● 入院治療
DIDの患者の診断的な理解が不十分な段階では、時として生じる自傷行為や解離状態での行動化のために時には精神病が疑われ、危機介入の意味で緊急入院となることがある。しかしその場合には入院後には通常の平静さを取り戻し、早期に退院となることが多い。しかし抑うつ症状に伴う自傷行為や自殺傾向が強まった場合、ないしは再外傷体験に伴う人格の交代が頻繁で本人の混乱が著しい場合などには、一時的な入院治療の必要が生じるであろう。入院の目的としては、患者の安全を確保し、現在の症状の不安定化を招いている事態(たとえば家族間の葛藤、深刻な喪失体験など)があればそれを同定して扱い、もとの外来による治療を再開できるようにするなどのことが考えられる。
 外来治療においては特定の人格についてはその衝動性のために十分に扱う時間がないという問題がある。しかし長期の入院の期間が経済的その他の理由で可能であれば、外来において注意深く外傷記憶を扱ったり、攻撃的ないしは自己破壊的な人格部分を扱うことも可能となる。また病棟による安全性が確保されることで、より退行を示す人格が出現することがある。
 ただし解離症の入院治療はその病棟での解離症の理解やその治療の特異性を踏まえた看護スタッフの存在が不可欠であり、さもなければ入院治療がさらなるトラウマ体験となってしまう可能性も否定できない。
3.DFの治療プロセス
DFに関する治療指針に関しては、十分に治療者の間で合意を得られたものはない。患者はそれまでの記憶を失なった状態で発見され、警察に保護されたり救急治療室に搬送された後に、精神科への入院となるケースが多い。そこで身体疾患を除外するための様々な検査を受けるのが通常であるが、比較的特徴ある臨床経過のために最終的にDFとしての診断にいたることが多い。DFの患者の多くは際立った神経学的な特徴もなく、一定期間の記憶を失ってはいるものの日常生活に戻れる状態にある場合が多い。治療者は外来において患者が日常生活に戻るために必要な情報の再学習を援助し、また遁走にいたる契機となった可能性のある社会生活上のストレスについて探索し、それを回避することを助けることが望まれる。患者は基本的にはエピソード記憶以外の記憶(手続き的記憶、スキルそのほか)を保持しているため、それを可能な限り用いつつリハビリテーションを行うことが望ましい(ただしそれがDFにつながった可能性がある場合にはその限りではない。)
筆者はDFの患者を対象として、心理士と協力して生活史年表作りを作成する試みを行っている。患者は記憶を失った期間の自分の行動のうち情報を得られる分を集め、その期間の時事問題や世相の変化、話題を集めた文学作品や歌曲などを学習することで、社会生活に復帰した際のハンディキャップを軽減することが出来るであろう。ただしその努力により健忘していた期間の記憶が突然よみがえることは少ないため、記憶の回復を治療目標とすることは現実的でない場合が多い。
4.さいごに
以上本章では解離症の診断から治療までまとめた。解離症はそこに転換症まで含めた場合にはきわめて裾野の広い障害であり、包括的な議論をすることは不可能であるため、あえてDIDとDFに限定した記述となった。わが国ではまだ解離症は臨床家の間で十分なじみがあるとは言えない。しかしその治療の最大の原則としては、そのほかの精神障害と同様、安全を確保しつつ、本人の自己治癒力を最大限に引き出すことにある。解離性障害は誤解が多い障害である。今後より多くの臨床家がこの障害についての知識を深め、誤解と偏見を排することで治療効果を一層期待できるものと考える。
