精神力動的なアプローチ
上述の精神分析的なアプローチは、概ね葛藤モデルに基づくものであった。Milrod らのアプローチはあくまでも、「分離、自立、怒り、罪悪感をめぐる精神内界における葛藤がパニックの発症とその継続に関係している」という基本的な理解に基づく。あくまでもそれを前提とした「パニック発作の意味や状況を検討し、それに関係した精神内界の力動、発達の要因、転移などについて検討することで、それらの力動の認識と理解を高める」という治療方針を掲げている。このうち後半はその通りであるが、パニック発作の意味は結局葛藤モデルにフォーカスを当てたものということになる。それに比べて力動レベルでは、葛藤モデルを含め、それを超えた欠損モデル、ないしはトラウマモデルも採用する。そしてそこで重要となるのが、これまでに述べた脳生理学的な知見である。
Gabbard は精神力動的な視点を生物学的心理的社会的精神医学という包括的な概念であるとしている。また連合主義(コネクショニズム)的なアプローチを提唱する。そして治癒機序として無意識的な連合の改変 unconscious association (UAN)という最大公約数的な定義に戻ることで精神分析をより広く汎用性のあるアプローチとすることが出来ると考えている。このUANが意味するのは、人間の頭悩が結局は神経細胞の作るネットワークの産物であり、フロイトもあれから何十年も生き続けて研究を重ねていたとしたら同様の結論に至った筈であるということである。フロイトも無意識はある種のブラックボックスであると考えたし、それは私たちが Neural network と呼んでいるものに対して持っている考えとあまりかわらなかったのだ。それにいみじくもユングが行っていた言語連想法はまさに一種のUANであり、フロイトの精神分析はそれに大きな影響を受けているものだ。
そのような見地からは、パニックや不安を理解し、治療するうえでこの視点は大きな意味を持つ。コゾリノはパニックにおいては人はしばしばストレスや葛藤とパニックの関連性に気が付かないが、それは無意識レベルに存在するからだとする。するとこの無意識レベルでのストレスや葛藤とパニックとの関連性はまさにこのUANに相当することになろう。そしてその改変にはトップダウン的な分析的なアプローチもボトムアップ的な薬物療法も同様に奏功する可能性があるのだ。
少し俯瞰するならば、パニック障害は突然人を襲い、時にはそのトリガーが明確でない。しかしそれとストレスファクターの関係はかなり明白であり、全くの偶然の産物ではないということも重要である。するとその誘因が比較的はっきりしている場合は、そこに焦点を当てるということであるが、それはパニック発作をフラッシュバック(以下FB)に類似のものとすることであり、事実上トラウマモデルにしたがっている。そしてその誘因が明白でないものに関しては、おそらく幼少時の愛着のレベルに端を発したものと理解することになり、それはむしろCPTSDに対するアプローチに似たものとなるであろう。しかしこのように考えると、ではパニック発作とFBはどのような関連性を有するものと考えられるのか。この問題が非常に重要になってくる。
<FBとパニックとの関連はいかなるものか>
この問題は極めて悩ましく、また重要だと思うのだが、DSM-5には両者はお互いに鑑別として挙がってこない。ICD-11はどうか。何とPTSDとの鑑別診断としてパニック障害が記載されている。(ちなみにパニック障害の鑑別にはPTSDは記載されていない。どうなっているんだろう?)ここに引用する。
Boundary with Panic Disorder: In Post-Traumatic Stress Disorder, panic attacks can be triggered by reminders of the traumatic event(s) or in the context of re-experiencing. Panic attacks that occur entirely in these contexts do not warrant an additional, separate diagnosis of Panic Disorder. Instead, the ‘with panic attacks’ specifier (MB23.H) may be applied. However, if unexpected panic attacks (i.e., those that come on ‘out of the blue’) are also present and the other diagnostic requirements are met, an additional diagnosis of Panic Disorder is appropriate.
???? これは煮え切らない表現だ。パニックはトラウマを思い出させるようなことがトリガーになる可能性がある。その場合は診断に「パニック発作を伴う」と付け加えよ、という。しかしパニック障害のほかの診断基準を満たすならば、パニック障害を併存症として挙げよ、という当たり前のことを言っているだけだ。結局パニックとFBとはどのように異なるのか、という点については触れずじまいであり、要するにこの問題は精神医学界では棚上げになっているという印象を与える。