2025年10月18日土曜日

解離症の精神療法 推敲 3

 診断および説明、治療指針

初回面接の最後には、面接者側からの病状の理解や治療方針の説明を行う。無論詳しい説明を行う時間的な余裕はないであろうが、その概要を説明することで、患者自らの障害についての理解も深まり、それだけ治療に協力を得られるであろう。また筆者は解離症に関する良質の情報を患者自身が得ることの意味は大きいと考えている。少なくとも患者が体験している症状が、精神医学的に記載されており、治療の対象となりうるものであるという理解を伝えることの益は無視できないであろう。   患者がDID を有する場合、受診した人格にそれを伝えた際の反応はさまざまであり、時には非常に大きな衝撃を受ける場合もある。ただし大抵はそれにより様々な症状が説明されること、そしてDID の予後自体が、多くの場合には決して悲観的なものではないことを伝えることで、むしろ患者に安心感を与えることが多い。ただし良好な予後をうらなう鍵として、重大な併存症がないこと、比較的安定した対人関係が保てること、そして重大なトラウマやストレスを今後の生活上避け得ることについて説明を行っておく必要がある。
 治療方針については、併存症への薬物療法以外には基本的には精神療法が有効であること、ただしその際は治療者が解離の病理について十分理解していることが必要であることを伝える。またDF に関しては、最終的な診断が下された後は、筆者は患者の記憶の回復が必ずしも最終目標ではなく、出来るだけ通常の日常生活に戻ることの重要さを説明することにしている。

解離症の治療プロセス 

● 治療目標

治療の基本のひとつは、安全な環境を提供しつつ、その個人の持つ自然治癒力による回復を促すことである。以下に特に DID の治療について論じるが、その目標も上述の解離性障害一般における統合された機能の達成であることに変わりない。しかしDID には異なる人格部分の存在という特殊事情がある。心身の機能を担う身体がひとつである以上、どの人格部分の言動についても、たとえそれに関与した自覚や記憶がなくても、その結果について責任を負わなくてはならない。そのことを個々の人格部分が受け入れるのを助けることは、治療者の重要な役割である。
 他方で治療者は、個々の交代人格の存在は、患者が過去に直面した外傷性のストレスに対処したりそれを克服したりするうえで行った適応的な試みの帰結である可能性を理解しなくてはならない。それぞれの人格部分には特有の存在意義と記憶と、自己表現の意思がある。そのため治療者は、交代人格を単なる部分とみなしたり、その存在を無視ないし軽視したり、「消える」ことを促したりすべきではない。
 なお欧米のDID の治療に関するガイドラインには、患者に新たな人格を作り出すことを示唆したり、名前のない人格に名前を付けたり、自律的な機能を担うよう促すことは慎重であるべきことがしばしば強調されたが、それには根拠がある。個々の人格の出現や消退は、患者が体験するライフイベントに大きな影響を受けつつ独自に展開する可能性がある。そこに治療者が人工的な手を加える際には治療的な根拠が十分必要であろう。個々の人格のプロフィールを明らかにする、いわゆるマッピングについても、それが眠っている人格を不必要に覚醒させることにつながるのであれば、その是非は個別の臨床場面において判断されるべきであろう。  治療目標として人格間の統合 integration や融合 fusion を掲げることは、そこに一部の人格の消失をニュアンスとして含む場合には、人格間の混乱を引き起こしかねないために慎重さを要する。望まれる治療の帰結は交代人格間の調和であるが、それは特定の人格の消失を必ずしも意味しない。ただし調和が、かつて存在が確認されたすべての人格の共存により達成できない場合もある。  治療者は人格の理想的な調和を阻む要素にも留意すべきであろう。それらは加害者との継続的な接触、家庭内暴力などによる慢性的で深刻なストレス、うつ病などの精神医学的ないしは慢性疾患などの身体的な併存症を持っていること、治療を受けるための十分な経済的な背景を持たないこと、社会的な孤立などはいずれもその達成を妨げる要素と考えられる。