2025年8月6日水曜日

FNDの世界 10

  ちなみに言うまでもないことだが、このFNDの”F”は機能性 functional のことであり、器質性 organic という表現の対立概念である。検査所見に異常がない、本来なら正常に機能する能力を保ったままの、という意味である。変換症(転換性障害)と呼ばれてきた疾患も、時間が経てば、あるいは状況が変われば機能を回復するという意味では機能性の疾患といえる。だからFNDは「今現在器質性の病因は存在しないものの神経学的な症状を呈している状態」という客観的な描写に基づく名称ということが出来よう。
 またFNDの”N”すなわち神経症状 neurologicalとは、神経症症状との区別が紛らわしいので注意を要する。ここでの神経症状とは通常は脳神経内科で扱うような症状、例えば手の震えや意識の混濁、健忘などの、知覚、感覚、随意運動などに表われる異常である。変換症が示す症状はこれらの知覚、感覚、随意運動などに表われる異常であることから、それらは神経症状症と呼ぶことが出来るのだ。それとの対比で神経症症状 neurotic symptoms とは、神経症 neurosis の症状という意味であり、不安神経症、強迫神経症などをさす。
 ところで以上述べたのはDSM-5における変換症 conversion という疾患についてであるが、変換(転換)という呼び方そのものを廃止しようという動きは、2022年の ICD-11の最終案ではもっと明確に見られた。こちらでは変換症 conversion という名称は完全に消えて「解離性神経学的症状症 Dissociative neurological symptom disorder」という名称が採用された。これはDSMにおける機能性 functional のかわりに解離性 dissociative という形容詞が入れ替わった形となるが、実質的にFNDと同等の名称と言っていいだろう。
 この conversion という表現の代わりにFNDが用いられるようになったことは非常に大きな意味を持っていた。その経緯を明日以降に示そう。