新時代の解離性障害及びFND
さてここまではもっぱらヒステリーについて論じてきたが、これは1980年代以降は「解離性障害」という名前になる。その意味では解離性障害 dissociative disorder」という診断名の歴史は意外に浅いのである。精神医学の世界で解離性障害が市民権を得たのは, 1980年の米国におけるDSM-IIIの発刊が契機であることは,識者がおおむね一致するところであろう。「解離性障害」がいわば「独り立ち」して精神科の診断名として掲載されたのは,この時が初めてだからだ。しかもややこしいことに、ここにFNDに該当するものは含まれず、実は今でもDSMではFNDは解離性障害に入らないという事態が続いている。
むろん用語としての「解離 dissociation 」は以前から存在していた。1 952年のDSM初版には精神神経症の下位分類として「解離反応」と「転換反応」という表現が見られた。1968年のDSM-IIにはヒステリー神経症(解離型転換型)という表現が存在した。ただしそれはまだヒステリーという時代遅れの概念の傘の下に置かれていたのである。さらに加えるならば. Jean-Martin Charcot, Pierre Janetらが解離概念を提唱し,フランス精神医学において一世を風廃したのは19世紀のことであった。しかし彼らは精神医学の教授ではなかった。大学の精神医学においては解離は外形的な言動と子宮との根拠のない関連を推測してヒステリーと分類されており.これが上述のDSM-1, 11にも引き継がれていたのである。
しかしDSM-III以降. DSM-III-R (1987), DSM-IV (1994), DSM-5(2013)と改定されるに従い,解離性障害の分類は.少なくともその細部に関して多くの変遷を遂げてきた。またDSMに一歩遅れる形で進められた世界保健機榊(WHO)のICDの分類においても,同様の現象が見られた。そして同時にヒステリーや解離の概念にとって中核的な位置を占めていた「心因」や「疾病利得」ないしは「転換」などの概念が見直され、消えていく動きがみられる。
世界的な診断基準であるDSM(米国精神医学会)とICD(国際保健機構)は,精神疾患一般についての理解や分類に関してはおおむね歩調を合わせつつある。そしてそれにともない従来見られた解離性障害と統合失調症との診断上の混同や誤診の問題も徐々に少なくなりつつあるという印象を持つ。
ただし従来の転換性障害を解離性障害に含めるかどうかについては顕著な隔たりがある。すなわちDSMでは転換性障害は、「身体症状症」に分類される一方では、ICD-11では解離症群に分類されるのである。
さらに付け加えるならば、10年後の2023年に発表されたDSM-5のテキスト改訂版(DSM-5-TR)では、この病名が「機能性神経症状症(変換症)」となった。つまりFNDの方が前面に出る一方では「変換症」の方がカッコ内に入るという逆転した立場に追いやられ、さらに「転換性障害」という言葉は「癲癇」との混同の懸念もあって削除されてしまったのである。
こうして転換性障害は正式な名称からもう一歩遠ざかったことになるのだ。そして将来発刊されるであろう診断基準(DSM-6?)では「転換性障害」どころか「変換症」という名称も消えてFNDだけが残されるのはほぼ間違いないであろう。かくしてFNDが登場することとなったのである。