかめばいいだろう」という予想をすることから始まる。しかし最初はうまく行かずに失敗をし、それを微修正していく。
言葉を話すのも同じであり、パパ、と言おうとしてもママと言ってしまい、パパ、だよ、と言われて修正する。この時も自分の出す声を予測しているからこそ、間違いに気がつく。他者とシンクロするためにも、子供はその実験台としての母親の反応を常に予測している。そして母親がその通りに振舞ってくれることで、子供は自分の母親への働きかけが予測通りの効果を生むことを知る。にっこり笑いかけた時に、母親も笑いかけてくれることを予測する。そしてその通りに母親が笑顔で返すことで、母親に笑いかけるという自分の行為の正しさを赤ん坊は確認するというところがある。

 そこで私の中に生まれたのが、「じゃれ合いは脳の同期化と関係しているのではないか?」というアイデアである。しかしこれは一見直観に反するのではないだろうか。なぜなら同期化はお互いに予測誤差を最小化することにより達成される。ところがそうして達成されたは同期化はある種の定常状態とみなせるようにも思える。他方じゃれ合い遊びでは、むしろ「意外性」であり、相手の予測を外すことにより楽しみが増すのであり、同期化と目指すところは逆であろう。
 しかし相手の予測を微妙に外すことは、むしろPEMを鍛えることにより成り立つのではないかということだ。以下に順を追って思考実験をしてみる。
 殴り合いごっこは、常に相手の予想を適度に裏切ることでスリルと興奮を味わうことが出来る。
 相手からの軽めのパンチの方向が予想出来、それを容易に避けることが出来、こちらからも相手が予想しやすいような軽めのパンチを繰り出す ←すべてが予想通りだとマンネリ化して面白くない。しかし相手が予測できない強力なパンチを繰り出すと、流血の事態になり、遊びは強制終了となる。だから軽く相手の予測を裏切るようなパンチが一番スリルがあり、楽しい。そこで互いに「本気で殴り掛かるふりをして、微妙に逸らす」とか「正面から殴り掛かるふりをして寸止めする」などのフェイントを行うことで、相手の予測を微妙に外し合うことになる。

でもそうできるためには、お互いに自分の体の動きをうまくコントロールでき、また相手の動きをうまく予想できなくてはならない。