2025年6月27日金曜日

週一回 その18

 海外における治癒機序に関する理論

  ここまでで論じた我が国における「コンセンサス」(「週一回では、治癒機序としての転移解釈を用いる治療は難しい」)は海外での精神分析の議論にも見られるのであろうか?結論から言えば、少なくとも英語圏での文献や情報からは、そのような「コンセンサス」が存在するとは言い難いということである。

 まずは我が国の「コンセンサス」のきっかけとなった「ヒアアンドナウの転移解釈」に関する議論の歴史について触れる必要がある。米国においても Strachey により提唱された転移解釈(変容惹起性解釈)の重要性についての議論は、Merton Gill の「ヒアアンドナウ」の転移解釈の議論に引き継がれることで「新たな活力を得た」(Wallerstein p.700)と言われる。そしてよく知られる1960年代からのメニンガークリニックにおける精神療法リサーチプログラム(以下「PRP」)においても「ヒアアンドナウの転移解釈が絶対的な技法である interpretation of the transference in the “here and now” as the absolutely primary technical mode」という Strachey および Gill の提言は、一種の「信条credo」として謡われていたという。(Wallerstein p55)。
  しかしこのPRPの研究の結果として得られたのは、ヒアアンドナウの転移解釈の絶対性ということは証明されず、治療はケースによりそれぞれ独自であり、解釈による洞察以外にも様々な支持的な要素が入り混じった複雑なプロセスであるということが示された(注3)。

注3)メニンガーのPRPにおいては、42人の患者を精神分析(週4回)と分析的精神療法に分け、後者を表出的精神療法(週2~3回)、支持的精神療法(週1~2回)と分類したうえで詳細な研究が行われた。そして精神分析においてはヒアアンドナウの転移解釈が最も重要なテクニックとして用いられた。しかし精神分析として開始した患者のうち比較的分析手法が守られたのは10名ということだった。そして精神分析の対象となった患者の一部は、極めて支持的な手段である入院を必要に応じて併用していたという。この研究をまとめて、Wallerstein は、「ヒアアンドナウの転移解釈が治療効果を発揮したとは言わず、表出的な側面と支持的な側面が複合的に働いた」と結論付ける。そしてむしろ精神分析が受けられない(経済的な意味で、あるいは患者にとって適切でないという意味で)ケースの治療に重点を置かざるを得なくなったという。このPRPで用いられた表出的精神療法と支持的精神療法という分類はその後多く用いられるようになった。