自我状態療法
自我状態療法(EST)は、ワトキンス夫妻により1990年代に考案された。これは自我状態モデルを臨床催眠に取り入れたもので、催眠下でトラウマの再体験を促す。つまり催眠によりトラウマ体験を再体験することを目的としていたのだ。(EST emphasizes repeated hypnotically activated abreactive "reliving" of the trauma experience )そうは言っても本来は解離の治療に特化してはいなかったが、複数の治療者(サンドラ・ポールセン、杉山登志郎その他)に取り入れられた。そこでまずこのジョン、ヘレン夫妻の話から始める。
ちなみにジョン・ワトキンスはもともと催眠療法の人であり、有名な「ヒルサイドストレンジャー」の犯人に自白させ、DIDであることを明らかにしたことで有名な人である。また奥さんのヘレンは国際解離トラウマ学会(ISSD)の創始者のひとりである。つまり二人とも解離やトラウマとは深いかかわりを持っていたのだ。
私がここで強調したいのは、実はESTは統合論を目指していたのではなく、むしろその逆だったのだ。しかしポールセンはそれを統合を目的としたものとして改変したのが一つの特徴と言えるのである。
従来このESTは「自己内家族」を構成する自我状態間の葛藤を解決することを目的としたものとして知られる。個人療法,集団療法,家族療法を活用した催眠分析の発展型と表現できるサイコセラピーである。もともと多重人格や解離性障害の治療を主たる目的として生まれたわけではないが,近年の身体志向のトラウマ・ケアの考え方を大胆に取り入れつつ,現在進行形でさらなる進化を続けているのだ。 自我状態療法 創始者 Watkins 夫妻の論文(Watkins, H. H. (1993). Ego-State Therapy: An Overview. American Journal of Clinical Hypnosis, 35(4), 232–240.)に、既に彼らの20年の臨床経験について書かれている。ということは1970年代から始まったということか。この論文の抄録を読むと、自我状態療法は自らを力動的なアプローチと規定し、精神分析の向こうを張ったところがあることがわかる。そしてそこではグループおよび家族療法のテクニックが用いられるとする。そして「隠された自我状態は、多重人格でない限り表に出ないが、催眠ではその活動が見られる」と書かれているところに注目したい。つまり催眠療法由来ということは「手技」を用いることを前提としているわけである。そして抄録で「グループ療法や家族療法のアプローチを応用する」という限り、全部を統合しようとする試みは恐らくなされないであろう。