パニックや不安への力動的なアプローチ
現代における力動的なアプローチに関しては、治療者は、これまで述べた脳生理学的なメカニズムを理解し、患者の生まれ持った気質や患者の体験するパニックや不安の引き金や遠因となる様々なストレス因やトラウマ記憶について把握する必要があるだろう。その上で当面は現実の生活において生じるパニックをいかに回避するか、あるいはその症状をいかに軽減するかという具体的な対処を求められることになる。
その際現在の精神医学においてはCBTや薬物療法が主流と考えられることは十分理解できる。薬物療法は患者において過剰に働いているタクソンシステムに対して薬理学的に働きかけるという、直接的かつボトムアップ的なアプローチと言えるであろう。また暴露、反応予防、リラクセーショントレーニングも同様に、扁桃体の記憶システムに保存された無意識的な連想 unconscious assotioation の条件付けを弱めるような働きを有するという(Cozolino p.248)。
しかしパニックや不安を抱えた患者の力動的なアプローチには、海馬―皮質系のロカールシステムに働きかけた、トップダウン式の治療の併用が必要となる。そしてそこにはCBTやストレス免疫療法を含めた(p.248)あらゆる言語的な介入が含まれることになる。
力動的な介入には欠損モデルないしはトラウマモデルに基づく考え方が必要であることはすでに述べたが、そこにはその人の生来の気質や幼少時の愛着その他の養育上の問題、そしてその後の人生におけるストレスやトラウマの影響を考える必要がある。
もしパニックや不安がかつて体験したトラウマや心的ストレスに関係していることが比較的明らかな場合、それらの記憶のフラッシュバックやそれが誘因となりパニック発作が生じている可能性がある。その際その過去のトラウマをいかにあつかうかが臨床上重要な治療的課題となる場合が多い。ただし治療者はひたすら患者の過去のトラウマ記憶を扱えばいいかと言わばそうではない。トラウマ記憶の不用意な扱いは再外傷体験を生み、フラッシュバックの頻発を生むかもしれない。しかしトラウマ記憶を回避することだけが望ましいかと言えばそうではない。フロイト以来分析家が気が付いていたのは、恐怖症の患者に関しては患者は恐れている状況に直面しない限りはほとんど前進がない(2003,p835)という問題がある。そしてそのためには上述のトップダウン的なアプローチもまた重要となるのである。
幼少時の愛着の問題が見られる患者の場合は、力動的なアプローチはより錯綜したものとなる。そこでは愛着トラウマに関連した棄損された自己イメージや対人関係上の問題が扱われることになるからだ。そしてそれはいわゆる複雑性PTSD(以下、CPTSD)における「自己組織化の障害」に対するアプローチに相当すると考えることが出来るであろう。筆者は特に原田の示した治療指針を参考にしたい。(原田、2021、p118)原田はCPTSD関わる幼少時の繰り返されるトラウマを「複雑性外傷記憶」と呼ぶが、これはアランショアの言う「愛着トラウマ」にほぼ相当するものと思われる。そしてそれに対する認知療法的なアプローチを提唱する。その中でも外傷記憶の活性化により「友好・安心モード」から「敵対・混乱モード」に移るという図式を提唱し、それを患者への心理教育も含めて治療のターゲットの一つとする。これは患者が示す問題について、それを認知的、行動的なレベルでの表れにフォーカスを絞った治療方針として非常に有効と思われる。