2025年8月12日火曜日

対談を終えて 7 

 <次にいよいよISモデルが出てくる。この登場によって嗜癖の問題への私たちの理解は確実に一歩進んだと言えるのだ。そしてToates の理論はもちろんこれを含みこんでいる。>

2. インセンティブ・サリエンス(Incentive Salience)理論との接続

Toatesは、Berridge & Robinsonの「インセンティブ・サリエンス理論」を援用して、
欲求(wanting)と快楽(liking)を区別する」重要性を強調している。

  • 「liking(快感)」は弱くなっていても、

  • 「wanting(欲求)」だけが感作(sensitized)されてしまい、

  • 本人がもう楽しくもないのに求めてしまうという状態が生まれる。
    3. 性的刺激と条件づけ

Toatesは、性的な興奮は単なる「物理的刺激」だけでなく、
条件づけられた記号・文脈・想像によっても強く喚起されるとする。

  • 例:ある音楽や匂い、あるタイプの服装などが性的衝動を引き起こす。

  • このようにして、「心的表象(mental representation)」も性嗜癖のトリガーになる。

🔹性嗜癖の構造:Toatesの主張まとめ

  1. System 1 が過活動化しやすい

  2. System 2 が機能不全か、慢性的に疲弊している

  3. wanting と liking の乖離(=報酬の感作)

  4. 文化・環境的な強化要因(=社会的・ネット的な刺激過剰)

  5. 個人的な意味づけと苦悩(=空虚さや羞恥心がループを形成)

Toates は臨床的含意として、このモデルを通じて、性嗜癖を「病理」としてだけでなく、

  • 情動調整の失敗

  • 自己アイデンティティの揺らぎ

  • ストレスと快楽探求の回路

として捉えるべきだと述べている。そしてToatesのモデルは「性愛性を持つことがなぜ『苦しみ』とつながるのか?」という問いにもつながること、 性愛が生のエネルギーであると同時に、自己破壊的な回路にもなりうるという視点は、 精神分析的な枠組みと合わせて考察するのに非常に豊かな土壌だと思う。

<以上がチャット君のまとめ。しかし「えっ?それだけなの?」と拍子抜けしてしまう。どこが新しいのだろうか?チャット君が省略し過ぎているだけなのか? ここでこの間知ったグルタミン酸の関与についてもチャット君に訊いてみた。「ところで最近は嗜癖に関してドーパミンだけでなくグルタミン酸の関与も指摘されているけれど、このToatesの理論はそれに関して何か言っているの?」>

するとチャット君は以下のようにまとめてくれた。

🔹Toates理論とグルタミン酸の関与

✅ 1. Toates自身の立場:

Toates (2022) はこの論文の中で、ドーパミン系(特に「wanting」に関与する中脳辺縁系ドーパミン)を中心的に据えているけれど、
実はグルタミン酸系についても簡単ながら触れている。

その記述は端的だけれど、以下のような重要な含意がある:

「ドーパミンとグルタミン酸の相互作用こそが、行動の維持や条件づけを支えている」
— Toates (2022, p. 9あたり)

つまり、彼はドーパミンだけでは「習慣化された行動パターン(compulsive behaviour)」は説明しきれないと見ていて、
グルタミン酸が「cue-triggered wanting」の神経基盤として重要であることを認めている。

✅ 2. グルタミン酸の役割の具体性(Toatesの含意)

Toatesの立場では、グルタミン酸系は主に以下のような役割を果たしていると読める:

  • 前頭前皮質(PFC)からのトップダウン制御に関与
     → System 2(理性的抑制)の機能低下にも関連

  • 扁桃体や側坐核などでの「cueの学習・意味づけ」に寄与
     → ポルノや記号刺激に対する条件づけの強化

  • 過学習された性的衝動の再活性化(=トリガー)
     → 外部刺激によって自動的に活性化される神経回路の強化

要するに、一度条件づけられた「性的なcueと快感の連合」が、グルタミン酸経路によって再活性化・固定化される、という構図なんだ。

🔹なぜこれは重要か?グルタミン酸の関与を取り入れることで、Toatesのモデルは「快楽を求める衝動(dopaminergic)」だけでなく、
学習された記憶・意味の回路(glutamatergic)」という時間的持続性を説明できるようになる。つまりこう言える:

🧠 ドーパミンは「瞬間の火」、グルタミン酸は「記憶された薪」
→ 衝動を燃え上がらせるのはドーパミン、でもその燃料を蓄積・再点火するのはグルタミン酸。

🔹補足:強迫性との関係も示唆?

さらに面白いのは、Toatesが暗に示すこのモデルが、 性的嗜癖と強迫性(OCD的傾向)とのオーバーラップも視野に入れている点。グルタミン酸はOCDでも関与が深く、「意味はないのにやめられない行動」の背景にある神経機構として注目されている。したがって、Toatesの理論は以下のようなハイブリッドな構図を提案しているとも言える:

  • ドーパミン:刺激・衝動・報酬の強化

グルタミン酸:記憶・条件づけ・強迫的反復